第33話 マリアの同居人

「どうぞ」

 その女性は俺たちを中に入れてくれるが、部屋の中は暗く、いかにも如何わしい飲み屋という雰囲気が伝わってくる。

「この男に見覚えは無いですか?」

 武田刑事がタブレットに表示された轢き逃げ犯の顔写真を見せた。

 それを見た女性の顔が一瞬変わったが、

「いえ、知りません」

 この女性が嘘を言っているのは、警官に成りたての俺でも分かった。

「本当ですか?良く見て下さい。この男は轢き逃げ事件を起こし逃げているのです。轢き逃げされたお婆さんは亡くなりました。そんな犯人ですが、ご存知ないですか?」

「…」

「どうですか、知っているんじゃないですか?」

「…、いえ、知りません」

 武田刑事は斎藤刑事を見た。すると斎藤刑事が武田刑事に代わって女性に話しかけた。

「失礼ですが、あなたのお名前を聞いても良いですか?」

「マリア・イシガキと言います」

「年齢は?」

「26です」

「日本人ではないですね?」

「はい、ブラジル国籍ですが、日本には20年以上住んでいます」

「つまり、ご両親に連れられて日本に来たと言う事ですね」

「はい、そうです」

「それで、ご両親は一緒に住んでいないのですか?」

「両親は浜松の方に居ます」

「あなたは一人暮らし?」

「ええ、あっ、いえ、同居しています」

「その人は男性って事で良いですか?」

「ええ、その通りです」

「夫と言わないことは、結婚はされていないという事ですね?」

「はい、その通りです」

「その男性の方は、この人ではないですか?」

「違います」

 マリアという女性は、やや強い口調で反論した。

「その男性の人が、この人を知っているという事はないですか?」

「それは…、ありません」

 答えの間に一瞬の間があった。その男性はこの男を知っているという事だろう。

「念のため、その男性にも事情を聴きたいのですが、ご住所を教えてくれませんか。それと、外国人登録証を見せて下さい」

「家に行くのですか?」

「ええ、念のためです」

 女性は外国人登録を出した。そこには、顔写真と、氏名と番号が記入されている。

「外国人登録証を照会しましたが、本人に間違いありません」

 ミイが照会したのだろう。その情報は持っているタブレットに表示される。そのタブレットには、住所も示されている。

「家の方は、ちょっと教えられません」

「調べればわかる事ですよ。今、住んでいるのは新宿区〇〇町フラワーマンション401ではないのですか?」

「どうしてそれを…」

「調べればわかります。そこで間違いはないのですね?」

 斎藤刑事が言うと、マリアという女性は頷いた。俺たちはそこの店を出て、マリアのマンションに向かう。

 すると、ミイが言う。

「今、マリアと言う人が電話を掛けています。相手先は先程の住所に居る男性です。電話を掛けている事で相手先の電話番号も分かりました。これで相手先の追跡も可能になりました」

