第17話 似顔絵からの探索

「それより、さっさと仕事をしましょう。それで、似顔絵の人『金愛姫』って人は、何をしたんですか?」

「麻薬の運び屋よ。彼女は用心深くって限られた人しか会わないわ。なので、写真とかもないし、会う度に顔が違うから、彼女と接触した売人を捕まえても、その度に彼女の姿が違うの」

「でも、似顔絵は出来たという事ですよね」

「ううん、これは何人かの売人の証言を元に描いた絵なの。なので、どれだけ本人に近いか分からないし、名前だって偽名かもしれない」

 ミイが黙っている。今は読み取った顔の似顔絵からネット内にある防犯カメラ画像と整合させているのだろう。

「整合する人物の特定には至りませんでした」

「外国はどうだ?」

「検索範囲が広くなりますので、時間がかかります」

 外国の防犯カメラまで検索するとなると、それこそ年オーダーで時間がかかるだろうし、顔を違えているなら必ずマッチングするとは限らないだろう。

「仕方ない。次の画像に行こう」

 俺が言うと、山本巡査部長が次の画像を出す。すると、ミイがその画像に似た人物が映ったカメラの画像をピックアップする。

 同じように映し出されたのは似顔絵だ。今度は男の顔が出て来たが、眼鏡をかけていてどこにでも居る気の弱い青年といった感じだ。

「星野さん、この男性はどういった犯罪を犯したのですか?」

「窃盗ね。被害は会社の金庫にあった運営費用を盗んだ事。

 男性の名前は『吉田竜斗(よしだたつと)』29歳、会社では経理を担当していた女性を呼び出し、刺殺しているわ」

「でも、会社に勤めていたら、写真くらいあるでしょう。どうして似顔絵なんですか?」

「実は問題はそこなのよ。最初、会社から提供された写真で、私も簡単に見つかると思ったけど、どの防犯カメラをチェックしても全く分からないの。それで、その写真を元に色々と人に聞き込みをしたら、会社の人、近所の人、顔が違うって言うのよ。

 それらの声を全て集めて最大公約数的に描いた似顔絵がこれなの」

「そんな、顔が違うなんて、整形でもしたと言うのですか?」

「簡単に整形出来る時代ではあるけど、そんなに、ちょくちょく顔を変えられるものではないわ。どうして、そう顔を変えられるのかも、知りたいところね」

 ミイが検索するが、意外な結果が出た。

「駅の監視カメラに映った画像がヒットしました。モニターに表示します」

 そう言って、ミイがモニターに表示させたのは女性だ。

「ミイ、これは女性だぞ」

 ミイもサーチのし過ぎで、オーバーフローして来たのかもしれない。

「でも、あの画像からは、この女性しか合致しません」

「姉か、妹って事はないか?」

「家族関係もサーチしましたが、姉も妹もいません。この男は一人っ子です」

「と、なると他人の空似ということか」

「今から、画像を加工します」

 ミイはそう言うと、髪の毛を男性の髪形にし、眼鏡をかけた。

「あっ、これは確かに吉田だ」

 俺が言うと、星野女史と山本巡査部長も同意する。

「女性に変装していたのね。だから、分からなかった。この画像を所轄に伝送して、該当する女性をピックアップして」

 星野女史が指示をすると、オペレーターが処理した画像を所轄に伝送する。

「この画像が撮られた駅と時間は分かりますか?」

「浜松町駅で、午前7時半頃です」

 俺の質問に山本女史が答える。

「どうして、駅を確認したの?」

「浜松町駅と言えば周辺に会社がある駅です。しかも乗り換え駅ではありません。そして、時間も7時半ということは、この辺りにある会社で働いている可能性も高いという事です。

