第7話 星野彩芽

「実は、NIシステムで撮影した画像に盗難車が写っているんだが、その運転している人物の顔が不鮮明で、それをどうにかしたいんだ」

 以前のNシステムは車のナンバーの識別しか出来なかったが、最近の高度な識別システムはNIシステムとして運転手の顔まで写るらしい。

「取り敢えず、見せて貰えませんか」

 俺は森田刑事と鑑識の人たちに連れられて、鑑識部屋という所に来た。

 中に入ると、様々な分析装置がある部屋と、その奥にコンピュータが並んだ部屋がある。

 俺たちが、コンピュータが並んだ部屋に入ると、録画機とパソコンを接続した機器の前に女性が座って操作をしていた。

「星野先輩、連れて来ましたよ」

 森田刑事がそう言うと、装置に向かっていた女性がこちらを向いた。

 女性は知的な中にも可愛らしさがあり、目鼻立ちの整った美人だ。俺は、警察のイメージと合わなかった事もあり、その女性を前に固まってしまう。

「こちらが例の桂川くんです」

「星野彩芽です」

 その女性は、立ち上がってそう名乗った。年齢も俺より2,3歳上だろうが、森田刑事が先輩と呼んだので、森田刑事よりは上ということだろう。しかし、まだ20代であることは間違いないだろう。

