第16話 急行(1)
コンスタンティノープル急襲の翌日、ドイツ・ケルンの第二師団司令部では、カイ・リートミュラー中佐率いる第一遊撃大隊が一室に集められた。
「……以上が、現在私たちが把握している状況です」
カイの副官、シャルロッテ・クナウスト中尉が、大隊の面々に急襲に関する現状を説明し終えたところである。
「……そこで、だ」
シャルロッテが話を終え、大隊各員がざわつき始めた瞬間、カイが口を開く。
「ベオグラードからの救援要請を受けて、俺たち第一と、そして第二に出撃命令が出た」
出撃命令が出た――その言葉に、ざわつきかけた彼らの口が瞬時に閉じた。
「師団長からの命令では、至急ベオグラードに急行し、現地の指示に従えということらしい……出発は明日の正午だ。一時間前までに装備の点検などを済ませて広場に集合してくれ。いいな?」
カイは師団長、ルイス・リッジウェイ少将からの指令を伝えると、室内を見回しながら確認するように問うて話を終える。
大隊の面々が一斉に返事を返したのを聞き届けてから、カイは部隊を解散させた。
「……そういうわけで、俺たちはしばらく
一度部屋に戻ったスオウは、彼が保護者となっているアイリスに言う。
「ついてくよ?」
アイリスはスオウの言葉になんのためらいもなく、それどころか途中で食い込むように応えた。
少し頭を抱えるスオウと、「何かおかしかったかな」と首を傾げるアイリス……沈黙は数分続いた。
その沈黙を破ったのは、意外にもスオウでもアイリスでもなかった。
「スオウ、邪魔するぞ」
そう言いながら、カイがやってきたのである。
「俺たちが遠征に行ってる間の
「ああ、ちょうど今その話をしてたところだ」
同じ話をし始めたカイに、スオウは言う。
「そうだったか……それで、どうするって?」
カイは半ば答えを予想しつつも、スオウに尋ねた。
「『ついてくよ』だとさ」
スオウは肩をすくめながら答える。
おおよそカイの予想通りの答えだ。
「まあ、そう言うだろうと思ったよ……」
カイは頭をかいて言葉を返した。
「連れて行っても大丈夫なのか?」
「普通に考えれば大丈夫じゃないがな……しかし、ソイツの何だかよくわからん力を放置しておくわけにもいかない」
尋ねるスオウに、カイは肩をすくめながら言った。
「……アイリス」
続けてカイは、少し考える
「ついて来たいならついて来い。ただし、スオウのそばを離れるなよ」
アイリスがうんうんと頷いたのを確認して、カイは部屋を去った。
翌日、午前十一時頃。
カイの指示通り、第一遊撃大隊の面々が広場に整列していた。
その隣には、同じく出撃命令が下った第二遊撃大隊もいる。
「――諸君」
珍しく静寂が支配する広場に、壇上に立つ師団長ルイス・リッジウェイの訓示の声が響く。
「知っての通り、先日コンスタンティノープルの街が襲撃された。
ルイスは強い語気で言うと、面々を見回しながら言葉を続けた。
「諸君の任務は奴らの防御を突破し、東西往来の
そして簡潔にそうまとめると、「以上だ」と言って降壇する。
「……さて、どうなるかな……」
ルイスの話を聞きながら、部隊の前に立つカイはボソッと呟いていた。何か嫌な予感がしないでもないんだが――そう不安に思う気持ちがにじみ出ていたように聞こえた。
正午。予定通り、第一遊撃大隊と第二遊撃大隊は一路ベオグラードに向かうべく出発した。
長距離移動の手段は例のごとく鉄道馬車と、そして今回は船なのだが、今回の場合はやや特殊だ。
事態は一刻を争う。
ケルンからベオグラードまでの
少しでも早く、しかし物資の運搬も確実にしながら東方分司令部が位置するベオグラードに向かうために、彼らは
ケルンを出発したスオウたち一行はまず、ドナウ川のほとりにあるインゴルシュタットまで馬車で移動した。
この時点でほとんど丸一日移動し続けていたのだが、彼らは休憩もそこそこに目的地へと急いだ。
「ベルリンで
ドナウ川に浮かべられた大量の船に人と荷物を積み替える作業中、思わずカイが愚痴をこぼす。
「……ああ、
その呟きを隣で聞いていた中佐――第二遊撃大隊大隊長、ドナルド・マリアンはなだめるように言った。
ともかくも、カイやスオウたち一行は船に乗り換え、ドナウ川を下って
西暦時代の終わり頃、ドナウ川は輸送力向上のためにいくつもの短絡用水路が掘られていたため、あちこちでショートカットが可能で、あまり日数をかけずに移動ができるのだ。
「……しっかし、こう同じ景色ばかり続くと気が滅入りよなぁ」
スオウの直属の上官であるエルヴィン・ボスマン軍曹があくびをしながら呟く。
いくら速いとはいっても、三日間か四日間は船の上である。ほとんど流域の天使は殲滅してしまったため、戦うことがそうそうあるわけでもなく、何かあるとすれば川を行き交う人々の船とすれ違うぐらいだ。
「船の上なんで体も動かせませんしね。まあ……」
エルヴィンの班員の一人であるエリク・ゲレメク上等兵がそう応えると、そのままスオウの方を見た。
「あいつは、なんだか忙しそうですが……」
視線の先には、何度目かわからないが(五回目辺りから数えるのをやめた)甲板から身を乗り出すアイリスと、それを引き戻そうとするスオウの姿があった。
「アイリス、だから危ないことはするなって……!」
船に乗ったことがないのか、目を輝かせたままスオウの話が聞こえていなさそうなアイリスは、彼の引っ張るのと同じぐらいの力で前に乗り出す。つまり状況は拮抗しているわけなのだが、そんなやりとりをするスオウたちの様子は、どこか
船は通常百人乗りのボートであるが、物資を分担して輸送するために一
スオウ以外の面々は、そんな二人に三者三様の視線を送っていた。微笑み、苦笑、呆れ、同情、不快感……カイの努力によってマイナスな感情は比較的抑えられているが、スオウも何かいたたまれない気持ちである。
そうして暇をつぶしたり作戦を練ったりしつつ、スオウたち二個大隊九六〇人の兵士たちは、一六艘の船とともにドナウ川を下っていった。
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