 それと、今はホームワークを採用している会社がほとんどですから、それが毎日、この駅で撮影されたとなると、その職種は限定されるでしょう。

 と、いうことでミイ、昨日の画像に同じ女性は映っているか?」

「髪形を変えていますが、顔認証から同一人物と思われる画像はあります」

「髪形を変えている?」

「1週間分を表示します」

 モニターに7つの顔の映像が並ぶが、それが全て違う。並べてみると、同一人物ということは分かるが、これが日毎に違うと同一人物と察知するのは難しい。

「この吉田という男は女装するだけでなく、毎日姿を変えているとするとかなり用心深いやつだな」

「でも…」

「何ですか、山本さん」

「毎日、違う姿で会社に行くと、反対に会社の人に怪しまれないかしら?」

「その可能性はあるわね。そこをどうやって誤魔化しているか」

「例えば、ワーキングレストランで仕事をするとか」

 山本巡査部長が言うが、そこでアルバイトをしている俺から言わせると、それは難しい。

「ワーキングレストランは本人確認がありますし、それにほとんどがマイナンバーカードの電子マネー支払いですから、逆に現金を使うとスタッフに怪しまれるますよ」

「なるほど、圭くんはそこは専門家だったわね」

 今度は星野女史だが、俺はバイトであって専門家じゃない。

「もしかして、どこかで、着替えているんじゃ…」

「その可能性もあるわね」

「ミイ、その女性を追跡出来るか?それで、追跡出来なくなった場所を表示してくれ」

 ミイが黙った。今、浜松町駅周辺の監視カメラの映像をスキャンしているのだろう。

「完了しました。モニターに出します」

 モニターに地図が表示され、そこに軌跡と監視カメラの映像が出される。すると、一つのビルの中に入っていく映像が最後になっている。

「今度は、出て来た女性の中で一番近い女性を出してくれ」

「該当がありません」

「何だって?だとしたら、このビルで働いているということか?」

「オペレーター、このビルの調査を現場に指示して」

 山本巡査部長がマイクを通じて、オペレーターに指示を出す。オペレーターは得られたデータを所轄の刑事や制服警官に伝送し、犯人がいそうな場所を伝える事になる。

 端末室で待っていると、所轄の警官が指示してビルに到着したようだ。そして、そのまま中に入り、テナントとして入って居る会社を調べていく。

 しばらくして調査結果が来た。

「現場を調査した結果、それらしき女性はいないとの事です」

「えっ、すると吉田はどこに消えたんだ?裏口とかはないのか?」

「それはビルですから、裏口はあるでしょう」

「では、ミイそっちのカメラを分析してくれ」

 ミイが再び、黙る。裏口周辺にある監視カメラをサーチしているのだろう。

「該当する女性は見つかりません」

「何だって?」

「どういう事?」

 ミイの言葉に、この場に居る全員が黙る。

「そしたら、吉田はこのビルで忽然と消えたという事じゃないか?」

「後は車とかで地下駐車場から出て行ったとか…」

「地下駐車場の映像を確認します」

 ミイが地下駐車場にある監視カメラを確認するので、再び黙った。

「該当する車はありません」

「本当に消えてしまった」

「明日、所轄の人間に後をつけさせましょう」

「でも毎日、姿を変えて来るんですよ。現場で見ていて、分かるでしょうか?」

 星野女史の言葉に反論したのは山本巡査部長だ。

「そこは圭くんたちに協力して貰わないと…」

「でも、月曜日になると俺も学校があるし」

「ミイちゃんだけでも良いけど」

 まあ、ミイの能力があれば、俺は要らないよな、当然の事だ。

「私は、ご主人さまと離れません」

「まあ、そう言うと思った。と、なると現場の人間に頼むしかないわね」

「そのように現場に指示します」

「それじゃあ、今日はこれまでね。また、今度お願いするわ」

 星野女史が、本日の作業の終了を言う。

「それじゃあ、ミイ帰るか」

「はい、ご主人さま」

 ミイが俺の手を握って来た。

「熱っ!」

 俺は思わず手を離す。

「愛情1ポイントダウン」

「ちょっと待って」

 山本巡査部長がサーモカメラを持って来て、ミイを撮影すると体の温度が70度C以上ある。

「ちょっと、ミイちゃんの体が高温になっている」

「もしかして、使い過ぎで放熱が上手くいってないんじゃないですか?」

 俺はパソコンの熱暴走の事が頭を過ぎる。

「ちょっと、扇風機を持って来ます」

 山本巡査部長が部屋を出て行ったと思うと、しばらくして扇風機を手に持って入って来た。

 そして、扇風機の風をミイに当てる。

「ご主人さま、涼しゅうございます」

 だから、一体いつのAIなんだ。このアルゴリズムを作った人間は、江戸時代の人間か。

 そう言えば、ミイの言動はなんだか古臭い。このアルゴリズムを作った人は、きっと昭和の人間だろう。

 昭和時代に生まれた人も、今では40代以上の人ばかりだ。

 扇風機で風を送り続けていたが、10分もすれば大分温度が下がって来た。

 俺はミイの手を握ると、それ程温度の上昇は感じられない。

「愛情1ポイントアップ」

 愛情ポイントが戻った。

「それじゃあ、帰ろうか」

「はい、ご主人さま」

 ミイは、俺と繋いだ手を離そうとしない。

 その後ろを星野女史がついて来る。

「星野先輩、その姿を見ていると、若い恋人の中を監視する母親って、感じがしますね」

 山本巡査部長が言うが、確かにその通りだろう。

「もう、いいじゃない」

「ミイちゃん、大変ね。お姑さんが居て」

「嫁、姑問題もネットで検索して、対策はバッチリです」

 星野女史が、姑であることが確定した。

 俺とミイ、それに星野女史の3人は山川署を出て、官舎の方に向かう。

 部屋に入ると、星野女史が夕食を作る事になっている。

「今日は、星野さんが作ってくれるんでしたよね」

「まかせて、腕に縒りを掛けるわ」

「腕に縒りを掛けると言っても、所詮知れていると思います」

 星野女史の言葉にミイが返す。

「ちょっと、さっき嫁姑問題はパッチリと言っていたのに、早速、喧嘩を売る気?」

「喧嘩しても相手になりません」

「く、悔しー」

「星野さん、これは反対に考えた方が良いですよ。ここで、美味しい料理を作ると、ミイを見返す事が出来ます」

「そ、そうね。ミイちゃん、見てらっしゃい。ギャフンと言わせてやるわ」

 星野女史はそう言うと、エプロンを付けて、キッチンに向かった。

 星野女史が料理をし出したのだろう、キッチンから良い匂いがして来る。

「なかなか、良い匂いだな」

「ご主人さま、あの料理にそんなに興味がありますか?」

「腹が減っているからな。早く食べたいと思うが、作るまでに時間がかかるだろう。その間に風呂にでも入って来るか」

 俺は風呂に行く事にする。

「私も一緒に入ります」

「いや、それは拙いよ」

 確かにミイは美少女だし、こんな女性と一緒に風呂に入れれば嬉しいが、ミイは荷電粒子結合体というもので、その体は電気を帯びている。

 水に入ると電気が放電するのじゃないだろうか?そうすると、俺も感電してしまう可能性もある。

「ミイは風呂に入れるのか?その、濡れて放電とかしないのか?」

「大丈夫です。ちゃんと、防水基準はIPX6対応で、放電対策もしています」

「でもさ、ほら、若い女性と風呂に入るなんて、俺も免疫がないし、どうしたら良いか分からないし…」

「私に任せて頂ければ、ちゃんとしてみせます」

 おお、それはどうやってくれるのか、凄い気になる。

「それは有難いが、やっぱり俺の気持ちがまだ整理出来ない。だから、一人で入るよ」

 ミイはその言葉を聞いて残念そうな顔をするが、俺はそれに構わずに風呂に向かう。

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