第19話 山口のラブレター
翌朝、星野女史と一緒に官舎を出る。もう昨日の事はさっぱり忘れたようで、星野女史は機嫌が良い。
「木村さんのストーカーには、ミイの力が必要だと思うから頼むぞ」
「愛情1ポイントアップ」
どうやら頼られると、愛情ポイントもアップするようだ。
「ご主人さまのお力になれるよう、粉骨砕身精進致します」
だから、このAIは一体いつの時代のものなんだ。
大学の最寄り駅のバス停に行くと、既に木村さくらが来ていた。
「木村さん、おはよう」
「圭くん、おはよう」
「それでストーカーってどう?」
俺は他の人に聞かれないように、ひそひそ声で木村さくらに聞いた。
「うん、後ろについて来ている。白いTシャツを着て、半ズボンで眼鏡をかけている人。背中にリュックを背負っている」
俺が言われた方を見ると、確かにそのような男がいる。しかし、今時の学生でもこんなのは居る。この男がストーカーであるかは、ここでは確信が持てない。
もしかして同じ大学に通う、普通の学生である可能性もある。
「名前は?」
「山口 翔」
そんな話をしていると大学行のバスが来たので、他の学生と一緒に乗り、大学に向かうが、山口と言われた男も同じバスに乗った。
そして、大学前のバス停で降りると、その男も降りる。同じ大学なら、同じバス停で降りるのは当たり前だから、これまでの行為で怪しいところは無い。
俺と木村さくらは同じ学部なので同じ建物に入るが、その山口という男性は大学の奥の方まで行ってしまう。
「ミイ、今までの事を星野さんに連絡」
スマホの形に姿を変えたミイが、振動で教えてくれる。
しばらくすると、ミイがまた振動した。
俺はミイスマホをポケットから出しディスプレイを見ると、そこには星野さんのメッセージが表示されている。
『男はどこの建物にも入らずに、構内をブラブラしている』
と、いう事は、ここの学生では無いということか。
『構内のベンチに掛けてゲームをしている』
ますます、時間潰しのようで怪しい。
その後も星野女史からメッセージが入るが、その男はコンビニに行ったり、トイレに言ったりはするが、それ以外は何もしない。
そして、夕方になり、帰宅する時間になった。
「圭くん」
話し掛けて来たのは木村さくらだ。
「ああ、一緒に帰ろうか」
二人で歩き出すと、星野女史からメッセージが入った事をミイがバイブして教えてくれる。
『男が動き出した』
俺たちが帰りのバス停で待っていると、その男も俺たちと離れて並ぶ。
男はちらちらと、こちらを見ている。これは確かにストーカーと言われても仕方ないだろう。
その男の後ろには星野女史がいる。だが、学生の中に一人だけスーツの女性がいるのは目立って仕方ない。明日からもっと学生の格好で来て貰った方が良いかもしれない。
最寄りの駅に着いて、バスから降り、駅で電車に乗り換えるが、俺は官舎なので、それほど電車に乗る訳ではない。
3駅ほど離れた駅で降りるが、木村さくらは親と同居しているので、更に遠くまで電車に乗る事になる。
「木村さん、俺はここで降りるけど、後は大丈夫かい?」
「いつも後をついて来るのが気持ち悪いだけで、今のところ悪い事はして来ないから大丈夫だと思うけど。それについて来るのは、いつもこのバス停からだし」
「家からじゃないんだ。それでも、何かあったら警察に直ぐに連絡した方が良いと思うよ」
「うん、分かっている」
俺はそう言うと電車を降りた。駅の改札を出ると今までの通り、アルバイトに行く。
歩き出してそう時間も経っていな時だ。俺の前に一人の男が立ち塞がった。この男は木村さくらをストーカーしていた山口という男だ。
俺はこの山口という男が何をするか分からないので身構えると、星野女史もやって来た。
「た、頼みがある。こ、これを…」
山口が差し出したのは手紙だ。宛先はないが、モスグリーンの封筒に入っている。
「えっ、これって…」
そう、俗に言うラブレターという物だろう。
「お、俺にか?」
横に来た星野女史も口を開けたままだ。
「えっ、あっ、いや違う。こ、これをバイト先の彼女に渡して欲しいんだ」
「えっ、バイト先の…」
バイト先の彼女といったら、ミイしかいない。
「た、頼む。一生のお願いだ」
それだけ言うと、山口は後ろを向いて走って行った。俺の手にはモスグリーンの一通の封筒が残されたままだ。
「圭くん」
見ると星野女史だ。
「星野さん、これ、どうすれば良いでしょうか?」
「そうねえ、取り敢えずミイちゃんに見て貰うしかないわね。いくら圭くんがミイちゃんのご主人さまだからといって、勝手に見ると悪いだろうし」
「そうですよねぇ」
俺は途中にある山川署に行き、そこで、スマホの形になっているミイを人型に戻してから、アルバイト先のワーキングレストランに向かう。
その途中で渡された手紙についてミイと話をする。
「ミイに渡してくれと、ラブレターを頼まれたんだ」
「ポケットの中で聞いていましたので、経緯は分かっています。ですが、私はご主人さま以外は考えられません。その人の手紙は不要です」
「何が書いてあるか、気にならないか?それに返事も必要だろう」
「気にはなりません。返事も決まっています」
ミイにそう言われると、後の言葉が出ない。
「そうなると、山口にどうやって連絡を取れば良いものか?」
「連絡しなければ、そのうち向うから何かしら言って来ると思います。ですが、その時私がいないと、ご主人さまが渡さなかったとして恨まれる可能性もあります。ですから、明日からは私も人型になって一緒に通学します」
「それは、ちょっと。そうなると、ミイの分の交通費もかかるし」
「待って。ミイちゃんの提案は良いきっかけだと思うの。いつまでもミイちゃんをスマホで移動させていると、そのうち正体がバレる可能性だって高いわ。
この際、人型のまま居る方が圭くんのためにも良いと思うの」
「そうなると、授業を受けている間、ミイにはどこかで待って貰う事になるけど」
「私も一緒に待っているから同じよ」
「そう言えば、星野さんって、俺が授業に出ている間、どうしているんですか?」
「学内を散歩して、時間があれば近くの交番で休んでいるかな」
「そんな事が出来るんですか?」
「情報鑑識センターって、組織の中じゃ意外と融通が利いて、IDを見せれば大体どこでも使えるの」
「じゃあ、俺とかも?」
「もちろんよ。それは臨時職員でも同じね」
「それで、最寄りの交番で何をしているんですか?」
「端末を使って情報収集ね」
「ミイ、本当か?」
ミイが何かサーチしているようだ。
「結果が出ました。ネットに繋いでショッピングサイトを見ています」
「ちょ、ちょっとミイちゃん」
「後は、出会い系サイトです」
「げっ」
「あーん、もう言わないで」
「星野さん、結婚したいオーラ満開ですね」
「よ、余計なお世話よ」
それから2日後、俺とミイがアルバイトをしているワーキングレストランに山口は来た。
山口は自動ドアを入ると真っ直ぐに受付に行く。受付ではミイが応対している。
「あ、あの、僕は山口と言います。て、手紙を渡してくれるよう頼んだのですが、読んで貰えましたか?」
「いえ、読んでません。私には好きな人がいるので、正直、あのような手紙は迷惑です」
ミイはそう言うと、手紙を山口に返した。山口は手紙を受け取ると、すごすごと自動ドアを出て行く。
断られたらきっぱりと諦める。あの男は見た目以上に男らしいのもしれない。俺は厨房から見れるモニターを見て、そう思った。
だとすると、木村さくらはどうして山口の事をストーカーと言ったのだろう?ただの勘違いだったのだろうか?
こうなると、木村さくらの事を全面的に信用する事は出来ない。
その日は8時までアルバイトをして家に帰る。もちろん、監視役の星野女史も一緒だ。
部屋に入り夕食と風呂を済ませた俺は、星野女史からリビングに来るように言われる。
「話って何でしょうか?」
俺の横には、ミイも居る。
「今度の土日だけど、現場対応して欲しいって依頼があるの?」
「現場対応?どういう事です?」
「いつもは、監視ルームから監視カメラの画像と本人の認証をして貰っているじゃない。あれはあれで有効なんだけど、本人が分かったからと言って直ぐに逮捕出来ないの。
そこで、現場に行って、犯人を逮捕するまでやって欲しい訳」
「それは本庁からの命令ですか?」
「そうね、ミイちゃんの実力を使えると分かったから、そう言い出したんだろうけど」
「もし、断ったら?」
「さあ、そんな事は私が知るべきところではない、という事ね」
「正直、断らない方が良いという事ですね。俺も国を相手にする程、馬鹿ではないですから」
「理解してくれて、有難いわ」
今度の土日は、星野女史や森田刑事たちと現場で対応することになった。
土曜日、朝8時に俺とミイは星野女史と一緒に官舎を出て、山川署に向かう。
そこで、他の刑事たちと落ち合い、現場での検証を行う訳だ。
星野女史と一緒に居ると、若い刑事が声をかけて来た。
「やあ、桂川くんだったっけ。久しぶりだね」
それは森田刑事だ。その後ろから年配の刑事も来た。
「よう」
こっちは、有村刑事だ。年配の刑事らしく、言葉もそう多くない。
「有村刑事、森田刑事、お久しぶりです」
「話は聞いている。そっちの嬢ちゃんは、かなり優秀なようだな。最も、俺は1970年生まれだから、ネットとかコンピュータとかは、さっぱりだけどな」
「1970年ですか?すると、そろそろ定年ですか?」
「何を言ってる。この前、公務員の定年延長が決まったばかりじゃないか。おかげて後5年定年が延びたよ」
そう言えば、そんなニュースがあった。俺には遠い先の事だったので気にも留めていなかった。
「有村刑事に辞められると、我々若い者が困ります」
「何を言う。この歳になれば若いやつと同じように動けん」
「いえ、まだまだ教えて貰う事は多いです」
「俺より、そっちの嬢ちゃんの方が使えるだろう。さてと、それでは嬢ちゃんの実力を拝見するとしようか」
有村刑事がそう言うと、山川署の中にある会議室の中に入っていく。ここは、山川署の地上部分にあるので、情報鑑識センターではなく、所轄の範囲になる。
会議室に入ると、そこには教室のように並んだ机と、ホワイトボードがあった。
ホワイトボードには様々な書類が張ってあるが、そこに並んでいる刑事たちも手にはタブレット端末を持っている。
俺たちは、その部屋の一番後ろの席に座った。
一番前の教卓になる位置にある机に3人の男性が出て来た。
「それでは、3日前の夜に発生した横溝町1丁目での轢き逃げについて、状況を説明します」
この会議については、事前に森田刑事から聞いている。この犯人が未だ分かっていないらしく、今回の仕事はこの犯人捜しだ。
「事故が発生したのは、夜23:40頃、被害者は藤野涼子、88歳。被害者は痴呆症で当日の夜も無断で家を出ていたので、家族から警察に行方不明の連絡が入っている。
それによって、警察車両がパトロールを強化している最中だった」
そこまで言うと、真ん中に座った刑事は一息ついた。
「最初の発見者は、帰宅中のアルバイト男性だ。男性は飲食店からの帰宅途中に徒歩で現場を通りかかり道路に倒れている女性を発見した。
この時間が、23:45だったことから、その前23:40頃が轢き逃げされた時間と推定している」
今度は、その横に居る刑事が引き継いで話す。
「その時間から、現場周辺にある防犯カメラを調査した結果、この車が轢き逃げしたと見られている」
刑事たちが持っているタブレットに車の映像が映し出される。俺は車の事に詳しくないので、この車が何という車かは分からない。
「トヨタのアルファード2010年頃販売されたものです」
ミイが説明してくれる。
「車の車種が分からないので、まずはそれから探してくれ」
「車はトヨタのアルファード2010年頃販売されたものです」
説明する刑事に答えたのは、星野女史だ。
「えーと、君は?」
「情報鑑識センターの星野です。画像分析結果からトヨタのアルファードと判別出来ました」
「さすが、情報鑑識センターだな。では、今聞いたように、トヨタのアルファード2010年頃販売を最優先に探してくれ。かなり昔の車だが、まだ沢山走っているから、中々難しいかもしれないが、よろしく頼む。調査結果は、夕方の会議で報告してくれ」
「車の部品とかの情報は?」
出席していた刑事の一人が質問をする。
「それについては、画像を各人のタブレットに送る」
俺たちの手元にあるタブレットに画像が表示されるが、ここが車のどこの部分かは正直分からない。
「ご主人さま、変です。この部品は先ほどのアルファードの部品ではありません」
「どういう事だ?」
「さあ、そこまでは?でも、この部品は、ニッサンリーフ2025年型です」
その話を聞いて、星野女史が再び発言した。
「この車の部品は、ニッサンリーフ2025年型の物です」
「さすが、情報鑑識センターだな、そこまで分かったのか。今、聞いて貰ったとおり、この部品はニッサンリーフ2025年型ということは、我々の調査でも分かっているが、落ちていた部品と先ほどのアルファードとの因果関係は分からない。
そこも合わせて調査する必要がある。後、質問は?」
真ん中に座っていた刑事が意見を求めたが、誰も発言はない。
「よし、では、解散」
この場に居た刑事たちが一斉に席を立つ。
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