「よろしくお願いします」

「それで、やって欲しいのは、この画像に写っている運転手の顔を明確にして欲しいの。どう?」

 やはり警官だからか、話し方が命令口調だ。

「分かりました。やってみます」

 俺はミイの変身したスマホを取り出すと、モニターに映った車に向けた。

 しかし、画像は綺麗にならない。

「やっぱり、無理かしら」

 ミイの意見を聞くために、俺はスマホを耳に近づけてみる。

 すると、スマホからミイの声がする。

「ご主人さま、このシステムとリンクを張って直に画像を認識したいと思いますが、可能でしょうか?」

 俺は、スマホとシステムをリンクを張りたいと言ってみる。

「スマホとシステムでリンクを張れますか?」

「えっと、可能だけど、リンクを張るための準備をしないと」

「えっと、それは多分、大丈夫だと思います。では、リンクを張ります」

 俺がそう言うと、ミイは自分でリンクを張っていく。すると、ものの2,3秒でリンクが張れた。

「リンクが張れました。それではこちらのスマホで画像解析をします」

 星野さんと森田刑事が俺の持っているスマホを覗き込むと、液晶に運転している男の顔が鮮明に表示される。

「これは…」

「待って、検索してみるから」

 星野さんが別のパソコンに向かって、映し出された男性を検索しようとしている。

「待って下さい。スマホで検索します。ミイ、運転している男性が誰か分かるか?」

 すると、液晶に時計マークが表示され動き出すが、直ぐに結果が出た。

「大山大樹。強姦で指名手配中です。なお、車は盗難車ですが、現在、川崎市川崎区で乗り捨てられています」

「何だって、それじゃあ、川崎署に連絡だ」

「場所を送ります」

 森田刑事のスマホ宛に乗り捨てられている位置情報を送信した。

「犯人はその辺りに潜んでいる可能性が高い。徹底的に調べるんだ」

「待って下さい。犯人の居場所も分かると思います。ミイ、犯人の居場所も突き止められるか?」

 俺が言うと、スマホの画面に地図が表示され、そこに移動する点がある。

「これが大山か?ちょっと見せてくれ」

 森田刑事は、俺のスマホを見ながら、犯人が移動する方向を指示している。

 恐らく、その周辺に警官を配置していくのだろう。

 しばらく、森田刑事が指示をしていたが、そのうち点が移動する速度が速くなったと思ったら、今度は動かなくなった。

「無事、逮捕した模様です。でも、そのスマホは凄いですね。何というメーカ製ですか?」

 森田刑事が聞いてきた。

「いや、これは自分用にカスタマイズしたもので…」

「なるほど、そう言えば君は情報システムが専攻だったね」

「ええ、まあ」

 俺はあやふやに答えた。

「そうかい、今日は協力してくれてありがとう。また、何かあったら協力してくれないか?」

「でも、バイトとかありますし」

「そうか、それもそうだな。いや、悪かった。では、コミュタを呼ぶからそれを使ってくれ」

 ミイを使うと、そのうちミイの事がばれるかもしれない。

 用事が済んだ俺は、山川署を出て呼んで貰ったコミュタに乗ってバイト先に向かう。

 コミュタとは、「コミニュケータータクシー」の略で、限定された地域内を無人で動く電動タクシーの事だ。

 駅から半径10km以内がコミュタの運行範囲内だ。それ以上は有人タクシーに頼らざるを得ないが、料金が安いので人気がある。

 コミュタを降りビルの陰に入って、ミイを人型に戻して行く。そうしないと、アルバイト先は前任者が居るし監視カメラもあるため、人型に戻せない。

 その後、アルバイトを終えた俺は、いつも通りミイを連れてアパートに戻って来た。

 部屋に入ると直ぐに、誰か尋ねて来たようだ。

「ピンポーン」

「はい」

 俺は玄関を開けると、そこには星野彩芽さんが立っていた。

「えっーと…、確か星野さん」

「ちょっと、良いかしら」

 そう言うと、星野さんはドアを開けて、中に入って来た。

「上がっても良いかしら」

「えっ?ええ…」

 星野さんは玄関で靴を脱ぐと、居間の方に来た。そこにはミイが居る。

「あら、お邪魔だったかしら」

「あ、いえ、それで、こんな夜に何の御用でしょうか?」

「実は昼間のスマホについて聞きたいの。私も今はコンピューターを使っているから分かるけど、あのスマホはちょっと異状でしょう。警察のシステムに容易にリンクを張るし、画像処理も完璧、それに画像検索だって、そう簡単に出来る技術ではないわ。

