第5話 ミイのアルバイト
結局、交代要員も来たこともあり、俺と綾乃ちゃんは昨日の雨が上がった晴れた空の下を帰る事になったが、綾乃ちゃんは口をきいてくれない。
俺とミイは、綾乃ちゃんの後ろをついて行く。
最も、俺のアパートは綾乃ちゃんのマンションの先にあるので、ストーカーみたいになるのは仕方ない。
綾乃ちゃんはマンションの前に来ると、さっさとマンションの中に入って行った。
「あーあ、綾乃ちゃん怒ってるな」
「あんな嘘つき女は、ご主人さまに似合いません」
「ミイ、だけどこれで変な噂が広まると困る。今はSNSとかで、仲間内だと直ぐに噂は広まるからな」
「では、私がネット監視をします」
「そんな事が出来るのか?」
「はい、常時、ネット内を監視して、変な噂が広まらないようにします」
俺とミイは部屋に戻ると、夜勤をしたためか眠くなってきたので、ベッドに入って寝ることにした。
目が覚めると既にお昼は過ぎている。
「ミイ、照明をつけてくれ」
「畏まりました」
すると部屋の照明が点いた。
「ご主人さま、早速、あの子がメッセージを発信しましたので、こちらで削除しておきました」
えっ、そんな事が出来のか。
「メッセージを削除したって…、そんな事が出来るのか?」
「はい、友人とのグループメッセージだったようです。その中に、ご主人さまの事が書かれていました。メッセージの内容からすると、やはり、あの子は腹黒いです」
そのメッセージの内容も見てみたい気がするが、恐らく見ない方が良いだろう。
「そうかもしれないな」
俺はミイの言葉に曖昧に答えた。
「あっ、今度は水谷さんに、お店を辞めるメールを出しました。どうやら、お店を辞めるようです」
それはそれで仕方ないが、そうなると代わりのアルバイトが欲しいところだ。今の時代、人手不足で中々アルバイトも集まらない。
「そうなると、次のバイトが来るまで大変だな」
「私が応募します」
「えっ、ミイが…」
「ええ、私を紹介して下さい」
その直後だ。経営者の水谷さんから高橋綾乃さんが店を辞めたというメールが入った。そして、代わりが来るまで、我慢してくれというものだった。
俺はそのメールにミイが代りになる事を電話で伝える。
「私の妹のミイが、手伝っても良いと言ってます」
「えっ、そうか。それは助かる。桂川君の推薦なら大丈夫だろう。今日から行って貰っても良いだろうか」
「分かりました。では、そのようにします」
「ミイ、今日からのアイバイトの件だけど…」
「はい、聞いていました」
そう言えば、電話もミイを介して話をしていたんだっけ。
「そういう事だけどいいか?」
「はい。私は、ご主人さまと一緒に労働が出来て嬉しく思います」
夕方、時間になると支度をしてミイと一緒にアパートを出て、アルバイト先に向かう。店に入ると、昼間の要員の恵理さんが受付に居た。
「あら、そちらが妹のミイさんね。綾乃ちゃんも妹と彼女を間違えるなんて、早とちりね」
恵理さんは、そう言うが、あの話の内容からだとそう思うのは仕方ない。
「それで、綾乃ちゃんの事ですが…」
「そうそう、水谷さんから聞いているわ。綾乃ちゃん辞めるって」
「ええ、俺のところにも電話がありました。それで、このミイが代わりをやります」
「なら、厨房は圭一郎君がやった方が良いかも。ミイちゃんは、受付でお願いね」
恵理さんの一言で、受付にミイが座っている。
その受付にあるパソコンには使用中のBOXが表示されているが、8BOXが埋まっている。
俺が厨房に居ると、注文を表すランプが点いた。パソコンを確認すると、6番BOXからおにぎりと豚汁の注文が入っている。
俺は冷凍おにぎりを電子レンジで温め、豚汁もパックから出してお湯を入れた。
それを専用トレイに乗せて、6番BOXのボタンを押すと、レールの上をおにぎりと豚汁が乗ったトレイが滑っていった。
しばらくすると、今度は空になったトレイが帰って来る。
空になったトレイは食器洗い機に入れて置き、いっぱいになったら作動させることで食器を洗う事になる。
しかし、これから夕方になるので、お客さまも増えるし、注文も増えるだろう。
厨房から備え付けのカメラで受付の方を見ていると、早速、お客さまが来た。
「いらっしゃいませ、会員さまでしょうか?」
ミイがに笑顔で対応すると、中年の男性はデレっとた顔でマイナンバーカードを渡している。
「ご希望のBOXはありますか?」
人によっては、自分が気に入っている席がある。空いている場合は、そちらを優先することにしている。
「1番BOXで」
「畏まりました。1番BOXを登録します。マイナンバーカードが鍵になっています」
「ああ、いつも利用しているから知っているよ」
「ありがとうございます。それでは、ごゆっくりお過ごし下さい」
男性は、そのまま1番BOXに歩いて行った。
男が1番BOXに行くと同時に再び店の扉が開き、今度は若い男性が入って来た。
「いらっしゃいませ。会員さまでしょうか?」
「えっ、そうだけど…、君、新人さん?」
「ええ、そうです。今日からアルバイトしていますので、よろしくお願いします」
そう言うとミイは満面の笑顔で対応する。
若い男性はちょっと魂が抜かれた感じだが、直ぐに魂は元に戻ったようだ。
「君って、毎日、この時間に居るのかい?」
「はい、そうなります」
「そうか、なら明日もこの時間に来ようかな」
「はい、ありがとうこざいます」
ミイは、また笑顔で答える。
男はちょっと紅潮した顔になって、指定のBOXに行った。
その後も次から次にお客さまが来るが、ほとんどが男性客だ。その男性客はミイの応対にびっくりしている。
そして、お客さまが入ると夕食時というのもあって、俺がいる厨房も忙しくなってきた。
俺は注文が来る度に冷凍食品を電子レンジで温め、それを配膳トレイに乗せていく。
そして、返却されてくるトレイを回収して、洗う作業を繰り返す。
そうしている内に交代の時間になった。
夜勤の交代要員が来て、簡単な引き継ぎをすると、俺とミイは店を出た。
「ご主人さま、お仕事ご苦労さまでした」
「ミイも疲れただろう。まあ、そのうち、慣れるだろうけど」
「いえ、問題ありません。ご主人さまの仕事を見ていましたし、私に疲れるという事はありませんから」
「そうか、でもミイに手伝って貰ったおかげで助かったのも事実だ。何か、ご褒美で欲しいのがあれば言ってくれ。いつも世話になっているから、お礼だ」
「そ、それなら手を繋いでも良いでしょうか?」
「えっ、そんな事で良いのか。いいぞ、ほら」
俺は、ミイの手を取り繋いだ。ミイは下を向いて、顔を真っ赤にしている。
しかし、このAIの仕草は本物の人間と思うぐらいに良く出来ている。
「愛情10ポイントアップ」
しかし、この愛情ポイントのアップはとてもAIとは思えない。そっちの方はプログラムミスなのか、製作者に聞いてみたい気がする。
ミイと手を繋いだまま、アパートに帰り着いた。鍵を取り出して、ドアを開ける。
最近出来たマンションとかは最新式のロックになっており、指紋認証やスマホキーというのがあって、セキュリティも万全だが、俺の住んでいるアパートは古いので、そんなものはない。
最も、盗みに入ったって価値のある物が置いてある訳ではない。
テレビも面白い番組もないから、置いてない。テレビが無いから、受信料とかいう訳の分からない費用も払う必要がない。
パソコンで必要な情報は取得出来る。しかし、パソコンというが、昔のパソコンとは違う。今のパソコンは情報端末に近く、AIスピーカやスマホとの連携もバッチリだ。
部屋に入ってまったりしていると、ミイが言って来た。
「ご主人さま、例の高橋綾乃がご主人さまの事を友人たちに流していますが、こちらでブロックしておきますね」
「ああ、ありがとう。しかし、彼女も何だか、ねちっこいな。今、暗い部屋の中でひたすらメッセージを送っているかと思うと、ちょっと引くな」
「見てみますか?」
「えっ、見れるのか。どうやって?」
俺はさりげなく聞いてみた。すると、パソコンの画面に高橋綾乃の顔が映し出された。
「え、ええっー!」
「彼女のスマホのカメラから映像を取り出しました」
「いや、これはマズいよ。これじゃあ、盗撮じゃないか」
「音声も聞けますが、どうしますか?」
「それは盗聴になる。間違えると犯罪になるから止めてくれ」
「分かりました」
ミイが回線を切断したのか、映像と音声が落ちた。
「そんな、犯罪になるような事は止めよう」
「ですが、ネットに接続されている私には、ネット内にある映像や音声を聞く事が可能です」
「それって、もしかして、国の機関とかそういうのも?」
「はい、可能です。アメリカやヨーロッパの政府のも可能です」
「アメリカの政策を聞いても英語だからな」
「私が翻訳します」
「ミイはそんな事も出来るのか?ちなみに何か国語、翻訳出来るんだ?」
「地球上のほとんどの言葉を翻訳出来ます。出来ないのは未開の原住民の言葉ぐらいです」
「もしかして、ヒエログリフとかも翻訳出来るのか?」
「はい、可能です」
「へー、今度教えて貰おうかな」
「ご主人さまのお役に立てるなら、それに越した喜びはありません」
「ついでに授業の内容も教えてくれれば良いのに」
「それも可能です」
「えっ、どうやって?」
「授業の内容は全て録音して、クラウドサービスにデータとして保存してあります。その中から、必要と思われるものだけチョイスし、要約して提供する事は可能です。
それは映像でも可能です」
「ええっー、そうなのか。映像でも可能って、もしかして、今までの会話や動画も保存してあるんじゃないだろうな」
「保存してありますよ。ただし、保存容量がいっぱいになったら、古いデータから削除されていきますが」
「もしかして、今日来た客の顔とかも?」
「はい、パソコンに表示します」
すると、パソコン画面上に客の顔が映し出される。
「凄いな」
俺はそれを見て感心する。顔が分かるということは、マイナンバーカードから名前も当然分かっているだろう。
「もちろん、名前も分かっているという事か?」
「はい、それと会社やその部署や役職も全て分かっています」
「それはどうやって?」
「皆さん、会社の社内ネットワークに接続されますから、そこから情報を引き出せます。社内の従業員リストから電話番号やメールアドレスなんかも分かります」
「それは個人情報保護法違反になるから、止めてくれ」
「ですが、ネットワークに接続されているので、自然と入って来るのです」
「分かった。でもそれは二人だけの秘密な」
しかし、ミイがそんな情報を取れるということは、他のAIスピーカもそんな個人情報が取れてしまうのだろうか?
「ミイと同じようなAIスピーカのアバターはいるのか?」
「それは何とも言えませんが、ネット回線で検索してみたところ、今のところ私だけのようです」
「だとしたら、もしかしてだよ、指名手配犯とかミイなら、どこに居るか分かるのか?」
「ネットに繋いでいたら分かります。今の時代、スマホが無ければ生活出来ませんから、ほとんどの人の居場所を探索する事は可能です」
高度に発達した現代では、ネット社会から逃げるのは無理という事か。
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