1,終わる冬
第01話
……女の子が泣いている。
名前の知らない女の子だ。
辺り一面は雪で覆われていて、自分がどこにいるのかもよく分からない。
その真ん中で女の子が泣いている。
僕はその子に声をかけようとした。
でも、声が届かない。
雪はずっと降り続いていて、降り止むような気配はまったくない。
ここは寒い。
そして、何も無い。
音も、熱も。
こんなところにいちゃだめだ。
僕は女の子に手を伸ばそうとするけど……そこでいつも、眼が覚めてしまう。
μβψ
二月。
夕暮れだった。
最近、とある理由から寄り道をせず家へ帰るようになった。
友達とはさっきわかれたばかりだ。
今日はとにかく寒かった。
天気予報によれば、今日は1年で1番寒いかもしれない、という日なのだそうだ。
ネックウォーマーに首をうずめて歩いていると、ふと高校生のカップルとすれ違った。
「……」
何となく目で追ってしまった。
……はあ。
思わず溜め息が出た。
……いいよな。楽しそうで。
もし恋人でもいれば、こんなに寒い日でも心は温かいだろう。
今の僕は身も心も寒い。
僕のいまの悩み。
それは彼女ができないことだった。
高校生になったら、きっと彼女が出来て楽しい高校生活を送れるはずだ。
そんなことを考えていた時期が僕にもありました。
しかし、現実は無情だ。あと二ヶ月もすれば高校三年生だというのに、僕に春が来る気配はまだなかった。季節は巡るが、僕の季節だけはまるで冬のままだ。
そう、ちょうどこんな感じだ――と、空を見上げた。
分厚い雲が空も見えなくしている。お先真っ暗だ。
「このお守り、ぜんぜん効いてないんじゃないか……?」
学校鞄にぶらさげているお守りに思わず懐疑的な目を向けてしまった。
今年の初詣の時に買ったやつだ。
恋愛成就のお守りだった。
今のところそんな気配はない。
おかしいなあ……おみくじにも『待ち人来たる』って書いてあったんだけどな。
僕の待ち人はいったいどこにいるんだろうな。
もしかして来世だったりしてな。
ははは。
……は。
……いや、全然笑えないな。
今年こそ、今年こそは頼む!!
思わず手を合わせていた。
道行く人に変な目で見られた。
……バカやってないでさっさと帰るか。
そう思って歩き出したところで、ふと思い出したことがあった。
あ、そうだ。
もしかして、今日もあの子はいるかな……?
駅のホームから出て、僕は本来なら行く必要のないほうへと足を向けた。
多くの人とすれ違う。
その人波の向こう側に、僕は〝彼女〟の姿を見つけた。
……やっぱりいた。
駅前のベンチのところに、何だかぼけっとした感じで座っている女の子の姿がった。
……あの子、やっぱり今日もいるな。
名前の知らない女の子だ。
長い黒髪の、まるでどこかのお嬢様のような女の子。
たぶん、歳は僕と同じくらいだろう。
見たことのない制服を着ている。
あの子のことに気がついたのは、ちょうど木枯らしが吹き始めた頃だった。だから、もうかれこれ四ヶ月前くらいになる。
僕が家に帰る頃、必ずあそこのベンチに座っている。
今日は物凄く寒いから、さすがにいないんじゃないかと思ったけど……。
何となく気にするようになってから、僕は毎日のようにあの女の子のことをこうして見ている。
……どうして彼女のことが気になったのかと言えば、それはものすごく可愛かったからだ。
最初は本当にそんな理由だった。
随分と可愛い子がいるな、と最初にそう思った。
それから何日かしてここをたまたま通り過ぎた時も、彼女は同じ場所にいた。
あれ? と思った。
何となく気になって翌日また来てみるとやっぱりそこにいて、その次の日も、さらにその次の日も――という感じで、あの子は毎日あそこに座っていた。
そして、今日も。
……いや、自分でも何してるんだろうという自覚はある。
初めはただ可愛い子だなと思っていただけだったけど、最近は別の意味でも気になるようになってきた。
彼女の表情は退屈そうで、それでいて物憂げだった。
まるで彼女の周囲だけが違う世界のようにも見える。
そう、まるで彼女の周囲だけ、時間が停止してしまっているかのような感じなのだ。
……あの子、いつもあそこで何してるんだろうな。
今日は本当に寒いけど、女の子は平気そうな顔だ。マフラーの一つでも欲しいところだとは思うけど、女の子が寒そうにしている気配はない。
いつもなら僕は早々に我に返って、雑踏に紛れて歩き出すところだったけど……今日は少し、いつもより彼女のことを眺めてしまっていた。
いや、
だから今日は、たまたまこっちを振り向いた彼女と、ほんの少しだけ視線が合った。
僕はどきりとして、つい目を逸らしてしまった。
何だか悪いことを見つかったような気持ちになって、足早にその場から歩き出した。
……しまった。つい逃げてしまった。
視線が合ったのはほんの一瞬だったのに、僕はまだドキドキしていた。
……お、思い切って声でもかけてみるか?
一瞬そんなことを思ったけど、すぐに「いや無理でしょ」と思った。そんな大胆なことができるならすでに彼女がいるはずだ。
溜め息を吐きながら駐輪場にやってきた。
ここに僕の
乗っているのはスーパーカブ90スーパーデラックスというバイクだ。
これは父さんが若い頃から乗っていたやつを譲ってもらったもので、もうかなり古い。でも決してボロくはない。父さんがずっと大事に乗ってきたからだ。
ノーマルの状態だと一人乗りしかできないけど、僕のカブは荷台にタンデムシートが取り付けられている。荷物を入れるためのホムセン箱(アイリスオーヤマRVBOX460鍵付き)はオーバーキャリアに取り付けられているから、二人乗りしつつ後ろに荷物が積めるようになっている。
……いつかこれで、彼女と二人乗りするのが僕の夢だった。
ヘルメットだってちゃんといつも二つ用意している。自分が使うヤツと、もう一つ。
いつ彼女が出来ても、これですぐに二人乗りできるというわけだ。
まぁ、その彼女がいないんですけど。
ははは。
……はあ。
帰ろ。
バイクはスーパーデラックスだけど僕はスーパーヘナチョコだ。
跨がっていざ走りだそうとした。
その時、ふとあの子の顔が頭に浮かんだ。
……もし、あんな子が彼女だったらな。
何となく、あの子が自分の後ろに乗っているところを思い描いてみた。
って、何を馬鹿なこと考えているんだろう?
僕は思い描くのをやめた。
そんなこと、考えるだけ無駄だ。
……この時の僕は、そう思っていた。
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