第20話 南へ(3)

 戦闘を終えて本隊と合流したカイたちは、そこから十キロメートルほど移動し、スボティツァの近郊に野営陣地を構築した。

 特にカイたち先遣隊の消耗は凄まじく、「魔力切れ」を起こして宿天武装が機能を停止した者もいる。元々その予定だったが、兎にも角にも今日はここまでにしようというのである。


 時刻は午後八時ごろ。

 もう日が沈み、夜が訪れていた。

「……それで、結局被害はどうなった?」

 強行軍に連れ立っていた少数の補給部隊から補給を受けたあと、ドナルド・マリアン中佐がカイに尋ねる。

「ああ……六十人の中で怪我人が三八人、そのうちすぐにでも動けそうなのは……多くて二八か」

 カイが頭の中で数えながらそう返答すると、ドナルドは腕を組んだ。

「どうするかな……時間的な余裕はあるし、ゆっくり行くこともできるけど」

「いや、動ける奴だけで予定通り行く。俺たちに余裕があるだけで、ベオグラードはキリキリしてるだろうからな。後続の輸送部隊に怪我人は任せよう」

 ドナルドの提案に「否」という返事を即答したカイは、苦々しい表情で言う。

「……それもそうだ。少尉、すぐに全部隊に伝達を」

「頼んだぞ」

 ドナルドはカイの言葉に納得すると、そばに控えていた彼の副官に伝令を指示した。そして同時にカイも、同じく控えていた自身の副官であるシャルロッテ・クナウスト中尉を含む副官二人を見て言葉を発する。

 二人は返事をするとすぐに、与えられた任務を果たしに行った。

 未だ、目的地は大地の彼方である。



 翌日、午前八時。カイたちは二個大隊の内、大多数のすぐに動ける者を連れて行軍を再開することにした。

 予定通りに行けば、今日の昼前にはベオグラードに到着するはずだ。

「各員、孤立しないように周囲との連携を密にしろよ!」

 カイがそう指示するとすぐに、数名をスボティツァの町に預けた二個大隊は再び進みだした。


 その後、バルカン半島における抵天軍の一大拠点であるベオグラードに近づくに連れて、街道で遭遇する天使の数は目に見えて減っていく。

 最終的に、部隊の消耗を考慮して比較的ゆっくり進んだ彼らは、当初の計画よりも一時間ほど遅れた午前十一時頃にベオグラードに入ることになった。

「……ひとまず、ようやく到着だな」

「ああ。でも、本題はこれからだ」

 行軍時の状態から隊列を組み換え、各大隊ごとに二列に並んでベオグラード分司令部まで進む。

 その最中さなか、先頭に並んで歩いていたカイとドナルドはそう言葉を交わした。


 ベオグラード分司令部は、例に漏れず市街地の外れ、それも南東の端に位置している。北西から街道を進んできた彼らからすると、街の中で最も遠い場所と言えよう。

 天使の攻撃のためか整備不良のためか、完全に崩壊した西の高速道路を遠目に見ながら市街地を進み、サバ川を越えて旧市街に入ると、しばらく進んだ所の交差点に人影が見えた。


 横一列に並んだ五人ほどの人影は、よく見ると軍人であった。

 彼らはカイたちが近付くと、揃って敬礼の姿勢を取る。

 カイやドナルドは答礼し、彼らを出迎えた五人の軍人の五メートルほど手前で停止した。

「第二師団、第一及び第二遊撃大隊の皆さんですね? 私は第一師団東方分司令部、次席幕僚のグスタフ・ザイーツ中佐です。分司令ウィリアム・ジャクソン准将及び首席幕僚リア・ジレッティ大佐に代わってご案内します」

 その直後、グスタフと名乗った一人の軍人が姿勢を崩さぬまま言う。どうやら先に降ろすつもりはないらしいと見て、カイとドナルドは揃って答礼を解いた。

「第二師団第一遊撃大隊長、カイ・リートミュラー中佐だ。よろしく」

 カイは部隊を代表して名乗り、同じく敬礼の姿勢を解いたグスタフと軽く握手をする。

「では、急ぎましょう」

 握手を終えると、グスタフは連れていた四人の兵士とともに身を翻して、カイたちの前を歩き出した。



 ベオグラード旧市街の端から分司令部まではおよそ十五キロメートル。最高で時速百キロメートルほどで走ることもできる宿天武装を使えば、全力を出さなくてもすぐに到着できる。

