第3話 AIのヤキモチ
「桂川先輩の家は、やはり会社員ですか?」
綾乃ちゃんが聞いてきた。
「うちは両親が離婚して、今ではお互いに家庭を持っているから。俺はその父親と母親から生活費を出して貰っているんだ」
「立ち入った事を聞いてしまって、ごめんなさい」
「いや、構わないよ。俺はまだ両親から生活費を貰っているだけましな方だから」
両親が育児放棄して、児童相談所で成人になるまで生活する子供も珍しくはない。そのような子供は貧困層となる訳で、離婚率の上昇は、富裕層と貧困層の二極化になっている。
そんな話をしていると、綾乃ちゃんのアパートの前に来た。
「先輩、それではこれで失礼します」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
綾乃ちゃんはアパートと言うより、マンションと言った方が良い建物に入って行く。玄関もオートロックのようだ。
まあ、俺みたいな20年以上前に作られたような2階建てのアパートだと、両親も安心して東京の大学に送り出せないだろう。
綾乃ちゃんと別れて更に歩いた俺は、アパートのドアを開け暗い室内に入った。
「うん?」
おかしい。いつもは、入ると同時にミイが照明を点けてくれるのに、今日は部屋の灯りが点かない。
「ミイ、照明を点けてくれ」
「嫌です。ご自分で点けたらどうですか」
「へっ、何か怒っているのか?」
「別に、何も怒っていません」
「だったら、照明を点けてくれよ」
それでも部屋の灯りは点かない。仕方ないので、久々にリモコンで照明を点ける。
すると、直ぐに照明が消えた。
「おい、ミイ、灯りを消すなよ」
「…」
ミイは何も言わない。
「黙っていたって分からないじゃないか。何を怒っているんだ?」
ミイはスマホの姿から人型になっていない。
「人型になって言いたい事が、あれば言えよ」
そう言うと、ミイがスマホの形から人型になった。それと同時に灯りも点いた。
「さっきの綾乃ちゃんって、誰ですか?」
「バイト先の後輩だよ。話は聞いていただろう」
「本当にそれだけの関係ですか?」
「そうだよ、見ていて分かるだろう」
「でも、彼女はそうじゃないみたいです。それに、かなり可愛いですし」
「お前、まさかヤキモチを焼いているのか?」
すると、ミイの顔が真っ赤になった。
「そ、そんな事はありません」
全力で否定するが、その態度は明らかにおかしい。
「AIがヤキモチを焼くのか。一体、どんなアルゴリズムなんだ」
「どんなって、ディープラーニングですけど」
「へー、最近のディープラーニングって凄いんだな」
「別にいいじゃないですか。機能が高ければ」
「まあ、そうだな。だけど…」
「だけど…、何ですか?」
「ミイのヤキモチを焼いた顔も可愛いな。今度から、もう少しヤキモチを焼かしてみようかな」
「っう、そ、そんなのダメです」
「何でだ?ミイのヤキモチ顔は凄く可愛いと思うし、第一、俺の事を考えてくれているんだなと思うと嬉しいし」
「ポーン、愛情20ポイントアップ」
愛情ポイントは、本人の意思に関係なく上がるみたいだ。
「なんだ、やっぱりヤキモチだったんだな」
俺がそう言うと、ミイは小さくなってスピーカの上で3Dホログラムになって回っている。俺はその姿を見て、思わずニヤけてしまった。
今は、3Dホログラムになったミイの身体を撫でてやる。
「愛情10ポイントアップ」
今日だけで愛情ポイントが30ポイントもアップした。しかし、AIといっても結構単純なんだ。
「そうだ、食事を作らないと」
俺がそう言うと、ミイがスピーカの上から出てきた。
「ご主人さま、私が作ります」
「いいのか?」
「はい、ご主人さまのお役に立つのが、私の役目ですから」
