第30話 二人の夢の続き 壱

「こうやって二人で食事してると恋人同士に見えたりしませんかね?」


 嬉々として話す夕霧さんに、僕は端的に応えた。


「親戚のおじさんと姪っ子って感じじゃない?」


 率直な感想だ。夕霧さんはそれを聞いてぷくぅと頬を膨らませて怒りをあらわにした。

 申し訳ないけど、全然怖くない。


「というかそんなセリフ……女子高生であるところの夕霧さんが軽々しく口にするべきじゃないね」

「どうして?」

「相手は三〇歳に迫っているおっさんだぞ?」


 自分で言ってて悲しくなる……。


「もっと自分が女の子だって自覚したほうがいいよ。君の口にするセリフはどれもこれも、かなり挑発的で不適切だ」

「わかっててやってるからね」


 夕霧さんは言いながら、自分のシャツのネックを指で引っ張った。肌の色がこっちからはおもいっきり丸見えだ。


「……ついでにその服装も不適切だ。大人として何か言ってやりたくもなるね」

「タケルさんも同罪じゃない。あたしの誘いにのって、ファミレスに入っている時点で、同罪。でしょう?」


 なにも反論できない……。たしかに今、非常に、不適切な状況だ……。


 深く考えるのはいったん止めにして、ホットミルクティーを口に含んだ。

 なんかさっきから飲んでばかりでお腹がタプタプする。


 彼女の地元のファミレスに来ている。他にも夕霧さんくらいの年齢の男女が近くのテーブルではしゃいだりしているから、この場に彼女がいること自体は問題ないはずだ。

 どちらかというと休日にスーツを着てる僕の方が目立っている気がする。


「何年も恋人同士だったのに、キスもしたことないって妙だと思いませんか?」


 急に何の話だと、と反射的に返そうとして、僕とアキサのことだと気づいた。

 さっきの童貞がどうのこうの話題を蒸し返すつもりだろうか。


「……結婚するまでは健全に付き合う、って人はたくさんいると思うけど」

「水戸瀬って人がそういうタイプに見えますか? 美人でしたし、すごくモテそうだったじゃないですか。ああゆうのは気に入った相手には手が早いですよ、絶対」

「それはさすがに偏見じゃないかな……」


 本人がこの場にいないからって言いたい放題だ。

 彼女はコップ注がれたメロンソーダの前で頬杖をついて、可笑しそうに話しはじめた。


「あの人、気があるフリしてタケルさんを囲っておきながら、身体は許してないんです。それってちょっとあんまりだと思いませんか? 少しでも愛があるなら、キスぐらいはするでしょう?」

「今は付き合ってないし、どうでもいいことだよ」

「なら、あたしと付き合ってくださいよ」

「今それは関係ないよねっ?」


 まったく……。

 鼻息荒くなりそうな自分を自制するのも苦労している。

 そんな僕に気づいているのかいないのか、夕霧さんはいたずらっぽい笑みを今もこちらに向けてきていた。

 もはや冗談なのか本気なのかわからない。

 女という奴は本当にわからないことばかり言う。


「あたしが夕霧さんを愛しているのは、絶対なんです」


 愛などというか。

 愛だと?

 なんて軽はずみに……恐ろしいことを言うんだ!


「うわ、すごい嫌そうな顔してる」

「君が変なことばかり言うからだよっ」


 彼女はあはは、と無邪気に笑っていたが、「でも――」と続けて、


「あたし本気ですよ」


 そう口にする瞳には、本気ととれるぐらいに真剣さ色が灯っている。

 逃がすもんかと、訴えている。

 それだけで、僕は何も言えなくなってしまう。


 返答に迷っていると、目の前に置かれたスマフォが振動しはじめた。タッチパネルにはアキサの名前が表示されている。

 夕霧さんはそれを見て、顔色を変えた。

 さっきまでの高揚した色はなくなり、恐ろしく冷たい目でスマフォを見つめている。


 なるほど、なるほど……。

 まるで修羅場にいるような胸中である。

 この場には二人しかいないのに、ピリピリとした空気に飲まれそうになる。


「ちょっと出てくるね」


 立ち上がって、出口に向かおうとした。


「あたしのなのに……」


 そのつぶやきに、後ろ髪を惹かれるような気持になった。

 切なくて、悲し気な声だ。おもわず一瞬足を止めてしまう。

 ちらっと夕霧さんを見ると、不貞腐れたような顔でストローに口をつけている。


 彼女に声を掛けようか迷ったが、スマフォの振動に促され、通話ボタンを押す、耳にそれを押し当てながらファミレスの外に出た。


 あたしの――そんな彼女の呟きが、頭の中で何度も響いていた。


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