第22話 もう一台の車

 年配の警官に案内されたのは、交番の奥の部屋だ。そこには、モニターが3台並び、その下にはネットワーク接続された録画装置がある。

 このネットワークは本庁の監視室に繋がっていて、遠隔で交番の監視が可能なタイプだ。

 これも交番襲撃が多くなったという事で、全国の交番に採用された。

 もちろん、この映像は情報鑑識センターにも繋がっている。

「では、この画像を分析しますので、この場所をお借りします」

「ええ、何かあったら呼んで下さい」

 監視部屋に俺たちだけになると、ミイがネットワークを通じて録画装置にアクセスする。すると、録画装置の赤と青のランプが何度も点滅する。

 これはミイが画像をサーチしているのだろう。

「該当する画像がありました。モニターに出します」

 3台あるうちの1台に画像が映し出されるが、夜なので映像は暗い。

「やはり、ちょっと暗いな。これじゃあ、車の車種は分からないぞ」

「今、明るくします」

 ミイがそう言うと、モニター画像が明るくなった。すると、車種は1BOXタイプの黒い車だということが分かって来たが、ナンバーは角度が悪いのか読み取れない。

「この姿は、確かにアルファードだな」

 有村刑事が言う。

「有村さん、分かりますか?」

「うちも昔は同じ車を持っていたからな。まだ、子供が小さい時だ。今じゃあ大きくなって、嫁さんと二人暮らしだから、電気自動車に変えてしまったがな」

「ミイ、ちょっと、巻き戻してくれないか」

 ミイが録画画像を反対送りにすると、車の前部が表示された。

「この車もバンパーが壊れていますね」

 見ると、バンパーが外れてブラブラしている。恐らくぶつかったショックでバンパーが壊れたのだろうが、外れるまではいっていない。

「よし、このままこの車を追跡しよう」

 俺たちは交番を後にし、次の監視カメラがある場所を探す事にする。

 ミイが監視カメラのある店や住宅を探すが、なかなか民間でカメラを付けている所がない。

 あれこれ、探し出してから、3時間が過ぎようとしている。既に8時を回った。

「ねえ、もう8時を過ぎたわよ。まだやるの」

 星野女史が音を上げて来た。

「もう、足が痛いんだけど」

「星野さん、先に帰っても良いですよ」

「私だけ帰れって言うの?」

「だって、足が痛いんでしょう。先に帰ってゆっくりして下さい」

「私だけ帰る訳には、いかないもん」

「いや、帰って貰っていいですって」

「もう、さっさと帰ろうよ」

「まだです。犯人が分かっていないのに帰れません」

「どうして圭くんは、そう頑張り屋なのよ」

「俺も臨時職員とはいえ警官ですから、それは頑張りますよ。ちゃんと給料分は働きます」

「もう、給料分以上働いているじゃない」

「そんな事はないです。亡くなった人の家族の事を考えると、悠長に休んでいれません。有村刑事、森田刑事、行きましょう」

 俺は二人と歩き出すが、その後ろから星野女史が恨めしそうにしてついて来る。

「ご主人さま、ありました。今からサーチします」

 監視カメラがあっても警備会社とかのネットワークに繋いでいないと、ミイも察知出来ない。

 そのネットワークに繋げる事で、監視カメラの映像をサーチするからだ。

「該当する映像がありました。タブレットに表示します」

 俺たちが持っていたタブレットを見ると、黒い映像が映ったが、直ぐにミイが明るくしてくれる。

「これはナンバーが映っている」

 俺の言葉に森田刑事と有村刑事も持っていたタブレットを確認する。

「しかし、これじゃあ文字が小さいな」

 確かに、このままじゃ字が判別出来ない。

「ミイ、どうにか出来ないか?」

「画像処理で文字の判別をします」

 見ているとボケていた文字がくっきりしてきて、大きくなっていく。

「栃木399あ98-76か。ここらの車じゃないな」

「所有者を検索します。結果はタブッレトに出します」

 全員がタブレットを見ると、検索結果が表示される。

「山形健司、27歳か。住所は栃木だな。至急向うの県警に連絡を入れるか。後は捜査本部の判断に任せよう」

 有村刑事が、電話で捜査本部に状況を伝えている。

「良し、今日は帰るか」

「ミイ、車を回して欲しいけど、充電ケーブル差したままだったな」

「それは私から連絡するわ」

 もう、ニコニコ顔で星野女史が言う。

「もしもし、画像鑑識センターの星野ですが、そこで充電させて貰ってた車ですが、充電ケーブルを外して貰って良いですか。ええ、はい、後は自動で動きますので。あっ、はい、はい。それではよろしくお願いします」

