第9話 女狐
「あと、ミイちゃんだっけ、どんな物にも姿を変えられるのか?」
森田刑事がミイに尋ねるが、ミイは何も言わない。
「ミイ、森田刑事の質問に答えてやってくれ」
「はい、出来ます」
「桂川くんには答えるのに、何で僕の質問には答えてくれないんだ?」
ミイは再び俺を見る。
「ミイ、答えてくれ」
その質問は俺も聞きたい。
「ご主人さま以外と言葉を交わすことは、浮気になります」
「へっ?」
「ホホホホ」
森田刑事は口を開けたまま魂が抜かれたようになっており、星野女史は高笑いしたままだ。
「一体、いつの時代の子?森田くんと話すと浮気になるだなんて。それじゃあ、私が桂川くんと手でも繋ぐとどうなるのかしら?」
そう言うと、星野女史が俺の手を握った。
「ダメです!」
ミイがそう言うと、星野女史が俺と繋いだ手を無理に離すが、今度は星野女史の手をミイが握る。
「バシッ!」
「キャーーー!」
星野女史の悲鳴が部屋中に響いた。見ると、星野女史が白目を剥いている。
「星野さん、星野さん!」
森田刑事が星野女史を揺すると、星野女史が目を覚ました。
「うーん」
「な、何をした!」
森田刑事がミイに問い詰めるが、ミイは俺の方を見たままだ。
「ミイ、俺も知りたい。一体、何をした?」
「はい、電子流を流しました」
「電子流?電気の事か?」
「そうとも言います。普通の人間なので、気絶程度に留めておきました。ですが今度、私のご主人さまに色目を使うと、その時の代償は命で支払って貰います」
その言葉を聞いた、森田刑事と星野女史は固まっている。
「ミイ、星野さんはわざとやったんだ。つまり、ミイを揶揄っただけなんだ」
「それでもです。私のご主人さまに手を出す女狐は許しません」
「本当に、ミイは可愛いやつだな」
「愛情1ポイントアップ」
「な、何だ、今のは?」
「えっ、どうしたの?」
森田刑事と意識が戻った星野女史が聞いて来た。
「いや、可愛いとか言うと愛情ポイントというのが溜まるらしくて…」
「その愛情ポイントが溜まると、どうなるんだい?」
「それは、俺にも分からなくて…、ミイ、どうなるんだ?」
俺はミイに直接聞いた。
「ご主人さまへの愛情が深まります」
「俺への愛情が深まるとどうなるんだ?」
「それだけです」
「はっ?、愛情が深まった後は、どうにもならないのか?」
「ご主人さまのために、精一杯尽くします。そこの尻軽な女が近づかないように守ります」
「ちょっと、誰が尻軽なのよ!」
ミイは星野女史をチラッと見ただけで、また俺の方を見て何も言わない。
「何とか言いなさいよ!」
ミイはプイッと言った感じで、星野女史の方を見ようとはしない。
さすがに星野女史も頭に来たのだろう。ミイの肩に手を掛けた。すると、「ピシッ」と音がしたかと思うと、再び星野女史が白目を剥いた。
「ミイ、だめじゃないか。星野女史が怪我をしたらどうする?」
「こんな女狐、怪我をした方が良いのです。そうすれば、ご主人さまに近づこうとしませんから」
「ミイの行為によって星野女史が入院したりすると、俺が看病しなくちゃいけなくなる。ミイはそれで良いのか?」
「そ、それはダメです」
「だろう、だから、その電撃攻撃は俺の許可がない限り止めてくれ」
「愛情1ポイントダウン」
今度は愛情ポイントが減った。
「ご主人さまの許しなく、相手を攻撃しません」
「良し良し、ミイは言う事を聞いてくれる可愛い子だ」
「愛情1ポイントアップ」
愛情ポイントが戻った。
「おい、星野さんをどうにかしてくれ。今度は気が付かないぞ」
「ミイ、どうしよう」
「私が、やってみます」
ミイはそう言うと、星野女史の手を取った。
「脳内探査、波長検知、正常脳波に戻します」
すると、星野女史が目を覚ました。
星野女史はミイと手が繋がっているのを見ると、その手を振り払って壁際まで逃げた。
「い、いやー!」
「星野さん、ミイはもう電撃をしないと誓いましたから、大丈夫ですよ」
「いやー、そいつ嫌い」
「ご主人さまに色目を使う女狐は、私も嫌いです」
「誰が女狐よ」
「あなたです」
「何ですって!」
星野女史はそう言うが、ミイに近づこうとしない。
「まあまあ、二人とも。星野さんもミイと言い争うために、この部屋に来た訳じゃないでしょう。さっさと話しを進めて下さい」
「あっ、そうだったわ。私がここに来たのは、その画像処理技術を捜査に生かしたかったの。でも、画像処理の謎が解けたけど、それがAIスピーカのアバターだったなんて…」
「だったら、話が早いじゃないですか。この桂川くんと一緒にミイくんに捜査協力して貰えば良いでしょう」
「えっ、桂川くんとミイちゃんに…」
「どうだろう、桂川くん」
「えっ、俺に警察に協力しろということですか?」
「その通りだ。君も知っている通り、今の犯罪はインターネットを使用した犯罪が多い。そのために捜査はネット捜査が重要になるが、反対に広域化が進んでいるため、犯人が必ずしも日本に居るとは限らないし、その居場所を見つけるのは至難の業だ。
なので、一つはネット上の犯罪を摘発したいというのがある」
「一つは、ですか?」
「そう、もう一つは、その反対にある。ネット犯罪が出来ない者は昔は強盗とかだったが、今では電子マネーとなった事で、強盗したところで、その金は使えないし、使ったとしても直ぐに捕まる事になる。なので、食い逃げのような小さな犯罪が多発してきた。最も、小さなとは言ってはいけないけどな」
「それで、その犯人を捕まえるという事でしょうか?」
「簡単に言えばそうだ。今は監視カメラがあちこちにあり、それがネットワークに繋がっているので、犯人を特定するのはそう難しくはない。だが、監視カメラの画像は荒い物や未だに白黒のものがある。
その画像から、犯人を探し出して欲しいというのが、二つ目の依頼だ」
「でも、それって、警察の上部の人が知らないというのは、問題があるのでは?」
「その通りだ。しかし、そこは僕らがどうにかしようと思う」
「だけど、ミイの事が公になると問題になりませんか?」
「そこは、僕ら、いや警察を信じて欲しい」
「そういう言葉が一番信じられないですね」
「うっ、ああ、そうだな」
「その時は、警察のコンピュータシステムをめちゃくちゃにして貰っても良いわ。あなたたちに依頼する事は、こちらもそれ位の覚悟が必要という事でしょうから」
「星野先輩!」
「森田くんも覚悟を決めなさい」
「分かりました。僕も覚悟を決めます」
「そう言う事で、明日もう一度、署の方に来て貰えるからしら。いろいろと契約を決めたいと思うから。
こちらも、その時までに上の方には話を通しておくから」
「星野警視!」
「えっ、警視?」
「そうだ。この星野先輩は最年少で警視になった人だ」
「えっ、もしかして、歳は20代ではないってことです…か?」
「あら、桂川くんは私が20代だと思っていたの?」
「え、ええ、俺より2,3歳ぐらい上かなと…」
「まあ、桂川くんって何て良い人なの。私、気に入ったわ」
その瞬間、ミイが星野女史の手を取った。すると、星野女史はその手を振り切るが、ミイが再び、その手を握る。
「ミイ、止めろ」
俺がやや強い口調で言うと、ミイが手を離した。
「この女狐の年齢は34歳、独身かつ処女です」
「「えっ!?」」
俺と森田刑事がハモった。
「ち、ちょっと、年齢はまだしも、処女ってところまで言わなくても良いでしょう。それはセクハラよ」
「やっぱり、処女なんですか?」
「もう、良いじゃない」
俺が言うと、星野女史は顔を真っ赤にして下を向いた。
「でも、ミイどうして星野さんが処女だなんて分かっただ?」
「彼女の過去からの履歴を全て調査しました。その結果、彼女に男の陰がありません。そのデータからAIで推測した結果は、彼女が処女ということです」
「だ、だから何よ」
「彼女は人間社会では綺麗な部類に入るでしょうが、これ程までに男の噂が無いと言うのは、性格に非常に問題があると考えて良いかと思います」
「う、五月蠅いわね。誰の性格が問題ですって?」
「貴方です」
「もう許さない。こうなったら壊してやる」
「きゃー、ご主人さまぁ」
「星野さん、たかが機械だ。そんなにムキにならなくても」
ミイは俺の後ろに隠れた。
「星野先輩、桂川くんの言う通りです。あんまりムキになると、今度はヒステリー持ちと言われますよ」
「誰がヒステリー持ちなのよ」
「だって、20世紀生まれだもん」
今度はミイが畳みかける。
確かに、星野女史の年齢からすると、星野女史は20世紀生まれに違いない。
「く、くやしー、20世紀生まれだって良いじゃない」
星野女史は、ほとんど涙目になっている。
それを見た俺たちは、気の毒になってきた。
「えーと、ちょっとした冗談ですから、気を直して下さい」
森田刑事が宥める。
「ほら、それより話を先に進めましょう」
星野女史より確実に年齢が下の森田刑事の方が、大人びて見える。逆にそんなところが、星野女史の可愛いところなんだろう。
「それで、明日、警察署の方に顔を出せば良いのですね」
「ああ、お願いする」
「私からもお願いするわ」
「では、3時頃には行けると思います」
「そうか、では待っているから、よろしくお願いする」
森田刑事が言うと、二人は部屋を出て行った。
「ご主人さま、あの二人の依頼を受けるのですか?」
「それは、話を聞いてからだな。全く、どういう仕事なのか分からないし」
その後、俺とミイはいつもの通り過ごした。
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