第32話 アリバイ
「それで、轢き逃げされた、そのお婆さんは?」
「亡くなったみたい」
「そうですか…」
これで、轢き逃げ事件として本庁が犯人を追う事が確定となったが、その犯人の証拠が少ない。後は、現場から物証を見つけるぐらいしかない。
「亡くなったお婆さんのためにも、何かしら犯人を捜したいですね」
「そうね、後は駅に備え付けの監視カメラ画像から探すしかないわね」
俺はミイを見た、ミイは既に駅のネットワーク監視カメラにアクセスして、そこから顔認証照合を行っているだろう。
ミイが先程から、ずっと黙っているということは、そういう事なのだ。
「犯人が逃げたとされる、駅の監視カメラの映像分析が終わりました。該当する人物をモニターに出します」
ミイが言うと、モニターに12人の男性の顔が並んだ。その全員が外国人のようだ。
「この中で、名前が分からない人を選別します」
モニターの中から人の顔が消えていく。そして、最後に一人だけ残った。
「ミイ、この残った男性を追跡してくれ」
「山川駅から都心方面行の列車に乗りました。列車内の監視カメラでも乗っている事を確認しています。
男は列車を乗り継ぎ、新宿駅で下車しています。その後、新宿歌舞伎町方面に移動したのを確認」
今では、監視カメラは列車の中にも設置されており、容疑者の特定にも一役買っている。そして、その画像はミイの分析から、地図上に男性の軌跡をプロットしていく。
「ここで、犯人の軌跡は消えました」
地図が拡大すると、そこはあるビルの前だ。
「この情報を直ちに本庁に伝達しましょう」
山本巡査部長はミイから得られた情報を本庁に伝達する。今頃は男が消えたビルの前には刑事たちが張り付いているだろう。後は現場の刑事たちに頑張って貰うしかない。
「山本先輩、あの男が仮に見つかったとしても証拠とかないですが、逮捕とか出来ますか?」
「外国人のようだから、取り敢えず入管法で逮捕してからだと思うけど。問題はその後ね。轢き逃げの証拠が出ないと、相手の国に送り返して終わりって事になりかねないわ」
「それは、心情的にちょっと納得がいきませんね」
「そうね、後は現場の人たちの腕次第ってところかな」
「その車を探索させて下さい」
声の方を見るとミイだ。
「ミイ、どうした」
「車のコンピュータを解析します」
「直ちに本庁へ連絡するわ。恐らく車は押収してあるハズだから」
俺と山本巡査部長、それにミイは俺たちの専用車で本庁に向かった。本庁に到着すると車を地下駐車場に入れる。もちろん、車は本庁でも充電する。
地下駐車場から備え付けのエレベータで、捜査本部がある5階会議室に向かう。会議室には10人程の刑事が居た。
そこに真新しい警官の制服を着た俺たちとミイが入ると、会議室に居た刑事の目が一斉に俺たちを見た。
「誰だ、君たちは?」
一番手前に居た、若い刑事が聞いてきた。
「情報鑑識センターの山本と桂川です。連絡が入っていると思いますが、轢き逃げのあった車を見せて頂きたいと思いまして、来ました」
山本巡査部長が来た目的を説明する。
「その子供は?」
「これはミイです。私の家族です」
俺がミイの事を説明する。
「子供連れで来たのか。まあ、連れて来たなら仕方ない。話は聞いているのでやってくれ」
「では早速、車の所に案内して下さい」
「武田、3人を案内してくれ」
武田と呼ばれた若い刑事が俺たちを案内することになった。事故を起こした車は同じ地下駐車場に置いてあるらしい。
「これがその車だ」
武田刑事が指差したところにあったのは前部が潰れ、フロントガラスにひびが入った軽自動車だ。
「盗難車ということですが…」
「ああ、元の持ち主は判明したが、ブラジル人だ。名前は『マリオ・ウエハラ・シルバァ』53歳だ。日系三世で日本に来て23年になる」
「盗難届けは出ているんですよね」
「もちろん出ている。だが、届けを出したのは息子の方だ。本人は日本語は話せるが、書くのは出来ないので、息子さんと一緒に交番に届けに行ったそうだ」
「その息子さんが犯人ということは無いですか?」
「もちろん、それも調査したが、親子共々アリバイがある」
「轢き逃げがあったのは明け方なのに、アリバイがあるんですか?」
「確かにそこは我々も納得出来ないが、同じブラジル人が経営している新宿のスナックで、親子で飲んでいたというのを同じ店に客として来ていた者が証言している」
「そこの客、全員が共犯だとしたら?」
「客は全部で8人で、経営者のママと従業員を入れると10名にもなる。その人全てが共犯というのは考えにくい。
もし、共犯だとしても、彼らにはマリオ親子を庇う理由はない。繋がりが無い事も確認している」
「でも、顔見知りぐらいは居るでしょう。そんなに遅くまで飲んでいる人たちなら」
「それは当然聞いているが、顔は知っている程度だと言っている。実際、我々の調査でも、それ以上の関係を示す証拠は出なかった」
「うーむ」
俺が腕を組むとミイも同じように腕を組んでいる。反対側では山本巡査部長も腕を組んでいる。
まったく、全員が同じポーズを取らなくても良いものを。
「ちなみに、息子さんの名前は?」
「『カルロス・ウエハラ・シルバァ』29歳です」
「ミイ、二人の名前で検索してくれ」
「うん?その子はタブレットを持っていないが、どうやって検索するんだ?」
俺の指示を聞いた武田刑事が聞いてきた。
「直接、ネッワークに接続して検索します」
「はっ?言っている意味が分からん」
「えっと、説明すると長くなるので、割愛します」
「マリオの方ですが、検索した結果、日本に来てから、様々な企業で仕事をしながら、今は埼玉県さいたま市に住んでいます。現在は金属加工の町工場で働いています。
息子のカルロスはどこに勤めているか不明です」
「引き籠りって事か?」
「いえ、家にもいないようです。顔の画像検索から良く見られるは新宿です」
「それが何故、一緒のスナックに居たんだ?」
「そこまでは分かりません」
「親父はさいたま市から態々新宿まで出て来て、スナックで一緒に飲んだというのか?」
「そう言う事になります」
俺の質問にミイは答えたが、その理由までは分からない。
「それじゃあ、車を分析してくれ」
ミイの手が変形して車のECUとカーナビに接続される。
「な、何だ?」
ミイの手が変形したのを見て、武田刑事が驚いている。
「えっと、ミイはアバターで人では無いんです」
「何だって、そんなアバターが人型をしているなんて有り得ないだろう」
「信じられないでしょうが、実際、ここに居ます」
「走行履歴が分かりました。タブレットの地図上に、走行軌跡を表示します」
「これを見ると新宿を中心に走行していますね。この軌跡のある場所を移動してみる必要がありそうです」
ミイの分析結果に俺が返した。
「おい、情報鑑識センターが勝手に動くな」
「では、本部に連絡して捜査します」
武田刑事が文句を言ってくるが、それには山本巡査部長が答えた。
「この車にはドライブレコーダは無いですね」
「まだ、この時期に売り出された車にはドライブレコーダの設置は標準じゃなかったからな。特に軽自動車だとコスト削減のために、ドライブレコーダなんかはオプション設定だったしな」
武田刑事は車の事に詳しそうだ。
「ミイ、データが取れたら行くぞ」
「待って下さい。車の画像写真を撮ります」
ミイが車の写真を撮影していたが、それが終わると捜査本部に行った。
「清水課長、加害車両の調査が終わりました」
「それで、何か分かったか?」
「車のECUとカーナビから運行軌跡が判明しました。データをタブレットに送ります」
武田刑事が言うので俺はミイに指示して、捜査員全員のタブレットに得られた情報を送信して貰う。
「それで、この軌跡からだと新宿周辺を走行している訳ですが、今からその場所の調査をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
山本巡査部長が清水課長の許可を得るために事情を説明した。
「なら、斎藤とこの武田と一緒に行って貰おう。おい、斎藤」
清水課長から「斎藤」と呼ばれた年配の刑事がやってきた。年齢は有村刑事と同い年ぐらいだろうか。
斎藤刑事は頭が剥げており、どこかの会社の課長ぐらいに見える。顔はにこやかであり、刑事には見えない。
清水課長から斎藤刑事に新宿の調査をする事を説明し、斎藤刑事が一緒に捜査に加わってくれることになった。
