第6話 着任

「……よし、行くか」

 スオウと四年ぶりの挨拶を済ませたカイは、そう呟くと立ち上がり、脱いでいた上着に袖を通した。

 それには、抵天軍においては大隊以上の指揮官が着用する、金色の飾緒しょくしょがついていた。


「行くって、どこに?」

 スオウは率直に疑問を投げかけた。

「お前の同期たちに会いにな。一応、俺はお前らの上官なわけだし」

 カイはドアノブに手をかけながらそう言う。

 カイが扉を開けて部屋から出ると、シャルロッテがそれを追いかけ、カイの後ろにつく。

 スオウはシャルロッテに続いてカイを追いかけた。



 カイ、シャルロッテ、スオウの三人は、つい先程スオウが連れて来られた道を辿ってブリーフィングルームに到着した。

 カイが部屋に入ってくると、それを確認した新兵たちが勢いよく、一斉に立ち上がって敬礼した。

「あー……敬礼はいい。まあ全員座れ」

 カイが気の抜けた声音で言うと、新兵たちは若干戸惑いながら、バラバラと座っていった。


「さて、新兵諸君、第二師団……と言うより、第一遊撃大隊へようこそ。大隊長として歓迎しよう。うちはかなり自由な部隊だ。俺にも、気軽に声をかけてくれて構わないぞ。よろしくな」

 カイは新兵たちに、気楽な声で言う。

士官学校ベルリンの新兵たちが到着するまでは、荷物を移したり訓練したりしていてくれ。以上だ」

 カイは続けてそう言うと、側にいたシャルロッテに目配せをして去っていった。

 シャルロッテはうなずくと、カイに代わって部屋の前方に立ち、話し出した。

「では皆さん、兵舎の部屋の割当を配っておきますね。ベッドの場所は部屋ごとに決めてください」

 シャルロッテはそう言って、新兵たちに紙を配り始めた。


 ものの数分で配り終えると、シャルロッテは新兵たちを解散させた。

 残念ながらスオウとヴィクトールは別の部屋になり、二人はいくつか言葉を交わしたあと、それぞれの部屋に向かった。



 抵天軍の兵舎は八人一部屋で、二段のベッドが四台、共用のテーブルが二つという内装だ。

 全員がよく見知った顔ということもあり、スオウたちは手早くそれぞれのベッドを決め、荷物を整理した。

「なあ、スオウ。やっぱりその剣は持った来たんだな」

 スオウの隣に陣取った、一等兵の階級章を着けた新兵、ロルフ・ヒルトマンがスオウに向かって言う。

「ああ、これか?……そうだな。多分死ぬまで持ってるよ」

 スオウはロルフが言及した剣……彼の姉、ハルカが使っていた宿天武装「F38式」、正式名称「F38HS」を手に取り、軽く笑みを浮かべながら返答した。

 ちなみに、スオウが着用している階級章はのものであり、ロルフよりも階級は上だ。抵天軍の兵学校においては、卒業時の成績が優秀な者から上等兵、一等兵、二等兵に分けられる。

 しかしながら、基本的に同期の者には階級関係なくフランクに接するのが抵天軍の慣習となっており、それを咎めるものはいなかった。



 スオウたちがケルンに到着してから二日が経過し、六月二十八日になった。

 朝礼と食事を終えてしばらく経った頃、第一遊撃大隊本部も併設されている第二師団司令部の片隅に、数両の鉄道馬車が進入してきた。

 ベルリンの、抵天軍第一管区士官学校から新規着任士官を運んできたものだ。スオウたちが到着したときと同様に、第二師団の各部隊から代表者が集まり、車両が停止するのを待つ。


 数分後には降車が始まり、第二師団司令部は一気に騒がしくなった。

 それぞれがそれぞれの部隊の着任者を呼び、それに返事をする声や挨拶を交わす声、地面を蹴る靴の音など、この瞬間は抵天軍内において、一年間で一、二を争う騒がしさだと言われている。



 太陽が南中する頃、第一遊撃大隊全員が、大隊本部の前に集められた。

 元々の隊員はそれぞれの小隊、中隊ごとに整列し、新兵たちは自然に下士官と士官に分かれて並んだ。

 それぞれ指揮する者から見て、前者は左側、後者は右側である。

「さて、全員が揃ったところでもう一度言っておこう……ようこそ、第一遊撃大隊へ」

 階級にして二等兵から少佐まで、合計約四八〇人が整列した前に置かれた台に上り、新兵たちの方向を向いて言った。

「新兵の半分弱は士官学校ベルリンから到着したばかりだが、早いうちに部隊編成を伝えておきたくて集まってもらった。すまないが、荷物の整理は少し待ってくれ」

 カイはそう続けると、総務科紫色の兵科章をつけた兵士たち、つまり師団の事務職員に視線を移し、「頼んだ」と短く言った。

 総務科の兵士たちは返事をすると、新兵たちに封筒を渡し始める。

 一方で元々の隊員たちはと言うと、新兵たちが封筒を配られ出したのを見て、第一中隊から第四中隊までの四つの集団に分かれて並び替え始めた。



 スオウたちが今配られている封筒の中には、その部隊の責任者の名で決定された、それぞれの配属部隊が記されている。

 この、細かい配属先の通達のタイミングは各部隊に一任されているため、部隊ごとに、より正確に言うなら指揮官ごとにかなりばらつきがある。

 卒業の一ヶ月前には任官者の名簿が送付されるため、卒業時に渡される辞令と共に通達する部隊もあれば、カイの第一遊撃大隊のように全員が任地で揃うまで伝えない部隊もあるのだ。


 封筒を受け取ったスオウは早速中の紙を確認しようと取り出して広げる。

「俺は……第一中隊、第一機動遊撃小隊?」

 スオウは書かれた部隊の名前を呟く。

「第一中隊って言うと、リートミュラー中佐の直属部隊だね。機動遊撃小隊はかなりの精鋭って聞いたけど……」

 隣を歩いていたヴィクトールがそれを聞いて言った。

「げっ、あいつカイの部隊か……」

 スオウは思わず言葉をこぼす。

「何か嫌なところがあるのかい? 良い人そうだけど……」

 ヴィクトールはスオウの顔を見ながら尋ねる。

「正直、何やらされるかわかったもんじゃないぞ」

 スオウは十年前に見たカイを思い出しながら言った。

 今はわからないが、その頃のカイはかなり無茶をすることで有名だったという。そんなカイが部隊の指揮を任されているという事実も未だ半ば信じられていないスオウにとっては、その直属部隊については心配が絶えなかった。

「あ、あはは……あ、僕はこっちだから行くよ。まあ、頑張れ、スオウ」

 第二中隊に配属されたヴィクトールは苦笑いをしたあと、途中でスオウと別れて歩き出す。

「お、おう……そっちも頑張れよ」

 手を振ってきたヴィクトールにそう言って手を振り返すと、スオウもまた、よく見知ったがいる方向に向かった。

 いつの間にか彼の周りは、彼と同じように第一中隊に配属された新兵たちが多くなっていた。



 カイ率いる第一遊撃大隊は、抵天軍第二師団の中では精鋭揃いと言われている。その中でも、大隊長直属の第一中隊に所属する二個の機動遊撃小隊は数々の戦線で天使への反抗作戦に従事し、そのいずれにおいても大きな損失を出さずに戦果を上げていた。


「スオウ・アマミヤ上等兵以下八名、第一機動遊撃小隊に配属されました。よろしくお願いします」

 スオウたち下士官が少しだけ士官よりも早く集合し、小隊の面々が顔を揃えていた前で整列して挨拶をした。

「同じく、ヴィットリオ・タドリーニ少尉以下四名、任官いたします」

 やや遅れて集合した新任の少尉たちは素早く整列し、敬礼して名乗った。

 合計十二人が敬礼したのを受け、一人の男性兵士が前に出た。

「小隊長代理のモルヴァン中尉です」

 モルヴァンと名乗った男性は答礼をする。

「リートミュラー中佐はしばらく戻られないようなので、代わりに私から……これから一緒に頑張りましょう」

 モルヴァンはそう言って答礼を解くと、まずヴィットリオに右手を伸ばした。

 ヴィットリオがその手を取って握手をし、一言短く言葉を交わすと、モルヴァンは隣に移る。それを繰り返し、全員と挨拶の握手をした。


「悪い、遅くなった」

 ちょうどモルヴァンが握手を終えたあと、カイとシャルロッテが到着した。

「いえ、まだ軽い挨拶をした程度ですので」

 モルヴァンは敬礼をして言う。

 カイは軽く答礼すると、その姿勢のままスオウたちの方を見る。そして答礼を解き、口を開いた。

「……もう今さら自己紹介はいらないと思うが、小隊長のカイ・リートミュラーだ。よろしく」

 敬礼していたスオウやヴィットリオたちは腕を下ろし、姿勢を正して口々に返答した。



 そして二日後、六月三十日。スオウたちの正式な着任式が行われた。

 第二師団に所属するすべての部隊から代表として数人ずつがケルン郊外に集まり、式典に参加した。

 式典の前日には新兵たちが再び第二師団司令部に集結しており、ケルン郊外の司令部には、年に数回しか感じることのない緊張感が漂っていた。


 式典はつつがなく進行し、全ての兵科を合わせて約三百名の新兵たちが並ぶ前で、第二師団長、ルイス・リッジウェイ少将の訓辞が述べられた。

「まずは、天使たちと戦うことを選んだ諸君の意志と勇気に敬意を表したい」

 ルイスの訓辞は、その言葉から始まった。

「今からおよそ一五〇年前、発展を続けていた人類は、突如として生存圏の縮小を迫られた。しかし、それから約五十年後、私たち抵天軍の原型である人々が、天使に対して反旗を翻したことは知っての通りだろう。以来百年に渡って続くこの戦争は今、確実に終結に向かいつつある」

 ルイスは力強く言うと、一呼吸置いてから話を再開した。

「諸君、必ずや、この争いを終わらせよう。私たちは、貴官らが各々の責務を果たすことを期待している。人類に勝利を……! 以上だ」

 ルイスの訓辞は、非常にさっぱりとしたものだったが、しかし、そのシンプルに戦意を煽る言葉は、新兵たちの士気に響いたらしい。

 第一遊撃大隊の大隊長として出席していたカイは、新兵たちの身が引き締まる音を聞いたような気がした。



 何事もなく着任式は終了し、新兵たちも翌日から通常任務に入ることになった……のだが、消灯時刻となり、当直任務もなかったのでそろそろ眠ろうとしていたスオウは、突然大隊長の私室に呼び出された。

 スオウは、何なんだいきなりとは思いつつ、暗くなった廊下を歩いて部屋に向かう。


 大隊長の私室、つまりはカイの部屋に着いたスオウは、その扉を三回ノックした。

「入ってくれ」

 その直後、扉の向こう側から入室を促す言葉が聞こえた。

 スオウはドアノブに手をかけ、できるだけ音を立てないように注意しつつ開けて、中に入る。

「……ご要件は?」

 スオウは他人行儀な口調を続ける。

「はは、軍服を着ていない間は、別に敬意を払う必要はないぞ」

 カイは苦笑しながら言った。

 抵天軍において、軍服を着ていない間……勤務時間外は、階級など関係ないと考える者は少なくなく、カイもその一人であった。

「……わかった。じゃあ、要件は何だ」

 スオウは一瞬戸惑ったあと、元の口調に戻した。

「いや、四年ぶりに会ったとロクに話せてないと思ってな。こんな時間に呼び出しちまったのは悪かった」

 カイは砕けた謝罪を口にした。

「……別にそれはいいけど、今更話すことなんてあるか?」

 スオウは首をかしげて尋ねる。

「兵学校からの報告書に大体のことは書いてあったが、やっぱり要点しか書いてなくてな。色々と聞かせてほしい」

 カイは報告書と思しき紙の束を小突きながら、スオウの目を見て言った。

 二人の年齢差は十六であり、親子にしては歳が近すぎるが、兄弟にしてはいささか歳が離れすぎている(ハルカとの年齢差はこの際目を瞑る)、なんとも微妙な関係だった。しかし、幼少期のスオウはカイを父、兄、あるいは友人のように慕っていたし、カイもまたスオウの保護者として接していた。

 若干、職権乱用ではないかと思わないでもなかったが、スオウは黙っていることにして、日付が変わって少しするまで、二人は話を続けた。

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