第二章 胎動
第14話 急襲
「なんだ、あれ……」
ヨーロッパと西アジアの境界に位置する都市、「コンスタンティノープル」の上空に、見るからに分厚そうな黒い雲が突如として発生し、急速に発達したのである。
「あれは……いや、そんな、まさかッ……!」
不安げに空を指差して尋ねる兵士の言葉に、その同僚は何かただならぬものを感じ、最悪のパターンを想像しながら言葉を漏らす。
その次の瞬間、雲が白く光ったかと思うと、けたたましい音とともに「光の柱」が降ってきた。
「ッ……!」
窓の外を見ていた兵士たちは、反射的に目を覆い、姿勢を低くする。
光の柱は街中に降り注いだようで、至るところから悲鳴や叫び声、建物が崩落する音までもが聞こえてきた。
「ゲホッ、ゲホッ……みんな、大丈夫か⁉」
彼らがいる第一管区コンスタンティノープル守備隊詰所も、数発の被弾どころではない損傷を負って崩落したが、なんとか生き延びた兵士が周りにいた者たちの安否を確認する。
「あ、ああ……なんとかな……」
窓の近くにいた兵士たちはお互いに生存を確かめると、ホッと胸をなでおろした。
「……しかし、ありゃ一体なんなんだ……?」
一人の兵士が空を見上げながら言うと、その場にいた全員が同じように空を見る。
「わからん。だが、
その隣りにいた兵士が言った。
「……これは、一筋縄じゃ行かんかもしれんな……」
また一人の兵士が、恨めしそうに天を仰いでつぶやく。
空に浮かぶ真っ黒な雲は、溜まりすぎたエネルギーを放出するかのようにバチバチと雷を生じさせ、また白い光を放とうとしていた。
第一管区コンスタンティノープル守備隊の詰所は、この街にかつて存在した競馬場跡に設置されており、全体で見ると、放射状に広がる街の中心にほど近い。
「すまん、遅くなった!」
守備隊詰所に、守備隊第二小隊長、クレイシュ・エルゲン中尉が駆け込む。
「あっ、小隊長! ご無事でしたか!」
クレイシュの率いる第二小隊のメンバーが駆け寄って尋ねる。
当然だが詰所は移動できないため、攻撃を受けるとそれを防ぐ手立てがない。先程の「空襲」で、詰所の建造物はほとんどが崩落していた。
「ああ、俺は大丈夫だ。状況はどうなってる⁉」
「はっ、現在コンスタンティノープル上空に巨大な雲のようなものが発生中、天使の反応有り……観測基地からの情報では、数、およそ三百!」
第二小隊の一人がクレイシュの質問に対してそう報告する。
「……やっぱり天使か……それも、多いな……」
クレイシュは苦虫を噛み潰したような表情で呟くと、報告した兵士の方をもう一度見て尋ねた。
「守備隊長からは何かあったか?」
「第二小隊から第四小隊までの各員は、天使の降下・攻撃を確認し次第迎撃せよ、と」
尋ねられた兵士は、守備隊長の命令をそのまま伝える。
「……いるのはわかっているのに手が届かないのは、もどかしいな」
命令を聞いたクレイシュは、再び空を見上げて睨みながら呟いた。
天使たちは上空に浮かぶ雲の中にいる。今の抵天軍の装備では、雲の中の天使を一掃することはできないのである。
そのため天使の集団に攻撃しようとすれば、その降下を待つ他なく、ある程度の被害を
「……了解した。班ごとに、上空を警戒しながら距離を取って散開、各個撃破しろ。通信機は……広域通信が死んでるが、普通の作戦行動には支障ないだろう」
地上に視線を戻したクレイシュが指示すると、小隊の面々はそれぞれ返答し、分かれて散っていった。
「俺たちも行くぞ。逃げ遅れた民間人がいないかも確認しよう」
クレイシュは続けて、近くに集まっていた彼の班員たちに言った。
同じ頃、詰所に残された守備隊長直轄の第一小隊は、守備隊詰所での作業にかかりきりになっていた。
「通信はまだ復旧できなさそうか⁉」
守備隊長、オルハン・シャルル少佐が尋ねる。
「駄目です、設備が完全にいかれてます!
