第6話 交通事故
今日もミイと一緒にアルバイト先に向かう。
「キキッー、ガッシャーン!」
前の方で車がぶつかる音がしたと思って見てみると、右折の車と直進の車が接触事故を起こしている。
そこに居た通行者たちが事故のあった車の所に向かうが、事故を起こした車から人が出て来ないので、もしかしたら、怪我をしているかもしれない。
俺とミイも事故車の方に行くと、右折の車がいきなりバックして逃げた。前方部分が破損しているので、逃げても直ぐに分かるのに。
直進していた車からはまだ人が出て来ないので、どうなっているのだろう。
「誰か、救急車を呼んでくれ」
直進車の方に向かっていた男性がいきなり叫んだ。それに俺が答える。
「分かりました。今、呼びます。ミイ、119番だ。救急車を呼ぶんだ」
「分かりました」
「はい、119番です。火事ですか、救急ですか?」
それにミイが答える。
「救急です。車同士の衝突事故で、一方の車の人が怪我しています。場所は、草津通交差点です」
「警察への連絡は?」
「まだです。これから電話します」
「分かりました。直ちに救急車が向かいます。位置情報の発信が可能であれば、位置情報を発信下さい」
ミイが位置情報を発信したようだ。この情報は救急車にも転送され、救急車のナビに行先が表示される。
そんなことをしていると、消防署に向かう信号が全て青に変わった。
昔は救急車は赤信号を徐行して通過していたが、この時代緊急車両が通る方向の道路の信号が青に変わるようになっている。従って、救急車も徐行せずに走る事が可能だ。
10分程すると、救急車とパトカーが到着した。
周りにいた人間で、車の扉を開けようとするが、ドアが壊れたのかびくともしない。
見ると中の人はガラスの破片で切ったようで顔から血が出ていて、身体も動いていない。
消防隊も来て、ドアを開けようとしているが、うんともすんとも言わない。
「カッターで切断する」
消防の隊長らしき人が叫んだ。すると、若い隊員が電動カッターを持って来た。
「ブーン、ギーン」
鉄ノコギリが、同じ鉄を切断する音を辺りに響かせる。
その間、俺たちは警察から事情を聞かれていた。
「それで、事故の状況は?」
「直進していたその車と、右折して来た車がぶつかったんです」
そこに居た人の証言は同じだ。
「それで、相手の車はどうなりました?」
「バックしたと思ったら、そのまま逃げて行きました」
「その車のナンバーとか、車種、後は運転していた人は?」
警察のその問いに、その場に居た人たちが固まった。皆、救助の事で頭がいっぱいだったし、逃げた車はあっという間に逃げたので、そこのところまで見ていない。
「えーと、そこまでは」
そんな話をしているところに私服の警官が来た。どうやら刑事だろう。
俺たちから事情を聞いていた制服警官が刑事に、俺たちから聞いた内容を説明しているが、刑事はふむふむと頷くだけだ。
「事情は分かった。それじゃあ、皆さん、誰かスマホで撮影していた人はいませんか?」
スマホで撮影していた人はいたが、その映像には当て逃げした車は映っていない。
「後は、事故車のドライブレコーダーを解析するしかないですね」
若い刑事が言うが、それに意見したのは年寄りの刑事だ。
「あの車は20年以上前の車だ。車内を見たが、ドライブレコーダーは装着されていなかった。当然、コネクテッドカーでもないので、衝突したのだろう」
最新型の車は通信型ドライブレコーダーを装着している。従って、車が走るとその映像は自動的に車輛保険の会社に伝達され、画像が保存される。
当然、その画像は保険金にも反映されるので、安全運転している人程、保険料が安くなる。
それに車はコネクテッドネットワークが発達し、直進車と右折車の事故なんてネットワークで回避するので、ほとんど発生しない。
車も街中や高速はもちろん自動運転になっているが、古い時代の車は自動運転でもないし、今回の車のようにドライブレコーダーも装着していない車も多い。
