第21話 第一段階開始
二日後、予定通りに十字軍作戦が開始され、カイたちは陣形を組んでベオグラードを後にした。
先鋒を務めるのは東方分司令部
「いよいよ、だな」
進みながら、スオウの上官であるエルヴィン・ボスマン軍曹が、スオウを含めた班の面々に向けて、呟くように言った。
「はい。必ず勝って帰りましょう」
その一人、エリク・ゲレメク上等兵が力強く返すと、エルヴィンは真剣な表情でしっかりと頷く。
「……カミロ、
「当たり前だ。何かあったときは……」
エリクの言葉に頷いた直後、エルヴィンはやや後方を歩くカミロ・スアレス上等兵……彼の同期である……にボソッと言葉を投げかけ、カミロもまた小さな声で返答し、二人は顔を合わせて頷き合った。
「班長、何を……?」
不審な様子の二人に、思わずスオウが尋ねる。
「いや、何でもない。とにかく、集中していくぞ」
しかしエルヴィンはそう言って話を切り上げ、周囲の警戒に移った。
「十時の方向、敵、数は百!」
「二時から四時にもです!……数、締めて一五〇強!」
「正面に敵影あり! 数二百、縦深約八十メートル!」
突如、ほぼ同時に三方向からバラバラの報告が飛んできた。
「早速来たな……総員、予定通り左右及び後ろを迎撃、敵に包囲させるな!」
カイはすぐに叫んで指示を飛ばす。
それから数十秒後には、おおよそ報告通りの方向にある丘や山から天使が現れた。
「撃ち方始め……ッ!」
敵影が見えた瞬間、縦列に並んだ部隊の側面に控えていた狙撃手が、号令によって揃って引き金を引く。
撃つごとに
周囲にはすぐに硝煙の匂いが立ち込めた。
「そろそろ俺たちも行くぞ……天使の接近に合わせて、前後衛を入れ替え!」
徐々に天使の距離の詰め方が大きくなっているのを確認し、カイは兵士たちに向かって新たに叫ぶ。
「……突撃、殲滅しろ!」
天使が一定の距離まで近付いてきてから、カイが続けて号令した。
彼我の距離は約百メートル。宿天武装の力を使えば一瞬でたどり着ける。
「やぁぁああ……ッ!」
天使の集団に斬りかかる兵士の中に、当然ながらスオウもいた。
最前列を走っていた彼は数体の天使を捉えると、叫びながらまとめて両断する。
――……スオウ、そう急がなくていい。四〇〇人で二五〇体を相手するなら一瞬で片が付く。もうちょっと抑えろ、保たないぞ。
全力のスオウに体力をセーブさせようと、彼の契約悪魔であるアザゼルが言った。
「ッ、そうだな」
周囲に目をやると、どうやらすでに大勢は決したらしい。
『前方の第六遊撃大隊が敵集団を突破した! 俺たちも左右の残敵を殲滅しつつ、突破口を通って戦域を離脱する。急げよ……!』
スオウが周辺に注意を向けた直後、カイが第一遊撃大隊の面々にそう指示を飛ばす。
やや散開していた兵士たちは元の進行方向に向かって駆け寄り、すぐに残敵掃討を開始した。
その後、スオウたちは無策にも突っ込んでくる天使たちを薙ぎ払いながら走り、散発的に発生する大集団による襲撃に対応しながら街道を進む。
天使の足止めを受けつつも、それぞれ殲滅しながら行軍を続けること約三時間。彼らは平野部を抜け、ソフィアへと続く山間の道に入った。
「ここまで来れば、左右から襲われる可能性は低くなるな……代わりに、後方警戒は怠るなよ!」
カイは周囲を見渡しつつ、部隊の面々に向かって言った。
バルカン半島は、もともと全体的に山がちな地形だ。その山地を盾にして天使の襲撃をやり過ごしながら、スオウたちは真っ直ぐ街道を進む。
山間の道に入ってから四時間ほど経った頃だろうか。ようやくスオウたちの前方に、一つの街が見えた。
「……見えたな」
「班長、あれが?」
隊列の隙間から街を視認したエルヴィンが言い、そしてスオウが尋ねる。
「ああ、我々のひとまずの目的地……現状ヨーロッパ防衛の最前線基地、ソフィアだ」
スオウの問いかけには、エルヴィンの代わりにカミロの重々しい声が返ってきた。
「ッ! あれは……」
カミロに目線で促され、スオウがもう一度街の方をよく見ると、呻くようにそう言葉を漏らす。
ソフィアの街の周囲には、地面を覆い尽くすばかりの天使たちが
「完全に包囲されてるな、あれは……二五〇〇はいると見ていいだろう」
いつの間に近くまで来ていたのか、カイが街の状況を一言でまとめた。
街の周囲を囲む
