中学時代のぼく? 壱
その日は居間でテレビを見ていた。
NMKの子供向け番組をやっていて、特にかわいくもカッコよくもない着ぐるみを来たキャラクターが、子供たちと和気あいあいとはしゃいでいた。
すぐ傍ではゆりかごに揺られているヒナの姿もあった。さっきぼくがおむつを替えてやったから機嫌は悪くない。すやすやと寝息を立てている。
すると外の方で自転車のブレーキ音が聞こえて、お母さんがパートから帰ってきたのかなと思った。
その時インターフォンが鳴り、ドアを控えめにコンコンと鳴らされた。
どうやらお母さんではないらしい。ぼくは障子の穴から玄関前をひそかに覗き見た。留守番しているときはまずこの穴から尋ねた人物を見るように言われている。
しかしそこにいた人を認めて、ぼくは混乱した。
まずカラダのラインがはっきりとわかる簡易なシャツに、スカート姿が見えた。
それは学年でもそれなりに目立つ女の子で、おおよそぼくなんかを尋ねに来るとは思えない人物だった。
水戸瀬秋沙――
中学生には珍しく化粧をしたり、髪をうっすら茶色に染めたりするような、華やかな子だった。
別のクラスだったけど、ぼくのクラスにも知り合いがいるらしくしょっちゅう遊びに来ていたのを見たことがある。可愛い子だなぁと思いながら、彼女のそんな姿をよく目で追っていた。
他の奴がどう思っていたかまではわからないけど……。
とにかくぼくは、その顔がとても好きだった。
でもそれはブラウン管越しにアイドルグループを見るような感覚に近くて、傍に行きたいとか、話をしてみたいとはちっとも思っていなかった。ただ遠くから眺めているだけで、満足だった。
ぼくはいじめを受けるような弱虫で、彼女とは住む世界が違うんだと割り切っていたからだ。
水戸瀬の周りにはいつも人がいて、みんな彼女を取り囲むように楽しそうに談笑していた。
そこだけが別世界みたいに、いつもキラキラしているように見えた。
そんな別世界にいた子が、何故ぼくの家に? と思った。
ともあれ、何か落とし物を届けに来たとか、その程度の用事だろうと思うことにした。期待しても、あとでがっかりするのは嫌だったのだ。
ドアのチェーンを外して、少し隙間を空けて、恐る恐るという感じで開いた。
「なに……?」
何か悪いことをしてしまった可能性も考慮して、慎重にたずねた。
するとあろうことかその子は、足をにゅっと家の中に差し込んできた。
「こんにちはっ」
「え? え? なに?!」
ドアに手をかけて強引に開くと、中に入ってきてしまった。
前に見たアクション映画で、主人公が悪いやつに殴り込むときのシーンに似てる。つまりぼくは悪役ということか。
水戸瀬は遠くから走ってきたのか、深く呼吸しながら息を整えようとしている。
「だ、だいじょうぶ?」
「だいじょぶ」
はあはあと息をしながら胸に手を当てている。すると彼女の額から汗が流れ落ち、頬を伝って胸元に流れていくのが見えた。
ぎょっとして目を逸らした。
「大事な話があって来たの。直接話したくて」
「そ、そうなんだ」
ぼくは何の件だろうかと考えた。すぐに思いつく理由は出てこない。
狭い玄関。段差の手前の狭いスペースには靴が乱雑に転がっていて、足の踏み場がない。
そんな場所にぼくと水戸瀬が密接するように立っている。
おかしな状況だなと思った。こんな状況を許すほどの水戸瀬の用事ってなんだ。
「六条ってさ、今付き合ってる子、いないよね?」
両手の指をもじもじと動かしながら、彼女は上目でぼくの顔を覗き込みながらたずねた。
妙に大人っぽくて、熱い視線だった。そんな風に見つめられると、めまいがしてくる。
「い、いないけど」
動揺を抑え込んで、なんとかそう返事をする。
というか、そもそもこんな狭い場所じゃなくて、中に入れるべきじゃないかと気が付く。
「と、というか、なか入る? ここ狭いし」
「いや、要件はすぐに済むから、ここでいい」
要件ってなんだろう。密着したままだと、うまく対応できるか自信がない。
水戸瀬の言葉の一つ一つが誘惑的に聞こえる。何かの罠のように思えた。彼女の後ろでは別の誰かが控えていて、今に『残念でしたー。ドッキリでーす!』とネタバラシに、現れると予想した。
「それに長くは、あまり私の方が耐えられないっていうか……、あのね、伝えたいことはそんなに難しいことじゃないんだ」
「そうなんだ」
「うん、だから言うね」
「うん」
もはや脊髄反射で会話する音声人形のようになっている。
「好きです。わたしと付き合って」
「……はい?」
水戸瀬が一転の濁りもない真剣な瞳をぼくにむけている。
でもぼくと視線が交わったことに気づくと、恥ずかしそうに顔をそらした。
自分の髪に指をくゆらせて、見たこともないくらいに顔を真っ赤にしている。
「返事は?」
なにか不貞腐れたような目で再びぼくを見た。
「……いいけど」
気づいたらそう返事をしていた。
女子から告白されるのなんて生まれて初めてのくせに、まるで貸したものを受け取ったような気軽さで返事をしていた。本当はかつてないほど、ぼくはたぶん、舞い上がっていた。
舞い上がりすぎて、語彙力が完全に消失したんだ。
「ほんと? やったぁ!」
そういって水戸瀬はぼくに抱きついてきた。
シャツ越しにやわらかいものが押し付けられて、ぼくの下半身からとんでもない痛みが登りあがってきた。
その痛みの理由がわからずなんで!? とぼくは思った。
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