第13話 警察の監視

「いちいち、そんな目で見れないよ」

「えー、そうなの。男の人ってスーツ姿の人って、好きかなと思って」

「木村さん、男性について何か勘違いしてない?」

「ホホホ、失礼だったかしら」

「木村さんが俺の事をどう思っているか、分かった気がする」

「そんな事、無いよ。圭くんは素敵な男性だよ」

「まあ、いいよ。おっと、駅に着いたようなので、これで失礼するよ。また明日」

「ええ、また明日」

 バスを降りた俺は、駅の改札口の方に向かう。

 その後ろからは、相変わらず星野女史がついて来る。

 俺はその足で、山川署の方に向かう。山川署内にある情報鑑識センターから俺用のIDカードを発行してもらう為だ。

 昨日、写真撮影をし、セキュリティデータ登録したので、今日には発行出来るとの事だった。

 山川署の5階にある情報鑑識センターに行きたいが、まだIDカードが無いので1階ロビーにある案内ロボットに対応して貰おうと思い、受付のカウンターに向かった。

 するとそこに、星野女史が来た。

「私が案内するわ」

 俺は星野女史についてエレベータに乗った。

 エレベータは5階で止まり、情報鑑識センターの事務所に向かう。

「桂川くんを連れて来ました」

 すると、頭の禿げた男性が応対してくれる。

「ええ、出来ていますよ。それでは、こちらにサインをして下さい」

 今回は、ハンコじゃないんだ。出された用紙にサインをすると、代わりにIDカードを渡してくれた。

「後、1名、桂川ミイさんという方は?」

「代わりに預かります」

「いや、そういう訳にはいきません。必ず本人でないとダメです」

「圭くん、そういう事だから、ミイちゃんを連れて来て。えっと、応接室を使って貰って良いから」

 俺と星野女史は事務所の中にある応接室に入る。そこで、ミイをスマホの姿から人型に戻す。

「何度、見てもミイちゃんって不思議ね。それじゃあ、行きましょうか」

「私ならIDカードは要りませんけど」

「ミイ、そう言うな。ルールがあるのだから、なるべくそれを守らないと人間社会は成り立たないんだ」

「ご主人さまがそう言うなら、ご主人さまに従います」

 3人になった俺たちは、先ほどの頭の禿げた年配の男性の所に向かう。

「失礼しました。連れて来ました」

「えっ、連れて来たと言っても応接室に入っただけでは…?」

「そこは余り、追及しないように」

 星野女史が言うと、その男性は黙った。

「それでは、これにサインをお願いします」

 俺の時と同じように、用紙にミイのサインを求めるとミイがその用紙にサインをするが、その文字はまるで印刷したかのような字だ。ワードの14ポ明朝体になっている。

「それでは、これがIDカードです」

 手渡されたIDカードにはミイの顔写真がある。こうやって見てもミイは綺麗だ。

「写真になってもミイは別嬪だな」

「愛情1ポイントアップ」

 ミイが言う。

「へっ?」

 頭の禿げた年配の人が思わず声を出したが、これは仕方ないだろう。

「いえ、何でもありません」

 俺は慌てて、ミイの言葉を胡麻化した。

 IDカードを受け取った俺たちは、再び応接室に入った。

 そこに福山警視正が来た。

「IDカードは受け取って貰ったかね」

「はい、貰いました」

「それでは、これも」

 手渡されたのは、警察の身分証だ。それも二人分ある。

「一応、臨時職員という身分だが、それでも必要だからな」

「はい、ありがとうございます」

「それと、官舎の事だが、情報鑑識センター専用の官舎が手配出来た。そこに入って貰う。もちろん、引っ越し費用などは全てこちらが持つ」

「えっ、そんな…」

「官舎使用料として月5千円と光熱費とかは個人払いだが、それで良いかな?」

 この時代月5千円で官舎に入れるならそれに越した事はないが、気になるのはミイの事だ。

「ミイも一緒に入れるのでしょうか?」

「もちろんだ。ちゃんと3人で住めるようになっている」

「へっ、3人?」

「そうだ、君とミイちゃん、それに星野くんだ」

「えっー、どうして星野さんが…」

「もちろん、君の教育係としてだ」

「そして、監視者としても」

