第23話 就職と結婚

 そこに福山警視正が現れた。

「やあ、圭くん、丁度良かった。話があるんだ。私の部屋に来て貰えるか?」

 俺とミイは福山警視正の部屋に招かれ、応接用のソファに向かい合って座る。

「話というのは、君の来年の事なんだ。どこか就職先は決まっているのかい?」

「いえ、まだ決まっていませんが」

「なら、情報鑑識センターに就職しないか。もちろん警官ということになり、公務員という事になる。しかし、情報鑑識センターは、その特殊性から一般の警官とは採用枠が違うんだ」

 その申し出は有難い。正直、卒業まで後半年だったのに就職先が決まらなくて、どうしようかと思っていた。それがこのまま採用されたら、官舎も出て行かなくて済む。

「それは有難いです。どうかよろしくお願いします」

「分かった、それでは、その方向で私も話を進めよう。それでは、この書類に必要事項を書いて持って来てくれ」

 俺は履歴書にあたる書類を福山警視正から受け取ると、そこには自分の履歴以外にも保証人の欄がある。

 ここは父親か母親の氏名と押印が必要になっているが、俺の両親は離婚してそれぞれ家庭を持っているので、俺としてはこの書類を持って行き難い。

「両親の捺印が要りますか?」

 俺は気になっている事を聞いた。

「一応、警察だからね、身元保証が無いと困る」

 俺は両親が離婚していて、既にそれぞれ家庭を持っており、その家に行き難いということを福山警視正に言う。

「トントン」

「はい、どうぞ」

 扉を開けて入って来たのは星野女史だ。

「圭くん、下の部屋に居ると言ったのに行ってみたら、所長の部屋に居るって聞いたからこっちに来たわよ」

 入って来るなり、星野女史が言う。

「星野くんか、実は来年の情報鑑識センターに圭くんをスカウトしていたんだ」

「あら、良いじゃない。寄らば大樹というから、公務員は良いわよ」

「それは有難いのですが、一つ問題があって…」

 俺は両親の捺印を貰う事に気が引ける事を話す。

「そっか、圭くんって何の心配も無い大学生って思っていたけど、ご両親がそんなだったなんて」

 星野女史がしんみりと言う。見れば、涙が落ちそうだ。

「俺としては、どちらかの家で弟や妹と暮らすよりは良いと思ってます」

「でも、ご両親は、どういう気持ちなのかしら?」

「両親も気にかけているから、学費を出してくれているのだと思います。お互いに今の状態が良いのです。

 そこに俺が、ふと顔を出すと向こうも、どう対応したらよいか分からないでしょう。捺印してくれと言えば、してくれるでしょうが…」

「所長、それは両親でないと、だめなんですか?私ではどうでしょうか?」

「肉親のが一番良いな。後は保護者とか」

「わ、私が保護者になります」

「それは無理だ。何の関係もないじゃないか」

「関係とかって、例えば私が妻になれば、良いのですか?」

「それなら良いが…、それは現実には無理だろう」

「いえ、圭くん、直ぐに婚姻届けを出しましょう。そうすれば、私が保証人になれるわ」

「えっ、いえ、それはどうかと思います」

「就職したら、離婚すれば良いのよ。1年程の事よ、どうでしょうか、所長」

「それは君のご親御さんに対しても悪い。そんな事は認められん」

「私の両親は既に亡くなっています。育ててくれた祖父母のうち、祖父は亡くなり祖母は特老です。何か言う人もいません。みんなが上手く纏まるじゃないですか?」

「しかし、だな」

「所長も困らないし、圭くんも就職出来るし、私も一応結婚出来るしで、誰が損をすると言うのです」

「確かにそれはそうだが、それで星野くんは良いのか?君の戸籍に傷が付く事になるんだぞ。それは、圭くんもだ」

「今の時代、離婚率は50%を超えています。戸籍に傷が付くのが半分いるという事です。反対に一生、結婚しない人は男性で40%、女性で30%居ますから、一度くらいは結婚するというのは、それだけで社会に信頼して貰える事にもなりますし、もしかしたら離婚しないかもしれませんし…」