「……まあ、だいたい予定通りだ」
「リートミュラー中佐、ソフィアと連絡が取れた」
カイが呟いた直後、前方から彼に声をかける人物がいた――ここまでカイやスオウたちの前を進んでいた第一師団第六遊撃大隊、その大隊長であるデアーク・エンドレ中佐である。
「あっちは何と?」
「まとめるならただ一言、『救援求ム』だ。包囲が始まってからすでに一週間……かなり苦しい状況にあるようだな」
デアークは苦々しい顔でカイの問いかけにそう返すと、ソフィア市街の方向を向いた。
「エンドレ中佐、ここは俺たちが先鋒を引き受けましょう。そっちのおかげで、ウチは消耗が少ない」
同じく市街地を見ながら、カイが提案する。
「……そうだな、頼めるか。我々も援護はするが」
デアークは第六遊撃大隊の面々を見渡して状態を確認すると、カイの提案を承諾した。
「……スオウ。見てわかるだろうが、敵数が多い。お前も全力でやれ」
「ッ……了解」
デアークとの会話を終え、第一遊撃大隊が先陣を切ることを部隊全員に伝えたあと、カイはスオウに近づき、その肩に手をかけながら告げる。
スオウはカイの行動に一瞬たじろぎながら、はっきりとそう返答した。
――「全力」だとさ、スオウ。
「ああ……アザゼル、まだやれるよな?」
――当たり前だろ……まあ、この邪魔くさい
スオウの問いに答えるアザゼルの声には、まだまだあるらしい、大悪魔としての余裕やプライドらしきものが見えた。
「それは本当にイザというときだけだぞ」
――わかってるよ。
スオウの制止に、アザゼルは「冗談だ」と言うような声で、笑いながら返した。
「総員、ソフィア包囲網を切り崩せ!」
カイの号令で、第一遊撃大隊による攻撃が始まった。
「アマミヤ! お前の
接敵直後、エルヴィンがスオウに叫ぶ。
「了解!……行くぞアザゼル……ッ!」
そう呼びかけてから、スオウは
――了解、任せろ。
アザゼルが応えた次の瞬間、動きが止まっていたスオウめがけて突っ込んできた天使の集団が両断される。
「速い……ッ」
エリクが呟く。
他でもなくスオウによるものだが、アザゼルのサポートを強く受けた彼の動作は、剣を振るった風がはっきりと感じられるほどの速度を持っていた。
「まだまだ……!」
スオウは目に映る天使を片端から切り捨てる。
――敵はまだ山ほどいる。ペースを間違えるなよ。
「当たり前だ。だが、できるだけ早く決着をつける!」
スオウが天使を引き寄せるのか、アザゼルの力が天使を引き寄せるのか。とにかく彼らのもとには天使たちが吸い寄せられるように集まってきた。
それをスオウが切り捨て、漏れたものは近くで待つエルヴィンたち四人が処理する……そういったフォーメーションが形成されていた。
「こっちも負けてられないな……もっとやれるよな?」
エルヴィンが彼の悪魔に問う声が聞こえたが、そう声を上げたのは彼だけではない。「新入り」の活躍に感化された第一遊撃大隊の面々のほとんどがそう思っていた。
勢いづいた精鋭たちの前には、二千を超える天使たちも雑兵と化す。
特にその震源地であるスオウ・アマミヤという一人の上等兵がわずか数秒で数十体を塵にするため、二五〇〇を数えた天使の数は目に見えて現象していった。
「中佐! 敵数、半分を切りました……!」
カイにそう報告する彼の副官、シャルロッテ・クナウスト中尉の声が響く。
「そうか……! もう一押し、行くぞ!」
報告を受けてカイは檄を飛ばすが、その直後。
通信機から、もう一つ別の声が聞こえた。
『敵数、千を割りました! 続けて撤退を開始……我々の勝利です!』
ソフィアの街から入った通信である。
天使たちが次々と姿を消していくのを見た兵士たちは徐々に冷静さを取り戻し、そして状況を理解すると、大きな歓声を上げた。
「勝った、か……ッ」
スオウは呟くように言うと、糸が切れたように膝をつく。
「アマミヤ! 大丈夫か?」
すぐにエルヴィンが駆け寄って尋ねると、スオウは彼の方を見て答えた。
「はい、なんとか……流石にいきなり無理しすぎましたね」
苦笑いするスオウの目は、体に負荷がかかっていた証拠か、やや血走っていた。
天使の撤退と残敵の
十字軍作戦第一段階、その半分が達成されたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます