第14話

 ……朝からずっとぼけっとしていた。

 今は授業中だったけど、何も頭に入ってこない。

 ……結局、昨日のあれは誰だったんだ?

 真白さんは最後まで「知らない」の一点張りだった。

 あの後は僕の家に行ったけど……お互いにいつも通りとはいかず、何だかぎこちないままだった。

 あの男は、間違いなく真白さんの知り合いだろう。

 しかも呼び捨てにするくらいの仲だ。

 何だ? いったい誰なんだ?

 うぬぬぬぬ……。

 唸っている間に授業が終わっていた。

 そのまま昼食の時間になった。

「お前、今日どうしたんだ?」

 いつものように三バカトリオで昼食を食べていた。

 対面には陽介と信一が並んで座っている。

 まず訊いてきたのは陽介だった。

「うーん、いやそれがさ……」

 僕は昨日あったことを二人に話した。

 ……ちなみに、僕はこの二人に真白さんのことを彼女だと言ったままだ。

 うん、まぁ今さら取り消せないよね。

「……え? お前……それってあれじゃねえの? なあ、信一?」

「……うむ。多分あれだろうな」

 二人は何やら理解したような様子を見せた。

「え? 二人とも分かるの?」

「そりゃお前、もうそれはあれしかねえだろ?」

「いやあれってなにさ」

 僕が急かすと、信一がおもむろにこう答えた。

「……元彼だな」

「……」

 ……モト・カレ?

 外国の人?

「おい、信一。こいつ絶対理解してないぞ」

「現実逃避だな」

「はっ」

 我に返った。

「いや、いやいやいや……元彼? そんな馬鹿な」

「何がそんな馬鹿な、なんだ?」

「いや、だって……」

 だって真白さんだぞ?

 だって真白さんだし……。

「別に元彼くらいいても普通じゃねえの? まぁ一回しか見てないけどさ、真白ちゃんって言うんだっけ? めちゃくちゃ美人だったじゃねえか。そりゃ元彼の一人や二人や三人くらいいるだろ」

「一人や二人や三人!?!?」

 目眩がした。

 しかし、陽介も信一もまるで当然とう顔をしていた。

 信一もうんうんと頷いていた。

「まぁ普通に考えてそうだろう。むしろ、あんな美人にこれまで彼氏がいなかった、と考えるほうが難しいくらいだ」

「がーん!!」

 か、考えたこともなかった……。

「で、でもさ、確か真白さんの学校ってお嬢様学校なんでしょ? 女子校なんだよね? じゃあ彼氏とかいなくても普通じゃない?」

「ああ、それはそうだな」

 陽介は少し納得した様子を見せたけど、

「あ、じゃあ、あれじゃね? 許嫁とか」

 と、思いついたようにそう言った。

「許嫁!?」

 元彼より衝撃が強かった。

 強烈なストレートを顔面に食らった気分だった。

 ふむ、と信一がメガネを光らせた。

「確かに、それも有り得るかもな。というよりその可能性のほうが高いかもな。千蘭女学院は本当に超がつくようなお嬢様学校だ。一般人はまず通ってない。足元が暗かったら万札に火を点けるような人間が通う学校だからな」

「いつの時代の成金だよ、そりゃあ……」

「その男、けっこう身なりがよかったんじゃないか? だとすると、もしかしたら本当にそうかもしれんぞ」

「……」

 昨日の記憶を思い出した。

 ……確かに、言われてみれば身なりは良かったかもしれない。何か高そうな服だったような気はする。

 そうなのか?

 あの男は元彼なのか? それとも許嫁なのか?

 というか、そもそも僕と真白さんは付き合ってるわけじゃない。

 じゃ、じゃあ……今彼イマカレってことも……?

 いやいや、もちろん普通の知り合いっていう可能性もあるはずだ。

 ……でも、相手が普通の知り合いであそこまで逃げるか? 普通は逃げないよな?

 逃げたのは理由があるはずだ。じゃなかったらあんなに必死に逃げるわけがない。

 じゃ、じゃあやっぱり……!?

 やっぱりそうなのか!?!?

「うおおおお!!!!」

「うお!? やべえ!? 蒼汰が発狂した!?」

「目の前の現実に耐えられなくなったか……」

 ……この日はずっと、ひたすら上の空だった。


 μβψ


「……」

 いつもなら放課後になると、すぐに帰った。

 でも今日は動きが遅かった。

 何となく、真白さんのところに顔が出しづらかった。

 ……聞くべきなんだろうか?

 いや、でも昨日も教えてくれなかったしな……そう簡単に教えてくれるとは思えない。けっこう頑固なのだ、彼女は。

 これまではあえて踏み込む必要はないと思ってた。

 でも、これに関してはどうしても気になった。

 ……くそ、昨日あんなこと言っておいて、結局僕はこんなんだ。真白さんのことを信じているのなら、別に気にしなくたっていい。彼女が知らないと言うのだから、それでいいじゃないか。

 そう、それで――

「……あれ? 学生証どこいった?」

 ふと気がついた。

 いつも胸ポケットに入れている学生証がなかった。

 ……落としたか?

 でも、普段から学生証なんて使わないからな。いつ落としたのかも見当がつかない。

 ……まあいいか。別に学生証なんてどうでも。

「どうした、蒼汰? 帰らねえのか?」

 帰り支度をした陽介と信一がドアのところで待っていた。

「ああ、うん。帰るよ」

 結局心が定まらないまま、僕は帰ることになった。

「……ん? どうしたんだ?」

 校門のところまで来ると、何やらちょっと様子が変だった。

 やたらと女子が集まっていた。

「なんか人が集まってるな」

「とりあえず行ってみようぜ」

 校門に近づいていった。

「――え?」

 僕は完全に虚を衝かれた。

 校門のところに、昨日の男が立っていたのだ。

「うお!? なんだあのイケメン!?」

「ぐおおお!! ま、眩しい!?」

 陽介と信一がイケメンオーラで目を潰されていた。

 いや、二人だけじゃない。ほとんどの男たちは太陽を見るように顔をかばっていた。

「なにあの人!? 芸能人!?」

「すごいイケメンじゃない!?」

 逆に、女子は大盛り上がりだった。

 一方、周囲のことなど知ってか知らずか、当の本人は涼しげな様子だ。昨日と同じように、キャップを被ってサングラスをかけている。

 しかも、男は学校の前にバイクを停めていた。そいつにちょっと腰掛けるような感じで、校門から出てくる生徒を静かに見ていた。

 あ、あれは……!?

 男が乗っているのは大型バイクだった。スズキのSV650xだ。

 スズキと言えばダサいの代名詞(※個人の感想です)だけど、そのスズキにあってスズキらしくない普通にかっこいいバイクだ。

 イケメンの上にバイクまでかっこいいだと……?

 一瞬にして本能が相手を上位と認識した。

 ……あ、あれには勝てない。

 僕は身長160センチ。乗っているのは角目のスーパーカブ(前カゴ、ハンドルカバー、アイリス箱付き)。どこに勝てる要素があるんだ?

 って、そんなことはどうでもいい!!

 なぜあいつがここにいる!?

 そこでふと、相手と遠目に視線が合ったような気がした。

 ……いや、気のせいじゃなかった。

 そいつは明らかに僕を見ていた。

「……」

 ぐぬ。

 ……いや、行くしかないのか。

「ごめん二人とも、僕ちょっと用事ができたよ」

「え? 蒼汰? どうしたんだ?」

「あいつ知り合いか?」

 困惑する二人を置いて、僕はそいつに近づいていった。

 ……この人、身長高いな。

 180センチはゆうにありそうだ。

 それに明らかに年上だ。二十歳くらいじゃないだろうか。

「君、葉月蒼汰くん――だよね?」

 近づくなり、そいつはサングラスを外して僕の名前を呼んだ。

 サングラスを外してもやっぱりイケメンだった。

 ちょっと睨み付けてしまった。

「そうですけど……どうして知ってるんですか?」

「落とし物だよ」

 ぽい、と何かを投げて寄越された。

 慌てて受け取ると、それは僕の学生証だった。

 ……あ!?

 これ、あの時落としたのか!?

 くそ、よりによってタイミングの悪い!

「君にちょっと話がある」

 ヘルメットを突き出された。フルフェイスだ。

「……嫌だって言ったら?」

「言わないでもらえると、助かるかな」

 男は静かに僕を見据えながら言った。

 ……おや?

 その時、僕は気づいた。

 相手の顔には、敵意も何もなかった。

 とても真面目な顔だったのだ。

「……」

 僕はヘルメット受け取って、大人しくそれを被った。


 μβψ


 男が向かった先は何だかオシャレな喫茶店だった。

 席に案内されて、向かい合うように座った。

「適当に注文していいよ。お金は出すから」

「いえ、自分で払います」

「まぁそう遠慮しないでいいよ。ボクから誘ったんだしね」

 男は店員を呼んで注文した。

 相手はコーヒーを頼んだので、僕も同じものを頼んだ。

「そうそう、まだ名前を言ってなかったね。ボクは令月れいげつ史郎しろうだ。いきなりすまないね」

「レイゲツさん、ですか……?」

 珍しい名前だな、と僕は思った。

 ……はて?

 そう言えば、最近どこかで聞いたような気がするな……?

 どこだっけ……?

 考えてみたけどすぐには思い出せなかった。

「それで」

 と、レイゲツさんは真面目な顔になった。

「単刀直入に聞きたい。昨日、君が一緒にいた女の子について聞きたいんだけど……あの女の子の名前は?」

「……昨日、自分で呼んでたと思いますけど」

 そう言うと、レイゲツさんはわずかに眼を見開いた。

「じゃ、じゃあ……やっぱりあれは真白だったのか?」

「そうですよ」

「待て、待ってくれ……それは令月真白れいげつましろかい? 本当に、本当にそうなのか?」

「え? レイゲツ……? いえ、彼女は高宮です。レイゲツじゃないです」

「高宮? 高宮だって?」

 レイゲツさんは困惑したような顔をした。

「……どういうことだ? それは、女の子が自分からそう言ったのか?」

「えっと、そうです。彼女が自分でそう言いました」

「……何がどうなってるんだ?」

 レイゲツさんは驚いているというより、むしろ混乱しているような様子だった。

 ……なんだ? 様子がおかしいな?

「葉月くんは、いつから女の子と――と知り合いなんだ?」

「えっと、初めて話したのは今年の二月くらいですね……」

「二月だって? 四ヶ月前ってことかい?」

「そ、そうです」

 レイゲツさんはやたら驚いていた。

 あまりに驚くから、こっちがちょっと面食らった。

「……いや、そんな馬鹿な。だってその頃にはあいつは……」

 レイゲツさんはますます困惑した様子だった。

「……その、レイゲツさん。僕からも一つ訊きたいんですけど……」

「ん? なんだい?」

「レイゲツさんはその……真白さんの彼氏ですか?」

「……は?」

「それとも許嫁とか……」

「いや、ちょ、ちょっと待ってくれ。君は何を言ってるんだ?」

「違うんですか?」

「いや、違うも何も……」

 レイゲツさんは困惑した顔で、僕にこう言った。

「ボクは真白ましろの兄だよ」

「……」

 ……え? お、お兄さん……? 真白さんの?

 よく見ると、確かに何となく雰囲気が似ているような気がした。

 特に目元とか。

 ……え?

 じゃあ、本当にお兄さんなの?

 ……おーまいが。

 この後めちゃくちゃ謝罪した。

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