 貴方の技術が、いかに優れているとしても今の技術で出来ない部分が多いの。そのカラクリを教えて欲しいわ」

 星野さんは、そこまで一気に話した。

 俺は美しく紅い唇が、滑らかに動くその様子をただ見ているだけだ。

「ねえ、何とか言って頂戴」

「あ、ええ、その、何と言ったら良いでしょうか」

 ミイの事を言っても信じて貰えないだろうし、そんな事がバレると大事にしかならないのは容易に判別がつく。

 星野さんは一気にしゃべった割には、俺の言葉が出て来るのを待っている。

 しかし、俺はミイの事が言えないので、話す言葉が出て来ない。

「ねえ、何とか言って頂戴」

 星野さんが痺れを切らしたのか、同じ事を言う。

「そう言われても、何と言って良いものか」

「そろそろ夜も遅いのでお帰り下さい」

 俺の言葉に、そう返したのはミイだ。

「話してくれたら、帰るわ」

「恋人たちの間に居座るのは、感心出来ないと思います。もしかして、星野さんはお一人さまですか?」

「うっ、そんなのどうだって良いでしょう。私の勝手よ」

「ははあ、だから、大切な人と一緒に居る大切な時間を理解出来ないんですね」

「な、何よ、私が一人だろうが、あなたには関係ないじゃない」

「綺麗な方なのに、今まで一人だったのは、性格に問題があるんじゃないですか?」

「私の性格が悪いと言うの?」

「男性に好まれないと、言っているのです」

「そんなの、あなたに関係ない」

「それが理解出来ないから、恋する女心も理解出来ないのです」

「もう、いいわ。帰る」

「そうです。さっさと帰って下さい。私たちはこれから二人で幸せな時間を過ごしますから」

 ミイがそう言うと、星野さんは顔を真っ赤にして、持って来たバックを掴んで玄関を出て行った。

「ふうー、どうにか帰ってくれた」

「良かったです。ご主人さま」

「しかし、凄い人だなあ。それにしても、星野さんがどうして独り者だと言う事が分かったんだ?」

「彼女のSNSがありましたので、そこを過去に遡ってみても男性の話が一切出て来なかったことと、出て来る話題は飼い猫と食事の話だけなんです。

 そういう女性は一人の時間が長いということは、インターネット上のSNSやブログなどの分析結果から解析しています」

 そんな事も出来るのか。

「しかし、彼女はいくつなのだろう?」

「興味がありますか?」

 また、ミイが変なヤキモチを焼くと困る。

「いや、無いよ」

 俺より年上なのは間違いないだろう。

「さてと、飯を食って風呂に入って寝ようか」

 俺は、いつも通りの生活に戻った。


 翌朝起きると、そのまま家に居る。

「ご主人さま、今日は大学に行かなくて良いのですか?」

 朝、起こしてくれたミイが聞いてくる。

「今日は、リモートでの自宅学習の日だから大学へは行かないんだ」

 俺は家事が済むと、パソコンの前に座った。最も、家事といっても今ではミイがやってくれるので、俺がやることはほとんどない。

 俺はパソコンに向かって授業を受けているが、そのうちお掃除ロボットが動き出した。

 しかし、細かい場所の掃除が出来ないのは、今も昔も変わりがない。そんな場所はミイが掃除をしてくれるので、本当に助かっている。

 掃除が終わると今度は洗濯だ。こっちもミイが洗濯してくれる。と、言っても洗う服を洗濯機に入れてボタンを押すだけなのは同じだ。一つ違うのは洗濯機にカメラがついており、そのカメラに服を映すとそれがネットに繋がって適切な洗濯方法を洗濯機が自動的に選んでくれる。

 洗濯機にもAIが付いており、カメラに服を見せるだけで洗い方と時間が決まってしまう。

 それでも、洗い終わった服を干すのは、人手に頼らなければならない。

 洗濯が終わるとミイが洗濯機の中から洗った服を取り出し、小さなベランダにある物干し竿に服をかけて行く。

 その姿は主婦のようだ。俺はそんなミイを横目で見つつ、机に向かう。

 それでも、夕方4時になるとアルバイトに向かわなければならない。今ではミイもアルバイトの戦力なので、俺と一緒にアパートを出ていく。

「ご主人さま、誰か後ろをつけてきます」

 アパートを出て直ぐにミイが教えてくれた。

「誰かって、誰か分かるか?」

「えーと、例の星野さんのようです」

「星野さんが…、何の用だろう?」

「そこまでは分かりませんが、恐らく昨日の件ではないかと思います」

「まあ、そうだろうな」

 俺とミイは、そのままアルバアイト先であるワーキングレストランに入ると、前任者の恵理さんから仕事を引き継いだ。

「桂川君、5番BOXのお客さまに気を付けておいてね。既に12時間以上もいるし、食事の注文も3000円を超えているから。もしかしたら、食い逃げされる可能性があるかも」

「分かりました。注意しておきます」

 昼間勤務の主婦の山口さんから、注意する客の情報をミイと二人で聞いている。

 山口さんは俺たちにそれだけ言うと、帰って行った。

 俺は受付担当のミイに、山口さんから聞いた情報を話す。

「ミイも聞いていたな。そういう事だから5番BOXの客に注意しておいてくれ」

「分かりました。5番BOXですね」

 俺たちは、夕方4時から夜8時までの4時間勤務だ。その後は夜勤勤務の交代要員が来ることになる。

 そして、そろそろ夜の8時になろうかとする頃だ。5番BOXの客が出てきたと思ったら、そのままトイレの方に向かう。

 今までもトイレに行っていたので、その行為自体はそんなに珍しい事ではない。

 しかし、トイレから出て来てからが違っていた。

 トイレから出てきた男の客は受付の前に来ると、そのまま正面入り口に向かっていく。

「お客さま、どちらへ行かれますか?」

 ミイの声が厨房の方にも聞こえてきた。

 しかし、男は無言のまま、自動ドアを開けて外に出るとそのまま駆け出した。

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