「凄いなアバターというのは」

「繋がりました。相手先と話をしています」

「ミイ、会話を流してくれ」

 その瞬間、会話が流れるが、日本語でないので意味が分からない。

「ポルトガル語か、意味が分からないな」

「翻訳します。『今、警察が来た。そっちに行くと言っている』

『何で住所を教えた』

『教えてない。向こうが調べた』

『仕方ない。今から俺はここを出る。しばらく帰って来ないかもしれない』

『分かった』」

「ほう、翻訳も出来るのか。これは凄いな」

「男が移動を始めました。追跡します」

 タブレットに男の移動軌跡が表示されていく。

「通話の相手が分かりました。『アンドレ・キリ・シュッバート』です」

 その相手の情報がタブレットに表示されるが、来日したのは8年前になっている。

 ミイがタブレットに地図を表示し、そのアンドレの軌跡を表示しているが、その軌跡はある位置で止まった。

「ここは、マンションです。ですが、何階かまでは分かりません。それと、アンドレの顔写真がありました」

 再びタブレットに顔写真が電送されてきた。

「轢き逃げ犯とは違いますね」

 写真を見た俺が言う。

「まあ、そんなに簡単に轢き逃げ犯に繋がらないだろうが、あいつらも叩けば埃が出るだろうからな」

 斎藤刑事が俺の言葉に答えるように言う。

「取り敢えず、その男を追おう」

 斎藤刑事の言葉で俺たちは、アンドレが潜んだマンションに向かう。

 マンションは8階建てで、築50年は経過していそうな建物だ。オートロックも無ければ、エレベータも古い。

 非常階段の所には個人の持ち物が置かれている。

「これだと、消防の点検で引っ掛かりますね」

 武田刑事が非常階段に置かれた物を見て言う。

「しかし、アンドレはどこの部屋にいるのでしょうね」

 1階部分は店になっているが、2階から上が住居になっていて、ビルは30世帯ぐらい居るだろう。それを全て回るのは手間だ。

「今から電話を掛けます。その着信音で分かります」

「電話番号が分かるのか?」

 聞いてきたのは武田刑事だ。

「先程の電話で電話番号も分かりました」

 ミイが言うとアンドレに電話を掛けているが、一回鳴っただけで電話を切った。

「分かりました。5階の一番右の部屋です」

 俺たちは古いエレベータで、ミイが指示した部屋に向かう。

 扉の前に表札は無い。

「ミイ、集音出来るか?」

「今、部屋の中には男性と女性が居ます。現在は繁殖行動中のようです」

「そうかい、それなら都合良い」

 斎藤刑事は普段のにこやかな顔から一転すると、犯人を追い詰める刑事の顔になっている。

「ピンポーン、ピンポーン」

 武田刑事がインターホンを押すが、何も返事はない。武田刑事が扉をノックし出した。

「ドンドン、ドンドン」

「アンドレさん、居るんでしょう、ちょっと、お話があります」

「桂川くんと言ったな、非常階段の方に回って隠れていてくれ。アンドレが来たら捕まえてくれ」

 斎藤刑事の指示により、俺と山本巡査部長とミイが非常階段の方に回って隠れた。

「ドンドン、アンドレさん出て来て下さいよ」

 武田刑事がさっきより声を張り上げて言う。すると、その部屋から離れた真ん中の部屋の扉が開き、人が出て来て非常階段の方に走って来た。

「こらっ、待て!」

 斎藤刑事が言うが、アンドレと思われる人物は非常階段の方に逃げて来る。俺たちが隠れている所に来たと思ったら、ミイがアンドレの手を握った。

「バシッ」

 ミイが電撃を掛けたようで、アンドレがその場に倒れた。そこに斎藤刑事と武田刑事が来た。

「捕まえたな」

「どうします?署か交番に連れていきますか?」

「いや、そこの女の部屋で聞こう」

 斎藤刑事が示したのは、今までアンドレが居た部屋だ。

 武田刑事が女性の部屋をノックすると、女性が顔を出した。

「ちょっと、入らせて貰っても良いですか?」

「ここには、私以外はいません」

「この人の事で聞きたい事があります」

 斎藤刑事は後ろ手に手錠をかけられ、武田刑事に連れられているアンドレを見せた。その瞬間、女性が扉を閉めようとするとが、直ぐに斎藤刑事はそこに足を入れて扉が閉じられないようにしている。

「直ぐに扉を閉じようとしたという事は、この人を知っていると言う事で良いですね。と、するとあなたも犯人隠蔽の罪になり、ブラジルへ強制送還になりますが、どうします。我々だって、悪魔じゃないですから、協力してくれれば事を荒立てる事はしませんよ」

 斎藤刑事の言葉で、女性が扉を開けた。俺たちは部屋の中に入ると、そこには今まで情事をしていたと思われるベッドと臭いが籠っている。

 斎藤刑事はカーテンを開けると中の空気が外に出ていくとともに、夕日が部屋の中に入って来て、部屋の中が明るくなる。

「さて、まずは名前は?」

「ナオミです」

「ナオミさん、この男を知っているかな?」

 斎藤刑事はタブレットの写真を見せた。

「いえ、知りません」

 顔の表情を見ていても知らないというのは本当のようだ。今度は気が付いたアンドレの方にも聞いてみる。

「アンドレとやら、お前はこの男は知っているか?」

 同じようにタブレットに表示された顔を見せてみる。アンドレはしばらく見ていたが、目を外した。

 それは斎藤刑事も見ている。

「知らないな」

「ふむ、どうやら署で詳しい話を聞いた方が良さそうだな。そうだ。ナオミさん、このアンドレという男は別のマンションに他の女がいる事を知っているかな?」

「えっ?」

「やっぱり、知らなかったか。あんたも、ダメな男に騙されるんじゃないよ」

「それは、お前たちに関係ないだろう。俺が愛しているのはナオミだけだ」

「ミイ、今の言葉を録音しているな。再生してくれ」

「それは、お前たちに関係ないだろう。俺が愛しているのはナオミだけだ」

 同じ言葉が再び流れた。

「さて、さっきのマリアさんのお店に行きましょうか?ナオミさんも一緒に行きますか?一度、会ってみたいでしょうから」

「ま、待ってくれ。言う、言うからそれだけは 勘弁してくれ。その男は『アントニオ・サントス』という男だ」

 その言葉を聞いてミイが入国の履歴と外国人登録証を検索し、その結果がタブレットに表示されるはずだか、その履歴は無い。と、いうことは密入国の可能性が高い。

「この男は入国の履歴が無いのだが、どうやって入国した」

「密入国だ。ブラジルからの貨物船でやって来たと本人が言っていた」

「それで、このアントニオはどこに居る?」

「そ、それは俺も知らない」

 その瞬間、ミイが手を握った。その瞬間、アンドレは再び電撃されると思ったのか、手を振りほどこうとするが、ミイの手は振り切れない。

「ほ、本当だ。本当に知らないんだ」

「ミイ、もう良い」

 俺が言うと、ミイが手を離した。

「こ、こいつは何者だ。さっき、痺れたぞ」

「気にしないでくれ」

「ファン、ファン、ファン」

「おっ、丁度来たようだな。さっき、本部に連絡しておいたから、そろそろ来る頃だと思った」

 しばらくすると私服刑事が5人、部屋に入って来た。

「おう、来たな。こいつが、犯人のアントニオという男を知っている。アントニオは密入国だそうだ。直ぐに手配をするように連絡してくれ」

 斎藤刑事から連絡を受けた刑事たちが、本部の方に連絡している。

「良し、では轢き逃げと密入国の容疑者として、アントニオを手配だ」

 犯人が分かって、指名手配となった事で、情報鑑識センターの仕事は終わりだ。後は現場の捜査員の仕事になる。

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