第21話 確保

「車のコンピュータに走行履歴が残されています。履歴にアクセスした結果、その時間帯の走行が無い事が分かりました」

「なるほどな、だとすると、もう一軒の方か?」

 森田刑事は家に居たお婆さんにお礼を言うと、全員でもう一軒の宮田という家の方に向かう。

「ここか?」

「そうです。先程インターホンを押してみましたが、不在のようです。家にも誰も居るような感じはありません」

「俺と森田はここで誰か帰って来るまで待とう。嬢ちゃんたちは、さらに探して貰って良いか?俺たち二人より確実に見つけられそうだ」

「では、何かあったら連絡します」

 星野女史が言うと、俺たちは別の場所に向かう。

 来た住宅地は一般的な住宅よりはアパート、マンションが多い。中には高級マンションと見られる建物もある。

 アパートやマンションには駐車場はないので、一軒家の車庫を見て回るが、探している車は無い。

 たまに同じ車があっても、フロント部分が壊れていなかったりする。

「こっちにも無いわね」

 星野女史が言うが、まだガレージのある家もあるので、全ての調査が完了したとは言えない。

 そんな時に、星野女史の電話が鳴った。

「星野です。はい、分かりました。そちらに向かいます」

 星野女史は電話を切ると、こっちに向かって、

「例の宮田という家の人が帰って来たみたい。今から、そっちに行こうと思うけど」

 俺たちは、星野女史と一緒に先程の宮田という家に向かった。

 行くと、有村刑事と森田刑事が、やや離れたところから宮田の家を見張っている。

「奥さんと見られる人が帰って来た。まだ、家に居ると思う」

 有村刑事が言う。その言葉を聞いて、俺たち5人で宮田家の方に向かう。

「ピンポーン」

 先程と同じように森田刑事がインターホンを押す。

「はーい、どちらですか?」

 帰って来たという奥さんだろうか?インターホンから女性の声がする。

「警察です。ちょっと、お聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」

 森田刑事がインターホンのカメラに身分証を提示して用件を言うと、玄関のドアが開いて、奥さんと思われる人が顔を出した。

 森田刑事は、再び身分証を見せて名乗った。

「山川署の森田と言います。ガレージにある車を拝見したいのですが、よろしいでしょうか?」

 奥さんは、ちょっとびっくりした感じだったが、結局は見せてくれる事になった。

「えっと、車のキーもお借りしたいのですが」

「分かりました」

 奥さんは、一旦部屋に戻ると車のキーを持って来た。

 奥さんも含めて6人でガレージに行き、車の周辺を回ってみる。

「こちらも何もありませんね」

 森田刑事が言うが、車のフロント部は壊れていない。

 今度は奥さんに断って、車をスタンバイモードにすると、そこにミイが車のコンピュータにコネクトする。

「この車も該当する時間に走行した記録はありません」

「うむ、そうか。どちらも見当違いだったな」

 有村刑事が言うが、それは一般人を犯人にしなくて良かったという気持ちが籠っているように感じた。

 奥さんにお礼を言って、宮田家を後にする。

「どちらも違ったな。ここではない別の場所ということだろう」

 有村刑事が言うが、また振り出しに戻った感じだ。

「嬢ちゃんたちの方は、何かあったかい?」

「アパートやマンションが多くて、そのような所には駐車場もありませんし…」

「アパートはそうかもしれんが、マンションは裏とか地下駐車場というのもあるぞ」

 星野女史の言葉に有村刑事が答える。確かに、そこまでは確認していない。アパートは学生が多いから、車までは持っていないだろう。マンションは探してみる価値はある。

 俺たちはアパートやマンションが立ち並ぶ場所にやって来た。

 アパートやマンションがある分だけ、こちらの方がやや賑やかだ。

 あるマンションの前に来ると有村刑事が説明してくれる。

