第14話 お互いの境遇

 ファミリーレストランも今では、ウェートレスはいない。料理は全て専用トレイに乗せて運ばれてくる。

 俺のアルバイト先であるワーキングレストランと違うのは、一人一人の個室席になっていないオープン席という違いだけだろう。

 俺たちはテーブルに座って注文すると回転寿司屋の専用トレイに乗せられた料理が運ばれて来た。

 それを取って、二人で食事をする。俺はハンバーグ、星野女史はサラダうどんだ。

「フリードリンクがついてますよ」

 星野女史に教えてやると、星野女史はフリードリンクのコーナーに行ってコーヒーを2杯持って来た。

「飲むでしょう?」

「ありがとうございます」

「今日からは同居人だから、仲良くしなくちゃね」

「は、はあ…」

「何か悩みでもあるの?」

「いえ、これってルームシェアというのか、それとも同棲って言うのか、どっちなんだろうと思って」

「まあ、同棲って事はないわね。するとルームシェアって事になるのかな」

「でも、星野さんのご両親とかが知ったらどう思うか?」

「うちの両親、二人とも亡くなったから」

「えっ、そうなんですか?それは悪い事を聞きました」

「ううん、いいのよ。昔ね、私が小さい頃、私がお使いに出ている間に強盗が入って、家族が殺されたの。両親と、まだ小さかった弟とね。帰って来た私が第一発見者って訳で、その時に見た景色は今でも忘れられない。それでね、幼心に思った訳、大きくなったら犯人を捕まえてやろうって。だから、警官になったのね」

「それで、犯人は捕まったのですか?」

「ううん、捕まってはいないわ。ほら、今は殺人事件って時効が無いでしょう。だから、捕まえる事が出来れば、裁判にもかけられるのだけど、捕まっていないからどうしようもないわ。

 お宮入りっていうやつね」

「すいません、悪い事を聞いてしまって…」

「ううん、いいのよ。私ね、圭くんが来た時に弟が出来たような気がしたの。弟も殺されちゃったでしょう。私は弟の記憶って、お母さんを取り合って喧嘩した記憶しかなくてね。

 弟に、もっと色々とやってあげたかったなと、思っているのが後悔かな」

 星野女史の話を聞いていたら、しんみりとなってしまった。

「星野さんは、どうやって育てられたのですか?」

「お母さん方のお祖母さんとお祖父さんが引き取ってくれたのだけど、お祖父さんは3年前に亡くなって、お祖母さんは今、特別養護老人ホームに居るわ」

 星野女史の言葉に何も言えない。少子高齢化になって老人が増えたが、それは痴呆症の数が増えている事にもなり、今は特老が足りないと、毎日のように政治家がTVで言っている。

「プライベートな事まで話して貰って、申し訳ありません」

「いいのよ、それより圭くんのご両親は?」

「俺の両親は俺が小学生の時に離婚して、しばらくは母親と暮らしていたんですが、母親も再婚することになって、そうなると、俺も母方のお祖父さん、お祖母さんに預けられたんです。ですから、中学、高校はお祖父さんの家から通いました。大学に入る頃になると、父親と母親が学費を出してくれるというので、大学に通う事が出来るようになりましたが、二人に最後に会ったのは、もう5年も前ですね」

