第15話 タスク

 警察への協力は土日と言う事になっている。それは、いつもは普通の生活をしておいた方が目立たないという配慮からだ。

 情報鑑識センターという位置付けから、その正体がバレると海外の組織に利用される可能性も高い。なので、普段は目立たない方が良い。

 警察から割り当てられた官舎も、ちょっと見は普通のマンションに見えるのはそういう配慮からだろう。

 平日の今日は普段の生活を装うために、そのままワーキングレストランへアルバイトに向かう。

 アルバイト先に向かう途中に山川署があるので、そこでスマホ姿のミイを人型に戻す。

 このような場合に、警察の施設が使用出来るようになった事は大きい。

 アルバイト先ではミイが受付、俺は厨房に入るのはいつもと同じだ。そして、そこには客として星野女史もやってくる。

 星野女史の利用代って公費で落とせるのだろうか。だとしたら、俺たちの税金で漫画を読んでいるのは、ちょっと納得がいかない。

 夜8時になると夜勤の交代要員が来るので、いつもの通り帰宅することになる。それは星野女史も同じだ。

 部屋には3人一緒に入り、ミイが照明を点ける。

「お疲れさま、それじゃあ約束通り、私が夕食を作るわね」

 星野女史が言うので、お任せする事にする。

 星野女史は部屋着に着替えて来るとキッチンに向かい、調理をし出した。

 俺は、その間に風呂に入る。風呂から出て来ると夕食がテーブルに並んでいた。

「へー、思ったより上手ですね。星野さん、見直しましたよ」

「ちょっと、『思ったより』とは、どういう意味かしら?」

「いえ、そのままですけど」

「成分分析の結果、ナトリウム分がやや多めです」

 ミイが調理の結果を分析している。こんなところはAIシステムそのものだ。

「ナトリウム分って何よ?」

「塩分が多いって事ですね」

「えっ、そうかな」

「取り敢えず、食事にしましょう。いただきます」

 俺たちは夕食に箸を付けた。

「美味い」

 結構いける。星野女史、かなり女子力が高い。

「星野さん、料理が上手ですね」

「圭くん、お世辞が上手ね」

 そう言いながらも、顔は満面の笑みだ。いや、実際に料理の味は美味い。

「これはミイと良い勝負だ」

「私は負けません」

 俺の言葉にミイが反論する。

「なら、明日はミイが作るのはどうだ」

「受けて立ちます」

「そうね、私もミイちゃんの腕を確かめてみたいわ」

 明日の夕食はミイが作る事になり、星野女史と対決する事が決まった。

 その明日は土曜日なので、山川署内にある情報鑑識センターへ出勤する。

 IDカードを当て、地下にある分析室というところに向かう。星野女史も一緒で、彼女が行先を案内してくれる恰好だ。

 案内された部屋に入るとそこには、眼鏡をかけて髪の長い女性が座っていた。

「紹介するわ。私と一緒に圭くんをサポートする事になった『山本澪』ちゃん、階級は巡査部長」

「山本です。私は星野警視と違って、ここから協力させて頂く事になります。それで、こちらのシステムと桂川くんのスマホとリンクを張りたいのだけど」

「それは不要だと思いますよ」

「いえ、指示とかそういうのがあるので、張って貰わないと困ります」

「既に張ってあるということです。ですよな、ミイ」

「はい、前回来た時に、既にリンク設定済です」

「えっ、マジ!そんな馬鹿な」

「山本さん、このミイちゃんは、うちのシステムとリンクを張るなんて簡単にやっちゃうの」

「そうなんですか、俄かに信じがたい事です」

「それで、今日のタスクは?」

「はい、モニターに出します。まずはひったくり犯の画像です」

 モニターに映し出された画像はスクーターで逃げる犯人の映像だ。ナンバーは読み取れない。

「ミイ、分かるか」

「周辺の防犯カメラ画像をリサーチしています。しばらくお待ち下さい」

 ミイが黙った。いろいろな情報分析に入ったようだ。

「逃走経路が判別しました。地図に出します」

 大型モニターに地図が表示され、そこに事件現場からひったくり犯が逃走した経路が表示される。