消費税が15%となった今では、新車に買い替えるのはハードルが高く、古い車は大体、高齢者が運転しており、逆走やペダルの踏み間違いによる事故が毎日のようにネットにアップされている。
高齢者は最新型の車に乗り換えるように政府は広報しているが、新車は値段も高いので、中々買い替えるという訳にもいかない。
そんな事を考えていたらミイが袖を引いた。
「ご主人さま、相手の車は録画してありますが…」
「そうか、誰とかも分かるか?」
「顔写真も撮影してあります」
刑事が事情を聞き終わったので、周りを囲んでいた人も解散して行く。
怪我をした人も既に車から救出されて、救急車に乗せられている。
「あのう、刑事さん、逃げた車を撮影してありますが」
「何だって、それは本当か?早速、その車とかの映像を見せて欲しい」
俺はミイが変身したスマホでない、昔から使用していたスマホを取り出した。そこにミイの撮影した画像を転送させて表示させる。
すると、そこには衝突時の映像が映し出された。
「ナンバーのところを拡大してくれ」
画像を停止させ、ナンバーのところを拡大させる。
刑事は警察用スマホを取り出すと、電話をし出した。
「一斉通信、山川署の有村だ。青山383A1234を緊急手配だ。容疑は当て逃げだ」
年配の刑事が指示する。
「これは警察だけのスマホ機能で一斉通信と言うんだ。これで、この区域の警官全員に当て逃げした車輛の手配が出来るんだ」
若い刑事が一斉通信の説明をしてくれている。見ると、俺より2,3歳上くらいの25,6歳といったところだろう。
「これで、顔が分かれば良いのだけど…」
その若い刑事が呟く。
「分かりますよ。なあ、ミイ」
「はい、分かります。そっちのスマホに表示します」
ミイは逃げた車のフロントガラスのアップした画像を転送した。しかし、その画像は光の屈折で顔は分からない。
「これじゃあ、分からない」
「今から、光学補正をかけます」
ミイがそう言うと、光の屈折が無くなって行き、そこには運転している運転手の顔が出て来た。
「おっ、これは…」
年配の刑事が言う。
「ええ、強盗犯で指名手配されている、清水剛です」
「そうか、だから逃げたんだな。よし、先程の車と一緒に手配だ。一斉通信、先程の車の運転手が判明した。強盗犯の『清水剛』だ。こちらも手配を頼む」
年配の刑事が言い終わると同時にスマホから通信が聞こえて来た。
「逃走車両を発見、乗り捨ててありました。運転手は逃亡した模様」
「よし、後は任せて、我々もそっちに行こう。ご協力、ありがとう」
「待って下さい。その清水とかいう犯人ですが、どこに居るか分かるかもしれません」
俺が言うと、刑事2人の足が止まった。
「何、本当か?」
「ミイ、分かるか?」
「今、顔写真を照合します。画像検索を開始します。…はい、分かりました。犯人は地下鉄の方に向かっています。どうやら地下鉄で逃げる模様です。駅は山川駅6番口です」
「至急、警ら中の警官をそっちに廻せ」
再び、年配の刑事の指示が飛ぶ。
「後から、連絡を取りたいので、君たちの連絡先を教えてくれないか」
若い刑事が言って来たので、名前と電話番号を教えると、若い刑事はそれをメモしている。
かなり時代が進んだが、こんなところは未だ昔のままだ。
俺たちがアパートに戻り、夕食や風呂を済ませてまったりしていると、ミイが言って来た。
「例の犯人が捕まったみたいです。パソコンに表示します」
ミイがパソコンを起動するとニュース画面が表示され、強盗、当て逃げの容疑で清水剛が捕まったとの報道が出ている。
顔写真も出ているが、それはミイの撮影した写真に良く似ている。
「そうか、捕まって良かった」
その夜は、いつもの通りベッドに入って眠った。
月曜の朝、大学に行こうとしていた時だ。スマホに着信がある。
「この前の刑事さんのようです。出ますか?」
ミイが、電話を掛けて来た相手を説明してくれた。
「分かった。出るよ」
ミイが電話を繋いでくれる。
