第12話 ワー・ウルフのプロファイル(犯人像検証)。
「フランス料理を食べにさ。せっかく、高級レストランでデートしてくれるなら。僕が奢ったのに」
「いや。経費として、特殊犯罪捜査課から貰っている。崎原のバカが二万しか出さなかった。だから、一人八千五百円くらいのフランス料理を食べている。ちゃんとしたデートは今度にしましょう。胸糞悪い事件を分析する為に、私達は、ビルの最上階にある、この高級レストランで食事をしているの。…………佑大、ファイルの写真を見て、ご飯がまずくなると思うわ」
二人は窓際の席に座っていた。
ここからは夜景がよく見える。
今日は満月が近い。
今も、この国では沢山のシリアルキラー達が野放しで動いている。
そして、葉月も連続殺人犯の一人であるという事実に変わりは無い。
「ふふっ。失言だったわ。崎原はバカじゃない。バカで無能なのは、ウチのチームへの予算を削っている、もっと上の警察上層部の方か。崎原はそうね。もっと、上と戦争でもした方がいい」
葉月は佑大に『連続殺人鬼ワー・ウルフ』の資料のコピーを渡す。
ファイルには付箋が入れられている。
佑大はそのページを開く。
「確かにこれは、食事を楽しめないな。気分が悪い…………」
「でしょ? 事件現場で、プロの警察官が二名も嘔吐して現場を汚したらしいわ」
ファイルに納められている写真。
事件現場の写真だ。
死後。四日くらい経過した死体。
夏場だからか、虫が湧き、腐敗が進んでいる。
死体は食卓の席に付かされている。
死体の前には、フランス料理のコースと思われる食事が並んでいる。
死体の向かい側には、空の食器が並んでいる。
死体の顔は必要以上に損壊している。特に頭蓋の部分が…………。
「葉月。これは…………」
「シリアルキラー『ワー・ウルフ』の被害者の一人。脳に異物を入れられて、そのまま亡くなってしまった。ワー・ウルフは、被害者と食事をしていたのかしら?」
葉月は、夜景を眺める。
「佑大。窓から見下ろす景色は何が見える?」
「夜景だよ。沢山のビルの明かり。下は高速道路。そうだね、車が幾つも走っている。人がアリのように小さいね」
「…………。ありがとう。私も同じ感想。日本で高級料理の一つと言えば、フランス料理。ワー・ウルフは、誇大化したナルシズムを持っている。建物の最上階でフランス料理を食べる。被害者と共に。…………」
「食事を見てみると、君の頼んだコースは、この食事より質が落ちると思うけど。何しろ、八千五百円だからね……」
「パンと赤ワイン。それから子羊の肉が付いていれば充分。それらは宗教的な意味を含んでいる。佑大、赤ワインを飲みましょう。パンを食べるの。ワインはキリストの血。パンはキリストの肉…………、これから運ばれてくるメインディッシュの子羊は、人間を象徴としているわ。また、旧約聖書においては、神への生贄として捧げる動物とも言われている」
葉月は赤ワインを口にする。
佑大はパンを齧る。
子羊を喰らう事は象徴的な食人行為………? あるいは神への捧げもの?
…………、貴方は何がしたい?
…………、君は何をしている?
殺人現場から、犯人のDNAは検出されていない。
だが、間違いなく犯人は被害者と共に食事をしている。
ワイングラスも、他の食器類も、スープもフォークもナイフも、全て一度、洗浄して食事の痕跡を拭き取って、元の場所に置いた。
司法解剖によると、被害者は途中まで生きていたらしい。
つまり、頭蓋に……脳に異物を挿入された後、ワー・ウルフは被害者を椅子に座らせて、共に晩餐をした。被害者の胃の中からはフランス料理の一部が入っていた。被害者の胃の中からは、ワインと子羊の肉が胃の中か出てきたのだ。
「佑大。何か分かった…………?」
「犯人は……、僕の思う、犯人像だけど…………」
佑大は窓から見える景色を見下ろしながら、口元を押さえる。
「被害者を不完全な人間だと考えて“完成”させたかったんだ…………」
「…………、脳に異物を入れるのは、冒涜する為、サディズムを満たす為じゃないの……?」
「いや。…………、犯人。ワー・ウルフ。逆なんだ、葉月。これは、被害者を“神にしよう”としている。あるいは“神に近付けようと”…………」
「……意味が分からない…………。…………、いや……」
葉月は佑大の口にした言葉を考える。
神との晩餐が出来る…………。
つまり、神を降臨させる為の食事会。
「それが本当だったら、ゲロ吐きそうだわ」
「ははっ。怜子の為に、小動物を沢山、殺めて。色々な人を死に追いやった君でも?」
言って、佑大は失言だと気付き口元を押さえる。
葉月は首を横に振る。気にしていないので、謝る必要は無い、という仕草。
しばらく、二人は無言だった。
やがて、ウェイターから二人の間に、メインディッシュが運ばれてくる。
「むしろ、良い視点を口にしてくれて、嬉しいの。佑大」
「どういう事だい?」
「人間は、命をいただいている。牛や豚、鳥。ニュースで話題になる程に韓国人は犬を食用にしている風習がある。日本だと考えられない。でもイスラム教徒は豚を食べない。ヒンドゥー教は牛を神聖なものだととらえている。食文化の違いが、文化や宗教に対する差別、というか嫌悪感を抱く。人はペットを飼う事によって、自分達と異なる種族を家族のように扱っている」
葉月はメインディッシュの仔羊の肉にフォークを刺す。
「実際の処、ペットショップで売れなかった犬猫は殺処分される運命にある。悪質なブリーダーなら頭を踏み砕いて始末する。正直な処、犬猫が好きな人達には、直視して欲しい現実ね。後、毛皮愛好家を批判している人達。人間は歴史的に衣食住の為に、動物の毛皮を剥いできた。もっとも、現代ではそれは動物虐待にあたり必要が無い、って事らしいけれども」
彼女は肉を口に運ぶ。
「私は怜子を蘇らせる為に、犬猫。それからウサギを使った。それは怜子の食事の為、命を戴いている事に変わりはない」
彼女は肉を咀嚼する。ワインに口を付ける。
「ワー・ウルフは、自身の被害者を下僕や玩具だと考えていない。……少なくとも、人が犬猫を家族だと思うくらいには考えている。あるいは、もっと神聖なそれ以上の存在だとも」
葉月はフォークを置いた。
「…………。正直、気持ちが悪いわ。後でトイレで吐いてくる」
「君でも駄目なものがあるんだな」
「ええっ。なんて言うか、理解できない異端の宗教に触れた感覚なのかしら? ワー・ウルフの信仰の形を、受け入れる事が出来ない」
佑大は夜景を見ていた。
「神様は天のお空にいるのかな? この写真。高い場所が現場なんだよね? なら、同席している被害者と共に、高く地上の者達を見下ろす為に…………」
「IQの高い知能犯。故に、誰からも分かり合えなかった。だから、他人の脳を弄る。それは自分と同じ領域。自分と同じ視座を被害者に与えたい為」
葉月は席を立つ。
「トイレに行ってくるわ。吐いてくる」
「…………。僕も行く。この犯人は気持ちが悪い」
†
「ワー・ウルフの被害者は一見、ランダムに見えるけど、何らかの共通点があるわ。それが現時点では分からないけど」
<そうか>
帰りのタクシーの中で、葉月は令谷に電話を入れていた。
佑大はそれを横で眺めていた。
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