中学時代のぼく 弐


 中学二年に上がってしばらく、二学期始めくらいのことだ。

 その頃すでにぼくの学校での風当たりは悪くて、胃の痛くなうような毎日を過ごしていた。

 心休まる時間なんて、学校にはなかった時期だ。


 そんな状況だから、それまで間近にいる女子と付き合うなんて考えはまるでなかった。

 そもそも話す機会すら希薄で、男女が付き合うっていうのがどんなものかもわからなかった。

 それでも毎日精いっぱい生きていられたのは、妹のヒナの存在が大きい。


 学校でどんなにひどいことをされても、家に帰ってヒナをあやしている間はつらいこと、悲しいことを忘れられたからだ。


 夏休み明けの、まだ茹だるような残暑が続いていた頃――


『こんにちは』


 突然かかってきた家の電話に出ると、女の子の声だった。

 月曜日の夜、当時は携帯電話なんて持っていなかったから、実家にかかってきたのを、ぼくがたまたま手に取った。


『たけるくんと同じ学校の水戸瀬といいますが、たけるくんいますか?』

「……僕だけど」

『あ、えと……隣のクラスの水戸瀬だけど、わかる?』


 水戸瀬……水戸瀬秋沙。

 水戸瀬はクラスも違うし、今まで会話もしたことなんてなかった。

 でも、正直なところ、交流こそ無かったけど、一方的にその存在は知っていた。

 女子の顔なんてどれも同じに見えるような中で、その子の顔だけは自然と目を追ってしまうくらいに可愛いと思っていた。

 

 たぶん、タイプってやつだったんだと思う。

 切れ目で、雰囲気は冷たそうだけど、友達とだべってるときはよく笑う女の子だった。

 秋沙って名前も、なんか響きが綺麗だと思っていた。

 だから電話の相手が水戸瀬だと分かった時は、すごくドキドキした。


 彼女と言葉を交わすなんて、そんな機会が自分に回ってくるとは思っていなかったんだ。


「あー……、わかるよ」


 とにかくただならぬ空気だった。まさか? とぼくも最初は疑っていたくらいだ。

 たぶん、めちゃくちゃ舞い上がってもいた。


『え? ほんとぉ? あ、六条はこのまえ、体育の授業で校庭走ってるの見かけたよ』


 水戸瀬の声音はすごく弾んでいて、まるで好きなものを誰かに見せて自慢しているみたいな話し方だった。

 彼女は、こういう話し方をするんだと、ぼくは受話器を持ちながらウンウンうなづいていた。


『すごく速かったよね。かっこよかった』


 体育祭の徒競走の練習風景を、たまたま教室の窓から見たのだろうか。

 走っているぼくを?

 何とも言えない気持ちになる。


「は、はぁ……ありがと……」

『えへへ』


 かわいい笑い声を聞いて、さらに何とも言えない気持ちになる。

 電話の向こうで水戸瀬は、とても楽しそうだった。


『今なにしてたの?』

「え? えっと……」


 そうやって三〇分ぐらい、なんの脈絡もなかったけど、二人で話をしていたと思う。

 あっという間の三〇分だった。

 基本的に聞き役に徹していて、たまに水戸瀬から質問された時だけ答えるようにしていた。

 ぼくは会話デッキに自信がないし、何より楽しそうに話している彼女の声を聴いている方が、心地よかった。

 そんな会話の最後に、


『実はさ、その、わたしさぁ』


 水戸瀬はためらいながらも僕に告げた。


『六条のこと、好きなんだよね』

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