第2話 アバターの暴走

「そんな馬鹿な。第一、人なのか」

「体の組成は、『荷電粒子結合体』という物になります。ですが、人の身体と同じように触れる事が出来ます」

「ちょっと、いいかな」

 俺はミイの手を取って触ってみる。

「愛情1ポイントアップ」

「えっ、今ので、ポイントアップするのか?」

「はい、手を握って貰う事によって、愛情ポイントがアップします」

 俺はそのまま手を触るが、人の肌と何ら変わらない。それどころか、体温も感じる。まるで一人の女の子だ。しかも可愛い。

 俺は、目の前のミイを驚いて見ている。

「そんなに見つめられると照れます。愛情1ポイントアップ」

 この立体ホログラムはそう言うと、顔を紅くする。本当に人間の女の子と変わらない。

 巷では二次元彼女だとか三次元彼女だとか言われているが、これはリアル三次元彼女だ。

 いや、彼女になった訳ではないだろう。それより、夕飯と風呂にしなければ。

「そうだ、夕飯と風呂にしないと」

「では、お風呂を沸かします」

 ミイがそう言うと、風呂に湯を張る音がバスルームの方からする。それは、いつもミイがやっていてくれた事だ。

「では、夕飯を作るかな」

「立体になりましたので、私が作ります」

「えっ、出来るの?」

「はい、レシピはネットから拾いますので。ところで、ご主人さま、今晩のメニューは何が良いでしょうか?」

「冷蔵庫に冷凍とんかつがあったから、それでいいけど、後はご飯は冷凍してあるからそれで良い」

「分かりました」

 ミイはそう言うと、台所に行き調理に取り掛かった。

 本当に出来るんだろうか?俺は後ろから見ているが、中々、手際が良い。

「ミイ、どうして料理が出来るんだ?」

「どうしてって、私にも分かりませんが…」

 そうしていると、食卓に夕飯が並ぶが一人分しかない。

「ミイの分が無いが…」

「私は充電しますので、問題ありません」

 ミイはそう言うと、コンセントに右手を突っ込む。

「あっ、危ない!」

 しかし、ミイはそのまま満足そうにしている。見ると右手の指がコンセントに変わっている。

「ミイ、手がコンセントになっている」

「はい、身体の一部もしくは全部を変化させる事が出来ます」

 ミイはそう言うと、左手をドライヤーにすると、俺に風を送ってきた。

「おおっ、凄い!」

「ご主人さま、いかがでしょうか?」

「凄いよ、ミイ。ミイが来てくれて、本当に良かった」

「私もご主人さまのお役に立てて、こんなに嬉しい事はありません」

 食事が終わると風呂に入って寝る事になる。

「ミイのベッドがないが…、どうしよう」

「私なら問題ありません」

 ミイはそう言うと、AIスピーカの上の3Dホログラムに戻って行った。

「えっ、ええー」

「ご主人さま、それではおやすみなさいませ」

 俺がベッドに入ると、ミイが照明を落とした。


「ご主人さま、起きて下さい」

「うーん、ミイ、おはよう」

 ミイは昨日の3Dホログラムから、今は人型になって俺の身体を揺すってくれている。

「お顔を洗って下さい。その間に、朝食を作りますから」

「そうか、悪いな。おっと、ミイは今日も可愛いな」

「えー、ありがとうございます。愛情1ポイントアップ」

 しかし、この愛情ポイントって、溜めるとどうなるんだろう。

「なあ、ミイ、愛情ポイントって溜まるとどうなるんだ?」

「ポイントが溜まれば溜まっただけ私が、ご主人さまの事を好きになります」

「それだけ?」

「それだけですが…」

「恋人になってくれるとかはないの?」

「恋人にして頂けるのですか?」

「えっ、ミイは嫌か?」

「嫌ではありません。ミイは嬉しいです。愛情50ポイントアップ」

 おっ、いっきに愛情ポイントが50も上がった。

 朝食が済むと出かける用意をする。

「それじゃあ、出かけるから後は頼んだぞ」

「私も一緒に行きます」

「一緒に行くって、学校に行くんだぞ」

「はい、だって、もう恋人ですから」

「いや、それは困る。学校に行っても他の人に何と言われるか」

「それなら、問題ありません」

 ミイは、そう言うとスマホの形になった。

「おお、凄い。スマホにもなれるのか」

「はい、荷電粒子結合体ですから、どんな形にもなる事が出来ます」

 スマホを見ると、壁紙がミイの顔になっている。これなら、他の人に見られても不思議に思われない。しかし、今までのスマホはどうしよう。

「今までのスマホはどうしようか?と、いうより、ミイから電話とかSNSとか出来るのか?」

「今までのスマホを出して下さい」

 俺は言われたとおり、今までのスマホを出した。すると、住所録やスケジュールデータが全てミイの方にデータ移行していく。

「ミイの方から電話とか掛けれるのか?」

「問題ありません、どこに掛けますか?」

「いや、いい。後、電子マネーの方は?」

「はい、それもちゃんとデータ移行してあります」

 俺はミイスマホを持ってアパートを出て大学へ向かう。

 駅に着くと、改札にさっそくミイスマホを充てると問題なく通過する事が出来たので、電子マネーのデータも移行されたのは間違いなさそうだ。

 電車に乗るとすぐにミイスマホを出して、画面をタッチしてみる。すると、「愛しています?」の文字が表示される。その下には、「はい」と「いいえ」が表示される。

 俺は「はい」のボタンをタップすると「愛情1ポイントアップ」の文字が表示された。

 こんな事でも愛情ポイントがアップするんだ。

 電車に乗ると俺は小説投稿サイトを表示し、その中の小説を読み出した。


 学校が終わると、そのままアルバイト先に向かう。アルバイト先はワーキングレストランという飲食店だ。そこで、フロントとして働いている。

 2031年となった今では、人手不足もありコンビニとかはかなり無人化が進んでいて、アルバイトの採用はない。

 それは警備会社とかも巡回ロボットが動いているし、タクシーとかも地域限定ではあるが、無人タクシーもある。

 普通の会社でも働き方改革とかで、会社に出社するのは週に1回だけで、後はホームワークが認められている会社も多いので、今では通勤ラッシュという言葉はほとんど聞かない。

 反対に、家での仕事は家族にとっては迷惑以外の何物でもないということで、仕事が出来る24時間営業のカフェが開業して人気になっている。

 世の中のお父さんたちは、ここに来て仕事をする訳で、一昔前のネットカフェと同じようなものだ。

 最も、ホームワークが出来た最初の頃は家を追い出されたお父さんたちがネットカフェに集うようになって、それがワーキングレストランになっているので、今でも店内には漫画本とフリードリンクがある。

 一つ違うのは、電話での声が隣に漏れないように、各ブースが完全個室になっている点だ。

 しかし、最近はお父さんだけでなく、女性も出入りしている。この原因のひとつは、女性の社会進出が進んだ事もあるらしい。

 それに離婚も進み、今では離婚率は50%を超えている。この俺の両親も既に離婚しており、両親はそれぞれ新しいパートナーと新しい家族を持っている。

 なので、俺には弟が2人、妹が2人いるが、一度その子たちが小さい時に会っただけで、今となっては街で会っても分からないだろう。

「いらっしゃいませ」

 お客様が来た。服装はスーツではないが、パソコンが入っていると思われるビジネスバッグを持っているので、恐らく仕事をするつもりだろう。

「会員登録はお済ですか?」

 まずは会員であるかを確認する。

「いや、まだ登録はしていない」

「それでは、免許証かマイナンバーカードをご提示下さい。マイナンバーカードですと、ポイントが付きます」

 東京オリンピック以後、政府はマイナンバーカードを利用したサービスを拡大させた。一つは電子マネーであり、もうひとつは政府のポイントだ。電子マネーを使うとポイントも溜まるので、今ではマイナンバーカードを使う人も多い。

 反対に車を所有する人口は減っており、免許証を持っていないという若者も居る。このような人たちはマイナンバーカードだけが身分証になっている。ただ、マイナンバーカードと免許証の統合も図られており、新規交付者はどちらか一方を持てば良い事になって来た。

「ああ、それじゃあ、これで」

 お客さまは、マイナンバーカードを出した。

「ピッ」

 カードリーダーで情報を読み込むと会員登録される。

「お支払いは電子マネーでよろしいですか?8時間で2000円になります」

「それで良いよ」

「それでは、17番のBOXにどうぞ。マイナンバーカードが電子錠になっております」

 男性客は俺からマイナンバーカードを受け取ると17番のBOX席に向かう。

「桂川さん、オーダー入りました」

 厨房の方から同じアルバイトで来ている「高橋綾乃」ちゃんの声がする。

「了解、何番?」

 何番とは、何番のBOXかという事だ。

「えーと、17番です。ナポリタンです」

 17番のお客さまが、早速ナポリタンをオーダーしたようだ。

「出来たら、自動配膳に乗せて」

「はい、分かりました」

 厨房では、電子レンジで冷凍ナポリタンを温めて、それを配膳システムでオーダーのあったBOXまで運ぶ。注文も、BOX内にあるPCかスマホの専用アプリから注文できる。

 この配膳システムは、回転寿司で使用している配膳システムと同じものだ。違うのは、乗せた部分を温める事が出来るので、配膳の途中でも食品が冷める事がない。

 反対に冷たい物を運ぶ時は、その部分だけヒーターを切れるので、アイスクリームとかのオーダーでも溶ける事がない。

 これも、人口減少によって配膳の自動化が進んだ賜物だ。

 しばらくすると、空になった容器が同じ回転台で帰ってきた。それを綾乃ちゃんは自動皿洗い機にセットする。

 自動皿洗い機が全部埋まると、洗浄して乾燥になる。

 俺のバイト時間は学校が終わってからなので、夕方から夜の8時までだ。それは綾乃ちゃんも同じ時間で、交代要員が来たら二人でバイト先を出る。

 彼女は大学も違い、1学年下になるので、バイト先では兄のように慕ってくれている。

 そして、彼女のアパートの方がバイト先に近いので、いつも俺が用心棒のようになって送って行く。

「先輩、大学の方はどうですか?そろそろ就活ですよね」

「うーん、そうだけど、どこにしようか決まらないんだよね」

 今の時代は中々新入社員も集まらないという事で、特に我儘を言わなければ大体、就職は出来る。

 それこそ、有名大学出身者になると入学した時から就職先が決まっているなんて学生もいるらしい。

 俺の大学ではそこまでではないが、それでもどこかには就職出来るだろう。

「そう言う綾乃ちゃんは、希望の企業とか職種はあるの?」

「特に無いけど、普通にOLかな。それとやっぱり、結婚して幸せな家庭を作りたいな」

 そうは言うが今の時代、離婚するのは約半数もいる。

「俺の両親は俺がまだ小さい時に離婚したから、暖かい家庭って分からないな」

「えっ、そうなんですか。先輩、ごめんなさい」

「いや、いいさ、別に気にしていないから。綾乃ちゃんちはどうなんだい?」

「うちは田舎だから、離婚はしていないですね」

 確かに東京のような都会より地方の方が離婚率は低いらしい。

「綾乃ちゃんの出身はどこだっけ?」

「私は長野の小布施って所ですよ。栗が有名なんです」

「そうなんだ」

「私が小さい頃は雪も多かったんですけど、最近は温暖化とかで冬でも雪は余り積もらなくなりました。皆は生活が楽になったと言ってますけど、どうなんでしょう?」

 確かに、TVで温暖化のニュースが流れない日は無い。だからと言って、どんな対策が出来るのかと言われると正直、分からない。

「長野って、りんごとかも有名だよね」

「ええ、最近は海外に輸出しているとかで、うちの実家もりんごを半分作っています」

「半分?」

「ええ、昔はりんご農家だったんですけど、父が会社員になって今ではお祖父さんとお祖母さんだけで作っています。

 農園も昔の規模で作れないから、以前の半分ぐらいになりました。それに、最近は台風も多いじゃないですか。それで毎年、りんごが落下して売り物にもならないらしいです」

 温暖化の影響は、一番農家に影響があるのかもしれない。人手不足と異常気象で、農家はやっていけないし、夏場の暑い屋外で汗を垂らして働くより、クーラーの効いた涼しい室内で、安定した会社員をやっている方が良いと考えるのは、当たり前だろう。

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