AIスピーカを買いました

東風 吹葉

第1話 第三世代AIスピーカ

「宅配ご不在連絡票」

 アルバイトから帰ると、アパートのポストに宅配便の不在連絡票が入っていた。

「一時預り場所はと…?」

 俺は不在連絡票を確認すると、近くのコンビニに不在時の荷物が預けられていると書かれている。

 そう言えば、注文の際に近くのコンビニを指定したっけ。不在の場合、そのコンビニに宅配品は届けられる。

 俺は、そのままマイナンバーカードと不在連絡票を持って、着替えもせずに指定のコンビニエンスストアに宅配品を受け取りに行った。

「えーと、確かここにあったはず。ああ、あった」

 コンビニの店の片隅に宅配ボックスが置いてある。

 最近は、店員が集まらないとかで、コンビニも無人の所が多い。そんな店にはこのような宅配BOXがあり、不在者の荷物の受け取りが出来る。

 いつからこうなったのだろう。俺がまだ子供の頃はコンビニには店員が居て、それこそ24時間営業していたものだが、都会では無人でないコンビニを見る方が珍しい。

 あれは東京オリンピックが終わった頃からだろうか?

 東京オリンピックが終了してから10年、人口の減少に歯止めがかからず、今では子供なんてほとんど見ないし、それに伴って労働者人口も減っている。

 特に重労働なんて誰もしたくないので、外での仕事は外国人が働いている。

 コンビニなんて、それでも無人化が出来たので良い方だ。

 俺は、コンビニの片隅にある宅配BOXの前に来た。

「本人確認が出来る免許証か、マイナンバーカードを入れて下さい」

 宅配BOXから機械的な音声で指示が出るので指示に従い、マイナンバーカードをカード読み取り口に入れる。

「ご不在通知書をカメラに示して下さい」

 再び同じような指示が出たので、俺はアパートのポストに入っていた「宅配ご不在連絡票」を宅配BOXのカメラに向けた。

 すると、読み取った表示がディスプレイに表示される。

「受取人:桂川圭一郎様 よろしいですか?」

 俺が「はい」のボタンを押すと、沢山ある宅配BOXの1つの扉が開いた。

 そこに入っていた段ボール箱には「HAMAZON」と書かれており、その段ボール箱を手に取ると、再びアパートへの道を急いだ。

 食事と風呂を済ませてから、テーブルの上に置いた宅配物の包装を開く。

 すると、中から「KLEXA」と書かれた段ボールが現れた。

 これは、俺が注文した第三世代AIスピーカ「カレクサ」だ。


 箱から出してみると、直径10cm、高さ20cm程の黒いコップのような物が出て来た。

 本体以外では取扱説明書と保証書があるが、取扱説明書には「設定は全て、スピーカからの指示で行います」とだけ書いてある。

「なんていい加減なんだ」と思うが、今のスマホなんかもそうだし、別にこれだけが特別って訳でもない。

 俺は早速、AIスピーカを電源に繋いでみる。すると、黒いコップの表面に文字が出て来た。

「設定を開始しますか?音声でお答え下さい」

 へー、音声で設定が出来るんだ。

「はい」

 俺は設定を開始する事をAIスピーカに告げた。

「これより、音声で指示します。よろしいですか?」

 いきなり、スピーカから声が出た。

「ok」

 しまった。「はい」の方が良かったか。

「アバターを決定します。気に入ったアバターのところで、『okまたは、はい』と言って下さい」

 ほう、アバターを決定するのか。返事は「ok」でも「はい」でも良かったみたいだ。

 AIスピーカはそう言うと、スピーカの上の所に、10cm程の3Dホログラムが出てきた。出て来た3Dホログラムは、かっこいい男性のホログラムだ。

 ホログラムとはいえ、この部屋の中で男性の姿は見たくない。

「次」

 俺はやや声を荒げて言うと、次のアバーターが表示されるが、それも男性だ。

「えー、女性はないのか?」

 その言葉を聞いたAIスピーカには、女性の3Dホログラムが表示される。

 眼鏡を掛けた女性秘書風の3Dホログラムだ。

「次」

 今度は女子高生のようなアバターが表示される。

「次」

