第18話 僕はさながら傍観者のようである
同窓会は、夜が更ける前に閉会となった。
会場で意気投合した人間は二次会、三次会へと足を延ばしていくのだろう。
その行動力には少し驚嘆するし、羨ましくも思う。
僕はさながら、それを輪の外から眺める傍観者である。
会場を去っていく人の波を眺めながら、しばし考えあぐねていた。
帰ろうか、帰るまいか。
ロビーに預けていた荷物を受け取り、そのまま外に向かう連中に着いて行こうとして、やはり思いとどまった。
水戸瀬はまだ、フロアの片づけの手伝いをしているのだろうか?
ロビーに姿を見せていないので、たぶんそうなのだろう。
先ほどは中途半端なタイミングで話が中断終されてしまったので、このまま帰るのもなんだか気持ちが悪いと思った。
そもそも水戸瀬と逢坂の関係は?
そのあたりについて全く話を聞けていない。
中学時代、僕は水戸瀬と付き合っていたが、逢坂とも交流があった。
でも二人からお互いの名前を聞いたことがない。
いやそもそも、ここ最近の過去の記憶にはなにか違和感を感じる部分がある。
水戸瀬秋沙とのこと、逢坂ちひろとのこと。
少なくとも、二人は友人関係にはあるように思えた。
水戸瀬の発言から、今日逢坂がこの同窓会に来ることは想定外だったとしても、事前に二人はそのことについて連絡を取っていたと思われる。
加えて、お互いに下の名前で呼び捨てにしていた。
何だろう何だろうと物思いに老けながら、適当にスマフォをいじって時間をつぶしていると、先に彼女の友人?の方が現れた。
逢坂は一人でロビーにたたずんでいる僕を見つけてぎょっとする。
「まだ帰ってなかったの?」
なにその言い方。
「いや、水戸瀬まだいるかなって思って……」
「あっそ」
すごくそっけない反応をされる。なんでだ。
特に話をするつもりもないのか、そのまま立ち去ろうとする。
僕はとっさに彼女の前に立ってそれを遮った。
「ちょっと聞きたいことがあ――」
「いやまずいってば!」
悲鳴みたいな声をあげられて耳がキーンとなる。僕から身を引くように後ずさった逢坂は、すごく迷惑そうな顔をしていた。
なんだかさっきの態度とはエラい変わりようじゃない?
「まずいってなんだ……?」
「アキサちゃんに見られたら――」
「……見られたら?」
「いやまって、その認識は間違い。アキサちゃんはカンケーない」
慌てたように両手をバタバタとさせた。
何をしたいのかいまいちわからない。
「とにかく、私には触らないで。警察呼ぶわよ」
「それはおかしいだろ……。だってさっきだったら、肩にコツンとか頭擦り付けてきたりしてたじゃん」
「やめて」
口を手で押さえられた。
結局触ってるじゃねぇか。
「わかった。わかったよ。聞きたいこと? なに? それを話したら私はもう行くから」
「……色々聞きたいこと増えたんだけど」
「なら一つだけにして。私忙しいの」
まずその急変した態度の原因を知りたいのだが、ひとつだけ?
「お前一体どうしちゃったんだ? もしかして水戸瀬に何か言われたとか?」
「う……! ハァッ、はぁっ」
なにその心臓を射抜かれたような反応。あとなんか過呼吸っぽくなってるし。
「大丈夫か?」
「はっ、はぁ……私、あんまり頭良くないの……」
「それは、まあ知ってる」
中学のときからその片鱗は垣間見えていた。頭が悪い発作か何かだろうか。
「だから……言えないことを言えないってすっごく難しくて…! 言えないことを言えないと、もっと言えないことになっちゃうというか……!」
「おちつけ。お前はいったい何を言ってるんだ」
思わず背中をさする。
逢坂はすぅすぅはぁと息を吸って吐いた。
胸に手を当てて、目をつむって、気を落ち着かせようとしている。
僕はしばしそんな彼女を傍で見守っていた。何やってんだろ……?
しばらくすると、落ち着きを取り戻した逢坂はゆっくりと話しはじめた。
「……アキサちゃんは、友達なの。すごくよくしてもらってる。タケル君と高校が別々になったときは、アキサちゃんが私と話し相手になってくれた。色々相談にも乗ってくれたし、勉強も教えてくれた。同じ高校だったからね」
「へぇ、はぁ、ふうん」
友達ぐらいな関係だろうとは思ってたけど、同じ高校だったってそれは、初耳だ。
「でもね、でも……あの……アキサちゃんって、普段優しいんだけど、あることになるとなんか、気難しくなるみたいで……」
「あること?」
「……えっと」
また言いよどむ。眉をㇵの字にしてなんだか、これ以上聞くのが可哀そうになくらいに困った顔になっている。
言えることと言えないことがあるみたいだ。
それを問いただそうとすると、なんとなく逢坂に都合の悪いことが起こるのかもしれないということは伝わってくる。
「ぶ、ぶっちゃけると――」
逢坂はあたりをきょろきょろと見回した。
戦場で周囲に敵影がいないことを確認している兵隊のようだ。
話すか周りを見るかどっちかにした方がいいと思うが……。
すると今度は僕の耳に口を寄せてきて。小声で話しはじめた。
「タケル君が絡むと、アキサちゃんちょっと怖いの。いや……実際こうしてタケル君と話すまでは半信半疑だったんだけど……。あの人、私の知ってるタケル君の思い出話とかは楽しそうに聞いてくれるんだけど、自分の時はあんまり話したがらないというか……」
「はぁ……」
「だから、今日は魔がさしたというか……、アキサちゃんがどういう反応するかなって思って君に話しかけてみたんだけど……」
「思ったよりも水戸瀬の反応が怖かった?」
また口を押えられる。
どうやら正解みたいだ。
逢坂は顔を真っ赤にしながら下唇を噛んでいる。
「あ、勘違いしないで! アキサちゃんは良い子。これは確実だから。でもね、アキサちゃんからタケル君のこと聞こうとすると、その、めちゃくちゃ、機嫌が悪くなるというか……なんというか、うん。愛だね」
「……」
「いや、それ以上は何も言わないで。私から何か聞いたとかも、言わないでね? ここでアキサちゃんを待ってたんだよね? うんうん、それはとっても良い心がけだね。またあの頃みたいに逃げ出すのかと思ってたから、私少し感心しちゃた!」
「……ちょっとまって」
今聞き捨てならないセリフが彼女の口から出てきた気がする。
「逃げ出すって何のこと?」
「え?」
逢坂の顔色がなにかまずいことを言ったかのように真っ赤に染まった。
「あー……言えない」
あまりにも不憫なくらいに悲しそうな顔になった。
僕もそれ以上詮索する気が失せていた。
「もう何も言わなくていいよ」
とりあえずもう彼女は解放してあげた方がよさそうだ。
「私馬鹿なの。余計なことたくさん言っちゃった気がする……」
「水戸瀬には内緒にしておくよ」
「ほんとう? お願いね!」
空気を読んで答えながら、僕は今聞いた言葉の意味を
逃げ出す――水戸瀬から逃げ出す……? まさか僕が高校受験で手を抜いたことを差しているのだろうか。
いやでもそれは、ないはずだ。
彼女がその原因を知ってるはずない。
「じゃあ私いくけど、ちゃんとアキサちゃんと話すんだよ」
顔が赤いままの逢坂はそう言って話を一方的に打ち切り、僕に背中を見せた。
その後ろ姿は、少し消沈しているように見えた。気が張っていて、きっとかなり消耗したんだろう。
そのまま立ち去るのかと思いきや、逢坂は急に立ち止まって、もう一度こちらに振り返った。
再び力強い足取りで僕の方に歩いてくる。
今度はなんだ、怒られるのかと身構えていると、
「一応LIME交換しておく?」
スマフォ差し出してそう提案した。
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