ミイはそう言うと、甲斐甲斐しく働き始めた。
「そう言えば、ミイって風呂とかに入らなくてもいいのか?」
「はい、荷電粒子結合体ですから、洗う必要はありません」
「だけど、その服とかはどうなんだ?」
「同じです。ちなみに、服もいろいろと変える事が出来ます」
ミイはそう言うと、いつものワンピース姿ではなく、女子高生風になった。
「おおっ、CAさんとかにもなれるのか」
俺が言うと、CA姿のミイが居る。
「凄い、今度から日によってコスプレして貰おうかな」
「ご主人さまの、ご要望の通りに」
「冗談だよ。ミイはいつもの姿が一番可愛いよ」
「愛情1ポイントアップ」
食事が済んで風呂から出て、ミイと話をしているとベルが鳴った。
「ルルルルル」
「ミイ、電話だ」
「ルルルルル」
「おい、ミイ、電話だって、繋いでくれよ」
「この電話は、あの高橋綾乃って人からです」
「綾乃ちゃんから?何だろう?ほら、早く繋いでくれ」
「分かりました。お繋ぎします」
ミイがスマホの形になって電話が繋がる。
「あっ、先輩、こんばんわ」
「ああ、綾乃ちゃん、どうしたの?」
「いえ、先輩はどうしているかなと思って…」
「どうもこうも、食事をして風呂に入ったところだけど」
「じゃあ、ちょっと、お話してもいいですか?」
「ああ、良いよ」
「先輩って、食事はどうしてるんですか?」
「一人暮らしだから、自分で作って食べるかな」
「えー、そうなんですか。男の人なのに立派です」
「そんな事はないよ。一人暮らしだと、普通だよ。それより、綾乃ちゃんはどうしているんだい」
「私も自分で作りますよ。こう見えても私、料理が上手なんですよ」
「へー、そうなんだ。ちなみに、どんな料理が得意なの?」
「やっぱり、肉じゃがかな。後はカレーとか」
スマホに表示されているミイの顔は、明らかに不機嫌な顔をしている。
これ以上続けると、このAI機能がまた暴走するかもしれないので、そろそろ電話は切った方が良いかもしれない。
「綾乃ちゃん、そろそろ試験勉強をしようと思うので、電話を切っても良いかな?」
「え、ええ、そうですね。私たちまだ学生ですもんね」
「そろそろ、綾乃ちゃんも試験じゃないのかな?お互いダブリにならないように頑張ろうか」
「そうでした。私も留年しないようにしないと」
「じゃあ、そういう事だから」
「先輩、また電話しても良いですか?」
「え、ああ、いいよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、また電話しますね」
綾乃ちゃんは、電話を切った。
するとミイが、人型になって現れた。
「中々、楽しそうでしたね」
このAI機能は、嫌味も言えるようだ。
「普通の会話だろう」
「とても、そうは思えませんでしたけど」
「何だか、言い方に棘があるよな」
「ネットで調べたら、女性の発言として肉じゃがとカレーと言うのは普通のようです。それに、あの子の言っていた料理が得意というのは嘘です」
「何で、そう言える?」
「発言時の声の周波数に揺らぎがありました。それは嘘を言っている周波数変動と一致します」
「つまり、綾乃ちゃんは肉じゃがとカレーは得意料理でないと」
「その可能性が高いという事です。私は、ご主人さまがあのような嘘つき女に騙されるのを黙って見過ごす訳にはいきません」
「でも、それはあれ位の年齢の女子には良くある、小さな嘘なんじゃないの?」
「嘘つきは泥棒の始まりといいます。小さな事が肝心なのです」
「ミイだって、同じような歳じゃないか。ミイはどうなの?」
「私に年齢はありません。それにご主人さまに嘘を言う事は、プログラムされていません」
ん?さっき、言ってなかったっけ?