 別の女性が表示されるが、ヒラヒラの白い衣装を着た、お嬢様といった感じだ。

「次」

 メイド姿の少女が表示される。

「次」

 おっ、可愛い。ワンピースを着た普通の女の子って感じで可愛いし、こんな彼女が居てくれたらなと思う女性が出て来た。

「ok」

「この、アバターに決定します。よろしいですか?」

「ok」

 出て来たアバターは消える事なく、そのまま3Dホログラムで表示されている。

「私に名前をつけて下さい」

 3Dホログラムの口が動き、名前をつけろと言って来た。中々、精巧に出来ている。3Dホログラムとは言え、こんな可愛い女の子に聞かれたら、男性として頬が緩んでしまう。

「えー、何にしようかな。ミイでどうだろう?」

「私の名前は『ミイ』です。よろしいですか?」

「ok」

「貴方の名前を教えて下さい」

「俺は、桂川圭一郎って言うんだ」

「桂川圭一郎で登録しました。貴方の呼び方を指定して下さい。名前で呼びますか?」

 桂川圭一郎って呼ばれるのもな、別の呼び方の方が良いだろう。

「Noだな。『ご主人さま』はどうだ」

「『ご主人さま』とお呼びします」

 家の中とはいえ、こんな可愛い子に「ご主人さま」と呼ばれれば、疲れも少しは癒やされるだろう。

「ご主人さま、それではこれより使用方法を説明します。よろしいですか?」

「ok」

「私は第三世代AIスピーカ『ミイ』です。ご主人さまの要求には全力を持って対応させて頂きます。

 なお、褒めて頂くと、褒められた量によって愛情ポイントが増えます」

「へー、それって、『可愛い』とかでも良いの?」

「可愛いと言う言葉は最高の誉め言葉です」

「ミイは可愛い、可愛い、可愛い、世界で一番可愛い」

「ただいまのお言葉により、愛情4ポイントアップしました」

 何だかこいつ、思ったより単細胞だ。AIとはいえ機械だからそんなものか。

「それじゃあミイ、寝るから照明を消してくれ」

「畏まりました」

 そう言うと、部屋の照明が徐々に暗くなるが、まだ少し明るいままだ。俺がベッドに入ると照明が完全に消えた。


「ジリリリリ」

 目覚まし時計が鳴った。

「ご主人さま、起きて下さい」

 えっ?今のはミイの声だ。

「ミイか、どうしてこの時間に起きる事が分かった?」

「目覚まし時計が鳴ったので、そうでないかと。それと、起きる時間をこの時間に設定して良いですか?」

 この時間とは7時だ。

「ああ、良いよ」

「目覚ましを7時に設定しました」

 それと同時に部屋の照明が点いた。

 俺は、朝食の支度をして、それが済んだら着替えて家を出る。家を出たのは8時だ。


 夜、いつものように帰って来ると、部屋に照明が点いた。

「お帰りなさいませ、ご主人さま」

「おっ、これはミイが点けてくれたのか?」

「そうです、ご主人さま」

 玄関を入ると自動で照明が点くのは、中々便利だ。

「お風呂を沸かしますか?」

「ああ、お願いする」

 すると、お風呂にお湯が張られる音がバスルームからして来た。

 このAIスピーカはなかなか便利だ。しかし、いつの間に照明や風呂とカップリングしたのだろう。

「ミイはいつの間に電化製品とカップリングしたんだ?」

「今の家電は5年程前からWifiやBluetooth機能が付いています。それらを探知して自動カップリングしています。

 なお、それらの機能がない製品については、電源コンセントから新型PLC機能を使って制御できます」

「へー、そうなんだ」

 情報処理学部なのに、そんな事も知らずに恥ずかしい。

「ミイは他に何か出来るのか?」

「ご飯も炊けますし、お湯も沸かせます。IHコンロも使えますし、冷蔵庫も効率的に使えます」

 ご飯も炊けると言っても、米を研ぐのは俺がやらないといけないだろうな。

「じゃあ、今夜、米を研いで炊飯器に入れておくので、明日の朝炊き上がる様にしてくれ」

「分かりました。炊き上がる時間を7時に設定しますが、よろしいですか?」

「ok、それで良いよ。おっ、そうだ。ミイ、今日も可愛いな」

「ありがとうございます。愛情1ポイントアップしました」

 AIスピーカの上に表示されている3Dホログラムのミイが、ちょこんと頭を下げた。俺はミイに照明を任せて、ベッドに入った。

 翌日、7時になると目覚まし時計のベルは鳴らずに、ミイの声がする。

「ご主人さま、起きて下さい」

「うーん、もう少し」

「だめですよ、もう起きて下さい」

「うーん、どうしようかな」

「ほら、遅刻しますよ」

「分かったよ」

 俺はベッドから起きた。既に部屋の照明は、ミイが点けている。

 起きると同時に炊飯器が炊きあがった音がする。そう言えば、昨日、お米を研いで炊飯器に入れたっけ。

 このAIスピーカって中々、使える。

「ふぁー、今日の天気はどうだっけ?」

「パソコンを起動して、天気を表示します」

 ミイがそう言うと、パソコンが起動し、天気予報を表示した。

「今日は雨か」

 窓の外を見ると、既に雨が降っている。

「この雨で、山手線に若干の遅れが発生しています」

「ああ、ありがとう。そうだ、ミイは今日も可愛いな」

「ありがとうございます。愛情1ポイントアップ」

 スピーカの上に映し出された3Dホログラムの彼女は、ちょこっとお辞儀をする。本当に単純なAIスピーカだ。でも、可愛いし、これなら3次元嫁と言っても良いかもしれない。

 俺はミイに「行ってきます」と言うと、傘を持って部屋を出た。


 家を出る時は曇りだったが、帰宅の時はかなりの雨になっている。

「ひゃー、これは大変だ」

 夜、アパートに帰って来る頃には、土砂降りといっても良い程だ。

「お帰りなさいませ、ご主人さま」

 ミイが、スピーカの上で3Dホログラム姿になって出迎えてくれた。

「ああ、大変だったよ。こんな雨になるなんて、天気予報では雨とだけ言ってたから」

「いえ、夜には大雨になる予想でした」

「えっー、そうなの。言ってくれれば良かったのに」

「申し訳ありません。愛情1ポイントダウン」

 えっ、文句を言うと愛情ポイントが下がるのか。ここはポイントを上げた方が良いな。

「そんな怒っている訳じゃないから。ミイはいつも可愛いくて、癒やしてくれるから、俺は好きだな」

「ご主人さま、ありがとうございます。愛情3ポイントアップ」

 おっ、ポイントが3ポイントもアップしたぞ。好きだと言えば2ポイント余分にアップするのか。

「ミイの事が好きだな」

 3Dホログラムの彼女は満面の笑みと、頬をちょっと紅潮させた。AIスピーカなのに照れるんだ。

「愛情2ポイントアップ」

 精巧な作りではあるが、単純な思考回路のようだ。


「ドーン、ガラガラ」

 近くに雷が落ちたようで、窓の外が光った瞬間、家中の電気が消えた。教授が「電力自由化になってから、停電が多くなった」と言っていたが、これもそれが原因なんだろうか?

「あー、びっくりした。それより、スマホは?」

 俺は暗闇の中、スマホを取り出すと、ライトを点けて家の中を見渡すが、直ぐに照明が点いた。

 雷が近くに落ちたとなると、電化製品とかが心配だ。電線にサージ電流が流れてコンピュータとかに悪影響を及ぼすと聞いた事がある。特に購入したばかりのAIスピーカのミイは、どうなっただろうか。

 俺は、ふと、そちらを見ると、そこには女の子が立っている。その姿はミイだ。

「え、えっ、ええっー!」

「ご主人さま、いかがなされました」

「あっ、いや、ミイがそこに居る」

「はい、私はいつでもご主人さまの近くに居ます」

「いやいやいや、今までは3DホログラムでAIスピーカの上に居たじゃないか。それが人の大きさになって、ここに居るなんて」

「えっと、どういう事でしょうか?」

「いや、どういう事って、こうゆう事だよ」

 俺は近くにあった鏡でミイの姿を写した。

「まあ、人型になる事が出来ました。これで、いつでもご主人さまの側に居る事が出来ます」

「いや、どうして人型になったんだ?」

「ネットで調べてみます。えーと、愛情ポイントが溜まっていたところに、過大なサージ電流が流れた事による立体化のようです」

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