中学時代のぼく 参
それは辛い記憶だけど、かけがえのないものだと、
少なくともぼくはそう思っていた。
それは一週間で終わった恋――――。
中学二年の夏、ある周の月曜日に水戸瀬秋沙から電話で告白された。
それからぼくたちは金曜日までの五日間、毎日電話で話をした。
親が寝静まったタイミングで、子機を寝室に持ち込んで、こそこそと二人で話をした。
何時間もだ。
すごく楽しい時間だった。
今日あったこととか、好きな音楽とか、ゲームの話をした。話すネタはたいしたことでもないのに、朝方近くまで話していたこともあった。
彼女は、思いのほか人間らしい子だった。
というと、なんだか彼女を神格化しすぎかもしれないが、付き合う前は本当に、雲の上の存在のように思っていた。
それが話してみると意外なほど女の子していて、感情表現豊かで、ぼくのくだらない返しにだって小気味よく答えてくれた。
そんな時間の積み重ねだけで、ぼくは単純だったから、水戸瀬のことを気に入ってしまったんだ。
告白された直後は、付き合うってのがどういうことなのかよくわからなかったけど、でもあの五日間のやり取りで、水戸瀬秋沙のことが本気で好きになっていたんだと思う。
そんな記憶を後生大事にするくらいに……。
金曜日の夜。その日も会話を楽しんで、そして電話の最後に、
「土曜日にどこか遊びに行かない?」
水戸瀬がそんな提案をした。
もちろん断る理由なんてどこにもなかった。
それがぼくにとっての人生で初めての異性とのデートで、最初で最後のデートだった。
場所は、映画館だ。
でも二人で見た映画は、あまり面白くなかった。
見たのはホラー映画だったけど、彼女はホラーが苦手だった。終始目を瞑って体を震わせていた。
彼女を楽しませるためになにかフォローすべきか悩んだけど、結局なにもできなかった。
映画館を出てから、ファーストフードで食事をとって、それから公園で少し話しただろうか。
その時の会話は、夜に電話をしていたときほど盛り上がらなかった。
結論から言えば、最初のデートは失敗だった。完膚なきまでに失敗だった。
だからだろうか、土曜日の夜も、日曜日の夜も、水戸瀬から電話がかかってくることは無くて、とても悲しかったのをおぼえている。
子機をベッドに持ち込んで、ずっと待っていたけど、ついに寝落ちするまで来なかったんだ。
週明け学校に出てみれば、ぼくと水戸瀬の関係は全く変わってしまっていた。
すれ違えば意味ありげにほほ笑み合うようなことをしていたのに、その週からは気まずそうに目を逸らされてしまうようになっていた。
嫌われたんだと思う。
人を好きになるのは理屈じゃない。
だけど、人を嫌いになるのも、理屈じゃないのかもしれない。
これが水戸瀬と恋人だった一週間の全容だった。
ぼくは、失敗した。
この胸の疼きは、失敗の代償なんだと思った。
もう挽回はできない。ぼくたちの関係は終わったんだ。
何が原因なのか、何を教訓にすればいいのか、色々当時は考えていた。
でも教訓が活かされるような機会はなく、ぼくはその後もずっと一人だった。
当時の自分に戻れたら――思い出すたびに、そんなことを考えながら後悔する。
もっとうまくやれていれば、まだぼくの隣には彼女がいたかもしれない。
そんな後悔を胸に、ぼくはいつまでも孤独なまま15年という歳月を過ごした。
彼女ではないちがう女性を見るたびに、輝かしいあの一週間のことを思い出すんだ。
呪いのようだと、ぼくは思っていた。
ああでも、一人だけ、そんなつらい時期に話し相手になってくれた人がいたっけ。
もはや取り返しのつかない、遠い過去の日のことだけど。
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