「ほら、ここに地下に続く車庫があるだろう。こんなところは地下駐車場があるんだ」

 見るとかなり高級そうなマンションだ。

「しかし、こういうマンションだと、どうやって探しますか?管理人に言って中に入れて貰いますか?」

「ここの住所から登録してあるニッサンリーフを探しましたが、該当する車両1台があります」

 俺の言葉にミイが答える。

「さすがミイだな。もう調べてあったのか」

「愛情1ポイントアップ」

「な、なんだ?」

 ミイの愛情ポイントに有村刑事が反応した。有村刑事以外はミイの愛情ポイントには慣れている。

「有村刑事、気にしないで下さい。ミイのアルゴリズムの一つですから」

「う、うむ」

 俺たちは管理人室に行き、地下駐車場を見せてくれるように頼んでみると、管理人自ら案内してくれる事になった。

 管理人室の横から地下に続く階段を降りていくと、広い駐車場がある。

 駐車場に停めてある車を確認していくと、フロント部分の壊れた車が目に入った。車はニッサンリーフだ。

「これに間違いは無さそうですね」

 森田刑事が言う。

「管理人さん、この車の所有者が分かりますか?」

「えっと、707号室の秋田さんですね」

「そこをお訪ねしたいのですが」

「えっ、はい、分かりました」

 俺たちは地下駐車場から続くエレベータに乗り、7階に向かう。

「秋田さん、警察です。ちょっと事情をお聞きしたい事があります」

 前と同じように森田刑事が応対する。

 しかし、インターホンからは何の応答もない。3度程呼び出すが、応答はないので、管理人さんに鍵を開けて貰う事にする。

 星野女史は警察に連絡して、応援を頼んだ。

 応援が来るのを持ってから、鍵を開けて家の中に入る。すると、リビングに男性が一人座っている。

 その前には電源の入っていない黒い画面のTVがあった。

「秋田さんですね。ちょっと事情をお聞きしたいことがあります」

 森田刑事が言うと、頭が白くなった男性がゆっくりとこちらを振り返った。男性はゆっくりとした動作で立ち上がると、

「申し訳ありません」

 と、言い、両手を前に出した。

 隣の部屋を見るとそこには仏壇があり、線香から煙が出ている。その煙の向うには年配の女性の写真が置いてあり、その写真の女性は微笑んでこちらを見ている。

 白髪の男性は、きっと警察が来る事を予想して、最後に線香をあげていたのだろう。

「あなたが、轢き逃げしたという事で良いですね?」

「はい」

「17:32確保」

 森田刑事は、差し出された両手に手錠をかけた。

 玄関の外には応援に来た警官が居る。その警官に秋田を渡すと、パトカーに乗せられて警察署の方に連行されていく。

 そのパトカーの周りには野次馬が取り囲んでいるが、パトカーに乗り込む時はブルーシートに覆われていて、連行されている姿は見えない。

 その姿を見ていた有村刑事が言う。

「次は、アルファードの方だな」

 その通りだ。最初に引いたのはあの秋田という人に違いないが、その時はもしかしたら、被害者のお婆さんは生きていたかもしれない。

 少なくとも、道路に横たわる人を轢いて、そのまま逃げた車の運転手にも非はある。

「これから同じように捜査しますか?」

「明日にしましょう。さすがに疲れたわ」

 音を上げたのは、星野女史だ。

「圭くんだったな。君はどうする?」

 有村刑事が聞いてきた。

「やりましょう。早く犯人を見つけて、お婆さんの無念を晴らしたいです」

「僕も圭くんに同意します」

「でも、ほら、ミイちゃんは?ミイちゃんは電気が切れる頃じゃない?」

 確かにミイは一日1回充電が必要だ。

「ミイ、一度帰るか?」

「いえ、車を呼びます」

「えっ、車を?」

「はい、既に呼んでいます。そろそろ、着く頃です」

 しばらくすると、俺たち専用の電気自動車の覆面パトカーが来た。

 運手席には誰も座っていないので、自動で運転して来たのだろう?

「ミイ、自動で運転して来たのか?」

「いえ、私が遠隔で運転しました」

 ミイは遠隔でも車を運転出来るという事か。

「ミイ、遠隔で運転出来るのか?」

「この車はコネクテッドカーです。ネツトワークに繋がっているので、運転する事は可能です」

「それは分かったが、これとミイの充電はどう関係があるんだ?」

「この車の電池容量は大きいので、そこから充電します」

 ミイはそう言うと、助手席に座って、カーアダプターに手を突っ込んだ。

 それを見た有村刑事は茫然としている。

「いや、アバターと言っても信じられなかったが、こうやって手を変化させたのを見るとそうだと実感出来るな」

「急速充電します」

 ミイが言うと、インパネにあるバッテリー残量がどんどん減っていき、半分くらいになった。

「充電完了」

 ミイがカーアダプターから手を引き抜いた。

「ご主人さま、これで大丈夫です」

「星野さんは疲れているなら、この車で帰って貰っても良いですよ」

「な、何で私だけ?私だって行くわよ、もう」

「いえ、無理にとは言いません。お化粧も直したいでしょうし」

「おい、こら、圭。何でいつも一言多いんだ、こいつめ」

 星野女史が、俺の首を持って締めてきた。

「星野さんギブです。ギブです」

「人生の先輩に無礼な事を言うのは、どうかと思うの?」

 星野女史が文句を言って来る。

「ははは、嬢ちゃんや、男の子は気になる女の子には、ちょっかいを出したくなるもんだよ」

 有村刑事が、笑いながら言う。

「変な事言わないで下さい。私たちは一回りも歳が違うんですよ」

「なーに、愛があれば年の差なんてな」

「も、もう知りませんから」

「ご主人さまの恋人は私だけ」

「ほお、そうなのかい。恋人は嬢ちゃんかもしれないが、奥さんはこの星野の嬢ちゃんでも良いんじゃないか?」

「星野が奥さんなら良い」

「ちょ、ちょっと、ミイちゃんまで余計な事、言わないでよ。私が奥さんなら良いと言うの?」

「奥さんなら良い。恋人は私だけ」

「星野さん、圭くんの奥さんになったら?」

 森田刑事も、もう完全に揶揄っている。

「ちょっと、森田君までいい加減な事を言わないで、圭くんはまだ学生なのよ」

「学生だって、結婚してはいけないって事は無いでしょう。どうだろう圭くん、星野さんのところに永久就職してみては?」

「俺、まだ就職先決まって無いんですよ」

「ちょっと、あなたたちどうかしているわ」

「星野さんは、圭くんは嫌いなんですか?」

「そんな、嫌いじゃないけど…」

「好きなんですね」

「私の方がお婆ちゃんだし、そ、それにミイちゃんも居るし…」

 星野女史は完全に否定しない。それを聞いて俺も今まで意識していなかったけど、なんだかドキドキして来た。

「そんな恋バナはいいから、さっさと行くぞ。ミイちゃんや、車に乗っても良いかな」

 有村刑事はそう言うと、ミイが操縦してきた覆面パトカーに乗る。俺たちも慌てて車に乗った。

 運転席が俺、助手席にミイ、後ろには森田刑事、有村刑事、それに星野女史だ。

 星野女史と言っているが、一応は警視なので、実は二人の刑事より階級は上だ。だが、有村刑事からすれば娘のようなものだろう。

 車に乗った俺たちは、轢き逃げがあった現場に来た。今度は、反対方向に向かっていく事になる。

「どこかに車を停めて歩いた方が良いかもしれません」

 俺の意見に従い、近くの交番に停めさせて貰う事にする。当然、ミイが車から充電した分の電気も充電することにする。

「これは、これはご苦労様です」

 挨拶をしてくれたのはこの交番の警官だろうか。かなりの年配で、温和な感じのする人だ。俺はその警官に聞く。

「ここに監視カメラはありませんか?」

「ありますよ。最近は、交番襲撃とかもあるでしょう。だから、ちゃんと付いてますよ」

 確かに、交番の中を撮影しているカメラはあるが、俺たちが探しているのは外を撮影しているカメラだ。

「昨日あった轢き逃げ事件を捜査しているので、外を撮影しているカメラの画像を確認したいのですが…」

「おっと、これは失礼。それもあります。こちらです」

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