「これは、最近この辺りで発生しているひったくりと同じ場所ですね。刑事三課の方にも通達します」

 山本巡査部長が、説明してくれる。

「現在、犯人が持っているスマホのWifi電波を解析中です。結果が出ました。現在、犯人と思われる人物はここに居ます」

 地図の中の1点に赤いポイントが表示される。

 その情報は直ちに近くを警ら中のパトカーに伝送され、パトカーが現場に急行している。

「ただ今、現場に到着しました。2階建てのアパート前です。犯人の物と思われるバイクが駐輪場に停められています」

「今は証拠がない。犯人と思わる人物の名前を確認後、張り込みをするんだ」

「住人は『池田大志』。犯行履歴はありません」

 ミイが答えた。

 そんなことは、ミイにかかればすぐに判別するということだろう。

「職業に就いている履歴もありません。アパートの賃貸費用が3か月溜まっています」

 次から次にミイが言う。それは、ネットからサーチしてきた結果だろう。

「動機は困窮してきて、窃盗に走ったということだろうな」

 俺が言うと、他の人も頷いている。

「あっ、池田がアパートを出ます」

 どうやら外出するようだ。池田のアパートを見張っている刑事たちに、直ぐにその情報が届くと、刑事たちが池田の後をつけて行く。

「池田を尾行します」

 モニターに映し出された地図に池田の軌跡が映し出される。バイクで移動しているようで、移動の速度も速い。

「ミイ、池田の免許はどうなっている?」

「免許センターのサーバを確認しましたが、免許を取得した履歴はありません」

 その情報は山本巡査部長から直ぐに現場の刑事たちに伝えられるが、直ぐに無免許で逮捕するようなことはしないで、泳がせておく。

「池田がパチンコ屋に入りました」

 現場の刑事から連絡が入った。

「パチンコ屋に説明して、管理室から防犯カメラで監視して下さい」

 この指示は星野女史だ。彼女は警視なので、そこらの刑事より階級は上だ。

 パチンコ屋も警察に目をつけられると大変なので、こんな時は協力的だ。

「パチンコ屋のカメラ映像をモニターに出します」

 ミイが言うと、別モニターにパチンコ屋の店内画像が映し出される。その中心には煙草を咥え。短髪の髪を金色に染めた男性が、パチンコに興じている。

「あれが、池田か?」

「そうです。以前は建設作業員をやっていたようですが、そこを首になっています。容疑は窃盗です。会社のお金を盗んだようで、そこを突き止められて解雇されています」

「何故、警察に届けてないんだ?」

「会社も本人の将来を心配してのようです。そこで届けると前科一犯ですから、そうでなければ前科はつきませんので、本人次第でやり直せるとの思いからでしょう」

「池田はその期待を裏切ったと言う事か?」

「そのようです」

 ミイの調査が出て来る。

 しばらく、パチンコ屋を見ていたが、そのうち、池田が出て来るようだ。

「こちら現場です。どうやら負けたようで、パチンコ屋を出ます」

 池田はパチンコ屋を出ると駐輪場に止めてあったバイクに乗り、パチンコ屋を後にする。

「包囲班メンバー、やつは今、金が無い。このまま犯行に走るかもしれないから用心してくれ」

 捜査第三課の責任者の無線が聞こえて来た。

 部屋にある時計を見ると土曜日のまだ午前中だ。この時間からひったくりするだろうか。

「池田がアパートの方へ向かう道から、別方向に向かっています」

 現場から情報が入るが、こちらの地図でもそれは分かる。

「池田が裏道に入りました」

「出口の方に回り込め」

 無線では池田包囲網の指示が飛び交っている。地図の上には現場警官の位置も表示されているが、そのうちの4点が裏道の出口側に向かう。

「ドローンは準備出来ているか?」

 現場の無線が活発になって来た。

「ドローンの映像も確認出来ています」

「あっ、今女性の鞄をひったくりました」

「出口側、封鎖しろ」

 裏道からの出口にパトカーが停止し、バイクが道から出られないようにした。