「私たちって境遇が似ているわね」

「でも、うちの親は離婚したので、星野さんとは事情が違います」

「だけど、どちらも親に縁がないのは同じよ」

「確かに、そうですね。俺たちは似た者同士かもしれない」

「そういう事だから、これからはよろしくね」

「いえ、こちらこそよろしくです」

 食事が済んだ俺たちは新しく暮らすことになった官舎に戻り、ミイを人型に戻した。

「星野さん、お風呂、お先にどうぞ」

「女子はお風呂が長いから、男子から先に入ってよ」

「では、お言葉に甘えて先に頂きます。ミイ、星野さんを苛めるなよ」

「はい、ご主人さま、星野さんに協力します」

 なんだか、ミイの様子が怪しい。

「ミイ、どうした?何かあったのか?」

「星野さん、可哀想」

 どうやら、ファミリーレストランでの俺と星野女史の会話を聞いていたようだ。

「ミイ、星野さんだって、悲しい事があっても努力してきたんだ。その気持ちを分かってやれ」

「はい、ご主人さま」

「じゃあ、俺は風呂に行くから」

 ミイは荷電粒子結合体というものなので、風呂に入る必要はないし、服だって洗濯する必要もない。服も荷電粒子結合体の一部だ。

 俺が風呂から出ると、リビングには星野女史が居てTVを観ている。その近くにはミイも居る。

「ミイも、ここに居たのか」

「はい、ご主人さまを一人でお待ちしていても寂しかったので」

「それでね、ミイちゃんと女同士の恋バナをしていたの」

 星野女史とミイはいつの間に仲良くなったのだろう。でも、仲が悪いよりは良い事だ。

「へー、どんな話をしていたか聞いてみたいですね」

「それは女子の秘密よね。ミイちゃん」

「ご主人さまのご要望であれば、話すのは構いません」

「ちょ、ちょっとミイちゃん、裏切る気?」

「ミイは、俺に嘘はつけないんですよ。そこを分かって貰わないと」

「くっ、そうだったわ。こうなれば、さっさと、お風呂に入ろうっと」

 星野女史は、そう言うと風呂場に消えていった。

 それを見た俺たちも自分たちの部屋に戻り、ベッドに入った。


「ご主人さま、起きる時間です」

 ミイが起こしてくれる。

「もう、そんな時間か」

 俺はベッドから出ると、トイレと洗面所に行く。

 リビングに行くが、まだ星野女史は寝ているようだ。食事は自分が作るとか言っていたが、睡眠欲には勝てなかったのだろう。

 俺とミイはキッチンで食事を作る。食事はパンと野菜サラダ、それに卵だ。これと言って目新しい物はない。

 2人分の朝食が出来ると星野女史を起こしに行くが、ここはミイに任せよう。

「ミイ、星野女史を起こしてくれ」

 俺から指示を受けたミイは、星野女史の部屋に入っていく。

「きゃー」

 星野女史の部屋から悲鳴がする。

 何だろうと思って星野女史の部屋に行こうとすると、ドアが開いて、その星野女史がネグリジェ姿で飛び出して来た。

 ちょっと、透けており胸の乳頭が透けて見える。

「圭くん、ミイちゃんをどうにかして」

「ミイがどうしたと言うんです」

「寝ていたら、いきなり私を抱きかかえて運ぼうとするから、びっくりして…」

 そこまで言った星野女史は自分の胸のところを見た。そこには女性の証が薄い布地の上から見てとれる。

「見た?」

「いえ、全然」

「どう思う?」

「綺麗だなと」

「やっぱり、見えているじゃん。キャー」

 星野女史が慌てて胸を隠すが、下のパンティも見えている。

「星野さん、下も…」

「キャー、助平」

 星野女史は再び、自分の部屋に戻っていった。


 しばらくすると、ネグリジェ姿から部屋着姿に着替えた星野女史が現れた。

 星野女史は顔を真っ赤にして朝食の席に就いた。

「それでは食べましょうか」

 俺が言った事で二人で食事をするが、朝の一件があったので、星野女史は何も話しはしない。

 それでも朝食が終わり、食器を流し台に運ぶと星野女史が、

「朝食は作って貰ったから、洗う方は私がするわ」

 星野女史は、食器を洗い始めた。

 俺は自分の部屋に戻って出かける用意をするが、学生なのでそんなに準備はいらない。俺は着替えると官舎を出る。

 それを見た星野女史が、出かけるのを止めてきた。

「ちょっと待ってよ。私も準備するから」

「え、早くして下さいよ」

 俺はスマホの形に変化してミイをポケットに入れたままリビングで待つ事にしたが、星野女史は自分の部屋から中々出て来ない。

「星野さん、まだですか?もう、そろそろ出かけたいのですが」

「えー、まだ、化粧が終わらないのよ。もう少し、待ってよ」

「遅刻するので、先に行きますよ。目的地は分かっているから、後から追いかけて来て下さい」