天使たちによる「空襲」で詰所が倒壊し、上層部との連絡に必要な通信機なども破壊されたのだ。
「クソッ、無線だけじゃなく有線まで駄目か……! 第二管区とはどうだ⁉」
オルハンは吐き捨てるように言うと、今度は第二管区コンスタンティノープル守備隊……ボスポラス海峡を挟んだ対岸を本拠地とする部隊との通信の状態を尋ねる。
「アナトリア側となら、まだ海底のケーブルでなんとかなるかもしれません!」
地上部分が断線していなければ、という言葉を飲み込みながら、通信機の復旧にかかっていた兵士が
オルハンは試してみるように指示したあと、
一度目の「空襲」から二十分後、二度目の攻撃が行われた。
一度目より激しく降った光の柱に、逃げ遅れた市民やそれを庇おうとした兵士の体が貫かれる。
そして、さらにそれから十分もしない頃、上空の雲から天使が降りてきた。
地上に降り立った天使は即座に周囲の掃討を始め、戦闘はすぐに激化した。
同時刻、第一管区東方分司令部。
コンスタンティノープル郊外の観測基地から「コンスタンティノープルに大規模な天使の集団が襲来」という報せが入ってからおよそ三十分が経とうとしていた。
「守備隊との通信はまだ繋がらないのか!」
東方分司令、ウィリアム・ジャクソン准将が叫ぶように尋ねる。
「まだです。向こうの通信施設が破壊されている可能性もあり、そうなれば、しばらく交信は不可能です……!」
「クソッ、規模はわからんのか……⁉」
ウィリアムが恨めしそうに机を叩きながら言うと、通信を担当している兵士が報告する。
「観測基地からの報告では、約三百とのこと!」
それとほぼ同時に、一人の兵士が司令部に駆け込んできた。
「分司令! 観測基地からの報告では、天使たちが分厚い雲のようなもので上空から攻撃を加えたあと、一斉に降下を開始した模様です!」
「乗り込まれたか……! 周辺の部隊に、すぐに救援に向かうよう指示しろ!」
ウィリアムは即座に命じる。
「了解!」
司令部の兵士たちが、通信機の前で慌ただしく動き出した。
「ふ……ッ!」
クレイシュが、向かってきた天使を槍の柄で押し倒し、そのコアを貫く。
「……このあたりは、これで全部か?」
そして周辺に敵影も市民の人影もないことを確認して言った。
「中尉! 上を!」
その直後、クレイシュの班員がそう叫んだ。
「……ッ⁉」
クレイシュは空を見上げると、思わず息を呑む。
彼らの視線の先では、空を埋め尽くさんばかりの「杭」が浮かんでいた。
「あれは……!」
言うまでもなく、十年前の第二次エルサレム防衛戦以降に出現するようになったタイプの天使だ。
そして次の瞬間、その杭たちが一斉に地上に降り注いだ。
「中尉、離れて!」
上を見るよう促した兵士は、反射的にクレイシュを突き飛ばすが、タイミングがやや遅かった。
「っぐぁ……ッ」
クレイシュをめがけて飛んできていた何本かの杭がその兵士の脚を直撃し、貫き、押しつぶしていた。
「おい、大丈夫か⁉」
攻撃が止むとすぐに、クレイシュが土煙の中で駆け寄って尋ねる。
そしてそれに引かれて、他の班員たちも集まってきた。
「はは……ちょっとしくじっただけで、俺は大丈夫です。皆さんは……ここから、移動してください」
「それは……!」
脚をやられた兵士が痛みに耐えるようにしながら言うと、クレイシュは逡巡する。ここに彼を置いていくことは、彼を見捨てることに他ならないと、反射的に心の奥底に抱いたからだ。
「……俺は大丈夫です」
その兵士は繰り返した。
「しばらくは、持ちこたえてやりますよ」
そして息も絶え絶えであったが、彼は手にしていたアサルトライフルを胸の前に掲げ、自信ありげに言い放つ。
兵士の言葉を聞き、クレイシュは決心した。
「……わかった。後で必ず迎えに来る。それまで、どうか生きていてくれ」
そう言うと、クレイシュは他の班員たちを連れて移動を始めた。
クレイシュたちは状況を確認するため、周囲が開けた高台に移った。
「これは……」
天使に見つからないよう注意しながら街の様子を見た兵士は、そう言って絶句する。
広大なコンスタンティノープルの街並みは至る所に穴が開き、悲鳴がなおも響き続けていた。
「……攻撃が局所的すぎる……」
そのとき、後ろから街を見たクレイシュがそう呟く。
確かに彼の言う通り、空一面に例の「杭」が浮いていた割には被害箇所が少ないように見えた。
「何か、嫌な予感がする……」
そう言うとクレイシュは急いで地図を広げ、各部隊の布陣した位置を確かめる。
「こちら第二小隊長、クレイシュ・エルゲン中尉! 小隊各員、応答できるか⁉」
そして地図から蒼白になって顔を上げたクレイシュは、通信機を掴んで問いかけた……何度見返しても、先程の「杭」で攻撃を受けた地区と、守備隊の各部隊が展開した地区が重なっていたのだ。
通信機はノイズを吐き続ける。
『こ……らダウ……班、天……の攻撃をう……損……大……この…………は、全……は免……い……!』
数分待ってから、ようやく通信状態が少し回復したのか、ひどいノイズ混じりの声が聞こえた。
途切れ途切れに聞こえた内容は、最悪に近かった。
続けて他の班からも報告が入ってきたが、どの部隊も「無事だが近くの部隊と連絡が取れない」「死者多数」「全滅は必至」「班長死亡」といった内容のどれかであった。
「クソッ……連中、
そう吐き捨てるように言うクレイシュの視界の中に、地上から打ち上がる薄く小さい光がいくつか見えた……宿天武装の弾丸だ。地上から、空中に浮かぶ天使を落とそうとしているのである。
しかし、そのような攻撃を天使たちが許すはずもなく、次の瞬間には杭で反撃され、それ以降弾丸の光は見えなくなった。
状況を否応なしに理解させられたクレイシュがギリギリと歯噛みしていたとき、立て続けに事態が動いた。
轟音を立てて火柱が立ち上り、衝撃波が彼らを襲ったのだ。
「なッ……⁉」
突然の出来事に、クレイシュはそのまま衝撃波に押されて倒れ込む。
しかし瞬時に立ち直り、改めて街の状況を確認すると……ついさっきまではかろうじて形を留めていた詰所が、跡形もなくなっていた。
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