「それは、そうだが、何か引っ掛かるんだよな」

「圭くんはどう?」

「正直、俺もこのままではどこにも就職出来ないし、そうするとアルバイトしかないと辛いものがあります。

 知ってのとおり、就職出来ないと社会的信用も得られませんので、ここで就職出来るのは俺としても有難いです。

 それに、俺も星野さんが妻となってくれるなら、正直嬉しいです」

 俺の言葉を聞いた星野さんが顔を赤くする。

「それでも、婚姻届けには証人が二人要るぞ」

「一人は所長に頼むとして、もう一人は有村刑事に頼もうかしら」

「有村刑事に理由を言って証人になって貰うのか」

「理由まで言う必要はないでしょう。婚姻届けに証人の判を貰うだけだし」

「まあ、それはそうだが…」

 福山警視正は納得した顔はしていないが、星野女史の言う事に同意した。

「では、善は急げと言いますから、明日にでも書類を貰ってきます」

 こうして俺は、星野女史と結婚する事になった。

「なあ、ミイ、これで良かったのだろうか?」

「所詮、紙の上だけの話ですから」

「まあ、そう言えば、そうなのだが…」


 その日の夜。リビングで二人話し合う。

「あの、星野さんの結婚相手って、本当に俺なんかで良かったのでしょうか?」

「それは、こっちのセリフよ。私みたいなおばさんで良かったのかしら?」

「実は、最初見た時から、素敵な女性だなと思っていて、でも、歳が上だから俺の事なんて気にも留めていないだうし、見てくれても、せいぜい年下の弟のようなものだろうと思っていました。

