第30話 ババア
ホテルで朝食を済ませると、充電が完了した電気自動車とミイを連れて甲府市を出発する。今日は帰るだけなので、それほど忙しくない。
「圭くん、折角だから観光しながら帰らない?」
後部座席に座った彩芽が聞いてきた。
「いいじゃない。新婚旅行だって、まだでしょう。プチ旅行でもいいから、どこか連れて行って」
「そうだなあ、ミイ、どこか良い所はあるかな?」
困った時のミイ頼み。ここはミイに聞いてみる。
「観光地を地図上に表示します」
カーナビの地図上に赤い点が表示される。それと同時に持っているタブレットにもリストが表示された。
「あっ、ここが良い」
彩芽が指差したのは富士急ハイランドだ。ここは確かテーマパークだ。
「ミイ、ここに行ってくれ」
ミイが車を富士急ハイランドに向けた。
さすがに今日は日曜日なだけに、入場者が多い。俺はシャツとジーンズなので、遊園地に居ても違和感がある恰好ではないが、彩芽は仕事で着ていたスーツ姿なので、ちょっと見た目は空気が違う。
スタッフと間違う人が居るかもしれない。と、思っていたら早速、声を掛けられた。
「すみません、子供が乗れるメリーゴーランドはどこにありますか?」
小さな子供の手を引いた親子連れだ。
彩芽は貰ったパンフレットを広げて、言われた場所を探しているが、これが中々分からない。
「ちょっと、待って下さい。スタッフの方に聞いてきます」
その言葉を聞いた母親は「えっ」という顔をしたが、既に彩芽は走り出している。
「あのう、あの方はスタッフでは…?」
母親は俺に聞いてきた。
「違いますよ。昨日、仕事をしてそのまま来たので、スーツ姿なんです」
俺の言葉を聞いた親子連れは、申し訳なさそうな顔をした。
そこに彩芽が帰ってきた。
「分かりました。この先を行って、そこを右に曲がるとあるそうです」
「ありがとうございました」
親子連れも恥ずかしかったのだろう。お礼を言うと、さっさと行ってしまった。
「スタッフじゃないって断れば良かったのに」
「だって、困っていたから」
こういうのは警官だからという理由だけではなく、心根が優しいのだろう。俺は彩芽を見直した。
「さて、俺たちも行くか」
俺はミイの手を握った。ミイの手の反対側は彩芽が握っている。
俺たちはジェットコースターの所に来た。「フジヤマⅡ」というらしい。
「わー、ドキドキする」
彩芽はテンションマックスで、さっきから騒いでいるが、34歳なんだから子供みたいに騒ぐなよ。
俺はミイと一緒に乗り、その後ろには彩芽が一人で乗っている。そして、ジェットコースターが動き出すと、後ろの方から大きな声がする。
「キャーァァァ」
それに引き換え、ミイは冷静だ。動き出してからも微動だにしない。
ジェットコースターを一周して戻ってくると、彩芽はご機嫌だ。
「あー、面白かった。別のやつにも乗ろうよ。今度は圭くんの隣は私で良い?」
彩芽はミイに言う。
「別に面白くはない。この乗り物の走行経路を3D-CAD化し分析したので、そこから加減速、加速度、重力加速、全て分かるし、加重程度も分かる」
「なら、私が横でも良いでしょう」
「それは、構わない」
「やったー、それじゃあ、今度は圭くんの隣は私の番ね」
次のドドンパⅡというジェットコースターでは、俺の隣に彩芽が座わり、ミイは後ろに座った。彩芽は俺の手を握っている。
「キャッーーーー」
ジェットコースターが動き出したら、彩芽の声が木霊した。
「あー、面白かった。でも、足が立たない」
彩芽は俺にしがみついている。その恰好はトイレに行きたいが、我慢している姿のようだ。
「彩芽、トイレに行きたいのか?」
「うん、ちょっと、行ってくる」
彩芽がふらつく足でトイレに行くと、俺はミイと二人になった。
「ミイ、前は彩芽と仲良くすると焼きもちを焼いていたのに、最近はそうでもないな」
「あの女狐が、ご主人さまの大事な女御と分かりましたので、多少は見過ごそうと思っています」
「ミイは優しいな。ありがとうな」
「愛情2ポイントアップ」
ミイを褒めたからか、愛情ポイントがアップした。
結局、昼過ぎまで遊園地で遊んで高速道路で帰った。
今は、そのまま家に帰り、彩芽とくつろいでいる。
「森田刑事からメールが入っている。藤井秀樹と金子綺羅の親子は山川署に移送されたって。これから取り調べが始まるみたい」
「そっちは、有村刑事たちの仕事だろう」
「そうね、それより夕食、何が良い?」
「そうだな。彩芽も今日は疲れているから、どこか外に食べに行こうか?」
「でも、昨日もファミレスだったじゃない。そんな外食ばかりで良いかしら?それにミイちゃんも居るし」
「冷蔵庫の中には、まだ食材があります」
ミイが冷蔵庫に保管されている食材の事を言う。
「なら、私とミイちゃんと二人で作るわ。ミイちゃん、いいかしら?」
「女狐に同意する」
「ミイちゃん、そろそろその女狐って言い方止めてくれない」
「なら、何と呼べば良い?」
「彩芽ちゃんとか」
「彩芽ババア」
「ちょっと、ババアって何よ」
「何か間違っているか?」
「私、まだ34歳よ。ババアは酷いわ」
「もう34歳だ。ご主人さまと比べたら、12歳も年上だ。ババアでなくて何だ?」
「圭くん!」
彩芽が泣きついてきた。
「ミイ、もっと別な名前で呼んでやってくれないか。今の時代、34歳でババアって呼ばれたら、さすがに可哀想だ」
