第7話 

兵助はユキの待つ家へと急いでいた。急ぎながらも、どこで見たかを思い出せない番号札の事考えていた。思い出せないと言う事は大して身近なモノではないはずだが、こんなにも気にかかると言う事は身近な人間の可能性もある。

いつもの兵助ならば考えて分からない事を、ぐずぐずと考え込むなど無いことだった。


嫌な予感がする・・・。


ドカーーーーン 


まるで雷が落ちたような大きな爆発音がした。


「はっ! 」一瞬、身体を固くするほどの爆音が鳴り響いた。

「くっ、連尺町の方向から火柱が上がっている!!」


兵助は考えるのを止めた。

そして、まっしぐらにユキの待つ家へと走った。

連尺町の入り口付近まで戻った時に、爆発は更に風上だとわかった。

どうやら自宅は燃えてはいないようだ。


あの男は「今日は忙しい」と言っていた。まだ終わっていない。

狙いは火に囲まれる連尺町か中尺町だろうと兵助は確信している。



事実あの爆発が起こったのは連尺町の隣、中尺町なかしゃくちょうと更に風上にあたる大尺町だいしゃくちょうの境界で起こった。

この爆発が中尺町に火をつけ類焼を呼べば、兵助の町と中尺丁は火に囲まれることになる。兵助の感は正しいと言えるだろう。



とにかく兵助は、ユキの無事を確認し家の者たちを叩き起こしてでも火に囲まれる前に逃がさなくてはならない。猛烈に焦りながら走り続けたが、出かけた時には静まりかえっていた隣近所に多くの人影が見えた。


「なぜだ?」

兵助はつぶやく。


「若旦那」

兵助は自宅裏門の手前で声をかけられた。

声を掛けたのは染物職人の八郎だった。隣には同じく職人の源太もこちらを見ている。なんと二人ともが作務衣でタスキにハチマキ姿、ついでに水桶を片手持っていた。


「八さん、ゲンさん、その姿は一体?」


「見て下さいよ。あの火柱」


「ああ、それは分かっている。

けど、火柱が上がったのは、ほんのさっきじゃないか。

その身支度はどういう事なんだ?」


「ユキさんですよ」二人は得意げに答えた。


「ユキ?」


「ええ、若旦那が風下の火事を見に行ったからには残った者は、身支度をして店を守るんだと言って皆を起こして回ったんです。着替えて外に出たらドカーンですよ」


「ユキさん、頼もしい女将になりますよ」


八郎は頭のハチマキを絞めなおしながら嬉しそうに答えた。


「八郎さんなんて、最初は大丈夫だから眠らせてくれって文句言ってたんですよ」

「ゲン、余計な事、言うんじゃねーよ」

「若旦那、大旦那様や他の連中も皆、火事に備えてます。ユキさんは若旦那の帰りを待ってるだろうから、早く顔を見せてやってください」


兵助は少し驚いた。

ユキは兵助が火事を見に行った事に気づいていたのか。

あんなに眠そうにしていたのに。


そう思うとユキの顔を見たくて仕方なくなった。


「若旦那、早く早く」


二人にユキ恋しさを悟られて兵助は苦い顔をしてみせた。






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