第31話 新人

「ほんとにこの人といったら、だらしなくて。圭、あなたはちゃんとしなさいよ。こんな綺麗なお嫁さんを泣かすとダメよ」

 母もアルコールが回ったようで、説教ぎみになってきた。

「美樹、もうビールは控えた方が良い」

 旦那さんが母を抑えている。

「いいじゃない、久しぶりに息子に会ったのよ。それもこんなお嫁さんを連れて来て。母としてどれだけ嬉しい事か、あなたに分かります。ウィック」

 このままだと何か問題となりそうだ。料理も無くなって来たので、そろそろ、お開きにした方が良いかもしれない。

「そろそろ、料理も無くなって来たし、お開きにしようか」

「何だ圭、折角、親子3人が久々に会ったのに、お前はもう俺たちを邪魔者扱いするのか?」

「あっ、いや、そうじゃなくて…」

「彩芽さん、あんたも年上だったら、年下の旦那の教育をしっかりやらねばダメだろう」

「そうよ、旦那って、女房がちゃんと手綱を持って、しっかりと扱わないとダメなのよ。そういう意味では、奥さんは亭主という馬を操る、騎手みたいなものよ。ねえ、由美さん」

 話を振られた後妻の由美さんが固まった。

「え、ええ、そうですね。確かにそうかもしれませんね」

「この人はちょっと目を離すと、どこかに行っちゃう種馬ですから、由美さんも大変よね」

「誰が種馬だ」

「だって、もう子供がいるんでしょ?」

「ま、まあ、いるが…」

「ほら、ご覧なさい、ホホホ」

 これはやばい。ここでもう閉めよう。

 俺は由美さんと海斗さんを見ると二人とも、閉めた方が良いという顔をしている。

「父さん、母さん、また時間を作るから、その時にまた会おうよ。僕らもこれから色々と仕事があるし」

「おっ、何だ圭、それは夫婦の共同作業ってヤツか?ハハハッ」

 何だか、父のセクハラのようになって来た。

「ああ、まあ、そんな所だ。だから、今日はお終いだ」

「圭、お前も好きだな」

 お前の子だからな。

 俺は由美さんに父を頼み、母は海斗さんに頼んだ。

「それでは、父と母をよろしくお願いします」

 父と母は、それぞれのパートナーに連れられて帰って行った。

「さて、俺たちも帰ろうか」

 俺は彩芽に言う。

「圭くん、これから帰って、夫婦の共同作業をするの?昨夜もしたのに?」

「ちょっと待ってくれ。あれは父親を帰らすための詭弁だよ」

「えー、そうなの?でも、私なら良いわよ」

 彩芽、お前も酔っているなら、さっさと酔いを覚ましてくれ。

 両親に彩芽を紹介したことで、彩芽も俺の妻となった事を意識したようだ。

 彩芽が家で甲斐甲斐しく動いている姿は、夫婦となって幸せを感じる事が出来る。


 昼間は学生、夕方からは警察の手伝い、そして夜は夫という生活をしていた俺は、警察官採用試験を受け無事、合格した。

 そして、4月になり、俺は警官として採用された。


 2年後。

「この度、情報鑑識センターに配属されました『桂川 圭』です。新人となりますが、よろしくお願い致します」

「「「パチパチパチ」」」

 俺が警官として採用され、警察学校を卒業した俺は、情報鑑識センターに配属された。これは、元々情報鑑識センターにスカウトされていたので、至極当然の配属である。

 その拍手している中には、妻の彩芽も居る。

「みんなも既に知っているとおり、桂川君が配属された。そこで教育係だが、嫁さんを付けるとヒートアップしそうなので、ここは山本巡査部長にお願いする」

「「「「「「ははは!」」」」」」

 情報鑑識センターの全員に笑われてしまうが、俺は以前からここで働いていた事もあり、俺と彩芽が夫婦という事は既に署員には知られている。

「山本巡査部長、桂川圭の教育係を拝命致します」

 笑いが納まった後、福山所長の言葉に山本巡査部長が答える。

「あのう、私は…」

「桂川嫁さんの方は、お腹も大きいので、あまり重労働となる事はしないで良いから」

「でも、それだと、余りにも悪い気がします」

「君は、今は丈夫な子を産む事に専念しなさい」

 少子高齢化が一段と進み、子供が要るというだけで、世間的には優遇される。それを踏まえての福山所長の発言だ。

「ところで、予定は何月だ?」

「はい、5月1日です」

「そうか、来月か。思えば15年前の5月1日は平成から令和に改元するということで、大騒ぎだったな」

「あの時は凄かったですけど、私はその時はまだ駆け出しの新人だったので…」

「そう考えると時間の過ぎるのを感じるな。もしかしたら、一生独身かと思った、あの星野がいまでは妊婦だもんな」

「所長、それはあまりにも失礼な」

「おっとスマン。セクハラになってしまうな」

「「「「「「ははは」」」」」」

 この場に、また笑い声が響いた。

「おっと、それともう一人、紹介するのを忘れていた。圭くんの隣に居るのがミイちゃんだ」

 先程から、俺と手を繋いで横に立っているミイを福山所長は紹介する。

 最近、ミイは身体を小さくして、子供の姿でいるので、彩芽と並ぶとまるで親子のようになっている。

「桂川ミイです。ご主人さま共々、よろしくお願いします」

「「「「「おおっー」」」」」

 ミイの言葉に、ここにいる情報鑑識センターの人が声を上げる。

「ミイちゃん、可愛いな」

「ああ、それにアバターとも思えない」

 そんな声がするが、身体を小さくしてからミイは更に可愛くなった気がする。

「では、業務に当たってくれたまえ。解散」

 福山警視正の言葉で集合していた人々が各々の業務に戻っていく。

 俺は教育係となった山本巡査部長に続いて、山本巡査部長の部屋に入った。この部屋にはいくつものパソコンとモニターが置かれ、その先には街のネットワーク監視カメラに繋がっている。

 山本巡査部長の仕事はこれらの監視カメラからの犯罪の監視と、犯行が起こった際の犯人追跡業務だ。

 妻の彩芽も自分の部屋に入った。彩芽は犯行現場で撮影された画像を解析する仕事になる。それ以外にも、最近全車に装着義務となったドライブレコーダの画像解析とかも行う。しかし、それらは一般の所員がやるので、彩芽はその管理職ということになる。

 最近、7Gという無線規格が出来たことで、ドライブレコーダはネットワーク対応型になった。

 このため、リアルタイムに街の映像が手に入るようになり、動く監視カメラ状態になっている。


 俺は山本巡査部長に従い、当て逃げ犯の行方を追う事になったが、これは今までやっていた事とそう大差はないので、仕事のやり方も分かっている。

 午前中、山本巡査部長と仕事をしていた俺だが、お昼になったので、昼食にする。地上にある山川署の最上階が職員食堂になっているので、そちらに向かうが、今日は彩芽が甲斐甲斐しく、お弁当を作ってくれた。