 星野女史が電話してからそう時間も経たない時だ。

「車の充電ケーブルが外されました。今からオートモードに切り替えます」

 ミイがそう言うと、車を操作し出したのだろう。

 20分程で誰も乗っていない車が来た。

 俺たちはその車に乗り帰路についた。

 途中で有村刑事と森田刑事を降ろした俺たちは、車で官舎の地下駐車場に帰って来た。そこから、エレベータで自分たちの部屋に向かう。

「ふう、疲れた」

 リビングにあるカウチに星野女史が腰掛け、バッグを投げ出し手足も投げ出している。

 その拍子に、スカートが捲れ上がり、太もものあたりまで見えた。その足はストッキングで照らされてドキッとしてしまう。

「ちょっと、何見ているのよ」

 星野女史が慌ててスカートを直す。

「ご主人さま、分析が終わりました。ナイロン製の安いストッキングです。ネットのディスカウト店では1足220円で売っています」

 ミイが星野女史のストッキングを分析したようだ。

「ちょっと、ミイちゃん、そう言う事は分析しなくていいの。圭くん、あなたの恋人でしょう。もうちょっと、しっかり管理してよね」

「俺は自分の恋人は、伸び伸びとしていて欲しいと思っています。ですから、今のままで十分です」

「愛情2ポイントアップ」

「もう、いい加減にして」

「でも、さすがに疲れたな」

「ご主人さま、今から超音波マッサージをかけますか?」

「おっ、いいのか。ミイ、頼めるか」

 ミイは俺の両肩にそれぞれ左右の手を置くと、肩の筋肉がぴくぴくし出した。

「ああ、気持ち良い。ミイはさすがだな」

「愛情1ポイントアップ」

「今日は遅いから冷凍物で良い?」

 聞いてきたのは星野女史だ。無理もないもう9時だ。今から料理するのも手間だろう。

「はい、良いですよ」

 星野女史は自分の部屋で着替えて来て、冷凍チャーハンを電子レンジに入れた。

「えっと、ネットワークから調理方法をダウンロードしてと…」

 袋に付いているバーコードを電子レンジのカメラに翳すと、最適な時間や暖める強弱をダウンロード出来、電子レンジが自動で調理をしてくれる。

「チン」

 出来上がったチャーハンを別々の皿に盛りつける。今度はカップ2つに粉末スープと水を入れ、先程と同じように電子レンジのカメラに読み取らせる。

 そこに冷凍焼売も入れて同じようにカメラで読み取らせる。

 昔の電子レンジは違う食品を同時に暖める事は出来なかったが、AIを搭載した電子レンジでは入れるだけ入れて温める事が可能だ。

 すると、5分程で熱々の中華スープと焼売の完成だ。それを取り出すと、テーブルの上に今日の夕食が並んだ。

 俺と星野女史は夕食にする。ミイは右手をプラグの形にして、コンセントに差し込んでいる。

 その日、遅く帰宅した俺たちがベッドに入ったのは、午前零時を過ぎていた。


 翌朝、目が覚めるが、いつもより眠い。昨夜、遅かったので睡眠が足りない気がして、頭がボーとする。

「ご主人さま、しっかりして下さい」

「ミイ、なんだか眠い」

「朝食は、私が作ります」

 俺はミイの作った朝食を食べ始めるが、星野女史はまだ起きてこない。

「星野さん、目覚ましを昔のタイプに変えたんだろう。ミイが目覚ましのスイッチを切っていないのに起きて来ないな」

「恐らく、入れ忘れたんじゃないですか?」

「そうか、まあ、女性一人の部屋に入るのも憚られるし、そのまま出勤するか」

「はい、ご主人さま」

 俺たちは、星野女史を起こさないまま、官舎を出て勤務先である山川署に向かった。


 山川署に着くと、森田刑事が話し掛けて来た。

「今日は、星野さんは一緒じゃないんですか?」

「ほら、昨日遅かったので、まだ寝ています。女性は夜、寝る時もいろいろと手入れがありますから、寝たのは俺たちより遅いでしょうし」

「そうですね、お肌の手入れとか大変ですから」

 森田刑事が納得したように言う。

「ああ、そうだ。例の轢き逃げ犯人だけど、捕まったそうです。名前が難しくて『グエン・クワン・ハン』というらしい」

「外国人ですか?」

「ええ、ベトナム人です。10年前に外国人技能実習生として来たのが分かっています。事故を起こすと、ベトナムに帰されると思い逃げたということのようです」

「栃木から来ていたんですか?」

「いや、あの車は別のベトナム人から買ったらしい。日本での車の登録制度とかも知らなかったみたいで、本人は八王子に住んでいます」

「そうですか?それで山形という人は関係はあるんですか?」

「山形という男性は最初に車を買った人で、そこから転売されたようです。その販売店がベトナム人に売り、最終的にはグエンというやつに渡ったようですね」

「それで、そのグエンとかいう人は、送還になるんですか?」

「取り敢えずは裁判をして、それから刑務所でしょう。それからですね、送還は。だけど、家族が居るから、そっちはどうなるか。子供も、もう日本の学校に馴染んでいるし」

「逃げずに、直ぐに消防署か警察に連絡しておけば良かったのに」

「そうだなあ。少なくとも、轢いたのは不可抗力の部分が大きかったから、情状酌量ということもあっただろうに」

「バーン」

 いきなり、扉の開く音がした。

「はあ、はあ、い、居た!」

「星野さん、おはようございます」

 現れたのは星野女史だ。かなり急いで来たと思うが、その姿に目が釘づけになってしまう。

 髪は寝ぐせのまま、化粧もいつもより整っていない。一応はスーツを着ているが、履いているのはヒールではなくスリッパだ。

「ま、また、起こしてくれなかったでしょう。どうしていつも一人で行動するのよ」

「星野さん、目覚まし時計を買ったのでしょう。それで、どうして起きなかったのですか?」

「ちょ、ちょっと、止めてしまったのよ。それより、そんな時は起こしてくれても良いでしょう」

「だって、『ここは私の部屋だから、勝手に入るな』と言ったのは星野さんですよ。それに女性の部屋に入って、後からセクハラだとか言われるのは俺も嫌ですしね」

「わ、分かったわ。勝手に入ったとしてもセクハラなんて言わないから、今度からちゃんと起こしてよね」

「分かりましたが…」

 俺は星野女史の胸のところに目が止まる。見ると森田刑事も同じように目が点になっていて、顔を紅くしている。

「な、何を見てるのよ」

「えーと、星野さん、言い難いのですが、ブラして来ました?」

「えっ、はっ、きゃー」

 星野女史は両手で服の上から胸を押さえた。

「どこ見てるのよ」

「一度、帰ってちゃんと着て来た方が良いと思いますよ。いつもの部屋で仕事をしていますから」

「僕も圭くんの言う通りだと思います」

 森田刑事が顔を紅くして答える。

「わ、分かったわ。もう一度着替えて来るから、ちゃんとここに居てよね」

 星野女史はそう言うと、部屋を出て行った。

「圭くん、星野さんっていつも、あんな感じなのかい?」

「あんな感じです」

「君も大変だね」

「それに比べ、ミイはしっかり者で助かっています」

「愛情1ポイントアップ」

 ミイの愛情ポイントがまた上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る