 彼らはスボティツァからベオグラードまでと同じペースで走り、十分強で分司令部に到着した。


 庁舎の中に通されたスオウたちは二個中隊ごとに部屋で待機するよう指示され、カイとドナルドはグスタフと共に別室に向かった。

「閣下、第二師団からの援軍が到着しました」

 分司令部庁舎の二階にある大部屋の扉をノックしたグスタフは室内にそう呼びかける。

「通してくれ!」

 返答があったのは、それからすぐのことだ。


 グスタフは扉を開けると、カイとドナルドの二人に先行して入室する。

「失礼します。予定通りお連れしました」

「ああ、ご苦労」

 入室してすぐに敬礼してそう言ったグスタフに答礼しながら、第一師団東方分司令、ウィリアム・ジャクソン准将は労いの言葉をかける。

 続けて彼は、グスタフの後ろにいた二人に顔を向けた。

「抵天軍第一管区第二師団、第一遊撃大隊のカイ・リートミュラー中佐です。よろしく」

「同じく第二遊撃大隊、ドナルド・マリアン中佐です」

 カイとドナルドはほぼ同時に敬礼すると、順番に名乗る。

「ケルンより話は聞いている。よろしく頼んだぞ」

 ウィリアムは再び答礼しながら、カイたちにそう言った。



 それからすぐに、二人はコンスタンティノープル奪還作戦の概要をウィリアムから説明された。

「まず第一に、現在我が分司令部の隷下にある部隊は二個大隊と、各都市の守備隊だけだ」

 そう言ったウィリアムは、テーブルに広げられたバルカン半島周辺の地図に青色の大きな駒を二つと、いくつかの小さな駒を置く。

「その内一個大隊とソフィア守備隊については南方にあるソフィアの街に駐屯しており、散発的な襲撃に対応しているという報告を受けている」

 ウィリアムは大きな駒と小さな駒を一つずつ、地図上で「Sofiaソフィア」と書かれた辺りに移した。


「それで本題だが、本作戦は大きく二段階に分かれる。バルカン半島の解放と、コンスタンティノープルの攻略だ」

 言いながら、ウィリアムは地図上に新しく青い大きな駒を二つ、そして赤色の駒を十数個ほど追加する。

 赤色の駒はバルカン半島南東部のトラキア地方と、そこからベオグラードまで伸びる街道や山間、そしてコンスタンティノープル周辺に集中していた。

「現在、ここベオグラードからアジア方面に抜ける要衝、トラキア地方が非奪還区域となっている。まずはその解放を目指して進軍し、ソフィアの部隊を救援。その後マルマラ海への到達までを第一段階とする」

 ウィリアムはの青い駒をベオグラードからソフィアまで移動させ、いくつかの赤い駒を地図上からどかす。

「そして第二段階ではまず、ソフィアに結集した三個大隊と、バルカン山脈に沿って東進させた一個大隊を以てマルマラ地方を攻略し、エディルネに向かう」

 ソフィアに残しておいた最後の駒を手に取り、バルカン半島の中央付近を東西に横切る山脈の北部を移動させた。

 やがて駒は、黒海に到達する少し手前で南方に向きを変え、エディルネという町でソフィアから移動する駒と合流した。

 要するに、東西から挟撃を仕掛けようというのだ。

「エディルネで集結し次第、コンスタンティノープルに一斉攻撃を仕掛けて市街地に侵入、聖ゲオルギウス大聖堂の奪取を目指す」

 言葉のとおりに駒を動かし終えたウィリアムは地図から目を上げると、今度はカイたちの方を向いた。

「一連の作戦を、ベルン総司令部から送付された書簡から取って『作戦』と呼称する……何か質問は?」



「と、まあこんな感じだ……お前ら、どう思う」

 部隊に戻ったあと、カイは第一遊撃大隊の面々を集めて作戦概要を話した。

「うーん……俺たち以外に援軍はいないのか?」

 第二中隊長で、カイと同期のフェリクス・エーベルハルト少佐が質問を投げかける。

「ああ……パリ第一師団司令部がレコンキスタ作戦に注力してるおかげで、第一師団からの援軍は望めそうにないらしい」

 カイは苦い顔で肩をすくめながら返答した。

「ただ、第四師団か第六師団が部隊を派遣したという報告は受けているようだし、全く望み薄というほどでもない。もっとも、その到着がいつになるかは分からんがな」

 続けてカイは、ウィリアムから聞いた情報を補足する。


 しかし「十字軍」とは、なんとも皮肉な名前を付けるものだ……カイは説明を続けながら心中で呟いた。

 誰に向けたのかは全く定かでないが、イベリア半島解放を目指すレコンキスタ作戦も、コンスタンティノープル攻略を目指す十字軍作戦も、敵が「天使」であるという時点で相当な皮肉であるように思われた。

 そんな書簡を送ったという抵天軍総司令部のお歴々を思いつつ、カイは小さく溜め息を吐いた。

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