第19話 南へ(2)
「……あともう少しで連中の背後に出る! 突破したらすぐに反転して、
列になった天使たちの間から後ろの景色が見え始めた頃、エルヴィン・ボスマン軍曹が叫んだ。
ボスマン班の面々は戦闘を続けながら、口々に返答する。
スオウが後ろを少し振り返ると、彼らが天使たちの陣形にこじ開けた
エルヴィンの指示はつまり、大勢が決した左翼の掃討は後続に任せ、未だ拮抗する中央部の支援に回るということだろう。
「抜けるぞ……今だッ!」
その直後、エルヴィンが再び大声で指示する。
当初三〇〇はいた天使たちの、その背面に出たのだ。
「もう一度、行けるよな……アザゼル!」
――当然だ。しくじるなよ!
スオウは脚に力を込め、アザゼルがそれをサポートし、そして思い切り地面を蹴る。
「はあぁぁぁ!」
前回の突撃よりもずっと速く、彼の体が動いた。
前進するエネルギーを剣に乗せて、彼の前に立ちふさがる天使たちをまとめて両断する。上空を見れば、中に浮かび、彼らを見下ろしていた天使たちが次々と落とされていった。
「このまま削りながら、リートミュラー中佐と合流するぞ!」
数体の天使を引き付けて撃破しながら、エルヴィンが叫ぶ。
ボスマン班の面々は口々に返答すると、また前進を始めた。
「はっ! せあぁっ……!」
同じ頃、スオウたちの反対側では、カイが率いる複数の班が陣形正面の敵を引き付けていた。
「お前らの相手はッ、こっちだ、っての……!」
一人の兵士が、数体の天使が別方向を向こうとした瞬間、そう叫んで切り捨てる。
「中佐! 敵数、一五〇を切りました!」
「よし、ひとまずは落ち着きそうだな……各員、少なくとも
シャルロッテの報告を受けて、カイは周囲の全部隊に指示を出した。
大抵の場合、天使は手勢が少なくなると必ず――。
――ッ、スオウ!
もう少しでカイと合流できるというとき、突如アザゼルが叫んだ。
「なっ……周辺警戒!」
スオウは一瞬
その直後。
「……やっぱりそう来るよな」
辺りを見回しながら、カイが呟く。
そこには、彼らを取り囲むように出現した天使たちの
「より内側にいる奴は内部の残敵掃討を優先しろ! 包囲の切り崩しは、外側に近い奴らに任せる!……ぐっ……」
カイはすぐに指示を出すと、やや硬直していた戦場の空気を元に戻すように斬りかかってきた天使を迎え撃つ。
「包囲されてる規模は、どれぐらいだ⁉」
カイは天使の攻撃を剣で受けて防ぎながら、近くの兵士に尋ねた。
「はっ……敵左右両翼の掃討中だった四個班、及び射撃支援中の二個班を除いた六個班、締めて三〇人です!」
「半分が
兵士からの報告にそう返しながら、カイは受け止めていた天使を跳ね飛ばし、そのまま切り捨てる。
「中佐、敵数判明しました!……概数ですが、およそ五〇〇ッ!」
その直後、索敵をしていた兵士がカイに報告した。
「三〇人に五〇〇をぶつけてくるとか、
およそ絶望的でしかない数字に、誰にというわけでもない(強いて言えば神に対する)悪態をつきながら振り返ろうとしたカイ。
彼は周囲に気を配るあまり、足元のくぼみに気付かずにつまづいた。
「クソッ……」
バランスを崩してよろめくカイを見逃す天使ではない。一瞬の隙を突くように、数体の天使が一気に突っ込んできた。
「中佐!」
視線だけは突っ込んでくる天使たちに向けていたカイの視界に、横から飛び込んでくる複数の人影が映る。
そして直後、天使たちはそのうちの一人にまとめて撃破された。
「何やってんだ、
「スオウ……!」
続けてカイを叱りつけるような声音で声をかけてきた人影に、彼は呼びかける。
カイを守るように天使たちの前に立ちはだかったのは、他でもなくスオウであった。
「中佐、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……悪い、助かった」
スオウと一緒に飛び込んできたらしいエルヴィンの手を借りて立ち上がったカイは、スオウたちに礼を言う。
「……エルヴィン、状況はわかってるよな?」
「はい。今の会話で、大体は」
「そうか……どう思う」
カイはエルヴィンにそう問いかける。
「まあ、ジリ貧でしょうね。このままでは、数時間と
そう返すエルヴィンの視線の先では、天使による包囲が徐々に狭まっていくのが確かに感じられた。
「なんとか応援が来るまで保たせるしかないな……マリアンはまだかッ!」
カイたちが交戦を開始してから、すでに一時間半ほどが経とうとしている。
『モルヴァンからリートミュラー中佐へ。左右両翼に展開中の四個班で、敵包囲網を外側から削ります!』
その
「モルヴァンッ!
『了解、北側から穴を開けます!』
モルヴァンはカイの指示を受け、すぐに部隊再編に移った。
「もうしばらくしたら、モルヴァンとマリアンが応援に来る! 削りきろうとしなくていい。今は死なずに耐えることを最優先に考えろ!」
カイは外縁部で戦闘中の兵士たちに向かって叫ぶ。
いずれ来る援軍の存在に、兵士たちの士気は再びやや高揚した。
「クソッ、やっぱり数が多い! リミッター、一つか二つ外すか……?」
エルヴィンたちとともに、引き続き戦闘を継続していたスオウが呟く。
――待て、スオウ。まだ
焦りの見えるスオウを落ち着かせるように、アザゼルが声を上げた。
「ッ、だが……クソッ!」
スオウはアザゼルに反発しようとしたが、確かに思うところがあったために、途中で踏みとどまった。
カイとモルヴァンの通信から、すでに二十分が経過しようとしている。辺りを見渡すと、ニ時間前に比べて明らかに兵士が密集しているのが見て取れた――徐々に押し込まれているのだ。
「ハァッ……!」
前後左右、四方八方から天使の攻撃が彼らを襲う。
スオウは後ろから来た斬撃をアザゼルの障壁で防ぎながら、前と右側にいた天使数体をまとめて撃破する。
「お前もッ!」
そしてそのまま後ろを振り返り、一瞬硬直状態にあった天使の「コア」を宿天武装の切っ先で貫いた。
やはり長時間戦闘となり、じわじわと怪我人も増えてきている。
流石にそろそろマズいな……カイもそう思わざるを得なくなってきた。
その直後。
『総員、射撃用意!』
戦場に響く通信機の声がした。
『味方には当てるんじゃないぞ!……撃ち方始め!』
射撃開始の号令とともに、数十発の弾丸がカイたちの横をかすめ、天使のコアを撃ち抜く。
「ハハ……遅いんだよ、マリアン!」
カイはすぐに通信機を取ると、声の主、ドナルド・マリアン中佐に向かって叫んだ。
『すまない、弾薬の回収に時間がかかってしまった! だが、よく耐えてくれたな、リートミュラー!』
ドナルドの返答に続いて、支援部隊からの第二射が届く。目を凝らしてみると、その中にはカイの指示で射撃支援を行っていた班もあった。
「こちら側の天使はそこそこ削ったはず……モルヴァン中尉、あとは任せます」
同じ頃、支援部隊。
ドナルドは通信機を手に取り、モルヴァンに連絡を入れていた。
『モルヴァン中尉、了解しました。支援、感謝します』
モルヴァンはそう返すと、通信を終える。
「何度も言ったけどもう一度。これより、マリアン中佐たちが削った敵包囲網正面を一点突破し、リートミュラー中佐や中にいる兵士たちが脱出できる
マリアンとの通信を終えたモルヴァンは、招集した四個班、彼自身を除いた一九人に向かって言った。
集まった兵士たちは一斉に、覚悟の決まった表情でうなずく。
「では行きましょう……突撃!」
モルヴァンの号令で、彼の率いる四個班は素早く楔形に並び、真正面に立ちはだかる天使たちの「壁」に駆け出した。
「よし……! 援軍が来たぞ! もうじきモルヴァンたちがこの包囲網に突破口を開いてくれるはずだ。それを確認し次第、すぐに脱出するぞ!」
カイが内側で戦う兵士たちに再び叫ぶと、援軍の到着でやや高まっていた士気がさらに跳ね上がったように感じられた。
十回ほど続いた射撃支援を受けつつ、モルヴァンがカイと合流したのは、彼ら突撃を開始してからわずか十分後のことだ。
「中佐! お待たせしました。全員を連れて、すぐに脱出を!」
モルヴァンがカイに駆け寄り、そう迫る。
「ああ、わかってるよ……総員、退却する!」
カイはモルヴァンに言葉を返すと、そのまま退却命令を出した。
無事な者はそのまま走り出し、怪我人はその程度によって自分で走るか、もしくは無事な者に抱えられて退却を開始する。そして退却の最後尾、
カイたちが後退したのを見計らって、マリアン率いる本隊からの支援部隊も攻勢を強めたが、二、三十分ほど経って残存数が一五〇を割った頃、天使たちも徐々に撤退していった。
ここに、後に俗に「十字軍作戦」とも呼ばれるようになる遠征最初の戦闘、スボティツァの戦いは幕を閉じた。
抵天軍の被害は軽傷者四二名、重傷者六名となったが、幸い死者は出なかった。
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