「まあ、その通りだな」

「否定はしないという事ですか?」

「否定はしない。我々の扱うデータは一歩間違うと大変な事になる。その意味から、お互いに監視し合うという事をしなければならない。

 それが嫌なら別部署に行く事になるが、最早、君はそのレベルではないんだ」

 それはミイが居るからという事だろうし、官舎に入れるのも情報漏洩防止と守秘義務のためだろう。

 そうでなければ、こんな待遇は無いから。

「引っ越しは、今度の土日で良いかな。こちらで手配はしておくから」

「は、はあ…」

「そういう事だから、来週からよろしくね」

「星野さんは、それで良いんですか?」

「これも仕事だから。それに部屋の中はちゃんと分かれているし」

「そうなんですか。分かりました」

 ミイの方を見るが、ミイは頬を膨らませてはいても黙っている。

 俺たちは山川署を出て、アパートに帰って来たが、そこには星野女史もついて来た。

「星野さん、同居は来週からですよね」

「いえ、官舎での同居は来週からでも、同居自体は今日からよ」

「へっ、いやいや、そんな事聞いてないし」

「もう、諦めなさい」

 星野女史がそう言うと、ミイが星野女史の腕を掴んだ。

「ミイ、止めろ」

 ミイが電撃を掛けようとしたので、俺が制止させた。

「でも、ご主人さま」

「星野さんだって、仕事でやっているんだ。ここで、星野さんに抗議しても仕方ない」

「圭くん、分かってくれてありがとう」

「でも、布団とかありませんよ」

「心配しなくても良いわ。寝袋を持って来たから」

 星野女史は持って来たスーツケースから寝袋を出して、フローリングの床に敷いた。

「食事はどうするんですか?」

「ここにだって、ある程度はあるでしょう?」

「えっ、俺の所の食事をアテにしている訳?」

「ちょっと用意出来なかったから、申し訳ないけど。その代わりに来週から私が作るから。こう見えても料理は得意なのよ」

「は、はあ?」

「この女は25歳から3年間、料理教室に通っています。恐らく、将来お嫁に行く事を考えての事だろうと思いますが、その努力は今のところ実になっていません」

 ミイが説明してくれるが、その言葉には毒がある。

「ちょっと、ミイちゃん、その言い方は無いでしょう。第一、あなたは料理が出来るの?」

「ミイの料理は、とても上手なんです」

「愛情1ポイントアップ」

 また、愛情ポイントが上がった。

「それなら、今度、勝負しなさい。私が勝ったら、今度から横柄な言い方はしない事、良いわね」

「私が勝ったら?」

「そしたら、あなたの事をミイさまと呼ぶわ」

「それで良いです」

 二人の睨み合う間には、今にも火花が飛びそうな雰囲気だ。

 日曜日になった。朝から俺のアパートには運送会社のトラックが来て、荷物を運び出している。

 その従業員は、ほとんどが外国人のようで日本人と顔立ちが違う。

 少子高齢化から、このような力仕事はほとんどが外国人がやっている。外国人も給料は日本人と同じに貰えるということで人気は高いが、日本になじめなかった人もその人たちが犯罪を犯す事で、社会問題にもなっている。

 それに同じ言葉を話す地域の集団が出来るのは仕方ないし、その集団が固まって犯罪を犯すのも問題となっている。

 そして、この場に居るのは俺とミイだけではない。星野女史も来ていて、運送屋に指示を出している。

「あっ、その荷物は割れ物が入っているから気を付けて運んでね」

「何で、星野さんがここに居るんですか?」

「だって、私が圭くんの指導係だもん」

「いや、指導係と言っても引っ越しまで来るなんて、お袋みたいじゃないですか?」

「うーん、ある意味、間違っていないわね。でも、年齢的にはお姉さんと言って欲しいわ」

「星野さんってもしかして、一人っ子だったんですか?」

「ええ、まあ、そんなところね」

 何だか歯切れが悪いが、それでも弟が出来た、お姉さん的な事をしたいという訳か。

 2時間もすると元々荷物も少なかった事もあって、全ての荷物を運び出す事が出来た。荷物を詰め込んだトラックは、移転先の警察官舎に向かうが、この官舎も警察官舎という感じではなく、現代風のマンションだ。