「年齢は無くても保証期間はあるんだろう」
「保証期間は1年です」
「なら、AIが暴走したと言って、メーカーに交換を要求するかな。まだ1週間以内だし」
すると、ミイの顔が泣き顔になった。ちゃんと涙も出ている。最近の技術は凄い物がある。
「私って不良品ですか?私は送り返されるのですか?」
「嘘だよ。こんな可愛いミイを送り返す訳ないじゃないか」
「本当ですか?信じていいんですよね」
「ああ、ミイはいつまでも傍らに居て貰うよ」
「愛情10ポンイトアップ」
おっ、また、愛情ポイントが上がった。
「だけど、さっき音声の周波数変動で嘘が分かると言ったのに、俺の嘘は分からなかったのか?」
「分かりませんでした。なので、本当なのかなと思いました」
俺はミイを抱き締めた。
「ミイはいつも、しっかりやってくれているので、有難いと思っている。いつもありがとう」
「愛情100ポイントアップ」
おっ、今度は愛情ポイントが100もアップした。
「そろそろ、寝ようか」
俺はベッドに入る。すると、ミイの姿が寝間着姿になり、俺のベッドに入ってきた。いつもはAIスピーカの3Dホログラムに戻るのに、今日は人型のままだ。
「ミイ、今日はAIスピーカに戻らないのか?」
「愛情ポイントが溜まったので、今日はご主人さまと一緒にいます」
そう言うと、俺に添い寝してくる。すると、部屋の照明が暗くなってきた。
「優しくして下さい」
いや、人間だったらそうだろうけど、ミイは人間じゃない。荷電粒子結合体という言わば人形だ。
いくら何でも人形相手にそんな行為は出来ない。取り敢えず、頭を抱き寄せて寝る事にする。
「愛情10ポイントアップ」
どうもスキンシップすると、愛情ポイントが多くアップするようだ。
今、気が付いたが、ミイは暖かい。まるで、体温がある人間だ。荷電粒子結合体というが、本当に人形なんだろうか。
いや、いろいろと姿を変えられるし人形だろうけど、今、俺の横に添い寝している姿はとても人形とは思えない。
ちょっと、待てよ。ミイって寝るのか?荷電粒子結合体っていう機械だ。機械は寝るのだろうか?
俺はふと、そう思い、目を開けた。
すると、俺の目の前には、可愛い顔をした少女の顔がある。この顔はミイに間違いはない。
すると、ミイも目を開けた。
「ご主人さま、どうかいたしましたか?」
「あっ、いや、ミイも寝るのかなと思って…」
「私は眠りません」
「でも、いかにも寝ていたと感じだったけど…」
「はい、監視機能以外の機能を停止させる中断モードに移行します。動かす機能が多いと充電してある電気が減るので、使わない機能を停止させることで、不要な放電を防ぎます」
「スリープモードということか?」
「はい、スリープモードを各部分、部分で作動させる事が出来ます」
「監視機能を作動させているから、俺が起きた事を検知したのか?」
「その通りです」
ふーん、そんなものなのか。ミイと話をしていたが、俺も眠くなってきた。
「ふわー、おやすみ」
俺は欠伸をすると、そのうち眠ってしまう。
翌朝、支度をして家を出る準備をすると、ミイはスマホに姿を変えた。
「ご主人さま、傘をもって行かれた方が良いかと思います」
スマホになったミイが話しかけてきた。
「えっ、晴れているぞ」
「夜は雨になります。帰る頃はどしゃ降りです。イザナギの1時間予報なのでかなり正確だと思います」
イザナギは昨年度世界1位になったスーパーAIコンピュータだ。このコンピュータが運用を開始した事により、天気予報は降水量、日射量、風予報など詳細に予報ができるようになった。
「そうか?晴れているのに、傘を持って出るなんて、何だか恥ずかしいな」
「でも、このままだと帰る時が大変です」
「そうか、ミイがそう言うなら持って行くか」
俺はミイの言う通り、傘を持ってアパートを出る。
すると、午前中晴れていた天気も大学が終わる夕方になると、かなり雲行きが怪しくなってきた。
「ミイの言う通り、天気が崩れるかもしれないな」
スマホの壁紙が、ちょっと赤くなった。
まだ、アルバイト先のワーキングレストランに着く頃には雨は降っていなかったが、仕事を始めると直ぐに、小雨が降りだした。
降り出した雨は、そのうち激しくなってくる。こうなると、家に帰れないサラリーマンが出てくるので、そのまま泊まるお客さまも出てくる。そうなると、今夜の夜勤当番の店員は忙しいだろう。
そんな事を考えていたが、雨はどんどん激しくなってきて、店内にいても外の雨音が聞こえるようになった。
外を通る車が巻き上げる水が、その激しさを物語っている。
「電車が一部運休の区間があります」
スマホにその情報が表示されたが、それはこの地域を走っている電車だ。
こうなると、交代要員が来るのが遅くなるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます