第4話 大攻勢(2)
南東方面が落ち着いた一方、兵学校西側での戦闘は芳しくなかった。丘陵、かつ森林地帯での戦闘になり、満足に移動ができなかったのである。
「くっそ、完全に囲まれてる……」
木の影に隠れながら、第三小隊の小隊長、クリストハルト・グロスコップが呟いた。
「どうにかして向こうの平地に連れていきたいが、この包囲を突破しないことには厳しいぞ……」
その隣にしゃがんでいた第四小隊の小隊長、テオ・ポレッティが、小さな声で反応した。
「兵学校から三小隊が来るって言ってたが……」
「このままだと、到着が先か、俺たちの全滅が先か……だな」
クリストハルトとテオはそう言って顔を見合わせ、ため息を吐いた。
「全滅なんぞしてたまるか」
そう言って木の上から飛び降りてきたのは、第三小隊のエドガー・ストレームである。
「天使の守りが薄いところを見つけた。一気に駆け抜ければ、この包囲を抜け出せるかもしれない」
エドガーは地図を広げ、その上を指差しながら言う。
「待て、そんなあからさまな穴なんて、罠の可能性がある。突っ切るのは危険じゃないか?」
テオが苦言を呈した。
「罠だろうがなかろうが、どっちにしたってこのままじゃ全滅するだけだ。だったらせめて、少しでも足掻こうじゃねえの」
「……確かに、その通りではあるが……」
エドガーの意見を肯定しつつも、テオは納得しきれていない様子である。
『……第三、第四小隊、状況はどうなっている?』
と、そのとき、教官からの無線が入った。
「は……こちらグロスコップです。状況は良くありません。完全に囲まれています」
クリストハルトが深刻な声で言った。
『そうか…………わかった。第五、第七小隊を南の平地に向かわせて、天使の包囲を解かせる。それに呼応して動いてくれ』
「っ……了解」
そしてクリストハルトは通信を終了した。
「……で、どうするんだ?」
エドガーが、クリストハルトに尋ねる。
「側面から突かれれば、天使たちもそっちに気を取られて包囲が緩むと思う」
クリストハルトはそう言って一旦考える時間を取り、そして再び話しだした。
「そこで、一気に包囲を破ろう。エドガー、索敵を頼めるか?」
クリストハルトはエドガーの顔を見て言った。
「わかった。ただ、十人ぐらい一緒に来てほしい」
エドガーはうなずき、そして皆の方を向いてそう呼びかけた。第三小隊のメンバーのうち、八人が手を上げた。隣を見ると、第四小隊にも数人の志願者がいた。
「テオ、あいつら、借りていって良いか?」
エドガーはテオに尋ねる。
「……まあいいだろう。必ず無事に帰ってこいよ」
テオは腕を組んで少し考えたあと、そう言ってうなずいた。
「もちろんだ。偵察に行って死ぬなんて間抜けな真似するかよ」
エドガーはニッと笑って応えた。
「……戦闘の中での偵察になるが、みんな、頼んだ。俺たちの命は預けたぞ」
クリストハルトが真剣な顔で言うと、エドガーたちも表情と姿勢を正した。
「全員、無事に会おう」
エドガーはそう言い残し、志願者を連れて離脱した。
それから数分後、移動中だった第五、第七小隊は、クリストハルトたちが包囲されている丘陵地帯の
「教官。第五、及び第七小隊、目的地に到着しました」
第五小隊長、カーラ・ソルデッロが報告する。
「テオ、クリストハルト、無事か?」
第五小隊の一人の男子学生、トーマス・ヴィンセントが無線機で尋ねた。
『こちらテオ。今のところ、俺もクリストハルトも無事だ』
そう言ったテオの声には、余裕がないように感じられた。
「それなら良い。今から助ける。なるべく硬い障壁を張って、そこから動かないでくれ」
無線機の向こうから、了解する言葉が聞こえ、トーマスは通信を切った。
『了解。では、さっき言ったようにしてくれ……宿天武装は使い潰しても構わん、なるべくデカいのを頼む』
男子学生が話し終えるのと、教官が話し終えるのはほとんど同時だった。
「了解。全力で行きます……!」
教官の返答を聞いてから、カーラは無線機を置き、そしてライフルを手に取った。
それに追随するように、両小隊に所属する狙撃手たちがライフルを構える。
「……お願い、力を貸して、アンブラ」
カーラは、「琥珀」という名をつけた自分の契約悪魔に、そう呼びかけた。幸いにもその悪魔は素直に従ってくれたようで、薬室内の実包には限界まで魔力が込められた。
どうやらそれは、他の面々も同じだったようだ。
「テオたちがいるのはこっちだから…………ここ……!」
カーラは、クリストハルトたちのいる場所をギリギリ避けるように、慎重に照準を合わせ、そして引き金を引く。
他の狙撃手たちもほぼ同時に、それぞれ少しずつ違う方向に、しかしクリストハルトたちには当たらないように、引き金を引いた。
限界まで魔力が込められた装薬は燃焼し、弾丸に魔力と運動エネルギーを与える。撃ち出された弾丸は音速を軽々と超え、ソニックブームを発生させながら丘陵の森林へと飛翔した。
衝撃波によって木々はなぎ倒され、射線上にいた天使はコアを切り裂かれて消滅した。
新たな敵がやってきたことにようやく気付いた天使たちは、驚くべきことに、教官、ことノエルの思惑通り、第五、第七小隊のいる平地へと移動を始めた。
「マジで来やがった……! お前ら、狙撃組を守りながら迎撃するぞ!」
トーマスがそう叫ぶ。
彼が言った狙撃手たちは、ありったけのエネルギーを一発の弾丸に込めたために使い果たし、天使とまともに戦える状態ではなかった……そもそもとして、宿天武装が破損した者も多く、仮に本人が戦える状態であったとしても厳しかっただろう。
ところ変わって、第三、第四小隊が隠れていた森の中。
言われた通りに、できるだけ硬い障壁を張って待機していた彼らは、真横を通り過ぎていった衝撃波に面食らっていた。耐えきれずに、吹き飛ばされた者もいる。
『あーあー、みんな無事か?』
無線機から、トーマスの声がした。
「ああ、一応、全員無事だ。しかし……」
『あー……だから、なるべく硬い障壁を張って動くなって言っただろ?』
「そうだな……忠告、感謝する」
テオが唸るような声で言った。
『ところで、そっちの包囲は解けてそうか?』
「いや、まだだ。俺たちから見える範囲では、突破するには穴が小さい。今、十人ぐらいに探してもらってる」
トーマスが突然真剣な声音で尋ねると、クリストハルトがそう返す。
『そうか、わかった。天使たちは……徐々にこっちに来てるしっ……もう少しで解けると思うが……なっ……!』
トーマスの言葉は途切れ途切れで、しかも妙なところに力が入っていた。
その直後に入った打撃音で、二人はトーマスが戦闘中であることに気がついた。
『悪い、だんだん奴らの攻撃が激しくなってきたから切る……!』
そう言ってトーマスは通信を終えた。
「……
二人は若干引きつった顔を見合わせ、クリストハルトがそう呟いた。
『……おい、今のは一体何だ!?』
無線機から、そう叫ぶエドガーの声が聞こえた。
「エドガー、全員無事か!?」
クリストハルトは焦りを隠さずに尋ねる。
『ああ。ギリギリ助かった。全員生きてるよ』
エドガーは呆れたようなため息を吐いて言った。
「それは良かった……それで、包囲は抜けられそうか?」
『ああ、天使たちは下の平地に急行しているようだ。今なら一気に抜け出せるぞ』
「了解した。合流を優先するか?」
そこで、ずっと話を聞いていたテオが口を開く。
「……そうだな。その後で、広がった穴が塞がらないうちに通り抜ける。また天使の増援が来ないとも言い切れないし……」
クリストハルトは合流を優先する考えを示した。
「わかった……みんな、移動するぞ!」
テオはクリストハルトの言葉を聞いてから、他の学生たちに向き直ってそう言った。
「第五小隊と第七小隊は狙撃メインだから、多分そう長くは
クリストハルトが言うと、全員がしっかりとうなずいた。
再び、場所はトーマスたちに戻る。
「おっ……らぁ!」
ガントレットを装備したトーマスは、天使の顔に拳を叩き込んで転ばせ、僅かな抵抗もさせずにそのコアを叩き潰す。彼の周囲には、おそらく同じような流れで倒されたのであろう天使の残骸が転がっていた。
なんとか狙撃手を後退させることには成功したが、第五、第七小隊は狙撃手が主戦力である班が多数を占めていたために、迎撃に参加できたのは一個小隊、三十人もいなかった。
「クソっ、こっちは三十人もいないってのにワラワラと……!」
第七小隊の一人が吐き捨てるように言って、天使の体を両断する。
さっきの狙撃……いや、砲撃である程度は殲滅したとはいえ、それでもなお百体ほどの天使が生き残っていた。
傍から見ても、学生たちが徐々に
「なんとか戦線を構築しろ! 押し返せとは言わない。だが絶対に崩されるな!」
第七小隊長、ドロシー・ガーネットが叫び、学生たちを鼓舞する。
すると、その言葉が効いたのか、後退しつつあった学生たちは止まり、天使たちと拮抗し始めた。
そのとき、通信機から、叫ぶテオの声が聞こえた。
『――ガーネット! 援護するぞ……!』
『借りは返すよ、ドロシー!』
その直後、今度はクリストハルトの言葉が流れる。
「……ッ! 感謝するわ……!」
ドロシーは反射的に謝辞を述べると、テオたちがいる丘陵地帯の方を見た。
かなりの距離が空いてはいるが、天使たちを追撃する集団があるのが感じられた。
「逃がすな! 押し潰せ……!」
先頭を走るテオが叫ぶ。
それに呼応するかのように、彼らの動きは速くなる。
天使は列のようになってドロシーたちがいる方へと移動していたために、追撃するテオたちと戦えたのは最後尾の少数だけだった。
そのため、さながらヤスリで木の棒を削るように、天使たちは倒されていった。
「――みんな、あれを見て!」
ドロシーは疲労の色が隠せなくなってきたらしい小隊の面々に呼びかけ、第三、第四小隊のいる方向を指差す。
「第三小隊と第四小隊が天使たちを追撃しているの。これで数はほぼ互角……いえ、形勢逆転よ! みんな、あともうひと踏ん張り頑張って……!」
その言葉を聞いた学生たちから、
勢いづいた彼らはそのまま天使たちを押し返し始め、やがて挟撃していた学生たちが互いに視認できる距離まで近づいた……いや、両翼ではすでに接していたと言っても過言ではないだろう。
「あと、少し……!」
どこからか、誰ともなくそんな声がした。それは彼らの総意にも等しかった。
「――はあっ、はあっ……終わったのか……?」
第七小隊の一人の学生が、息を整えながら周囲を見回した。
「ああ、とりあえずな……おつかれさん」
その学生の近くにいた一人が、そう声をかけた。
周りを見ると、地面に倒れ込むもの、喜びの声を上げるもの、抱き合うものもいた。
「助かったよ、ありがとう」
クリストハルトがドロシーに駆け寄り、謝辞を述べた。
「そのセリフは、貴方たちにも返すわ。ありがとう、みんな」
ドロシーはクリストハルトやテオ、そして第三、第四小隊の面々を見ながら言った。
「後でカーラたちにも礼を言っておかないとな」
テオは呟いた。
「ああ、わかってるさ」
クリストハルトはうなずき、そして言った。
『こちら兵学校。状況はどうなっている?』
ノエルからの無線が入った。
「こちらドロシー・ガーネット。天使たちの殲滅、完了しました」
『……了解……! 第六小隊を回収のためにそっちに回す。帰還してくれ』
ドロシーの報告を聞いたノエルの声からは、驚きと喜びとが混じり合った雰囲気が感じられた。
「……みんな、第六小隊と合流して、帰るわよ!」
ドロシーは通信機をしまうと、学生たちの方を向いてそう言った。
「了解……!」
大勢の声が響いた。
その後、第六小隊と合流したクリストハルトやドロシーたちは、怪我人などをそちらに引き渡し、特に問題もなく兵学校に帰還した。
彼らは今、グラウンドに集められている。
「諸君、今回の戦い、皆ご苦労だった……いや、よくやった! 過去にこれだけの戦闘で一人も死者を出さなかった学年は、残念ながらいない……」
ノエルがそう言って彼らを称賛する。
「しばらくは警戒体勢をとることになる。が、今日のところは全員休息を取れ。明日以降に疲れを持ち越さないように。以上、解散!」
そしてノエルは続けてそう言い、話を終えた。
「……みんな、少し、情報交換をしないか?」
ノエルが去ってガヤガヤと話し始めた学生たちに、そう声をかけるものがいた。
学生たちは一斉に、その声の主に視線を送る。
そこには、右手を上げたスオウがいた。
「情報交換?」
たまたま近くにいたクリストハルトが尋ねる。
「ああ。今回はみんな別々の方向で戦ってただろ? だから、それぞれがした経験も違うと思うんだ。それを共有できれば、次にそういう事態に陥ったときに上手く戦えるかもしれない」
「なるほど……それはあるな。俺は良いと思う。みんなはどうだ?」
クリストハルトが問いかけると、「ふむ……」とか「なるほど……」といった声が聞こえた。
「そうだな……反省会も兼ねて、やるとしよう」
ドロシーの発言が決め手となったのかどうかはわからないが、そこで彼らは情報交換を行う流れになった。
その後、行動力のあるものが借りてきた講堂を舞台に、大論争が巻き起こることになってしまった。勉強熱心な学生に感心したらしい教官たちが乱入し、騒ぎが大きくなってしまったが、それはまた別のお話だ。
そして新暦一四二年六月十四日。抵天軍第一管区兵学校で、卒業式が行われた。
と言っても、卒業生全員がグラウンドに集められ、校長が各兵科の代表者に兵科章と任地と部隊が記された辞令を渡すだけの非常にサッパリとした式典ではあるが。ちなみに、制帽を投げる伝統行事はここにも受け継がれていた。
なお、他の卒業生に関しては式の後でそれらを受け取る。
「……それで、お前らはどこに着任するんだ?」
式の後の自由時間、スオウは班で集まっていた面々に訊いた。
「私は……第一師団第六遊撃大隊だな」
ヴィルヘルムが辞令を見ながら言う。
「俺は第六師団、第一統合戦闘団だな!」
ベルトランは、辞令を見せながら、元気よく言った。
「私は、第四師団第一遊撃大隊……」
ナターリヤが、どことなく憂鬱そうに言った。
「僕は、第二師団第一遊撃大隊だ」
ヴィクトールもベルトランと同じように、辞令をスオウに見せて言う。
補足しておくと、第一師団はイベリア半島、イタリア半島、バルカン半島、ブリテン島、ガリアといった範囲を管轄する。また第二師団は、ドイツやベネルクス、東欧地域を管轄している。
第四師団はロシアのうち、ウラル山脈までの範囲を管轄し、第六師団はスカンディナビア半島一帯を管轄する。
「……じゃあ、ヴィクトールとは長い付き合いになりそうだな」
スオウはヴィクトールに向かってそう言った。
「君はどこだったんだい?」
ヴィクトールは尋ねる。
「俺
スオウは左手で辞令を持って見せ、右手をヴィクトールに差し出す。
「ああ、よろしく……!」
ヴィクトールはその右手をとり、固く握手をした。
「……ところで、ナターシャ的にはスオウと離れ離れになるから残念なんじゃないか?」
頭の後ろで手を組んだベルトランが、からかうような口調で言った。顔を見れば少しニヤけているのが見て取れた。
「っ……⁉ な、何を言って……!」
ナターリヤは強く言い返したが、顔は真っ赤であった。
もう明言してしまってもいいだろう。端的に言えば、彼女はスオウを好いている。「スオウ」などという、わざわざ愛称をつけるまでもない短い名前なのにあえて愛称で呼んでいることからも、なんとなく察せただろうか。
しかしながら、本人はこれで隠せているつもりなのだ。それを面白がって、ベルトランはこうしてよくナターリヤをからかっていた……そのたびにボコボコにされるにも関わらず。
「ま、まあまあ。ナターシャ、また会いに行くからさ」
スオウは微笑んでそう言った。
「だっ、だからっ、違うってば……!」
逃げるベルトランを追いかけ回していたナターリヤはスオウの近くまで飛ぶように戻ると、真っ赤な顔のまま言う。
「……でも……うん、待ってる。私からもいつか行くから……」
兵学校の中では「クールな」という言葉が接頭辞としてつく彼女は、スオウの前では乙女だった。
抵天軍では、正式に任地に着任するのは七月一日付だ。それまでの半月間で、荷物を寮から引き上げ、それぞれの任地で着任までの諸々の手続きを済ませるのだ。
「四年間、世話になったな、エドモン」
スオウは、第四師団に配属になった彼のルームメイト、エドモン・プラドンに告げた。
兵学校から距離がある地域に着任するものから順番に、集団で去っていくので、エドモンはスオウよりも早く兵学校を去るのだ。
「こちらこそ、今までありがとう。これからも頑張って」
「そっちもな」
二人は固く握手をした。
兵学校のルームメイトと、それが寿命であれ戦死であれ、卒業後は一切会えずに生涯を終えることは珍しいことではない。
二人はこの瞬間を噛みしめるような気持ちだった。
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