 もちろん、セキュリティも完璧でオートロックはもちろん、ID認証がないと入れない。

 管理人も警察OBがやっており、こんなところに忍び込んでくる泥棒もいないだろう。

 こちらも荷物の運び込みは2時間程で終わった。間取りは3LKDだが、一間の広さも広いので、元のアパートよりは余裕がある。

「私はこっちの部屋を使うから、あなたたちは南側の部屋を使って頂戴」

 星野女史が指示する。俺は自分の部屋にAIスピーカを置いて早速電源を入れると、ミイがAIスピーカの定位置に移った。

「ミイ、やっぱりその位置は落ち着くか?」

「はい、でも、ご主人さまの横が一番良いです」

 そう言うと、ミイは再び人型となって俺の横に来る。

 俺とミイは荷物の片付けをする。

「さてと、終わったな」

 最も荷物は少ない。片付けと言ってもそんなに時間が掛かる訳ではない。

「ねえ、圭くん。ちょっと、手伝って」

 隣の部屋から星野女史が俺を呼ぶ声がする。

 俺とミイが隣の星野女史の部屋に行ってみると、そこには荷物と奮闘する星野女史の姿があった。

「そっちは終わったんでしょう。ちょっと、手伝ってよ」

 いくつもの段ボール箱が開けられているが、そこには服が入っていて、片付けが進んでいない。

「こんなに要らないでしょう」

「女子は服が大変なのよ。もう、女心を分からない唐変木ね」

「はいはい、手伝いますよ」

 俺は星野女史の手伝いをして、段ボール箱の中の服を指示されたクローゼットに仕舞う。

「えっと、星野さん、これは…」

 俺が手にしたのは、赤いパンティだ。

「あ、あっ、それはいいから」

 星野女史は俺の手から赤いパンティを奪い取ると自分で、クローゼットに仕舞う。

「でも、こんな物も…」

 こっちはお揃いの赤のブラジャーだ。

「あっ、だから、それはいいって。それは私でするから、あなたはこっちの段ボールを片付けて」

 指示された段ボールを開けてみると、そこにはネグリジェが入っている。

「えっと、星野さん…」

 俺はネグリジェを広げている。

「あっ、だからそっちはしなくても良いって…」

「だけど、星野さんがこっちをやってくれと言ったじゃないですか。なら、どれを片付ければ良いんですか?」

「そ、そうね。では、こっちで」

 またまた、別の段ボール箱を指示される。俺はその箱を開けてみるとまた下着が入っているが、今度は白い木綿の下着で、俗にいう「ババシャツ」と言うやつだ。

「ババシャツが出てきましたけど、どこに仕舞います?」

「あっ、また…」

「星野さん、ババシャツ着ているんですね」

「う、うるちゃい」

「やっぱり、30を超えると、年齢的に厳しいものがあるのですか?」

 俺は、ちょっと意地悪をしてみたくなった。

「私が何を着ろうが、圭くんには関係ないでしょ」

「成る程、それもそうですね。でも洗濯はどうします。二人分洗濯するのは非効率ですよ」

「わ、分かったわ。洗濯は私がするから圭くんは、お料理の方をお願い」

「えっ、でも、星野さんは料理が得意で、料理は私がするって言ってましたよね」

「うっ、確かにそう言ったわ。なら、圭くんはお掃除をお願い」

「掃除は星野さんの部屋もやった方が良いですか?」

 星野女史はちょっと考えていたが、

「ううん、自分の部屋と共用部分だけで良いわ。私の部屋は私が掃除するから」

「俺が掃除しないからといって、汚部屋にしないで下さいよ。もし、汚部屋にしたら、強制的に掃除しますからね」

「わ、分かってるわよ」

 他人と暮らしていくというのは、色々と細かいルールを設けなければならない。星野女史との力関係は、取り敢えず有利に運ぶ事が出来たと考えて良いだろう。

 星野女史の荷物の片付けには4時間ほど掛かった。既に夕食の時間だ。

「星野さん、飯はどうしますか?今日、作るのは大変でしょうから、外に食べに行きますか?」

「そ、そうね。それだと私も助かるわ」

「ミイ、すまないがスマホになってくれ」

 ミイがスマホの形に姿を変えると、ミイをポケットに入れて、星野女史と一緒に官舎を出て、近くのファミリーレストランに向かう。

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