俺たちは専用の電気自動車に乗り込み、新宿歌舞伎町の交番に行く事にする。この車はミイが操作出来るが、法律的に人では無いと責任が取れないので、俺が運転席に座り、ミイは助手席に座る。
後部座席には山本巡査部長と武田刑事、斎藤刑事が座る。
「ミイ、歌舞伎町の交番の所に向かってくれ」
俺が言うと、電気自動車の電源が入る。それはメーターにランプが点灯するので分かる。運転はミイが行うので、俺は運転席で見ているだけだ。
「桂川くんと言ったっけ。君が運転しているのではないのか」
「いえ、このミイが運転します。今、この車とミイの間でリンクが張られています」
「はっ、言っている意味が分からんが…」
俺は斎藤刑事にミイがアバターである事を移動の車内で説明すると、斎藤刑事が驚いている。
首都高を走行していると、1台のミニバンが軽自動車を煽っている。
「あの車、煽り運転していやがる」
武田刑事が言う。
「どうします、捕まえますか?」
「いや、今は轢き逃げ事件の方が先決だ。ナンバーだけを控えておこう」
俺の言葉に斎藤刑事が答える。
「車のナンバーから使用者を特定しました。情報と動画は高速隊に伝えておきます」
ミイが言うと、全員のタブレットに伝送する情報が表示される。
「ああ、これを高速隊に送ってくれ」
俺が言うと、情報が高速隊に送られたようだ。
「後は高速隊がやってくれるだろう」
斎藤刑事が言うと、俺たちの後ろからサイレンを鳴らしたスポーツタイプのパトカーが追い越して行った。
「あれは、この前導入された2030年型フェアレディZですね。エンジンとモーターのハイブリッド方式で両方で800馬力のモンスターパトカーです。
あれに追い駆けられたら、逃げられませんよ」
車に詳しい武田刑事が説明してくれる。
そうしている間に、ミイが運転する電気自動車は歌舞伎町近くの交番に到着した。
そこの充電装置で車を充電させて貰うことにし、俺たちは歩いて捜査を行う。
「記録があるのは、この駐車場からです」
武田刑事が言った先には、時間貸しの有料駐車場があった。
そこから歩いて回るが、新宿と言っても広いので歩いて回るのは中々大変だ。
「自転車とか借りてくれば良かったですね」
武田刑事が言うが、その通りだろう。
「山本先輩は大丈夫ですか?」
パンプスを履いて来た山本巡査部長を気遣って俺が言う。
「うん、もしダメなときは、さっきの交番で休憩させて貰うから」
タブレットに示された軌跡を見ながら移動するが、そこは飲み屋ばかりだ。裏路地もあるし表の比較的大きな道路もあるが、どこも飲み屋がある。
「飲み屋ばかりですね」
車が停止した後を辿っているが、そこは飲み屋の前ばかりだ。
「こんなに続けて飲んでいたのでしょうか。それだと飲酒運転ですよね」
「いや、停車していた時間も10分ぐらいしかない。そうなると、何か用事があって店に入ったが、直ぐに出て来たと言って良いだろう。しかも、時間もまだ店がやっている時間ではない」
俺の疑問に斎藤刑事が答えるが、そのタブレットには軌跡と車が停止した時間と出発した時間が表示される。タブレットに表示された時間は夕方の4時ぐらいなので、酒を飲むには早すぎる時間だ。
「どこかの店に入って聞いてみるか?」
斎藤刑事の指示で、一つの店に入ってみる事になった。
地下に続く階段を降りていくと扉があるが店の名前は無く、代わりにあったのは「会員限定」の文字だった。
「会員制の飲み屋みたいですね」
扉の文字を見た武田刑事が言うと、扉の横にあるインターホンを押す。
「ピンポーン、ピンポーン」
「はい、どなたですか?」
中から女性の声がする。既に出勤しているようだ。
「警察です。ちょっと事情をお聞きしたい事があります」
「…」
何も返事が無い。もう一度、武田刑事がインターホンを押すが、同じく何も返事が無い。
「もし、対応して頂かないと、次は捜査令状を持ってくる事になりますよ」
「ガチャ」
武田刑事の言葉が効いたのだろうか、扉が開いた。中からは意外と若い女性が顔を出した。
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