 でも、色々と接するうちに仕事をする中にも可愛らしいところがあって、正直俺の心に星野さんが占めて行く割合が大きくなってきました。

 星野さんこそ、俺みたいな学生で良いんですか?」

「それは私も同じね。最初は亡くなった弟のような感じだったけど、いつかしら弟から気になる男性に代わっていって、そして自分の心にも嘘がつけなくなってきたの。

 本当に私みたいな年上でも良い?」

「もちろんです。えっと、やっぱり、男性である俺が言う言葉だから言います。

 結婚して下さい」

「フフフ、そういうセリフって、もっとこうムードを考えてとか、サプライズで言うセリフよ」

「えっ、あっ、そうですね。すいません」

「okよ」

「えっ?」

「もう、結婚しますって事よ」

「ムードもサプライズも無いけど…」

「結婚してからでいいから、どこか連れて行って。その時に、もう一度、プロポーズして欲しいな」

「は、はい」


 俺は大学生にして、一回り上の女性と結婚する事になった。

 星野女史のする事は早かった。

 翌日、区役所に行って婚姻届けを貰って来て、夕食の時にリビングのテーブルにその紙を広げた。

「えーと、ここに圭くんの名前とか、必要事項を書いて、私はこっちに書くから」

 指示されたところに俺の名前を書き入れる。俺が書き終わると、今度は星野女史が名前を書き始める。

「良しと、後は保証人の所に貰うだけと。所長と有村刑事に判子を貰ったら、私が出してくるね」

「え、ええ、お願いします」

「あっ、そうだ、私、両親に報告しておかないと」

「星野さん、ご両親は亡くなったのでは?」

「お墓にね、その時は旦那さんとして、圭くんも付き合ってよ」

「はい、俺も一応夫になるので、行きます」

「そう言う圭くんは、どうなのよ?ご両親に連絡した?」

「いえ、俺も未だ…」

「じゃあ、今ここで連絡しようか?恐らく、声とか聞かせろとか言われるだろうし」

「ええ、まあいいですが…」

「それと、結婚式はどうしようか?」

「えっ、結婚式?」

「やっぱり、一応式はやった方が良いわよね。私も一度はウェディングドレスを着てみたいし」

「でも、俺に結婚式を挙げるだけのお金はありませんよ」

「私が式の費用ぐらいどうにかするわ。指輪は仕方ないから、圭くんの初任給が出るまで待つしかないわね」

「すみません」

「いいって、学生の旦那さんだもん。仕方ないわ。それより、圭くんもご両親に連絡して」

 星野女史にそう言われた俺は、まず父親に電話する事にした。

「もしもし父さん、俺だけど」

「ああ、圭か?どうした珍しいな、電話して来るなんて」

「実は話があるんだ。俺、この度、結婚する事になった」

「……、えっと、誰が結婚するって?」

 まあ、そうだろうな。いきなり言われても理解出来ないだろうな。

「いや、俺が…」

「圭がか?」

「ああ、そうだけど」

「相手はどんな女なんだ?」

「年上で、もう仕事に就いている人だから」

「そうか、一度、連れて来てくれないか、一応、お前の父親なんだからな」

「ああ、分かったよ」

 今度は、母親に電話する。

「もしもし、圭だけど…」

「あら、圭、どうしたの?電話なんかして来て」

「うん、実は、俺、今度、結婚する事になったんだ」

「……、圭が結婚?嘘でしょう、もしかして、詐欺?」

「いや、詐欺じゃなくて、ちゃんとした結婚だから。相手は社会人でしっかりした身元の人だから」

「そう、一度会わせて頂戴」

 母親からも同じような事を言われた。

「何ですって?」

 星野女史が聞いてきた。

「やっぱり、一度会わせてくれって。やっぱり、そうだよな、星野さん、悪いけど一度、両親に会って貰えないでしょうか?」

「それは私もそう思うわ。どうせなら、ご両親と一緒に会った方が良くない。今度の土曜日に会いましょうよ。場所は、私が探しておくわ」

「分かりました。二人とも別れてから会ってないでしょうから、それで良いと思います」

 今度の土曜日に俺の両親と会い、星野女史のご両親の墓参りには夏の休暇で行く事にした。


 翌日、帰って来たら、星野女史が部屋に居た。

「あなた、お帰りなさい」

「えっ、あなた?」

「そうよ、婚姻届けを出して来たから、戸籍上も圭くんは私の旦那さんと言う事になったわ」

「そうなの。でも、何だか実感が湧かないな」

「そんなもんよ。はい、あなた」

 そう言って、星野女史はハンガーを差し出した。

「ありがとう、でも、その実態は偽装結婚みたいなものだから、二人だけの時は『あなた』って呼ばなくてもいいけど…」

「普段の時が肝心なのよ。そうじゃないと、直ぐにバレてしまうでしょう」

 うーん、そんなものかな。そんなに偽らなくても良いと思うけど。

 でも、星野女史は夕飯の支度をすると言って、台所の方に行く。

「なあ、ミイ、なんだか違うような気がするが、どう思う?」

 俺はミイに聞いてみた。

「結婚なんて、所詮人が定めた制度の一つですし、紙の上だけの事ですから、どうも思いません。それに恋人は私ですから」

 ミイの中では奥さんと恋人の違いは、どうなっているのだろう。

「ミイの中では、恋人の進行形が奥さんと言う事はないのか?」

「夫婦の形態は、動物が子孫を残すための交尾を正当化するための制度ですから、アバターの私は心の繋ぎを保つ恋人の方が大事です」

 そう言われてみれば、そうなのかもしれない。ミイの言葉に、何んとなく納得してしまう。

「はい、お待ちどおさま」

 星野女史が、出来上がった食事を持って来た。

 俺と星野女史はテーブルを挟んで、座った。

「星野さん、いただきます」

「もう夫婦なんだから、『彩芽』って呼んで」

「いえいえ、そんな先輩に向かって、呼べません」

「先輩の前に夫婦じゃない」

「まあ、言われればそうですが…。そ、それじゃあ、彩芽」

「はい、あなた、フフフ」

 彩芽はそう言うと、ちょっと照れたようにして笑う。俺はその時、この人と一生暮らすのも悪くないと思った。

 でも、夫婦といってもまだキスもしていないし、手も握ってはいない。本当に書類の上だけの夫婦だ。

「私が片付けるから、先にお風呂に入って」

 彩芽から、そう言われた俺は風呂に行く。ミイは既にコンセントに手を繋げて充電モードに入っている。

 俺が風呂から出て部屋に行き、ベッドに入ると風呂から出た彩芽が来た。

 すると、今度は俺のベッドに入って来る。

「彩芽さん、ここは俺の部屋です」

「だって、夫婦だもの。同じベッドで寝ても良いでしょう?」

「あっ、いや、それはまだ書類上だけの事で…」

「それはそれ、これはこれ。もう夫婦だもん」

 彩芽はそう言うと、俺の隣で寝ている。ところが、そこに充電が終わったミイが来た。

 ミイは、俺のベッドに入ると、彩芽を追い出して、俺の隣に寝てしまう。

「ちょっと、ミイちゃん、ここは妻である私の場所です。あなたはスピーカに戻ってよ」

「私は恋人ですから、私がご主人さまの隣に寝るのは当然です」

「いえ、それは可笑しいでしょう。妻の私はどうすれば良いのよ」

「ご自由に」

「そこで、ご自由にと言われても。ええい、もう」

 彩芽は俺を挟んでミイの反対側に寝るが、シングルベッドなので3人も寝るのは無理だ。

「ちょっと、きついじゃないか」

「だって、しょうがないじゃない。そっちにはミイちゃんが寝ているんだし」

「星野さんは、自分の部屋に戻って下さい」

「彩芽です」

「あ、彩芽さん、自分の部屋に戻って下さい」

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