 俺は職員食堂があるので、お弁当は不要だと言ったが、彩芽は妻としてアピールしたいのか、朝早くからお弁当作りをしていた。それなのに要らないとも言えない。

「はい、あなた」

 彩芽が、自分用と俺用のお弁当を入れてあるバッグから2つ取り出した。そして、食堂のテーブルの上に並べると、トレイを持った山本巡査部長がやってきた。

「あら、お弁当、美味しそう。これって先輩が作ったんですか?」

 山本巡査部長が彩芽に言う。彩芽はここぞとばかりに、嫁アピールをする。

「ええ、大事な旦那さまに頑張って欲しいから、やっぱり、妻の愛情弁当がいいかなって思って」

 それを聞いた山本巡査部長の左の目じりが、やや吊り上がった。きっとイラッっと、したのだろう。

「澪ちゃんも、早く優しい旦那さまに出会えるといいわね。やっぱり、旦那さまが居るって良いものよ」

 今度は右側の目じりが吊り上がった。もう、自分の食事を黙々と食べている。

「あっ、動いた。あなた、また動いたわ」

 彩芽がお腹を擦りながら言う。しかし、その言葉に顔を上げた山本巡査部長の眉間には縦皺が寄っている。

 唇もひくひくしており、雰囲気が良くないが、彩芽はそんな事も気にしていないようだ。まったく、KYな彩芽だ。

 しかし、その横にはミイが何もせずに座っている。

「ねえ、ミイちゃん、二人は、いつもこんな感じなの?」

 山本巡査部長は、ミイに雰囲気を変えて貰うつもりで話を振ったようだ。

「この女狐は年下の雄に気に入られようと、いつもこんな感じだ」

「ホホホ、ミイちゃん、面白い。先輩の事を女狐だなんて…」

「ミイちゃん、お外では私の事は「ママ」と呼ぶようにって言ったじゃない」

「ここは、お外ではない」

「そうね、ここは、お外ではないわ」

 ミイの言葉に気を良くした山本巡査部長は、ミイの応援に回る。

「でも、日頃から訓練しておかないと、いざという時に間違えるでしょう」

「AIは間違えない」

 機械のミイは間違いをしない。そういった点ではミイの方に軍配が上がる。

「それで他には、先輩の事は?」

「昔は繁殖活動を多く行なっていたが、最近、繁殖能力が落ちたためか、それほど攻撃的な繁殖活動は行わなくなった」

「ちょっと、ミイちゃん、そんな事は、ここでは言ってはいけません」

「そうだぞミイ、そういうのは家の中だけだ」

「愛情2ポイントダウン。ご主人さまの指示に従います」

「ホホホ、いいじゃありませんか、夫婦ですし。その結果が、先輩のお腹の中に幸せが詰まっているのですから」

 そう言われると、俺たちも何も言えない。

「私たちだけ、秘密が暴露されるなんて嫌よ。澪ちゃんの秘密も教えてよ」

「私は秘密なんて、ありませんから」

「ミイちゃん、本当?」

「あっ、ミイちゃんに聞くなんて狡い」

「先週の日曜日、13回目のお見合いをしたが、断わられた」

「えっ??」

「結婚紹介所のデータベースに履歴が残っている」

「あー、ダメー!」

「澪ちゃん、あなたも必死なのね」

 女性二人が項垂れた。


 昼食が終わり、再び山本巡査部長のブースに入って、午後の仕事に取り掛かろうとした時だ。

 備え付けのインターホンが鳴った。

「はい、山本です。ええ、はい、分かりました」

「何ですか?」

「本庁から依頼が来たわ。都内で轢き逃げ事故を起こした軽自動車が、こちら方面に逃げて来たって。

 ただし、犯人は途中で車を降り電車に乗り換えた、みたいとの事なの」

「それで、その犯人を追えば良い訳ですね」

「そういう事です。今、犯人画像が送られて来るわ」

 俺がタブレットを取り出し、その画面を見ていると、犯人の顔写真が送られてきた。しかし、遠方から撮影したためか顔が良く分からない。

「ミイ画像を鮮明にしてくれ」

 このような画質が悪い映像は、いつものようにミイに加工して貰う。しばらくすると顔の映像がはっきりしてきた。

「外国人のようね。この画像を捜査員に伝送しましょう」

 山本巡査部長の捜査により、捜査員のタブレットに、はっきりした犯人画像が送られている。俺のタブレットにもその画像が送られてきた。

 見ると確かに、外国人のようで顔のホリが深い。だが、中には日本人もこの程度のホリの深い人はいるので、あながち、外国人と決めつけるのもいかがかと思う。

「ミイ、この顔映像から、犯人を特定出来るか?」

 ミイが黙った。と、言う事は、今ネット上を検索しているのだろう。

「該当する人物は見当たりません」

「何?該当者がいないと言うのか」

 外国人であれば、入国の時に顔写真判定があり、その際に顔のデータベースに顔写真が登録される。該当がないという事は日本人になるのだが、日本人の場合は、運転免許証の更新の際に顔写真も登録されるようになった。

 それは、5年前からなので、まだギリギリ更新されていないか、それとも免許を持っていないかのどちらかだ。

 しかし、免許を持っていなくてもマイナンバーカードを作ってあれば、そちらのデータベース上に顔画像はあるので、該当なしということは、それらを一切行っていないと言う事になる。

「犯人が免許を持っていない可能性は?」

「つまり、無免許だったということ?」

「それなら、轢き逃げする理由もあります。免許が無い事で轢き逃げした」

「今の情報も合わせて、現場の捜査員に伝えましょう」

 山本巡査部長が、顔写真の該当が無かった事と合わせて連絡している。

「でも、車は見つかったのでしょう。そのナンバーから割り出せないのですか?」

「そこは既にやっていてナンバーは偽造ナンバーで、ご丁寧に車体番号も潰してあったそうよ」

「確信犯ですね」

「あっと、追加情報が来たわ。車は判明したそうだけど、どうやら盗難車みたい」

「それは、もう犯罪者確定って事じゃないですか。何かしら悪い事をする思惑があるのでしょう」

「今、その車から指紋とか採っている所みたい」

「ミイ、何か分からないか?」

「現在、検索していますが、手掛かりがありません」

 ミイでも分からないことがあるようだ。

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