 それを見た池田は、バイクをUターンさせるが、反対側も既に封鎖されている。

 ドローンを上空に飛行させており、その映像もモニターに表示されている。池田はバイクを捨てて、逃げ出した。

 池田は他人の家に飛び込もうとするが、そこは鍵が掛かっていたようで、別の家の扉を開けると開いた。

「このままだとマズイですね。家の人を人質に取るかもしれない」

 自暴自棄になってしまうと、更に大事になってしまう。だが、恐れている事が起こった。池田が家に居た老人を人質に取ったのだ。

「池田が民家に立て籠もりました。現場の要員で立て籠もった民家を包囲していますので、応援を依頼します」

「どうやら、恐れていた通りになりました」

「でも、私たちの出来る事はこれまでです。後は現場の刑事たちに任せましょう」

 星野女史が、俺たちの仕事の終了を宣言する。

「いえ、俺たちも現場に行きましょう。もし池田に、これ以上の犯行をさせると彼も後悔する事になりかねません。それにミイならどうにか出来るかもしれません」

「愛情1ポイントアップ」

「えっ、今の何ですか?」

 ミイの愛情ポイントの音声案内を初めて聞いた山本巡査部長が聞いて来た。

「えっと、気にしないで下さい。それより、ミイ、車を呼んでくれ」

 俺たちはモニター室を出て正面玄関に向かうと、そこには俺たちに与えられた電気自動車が来ていた。

 俺が運転席、ミイが助手席、後部座席に星野女史と山本巡査部長が乗り込む。

「ミイ、現場は分かるな。そっちに急行してくれ」

「緊急車両モードにて運行します」

 室内に格納されていた赤色灯が、屋根に自動的にポップアップすると緊急車両になった。

「ウーウー」

 サイレン音が鳴り響き、山川署を出て行く。

 道路に出ると、信号が全て青に変わっており、その中を時速80km/hで俺たちが乗ったパトカーが疾走していく。

 ものの10分程で、規制線の張られた現場に到着した。

 星野女史が警察の身分証明書を見せると俺たちも同じように身分証明書を見せ、規制線の中に入る。

「情報鑑識センターの星野です。池田はこの家の中ですか?」

「第三課の『桜井』です。あなたが星野警視ですか、声も美しかったですが、実物も美しいですね」

「あら、そうかしら」

「星野さん、お世辞だから。それより、こっちの方に集中して下さい」

「折角、人がいい気分になっているのに」

 横では、山本巡査部長が笑っている。

 人質が取られているのに他人事の俺たちで、傍から見たら不謹慎この上ない。

「それより、どうやって人質を救出するかです。まず、人質の氏名と年齢は?」

「鈴木 恵子、69歳です。特に病気とかで寝た切りという訳ではありません」

 桜井刑事が説明してくれる。その近くには、息子さんだろうか、心配そうな男性とその奥さんの姿も見える。

「ミイ、どうしよう」

「人質だけ救出すれば良いのですね。池田の方は生死は問わないという事で良いでしょうか?」

「いや、池田も人殺しはやっていないので、殺すのはマズイ。殺さずに逮捕したい」

「ご主人さまの御心のままに」

 一体、いつの時代の言葉だ。本当に、このAIを手掛けた人に聞いてみたい。

「では、私が忍び込みます」

 ミイはそう言うと、猫の姿になった。

「ミイ、猫にもなれるのか?」

「はい、問題ありません」

 猫の姿のミイがしゃべるが、知らなかったら腰を抜かすほど驚くだろう。

 猫の姿になったミイは家の裏手の方に行き、しばらく時間が経過した。

「ぎゃー」

「突撃!」

 ミイが入って、しばらくして悲鳴が聞こえたと思ったら、周りを囲んでいた刑事たちが家の中に踏み込んだ。

「確保したぞ」

 家の中から声がした。

 家の中から気絶した男が刑事に両脇を抱えられ出て来て、そのままパトカーに乗せられている。

 その刑事たちの後ろから、ミイが人型となって現れた。

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