「はい、桂川です」
「私は、この前、交通事故の現場で捜査に当たった、山川署の『森田敦美』という者です」
声が若いから若い方の刑事だろう。
「はい、その森田刑事が何でしょうか?」
「お手伝いして頂いた清水剛ですが、無事逮捕出来ました。ご協力感謝致します」
「いえ、それ程の事ではありません」
「それで、お願いなんですが、この前、見せてくれた画像処理技術を教えて貰いたいのです。知り合いの鑑識に確認したところ、あの技術は今の技術ではかなり高度だと言う事が分かりました。是非、あの技術を捜査に生かしたいと思っています」
「は、はあ?」
「もし、良ければ、学校が終わってから、署の方に来て貰えませんか?」
何だか、任意同行を求められているようだな。取り敢えず、話だけでも聞いてみよう。
「分かりました。夕方、そちらの方に顔を出しますが、アルバイトがあるので、そう長く居れませんよ」
「それは、分かっています。それでは、よろしくお願いします」
森田という若い刑事からの電話が終了した。
「ご主人さま、夕方、警察に行くのですか?」
「ああ、そういう事になった。ミイには迷惑をかける事になるかもしれない」
「いえ、ご主人さまのご指示で迷惑なんて事はありません」
「ミイ、ありがとう。いつもミイは優しくしてくれて嬉しいよ」
「愛情1ポイントアップ」
また、愛情ポイントがアップした。それと同時に、ミイの姿が人型からスマホの形に変化する。
俺はスマホの姿になったミイをポケットに入れてアパートを出た。
その日、学校が終わってから、山川署に来た。正面玄関を入ったところに案内ロボットがあったので、聞いてみる。
「森田刑事から呼ばれて来ました」
案内ロボットは森田刑事を呼び出しているようだ。
しばらくすると、2階に続く階段から、それほど立派でないスーツを着た若い男性が降りて来た。
「森田刑事です。顔認証で合致しました」
ミイが、スマホの形のまま教えてくれる。
「いや、態々来て貰ってすまない。実は話があって来て貰ったんだ。2階の事務室の方に来て貰って良いかな」
まあ、話が無ければ呼びつけないだろうな。
「ところで、この前居た可愛い彼女は一緒じゃないのかい?」
「愛情1ポイントアップ」
「へっ?」
「いえ、何でもありません。気にしないで下さい」
「あ、ああ?」
「こら、ミイ、変なところで音を出すなよ」
俺は小声で言う。
「だって、仕方ないです、出てしまうんです」
ミイも小声で答えるが、どうもこのAIは、どこかに欠陥があるようだ。
2階の事務所と思われる部屋に入ると、似たような恰好をした人たちが居る。
「おっ、その学生か?例の画像解析が得意というのは?」
その中の一人で40代に見える男性が、森田刑事に聞いて来た。
「はい、そうです。会議室の方を使います」
「ああ、聞いているから」
そう言うと、森田刑事は隣部屋に案内してくれる。
「ちょっと待ってくれ。今、関係者を呼ぶから」
そう言うと、森田刑事はどこかに電話している。
「あっ、そこに掛けていてくれ」
しばらくすると白衣を着た人たちが入ってきた。
「紹介しよう。鑑識課の人たちだ」
俺もその人たちに名乗ると、話が始まった。
「この前、車に乗った犯人の顔を見事に映し出したじゃないか。あれを鑑識課の友人に話したら、その技術をぜひ使わせて欲しいと言うんだ。どうだろうか?」
「あの技術をですか?」
あの技術はミイの能力でやったものだ。俺が開発したアルゴリズムじゃない。
「君は学生だろう。専攻はコンピュータじゃないのか?」
やはり、刑事だからだろうか。聞き方が少々問い詰めるような聞き方をする。
「ええ、一応、情報システム学科ですが…」
「おお、やはりそうなんだな。だから、ああいう顔表示プログラムを開発出来るんだな。どうだろう、その機能をぜひ、捜査に活用させて欲しい」
「は、はあ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます