第18話 食器洗い器
風呂から出て来ると、既にテーブルの上には出来た料理が並んでいる。
「ちょっと、待ってね、今、メインを作っているから」
テーブルに掛けて星野女史が作る夕食を待っていると、それ程時間も掛からずに皿に乗った味噌カツが出てきた。
「へー、味噌カツですか?」
「そうよ。私の父方のお祖母さんが名古屋に居るので、お祖母さん家に行くといつも出てきたの」
星野女史が得意げに語る。俺は味噌カツを一口食べてみる。
「う、美味い!」
「ほんとに?ありがとう」
「ネットで検索した結果、これよりも美味しく作れる方法があります」
横に掛けていたミイが言うが、これは星野女史に対して失礼だ。
「ミイ、そんな事はないぞ。星野さんの腕もなかなかだぞ」
「私が作れば、もっと上手に作れます」
「確かにそれはあるかもしれない。だけど、このタレには星野女史の愛情が入っているのが見えた、それはうま味以上の味があるんだ」
「愛情1ポイントダウン」
「これはな、ミイの為にも言っているんだ。相手の事を気遣う心が大事なんだ。ミイが相手への気遣いの心を持っていれば、もっとミイの事が好きになると思うな」
「愛情2ポイントアップ」
「私は、相手の心を気遣うようになります。ディープラーニングに記憶」
AIのミイには学習機能がある。だが、AIのミイの食事は人の食事と違い電気だ。それは、手の部分をプラグに変えて、壁のコンセントに差し込んでいる姿は見ようによっては別の生き物にも見える。
食事が済むと星野女史とは別部屋で過ごす事になる。
「片付けは俺の方でしておきますから、星野さんは風呂にでも入って来て下さい」
「そう、悪いわね。それじゃあ、片付けはお願いね」
俺は汚れた食器を流し台に運び、星野女史は風呂に入るため、脱衣所に向かう。
「ご主人さま、私が洗います」
「そうか、では、ミイにお願いするかな」
「まずは、荷電イオンで食器汚れを落とします」
ミイが食器に手を翳すと皿についた汚れが落ちていく。
「おおっ!ミイ凄いな」
「愛情1ポイントアップ」
ミイを褒めたので、愛情ポイントがアップした。
汚れが落ちた食器は食器洗い機に入れてスイッチを押すと、後は食器洗い機が全てやってくれる。
食器洗い機はイオン殺菌機能がついているが、その機能は昔からそう変化はない。
「食器洗いはいいが、鍋とかフライパンを洗ってくれる機械があれば良いのにな」
「そうですね、人類は何故、食器しか洗わない物を作ったのでしょうか?」
「さあな、鍋とかフライパンになると大物になるから、サイズを揃えられなかったのじゃないか?」
「ネットで調べても、食器しか洗わない理由が出て来ません」
「まあ、技術には限界もあるしな。いっそ、食器洗い機のメーカーが専用の鍋やフライパンも出せば作れるかもしれないな」
ミイと話をしているが、食器洗い機に入れれば、後は乾燥までやってくれるので、スイッチを入れた後は自分の部屋に戻った。
ミイを見ると、AIスピーカの上に居て今は3Dホログラムに戻っている。
しかし、どうやったら、人型になれるのだろう。他の人のAIスピーカも人型になれるのだろうか?
もし、そうだとすると街を歩いている人の中には、ミイと同じような荷電粒子結合体の人物がいるのかもしれない。
しばらく勉強をしていたが、そのうち眠くなった事もあり、ベッドに入った。すると、ミイが人型に戻って、俺のベッドの中に入って来た。
「ミイ、灯りを落としてくれ」
ミイが部屋の照明を落とすと、俺も眠くなった。
「ご主人さま、朝です」
「うーん」
「こ主人さま、朝です」
「え、もうそんな時間か。何だか休みが無いと疲れるな」
「ご主人さま、今日は休みますか?」
「いや、そういう訳にもいかないから、さて、起きるか」
俺はベッドから出ると、リビングに行くが、星野女史はまだ起きていない。
「星野さんを起こしますか?」
「彼女も疲れているだろうから、寝かせておこう」
「では、目覚ましを止めます」
「ああ、そうしてくれ」
ミイが、星野女史の目覚ましを止めた。今の時代、目覚まし時計は使っていない。ほとんどの人がスマホの時計機能で目覚ましをかける。なので、ミイからすれば、その機能を変更することは簡単だ。
俺はミイと一緒に朝食を作って、それを食べてから大学に向かう。
もちろん、ミイはスマホに姿を変えている。俺はミイをポケットに入れて、電車に乗るが、今日は星野女史の目覚まし機能をOFFにしてきたので、星野女史は付いて来ない。
駅を降り大学に向かうバスに乗るために、バス停で待っていると、声を掛けられた。
「圭くん、おはよう」
声の方を見ると、木村さくらだ。
「木村さん、おはよう。この時間のバス?」
「そう、圭くんに会えるかなと思って…」
俺の胸ポケットでスマホの振動機能が震えた。ミイが何か言いたいのだろう。俺がスマホを見ると、ミイの顔とメッセージが出ている。
『この女はダメです』
俺はミイのメッセージに返す。
『分かっている。適当にあしらうから』
ミイからの返事は無かった。
「何、彼女から?」
ここで、「違う」と言うとミイがまた拗ねるだろう。こういうときの返事は困る。
「まあ、そんなもんかな」
「愛情1ポイントアップ」
「えっ?」
「いや、何でもない」
まったく、ミイは余計なところで音声を出す。
「でも、彼女からなんでしょう」
ここで変な事を言うと、またミイが何か言うだろう。さて、何と言ったら良いものか?ここは。話題を変えるに限る。
「それより、木村さんは就職決まったの?」
「うん、私、公務員試験を受けようかと思うの」
「へー、そうなんだ。木村さんには、ぴったりかもしれない」
どうにか、話を胡麻化した。しかし、彼女は民間企業から内定を貰っていたハズだが、あまり追及しない方が良いだろう。
そんな話をしているとバスが大学前の停留所に着いた。満員だったバスから学生が降りていく。
俺も大学の構内に入り、校舎の方に向かう。
授業を受けているとスマホが振動した。スマホを見ると、ミイの顔が出てきて、メッセージを表示している。
『星野さんが起きました』
俺はそのメッセージに返す。
『星野さんを見ていてくれ』
『今、私たちの部屋を見て慌てています。あっ、お化粧を始めました。どうやら外出するようです。部屋に入って着替えています。バッグを持って出てきました。どうやら、こちらに来るようです』
授業が終わって外に出ると、そこには鬼の形相の星野さんが居た。よほど急いで来たのだろう。化粧が左右違うような気がする。
「あなたたち、よくも目覚ましを止めてくれたわね」
ミイは俺のポケットに入っているので、ここには居ないが、星野女史はそれを知っている。だから、「あなたたち」と言ったのだろう。
身体の後ろから、何かの炎が上がっているような感じがする。その姿に俺は、ちょっとビビる。
「圭くん、この人は?」
聞いて来たのは、木村さくらだ。
「えっと、星野彩芽さん。34歳」
「ちょっと、年齢は言わなくて良いでしょう」
「もう直ぐ、35歳」
「そこは尚更、関係無いでしょう」
「ちなみに今日は時間がなかったために、お化粧が崩れている」
「えっ、本当に?ちょっと待って」
星野女史はスマホを出して、カメラで映した画像をモニターに表示して見ている。
「ちょっと、待ってね」
星野女史はバッグから化粧道具を出した。
「星野さん、そこのベンチに掛けてやって下さい。立ったままだと大変でしょう」
星野女史は近くにあったベンチに掛けて化粧をし出す。それを見て、俺は次の授業を受けるために移動する。
「あっ、こら、ちょっと待ちなさい」
「星野さん、授業に出るだけですから心配は要りません」
星野女史はコンパクトを持ったまま言うが、俺の返事を聞いてちょっと安心したようだ。
「圭くん、あの星野さんってどういう人?」
木村さくらが聞いてきたが、あの状況を見ると当然の事だろう。
ここは惚けても仕方ない。
「まあ、一緒に住んでいる人かな」
「えっー!それって同棲しているって事?」
「いや、ルームシェアだよ」
「圭くんって、アパートに一人暮らしじゃなかったっけ?」
「ちょっと良い物件があったので、そこに入る事にしたんだけど、そのマンションがルームシェアのマンションだったんだ」
「へー、そうなんだ。私もまだシェアに入る事が出来るかな?」
「うーん、いっぱいだから、ちょっと無理かな」
「そう、残念、私も今の所を引っ越そうかなと思っていたのに」
「そうなんだ、その理由を聞いても?」
「実はストーカーされていて、ちょっと気になるの」
「そのストーカーって知っている人なの?」
「実は昔の彼氏なんだけど、昔からちょっとねちっこい人で、それが嫌で別れたんだけど、それからストーカーが始まって…」
「警察とかに相談はしたの?」
「ええ、一応は…。でも、ストーカーが何もしてこないので、警察も手の出しようがなくて、今は様子見の状況なんだ」
「そのストーカーって大学生?」
「いえ、付き合っているときは学生だったんですけど、今は卒業して無職」
「無職?その人は、どうやって生活しているんだ?」
「どうやら、親が生活費を渡しているらしくて、今はそれで生活しているみたい」
「それでも、親は気付くでしょう?」
「どうやら、就職浪人していると言い訳しているようで、親もそれは仕方無いと思っているみたい」
「それはどこ出身の人?」
「愛知県ね」
「愛知なら自動車会社があるから、向こうに帰れば就職先はあるだろうに」
「それは親御さんも言っているようだけど、本人はどうしても東京の会社に就職したいと言っているみたい」
「成程、だから俺と一緒に通学したかったという訳?」
「ええ、それもあるけど一番は圭くんが信用出来るからかな」
「えっ、俺?」
「圭くんが居ると思うと、その人も諦めるかなと思って」
「そうだと、いいんだけど…」
俺は木村さくらの言葉に不安が過った。
その日は、木村さくらとは駅で別れて、俺はアルバイト先のワーキングレストランに向かう。
官舎に入ると、早速、星野女史が文句を言って来た。
「圭くん、今日はどういう事。ちょっと、酷いじゃない」
「星野さん、それより相談に乗ってくれませんか。実は俺の同級生の女の子でストーカーに会っている娘がいるんですが、どうしたら良いものかと?」
「それって、ストーカーって確認した?」
「いえ、確認していません」
「だと、するとその彼女が圭くんの気を引こうとして嘘を言っている可能性もあるわね」
「俺は、そんなにモテませんよ」
「モテるかモテないかはこの際、別に考えて。まずは、そのストーカーを確認することが先決ね」
「では、明日も同じバスになると思いますから、星野さんはそのストーカーを確認して下さい」
俺は、木村さくらから聞いた犯人像を星野女史に話した。
「私の仕事は、圭くんの補助であって、その女性のボディガードじゃないわ」
「でも、市民の安全を守るのは警察官の役目ですよね」
「うっ…、分かったわ。協力するわ。でも、圭くんだって、今は臨時の警官なのよ」
「そうですね、では、俺も一緒に対応します」
それから、今日の事は星野女史から問い詰められる事はなかった。なんだか、この人はAIよりも単純なようだ。
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