第14話 安息の場所
「ニャオ!」
二ヵ月ぶりに帰省した僕を迎えてくれたのはぶち猫のアダムだった。
玄関を開けた瞬間、外に飛び出そうとするそいつをすばやく捕獲する。「みぎゃあ」と鳴きながら腕の中でもがいた。
帰省時に必ず起きるイベントのひとつだ。
一人暮らしを始めたばかりの頃は実家に戻るたび、いつもアダムを脱走させて家族に怒られていた。
久しぶりに帰ってきた僕にまるで興味がないのがイブだ。三毛猫の雌であるそいつは、玄関前の階段の縁に座って眠そうに目を細めている。
いずれの二匹もマイペースな我が家の猫だった。
アダムを抱きかかえたままリビングに入る。
「あ、なんだ帰って来たんだ」
ぼくを見つけた妹のヒナがソファに寝ころんだ状態から目だけをこちらに向けた。
ざんばらな黒髪につぶらな二つの瞳は、二か月前とあまり変わらない。
仰向けに寝転がってスマフォをいじっている。
「タケルが戻ってくるの超ひさしぶりだねぇ」
ヒナは、物心ついた頃から僕のことをずっと呼び捨てにしている。
多分、母さんがずっと呼び捨てしていたのが定着してしまったんだろう。
別に気にはしてない。むしろ今更『お兄ちゃん』などと呼ばれたら気持ち悪いまである。
「お母さんは?」
「お父さんとボーリング大会だって。今日は遅くなるみたいだよ。参加者の人たちと飲んでくるんだってさ」
連休を利用して久々に帰省したのに、両親は不在らしい。
「晩御飯は?」
「カレー作ってあるよ」
カレーなんて家でもしょっちゅう作ってるぞ。
心の中で文句を言いつつ、ぼくは猫を抱きかかえたままソファに座ってテレビをつけた。
まったく興味を惹かれないワイドショーだった。
テレビをなんともなしに眺めながら、ふと思い出して「そういえば」とヒナに呼びかける。
「明日の夜、出かけるから晩飯はいらない」
明日は同窓会当日だ。
つまり家族そろっての晩餐はなしってことになる。
わざわざ2ヶ月ぶりくらいに戻ってきたのに……。
「なんで? どこいくの? もしかしてデート?」
「なわけないだろ……。同窓会だよ」
「あれ? 同窓会は欠席するんじゃなかったの?」
「いや、なんか最近になって同級生から誘われてだな……」
水戸瀬の名前を出すか迷ったが、そもそも名前なんて出してもヒナが知っているはずがない。
中学の頃だとまだヒナは生まれたばかりの赤ん坊だったのだ。
「行かないかと誘われたんで、行くことにしたんだ」
「へぇ……タケルは絶対そういうイベントいかないと思ってた。だっていつも一人だし」
それは社交性のない僕に対する嫌味か?
「僕にだって友達くらいはいるぞ」
ここ数週間で奇跡的にできた友達だが。
「それ本当に友達なのぉ? そう思い込んでるだけじゃないの?」
そんなわけないだろ。
LIMEの連絡先も知ってるし、二人きりで居酒屋で飲んだ。むこうもそれぐらいの認識は持っていてくれてる、はずだ。
……それとも、それだけで友達面かよ、とでも思われているんだろうか……?
ちょっと不安になってきた。
「あーそういえば午前中にタケルの同級生って子から電話きてたね」
「え? だれ?」
まさか水戸瀬だろうか。
他に僕に連絡をくれそうな同級生なんて全く心あたりがなかった。
でもそれなら僕の実家じゃなく、僕の携帯の方にかけてくるはずだろう。
「えっとね、おうさかって人」
「は……?」
おうさか……。
はて、最近耳にしたような気がする……。
何だっただろうと物思いにふけっていると、おとなしく捕まっていたアダムが急に手の中で暴れだした。
抱きしめている手に力が入っていたみたいだ。
「……もしかして逢坂ちひろか?」
「ああそう! そんな名前だったかな?」
自然と口にしていたその名前に、違和感を覚える。
背筋が寒くなった気がする。
決して口にしてはいけない名前を口にしてしまったような、そんな悍ましさがあった。
だって、その人物から連絡が来ることなど、ありえないからだ。
――――?
なんでありえないなんて思ったんだろう……?
そう思うに至った思考過程が何故か抜け落ちている。なんの根拠もなく、一瞬、彼女が連絡の取れない場所にいると錯覚したのだ。
「可愛い声の女の人だったよ。もしかしてタケルの知り合い」
知り合い……。
知り合いといえば、そうなのかもしれない。
だって僕は、中学時代の彼女の、数少ない話し相手だったからだ。
小柄で、いつも本を抱えていた彼女のことは、確かに覚えている。
逢坂ちひろ――中学時代の大半を保健室で過ごしていた、登校拒否の女の子の名前だ。
『嫌よね、自殺なんて』
そのとき、以前母さんから電話越しに聞いたセリフを思い出していた。
なんで今、そんなセリフを思い出したのだろう。
自殺なんて単語、何を元に出てきたんだ?
不思議に思っても、答えは出てこない。違和感だけが残ってしまった。
同級生、逢坂ちひろ、自殺というキーワードが何故か頭の中で揺らいでいる。
妙に不安な気持ちになって、腕の中にいたぶち猫のふわふわな体に自分の顔を埋めた。
アダムは迷惑そうに僕の顔を後ろ脚で蹴飛ばしてきた。
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