「えー」

 星野女史が叫んでいるが、俺はそれに構わずに官舎を出る。

「ご主人さま、星野さんと一緒でなくて良かったのですか?」

 スマホの姿のままミイが聞いてきた。

「ああ、どうせ行先は大学だと分かっているし、いつも一緒に居るのも息が詰まるというものさ」

「成程、それもそうですね」

 俺は電車に乗って、大学に向かった。

 大学のある最寄り駅を降りると、今度はバスに乗り換えだ。

 バス停で待っていると、木村さくらが来た。

「圭くん、おはよう」

「ああ、木村さん、おはよう」

「やっぱり、この時間のバスだったんだ」

「木村さんもこの時間にしたの?」

「うん、圭くんと一緒に行こうと思って」

 バス亭を降りてから実習棟まで二人で歩いて行く。特にこれといった話はないが、それでも世間話ぐらいはしている。

「今日、授業が終わったらどうするの?」

「バイトかな。貧乏学生だからね。稼がないと」

「日曜日とか休みはないの?」

「一応、土日は休みになっているけど…」

「じゃあ、土曜日どこかに遊びに行かない?」

「土日も別の所で働いているんだ」

「そうなの?働き過ぎじゃない?」

「だって、それくらいしないと、暮らして行くのは大変だからね」

「もう、就職先って決まったんでしょう?」

「いや、まだなんだ。いくつか候補はあるんだけど、これといったところが無くて。そう言う、木村さんは決まったの?」

「私は、コアラインフォという情報処理会社の内定を貰っているの」

 今の時代、少子高齢化で若者は売り手市場だ。いや、定年になっても、技術を持っている年配者は前の会社より高給で雇ってくれる会社もある。

 なので、会社としても定年になっても、引き続き雇用継続出来る仕組みがある。

 少子高齢化になって、結局は死ぬまで働く事になりそうだ。

 それに、日本の技術者は海外でも人気がある。まじめで高い技術力を持っているとすれば、需要があるのも当然だろう。

 10年程前までは韓国、中国に行く技術者が多かったが、最近は東南アジア、インドが主流になっている。

 半面、中国、韓国の衰退は止まらない。栄枯盛衰とは言うものの、この2か国の衰退は嫌に早かった。

 国際政治学者は世界に不誠実な対応を知らしめた結果だと言う者が多いが、人件費の高騰に対し、それに対する技術の向上が出来なかったと言うのが、経済学者の言い分だ。

 こんなのどうかは分からないが、今の世界経済の中心は明らかに、東南アジアとインド、パキスタン、バングラディシュのインド洋周辺諸国だ。

 特に情報処理関係の学生は日本でも海外でも人気が高い。

「圭くんは、どういうところが希望なの?」

「特に、これと言って希望はないけど…」

「圭くんは優秀だから、どこか一流の中の一流を狙っているんじゃない?」

「そんな事はないよ」

「でも、内定を貰ったら、どこかに行かない?」

「それって、デートの約束?」

「そんな大それたものじゃなく、学生らしい事をしても良いのかなと思うの。折角の学生生活なのに、アルバイトだけじゃつまらないでしょう」

「まあ、それもそうだけど…」

「じゃあ、決まりね。内定を貰ったら、どこかに行こう」

 何だか木村さくらに、デートに誘われた感じがするが、どうだろう?

「ミイ、これってデートに誘われたって事だよな?」

「お断り下さい」

「ミイも、やっぱりそう思うか?」

「あの女の意図は読めませんが、動機としては不純だと思います」

「それは、AIでの分析結果か?」

「女の感です」

 おい、ミイはAIシステムのくせになんで女の感なんだ。

「ミイはAIのくせに、女の感なのか?」

「私は女なので」

「えっ、AIにも性別があるのか?」

「愛情3ポイントダウン」

「ミイ、すまなかった」

「ご主人さま、酷いです。私はご主人さまの事をお慕い申しております」

 このAIは一体、いつの時代のものだ。一度、プログラミングした人に聞いてみたい。

「まあ、警察の方の仕事もあるから、木村さんの要望に応えるのは難しいだろうな」

「その方が良いと思います。今、彼女のSNSとかをチェックしていますが、友達登録が男の方が多いです。

 どうやら、男好きするタイプと推測します」

「男性の友達登録が多いからと言うだけで、男好きとは限らないだろう」

「AI分析の結果、そういう結論になりました」

「成程な、ではミイの助言の通りにしよう」

「愛情1ポイントアップ」

 愛情ポイントがちょっとだけ復活した。明日の朝はお世辞を言って、愛情ポイントを稼ごう。

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