「ご主人さまのお言葉であれば変更いたします。何がよろしいでしょうか?」
「ママでどうだ?」
「ちょっと、圭くん、ママって何よ」
「分かった。ママにする」
「そうなると、ミイ、ちょっと身体を小さくしてくれるか」
俺が言うと。ミイの体が小さくなっていき、子供サイズになった。身長は1mもないだろう。
「うん、これで親子に見える。これで良い」
「だから、何で私がママなの?」
「だって、彩芽は、そのうちママになるだろう。その予行練習だよ」
俺の言葉に彩芽が顔を赤くする。
「そ、そうね、いいかもしれない。じゃあ、ミイちゃん、私の事はママと呼んでね」
「女狐ママ」
「何よ、それ。女狐だけ余計よ」
「ミイ、ママとだけ呼んでやってくれ」
「ママ」
「ありがとう。なんだか、胸がキュンとしちゃう」
俺はアルバイトとして勤めていた、ワーキングレストランを辞め、警察の情報鑑識センターで試行警官として働く事になった。
それと合わせて、両親にも紹介する。場所は父親が手配してくれた個室があるホテルの懐石料理の店だ。
彩芽はスーツ姿、俺も彩芽の助言に従い、スーツ姿にした。
親父から連絡があった場所に俺と彩芽はちょっと早めに行くと、店の仲居さんに案内されたが、まだ父も母も来ていない。
俺と彩芽は個室に入ると二人並んで座った。ミイはスマホになって貰い、俺の胸ポケットの中に居る。
「失礼します。お連れさまが、お見えになりました」
仲居さんが誰か連れて来たようだ。
「おっ、圭、久しぶりだな」
来たのは父親の方だ。その横には女性が立っているが、この人が再婚した女性だ。話には聞いていたが、実際に会うのは俺も初めてだ。
父とその再婚相手は俺たちの右手に座った。
父たちが来てから直ぐに仲居さんが、再び連れが来た事を告げて来た。そこには母親とこちらも再婚相手が一緒に来ている。
この場に全員が揃ったが、男性は全員がスーツ姿で女性も礼服に近い服装だが、男性の俺はそれが何という服かは分からない。
「父さん、母さん、この度この彩芽さんと結婚したので、その報告と紹介するために集まって貰いました。こちらが妻の彩芽です」
「彩芽です、この度、圭さんと結婚しましたが、ご報告が遅れて申し訳ありません」
俺は彩芽の言葉の最中、父親の再婚相手と母親の再婚相手を見ている。父親の再婚相手は父よりかなり若くて見えて、30代に見える。
母親の再婚相手も母より年下のようだ。
「では、私の方から紹介させて貰おう。私が父の『桂川 俊哉』だ。それでこっちが、妻の由美だ」
「由美です」
父とその再婚相手が挨拶する。
「では、母さんの方」
「ええ、はい、私が圭の母の美樹です。今は『横井 美樹』です。よろしくおねがいします。こちらは夫の海斗です」
「えっと、由美さんはおいくつですか?かなり若い方だと思うんですが…?」
俺は疑問に思っていた事を聞いた。
「私は39歳です」
「えっー、すると彩芽とそんなに違わない」
「えっ、彩芽さんていくつなんですか?」
父と母も不思議に思っていたのだろう。
「私は34歳です」
「なんと、圭と一回り違うのか」
父親が呆れたように言う。
「はい、申し訳ありません」
彩芽が下を向いて、頭を垂れた。
「あっ、いや、何も謝る必要はない。しかし、一回り上の姉さん女房か」
「ええ、ちょっと、びっくりしました」
母も父の言葉に同意している。
「お待たせしました」
仲居さんが料理を運んで来た。父はそれに合わせてビールを頼む。料理とビール3本とグラス6個が俺たちの前に並ぶ。
「まあまあ、彩芽さん、一杯どうだね」
親父は彩芽のグラスにビールを注ぎ、俺のグラスにも注いだ。
それぞれがグラスにビールを注ぎ終わったら、乾杯となった。
しかし、アルコールが入ると、父と母は饒舌になり、俺と彩芽の事を色々と聞き出す。
「それで、どこで知り合ったの?まさか、今流行りのSNSとかじゃないわよね」
母が、しつこく聞いて来る。
「えっと、知り合ったのは俺のアルバイト先なんだ」
「分かった、そこのアルバイト先で先輩社員として働いていたのが彩芽さんね。それで、新人教育担当とかになって、教えているうちにそれが愛情に発展したという訳ね」
母は勝手に納得しているが、そこは訂正しないようにしよう。
「彩芽さんは結婚の経験は?」
「えっ、今、結婚してますが…」
「いや、圭より前に結婚の経験は?」
「いえ、ありません」
「えっ、34歳で初婚だったのかね」
「えっ、ええ、まあ」
「昔は30を超えると行き遅れとか言ったものだが、今では34歳でも普通に独身はいるからなあ。それを考えればギリギリだったんだなあ」
親父がしみじみと言うが、それは俺の嫁に対して失礼だと思うぞ。
「えっ、ええ、まあ、そうですね」
彩芽も何と言ってよいのか分からないのだろう。相槌を打つぐらいしかやりようがない。
「あなた、それは失礼ですよ」
再婚相手の由美さんが父を咎める。
「そういう由美は29で俺の所に来たじゃないか。その時は、まだ同棲だったが」
父と母が離婚したのは俺が12歳の時だった。親父は離婚してこの由美さんという人と直ぐに同居を始めたということか。
「もう、いいじゃありませんか」
堪らずに由美さんが言うが、さすがに離婚して直ぐに同居を始めたとは言い辛いだろう。
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