第12話 横恋慕

「星野さん、どうしたんですか?」

「私も一緒に行くわ」

「へっ、俺たちはこの後、アルバイトに行くだけですよ」

「ええ、私もそこで仕事をしようと思って。ダメかしら」

「いえ、ワーキングレストランですから、誰が来ても良いですが…」

「でしょう。さあ、一緒に行きましょう」

 俺は車を発信させ、アルバイト先に向かう。

 ナビに行先をセットし、自動モードに入れると後は車が行先に連れて行ってくれる。この機能は、発売された新車に初めてつけられた機能だ。

 アルバイト先に到着し駐車場のスペースを確認し自動駐車ボタンを押すと、車が自動で、駐車してくれる。

 車を駐車したら、そのまま店の控室に行って仕事着に着替えてから俺は厨房へ、ミイは受付に行く。

 すると早速、星野女史が会員登録を申し出てきた。

 ミイが会員登録すると星野女史は7番BOXに向かって行った。

 俺たちがアルバイトをするこの時間は家に帰るサラリーマンと、会社が終わってからもう一働きするサラリーマンが交差する時間でもあり、結構忙しい。

 中には、学校が終わってから勉強する学生もいる。

 それでも、昔に比べてお客が増えているのはミイが受付をしているからだろう。

「あ、あのう」

 見ると、受付の前に学ランを着た男子高校生が立っている。その男子高校生はミイに手紙を渡している。

「今は勤務中ですので、そんなことは困ります」

「えっと、いつならば…」

「それは個人的にも困ります。私も、ご主人さまに何と言われるか」

「えっ、ご主人さま?」

「そうです。私の大事な人です」

 男子高校生は、手紙をもったまま呆然としている。

「ごめんなさい」

 男子高校生は、すごすごと自動ドアを出て行った。

 こんな事は、そう珍しい事ではない。ミイが受付に立つようになってから、既に何回も交際を申し込まれているが、その度に断っている。

 ミイは見るからには完全に人間だが、その感情はどうなんだろう。嫉妬するという感情はあるようだが、それ以外の恋愛感情とかあるのだろうか?

 夜8時になると夜勤の交代要員が来たので、俺とミイはアルバイト先の店を出る。

 俺たちの後ろに星野女史が追い駆けるようにしてついてきた。しかし、その間に割って入った男がいる。

「ミイさん、俺と付き合ってくれ」

 この男は昼間から来ている若い男性だ。とてもサラリーマンには見えないし、いつも漫画を読んでいるので、仕事は何をしているのだろうと思っていた。

 衣装もジーパンにTシャツといった格好だ。

「ごめんなさい」

 ミイが答える。

「そ、その男が居るからか?」

「ええ、そうです。この人は私のご主人さまです。私はご主人さまとずっと一緒です」

 それを聞いた男は持っていた鞄からナイフを取り出した。

「お、俺と付き合え」

 最近、こんなやつが多い。仕事もせずに毎日どうやって過ごしているのか。きっと親に面倒を見て貰っているのだろうが、甘やかしている親も親だ。小さい頃から我儘に育てられたので、自分の思う通りになると育ってきたのだろう。

 ミイが俺の前に出て、俺を守るように立ち塞がる。

「待ちなさい」

 男の後ろから声がした。見ると星野女史がスーツ姿のまま、仁王立ちしている。

「あなた、何をしているか分かっているの。その行為だけで銃刀法違反よ」

 警察官らしい言葉だ。

「う、うるさい。黙れ」

 男は星野女史を向いた。その手にはナイフが握られたままだ。

「警察です。武器を捨てなさい」

 星野女史は身分証を見せて威嚇した。

「け、警察!」

「もう一度、言います。武器を捨てなさい」

 見ると周りには、野次馬が取り囲んでいる。誰かが呼んだのだろう、制服警官も来て、警棒を手に持って威嚇している。

 野次馬の中には、スマホで画像撮影しているやつも居る。

「ミイ、スマホで画像撮影しているやつら居るだろう。撮影されるとマズいから、どうにか出来ないか?」

「では、画像データを消します」

「悪いが、お願いする」

 見るとミイが何かやったようで、スマホを持っている人びとが、そのまま固まっている。

「次は、あの男をどうにかしないと…」

 俺がそう言った瞬間、ミイが走り出て男の腕に手刀を落とすと、男がナイフを落とした。

 そこに星野女史と制服警官が飛び掛かると、男はあっけなく捕まった。

 その頃には数台のパトカーも来て、捕まえた男は手錠を掛けられパトカーに押し込まれている。

「協力、ご苦労さまでした」

 制服警官が敬礼して来るが、今では俺たちも臨時警官だ。だが、ここでは何も言わない方が良いだろう。

「あっ、いえ、捕まって良かったです」

「申し訳ありませんが、事情をお聞きしたいので署の方に、ご同行頂いても良いでしょうか?」

 制服警官が言う。

「えー、それはこちらの人が応じます。この人にあの男が横恋慕したようなので。だって、この人ってこんなに綺麗だから、男が近寄って来ると思いませんか?」

 俺が指さしたのは星野女史だ。

「ええ、その通りですね。では、一緒に来て貰って良いですか?」

 制服警官は星野女史に向かって言う。

「え、えっ?私」

「あまりにも綺麗なので、男から言い寄られるのも分かるでしょう」

「えー、ありがとう」

 舞い上がった星野女史は、制服警官と一緒にパトカーに乗って行ってしまった。

「さて、ミイ帰るぞ」

「ご主人さま、星野さんは綺麗ですか?」

「星野さんは綺麗だろう。とても30代とは見えないし」

「愛情1ポイントダウン」

 愛情ポイントが減った。

「あのままだったら、俺たちのアパートまで来そうだったから、ああ言って追い払う事が出来て良かった」

「愛情1ポイントアップ」

 今度は愛情ポイントがアップした。

「そういう事だったんですね。私はてっきり、星野さんに好意があるのかなと思って」

「星野さんに、四六時中付いて来られるとストーカーみたいだし」

 俺たちは駐車場に停めてあった車に乗り込むと、ナビゲーションで自宅の位置を入力した。

「ミイ、もしかしたらミイはこの車も制御出来るのか?」

「はい、出来ます」

「なら、自宅までお願いする」

 運転席に座っているのは俺だが、助手席に座ったミイが車を運転するというアンマッチになっている。

 車は電気自動車なので、音も静かに駐車場を出発する。

 車はアパートに到着して、指定された2番の駐車場に駐車する。そこの後ろにある充電装置に電気自動車のコードを接続して充電を開始すると、俺とミイは自分の部屋に戻って、いつも通りの生活に戻った。

 翌朝、いつも通りにアパートを出る。車は貸与して貰ったが、車で大学に行くと、それこそ同級生から「何だ?」と聞かれるのは目に見えているので、間違っても大学に車で行く事は出来ない。

 それに車を停めておく駐車場も無いし、充電だって必要だ。どう考えても車で通学する意味は薄い。

 なので、いつも通りにミイにはスマホの形になって貰い、ミイスマホをポケットの中に入れたら、外出することになる。

 アパートを出ると、そこには星野女史がいた。

「どうかしました?」

「私が桂川くんの教育係に任命されちゃった」

「教育係?」

「教育係という名のお目付けね。警察機構としては、あなたを全面的に信用していないということ、それに君だけじゃ、警察との付き合い方も分からないでしょうから、そっちは教育係の役目になるかな」

「は、はあ?」

「そういう事なので、これからもよろしくね」

「でも、四六時中、見張っている訳じゃないですよね」

「えっと、そういう事になってね」

「まあ、俺も警察の秘密を知ったので、このまま何事もなく過ごせるとは思っていなかったので仕方ないです」

「理解してくれて助かるわ。そういう事になったから、ミイちゃんもよろしくね」

「フン」

 ポケットに入れたスマホから音声が出て来た。

「ミイ、まあ理解してやってくれ。これも仕事の内だから」

 ミイは何も言わない。俺が歩き出すと、星野女史も一緒に歩いて来る。

 しかし、星野女史はスーツ姿で、俺はTシャツ、ジーパン姿であり、二人の姿には違和感がある。

「うふふ、こうやって二人並んで歩くと恋人同士に見えるかしら?」

「歳が一回りも違うんですよ」

「あらっ、それはどういう意味かしら?」

「どういう意味って、そのままですけど」

「まあ、いいわ。一回り私が年長者だっていう事をちゃんと覚えておいてよね」

「分かっています。星野さんの事はちゃんと尊敬しています」

「それならいいわ」

 俺は駅に着いた。そこから、大学のある駅までは3駅という近さだ。

 大学は郊外の方にあるので、会社員が通勤する方面とは逆だが、今の時代はホームワークやフレックス勤務体制が主流になっているので、そんなに電車が混んでいるという訳ではない。

 それは、道路もそうだ。ほんの10年前までは、朝と夕方は通勤渋滞というものが凄かったが、今では渋滞があったとしても昔程ではない。

 それに電気自動車が主流になって、さらにはコネクティドカーが出て来た事で、自動運転も可能になってきており、ドライバーの負担もかなり軽減された。

 それは、電車の窓から見える道路も車がスムーズに流れている事から分かる。

 電車は大学のある駅に着いた。ここからはバスになる。

 駅前のロータリーにあるバス停に向かい、そこに待機しているバスに乗り込む。こちらも自動運転になっているので、運転手はいない。

 俺はバス内にある読み取り装置にマイナンバーカードを近づけると「ピッ」と音がして乗降した事が認識された。

 バスに乗り込むと、同じ大学に通う学生と思われる人々で既にいっぱいだ。

「圭くん」

 声を掛けられた方を見ると、同じ学科の「木村さくら」だ。

「あれ、木村さん、君もこのバスだったっけ?」

「ううん、いつもは1本早いバスなんだけど、今日は寝過ごしちゃって」

「へー、木村さんはまじめだから、いつも人より早く来ているからね」

「でも、圭くんと一緒になるなら、今度からこの時間のバスにしようかな」

 木村さくらのその言葉が終わると、ポケットのスマホが振動した。恐らくミイがまたやきもちを焼いているのだろう。

「あら、電話?」

「いや、何でもない」

 そんな話をしていたら、バスは学校前のバス停に到着した。

 学生がどっとバスから降りると、ほぼ人がいなくなったバスは扉が閉まると走り去って行く。

 俺は木村さくらと話をしながら、教育4号館の方に歩いて行くが、その後ろをスーツを着た女性がついて来る。

 その距離は20m程開いているので、俺をつけているとは思えないが、学生の中に一人だけスーツ姿の女性は目立つ。

 それでも、今の大学は企業との共同開発とかやっているので、大学生でない人が居たとしてもそれ程珍しい事ではない。

 しかし、俺が授業を受けている間、星野女史は何をやっているのだろう。

 そんな事が頭を過るが、そこは俺が関知する事ではない。


 授業が終わると、木村さくらが声をかけて来た。

「圭くん、今からどうするの?」

「バイトだな。貧乏学生は稼がなくちゃ」

「そう、なら駅まで一緒に行こうか」

「えっ、良いけど…」

 そう言うと、木村さくらは俺と一緒に歩き出す。俺たちは降りたバス停の反対側のバス停に並んで、駅に行くバスを待つ。

 他にも授業が終わった学生がバス停に並んでいる。その最後尾にスーツ姿の女性が並んだ。それは星野女史だ。

 確かに、星野女史がついて来ると言われているが、こうもあからさまについて来られると余り、気分の良いものではない。

「圭くん、あの女の人、朝も一緒だったよね」

 学生の中にスーツを着た大人の綺麗な女性が居たら否が応でも目立つ。それは木村さくらも気が付いていたということだろう。

「そうだっけ?気が付かなかったけど」

 俺は惚ける事にした。

「そうよ、どこかの研究室に来ている企業の人かしら」

「さあ?興味を持っても関係無い人だし」

 関係無くはない。いや、寧ろ関係があり過ぎる。

「ねえ、あんな綺麗な女性ってどう?」

「どうって、どういう事?」

「男の人の目から見て、興味があるかという事よ」

 綺麗だけど、一回り以上も年齢が違う。それを知れば彼女もびっくりするだろうが、もちろん、そんな事は言えない。

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