第11話 水泳選手の死体。

 黄色いテープが貼られている。

 場所はトレーニング場であるプールだった。


 プールの水の中に焼死体が浮かんでいる。

 肩の肉が切り取られているとの事だった。

 全身、所々、焼け爛れているが、隠すつもりもなく、顔をマトモに焼かずに原型が留められており、どの男性水泳選手が殺害されたのかすぐに分かるような状況にしている。


 状況からして、別の場所で殺害されたのだろう。

 わざわざ、焼死体にした後、わざわざトレーニング・ルームに浮かばせた。


「挑発してきているわね。警察に対して」

 葉月は状況だけ確認すると、今日はさっさと帰る事にした。

 崎原は本庁の刑事課の者達と共に、外で、周辺の怪しい人間を探しているみたいだった。……おそらく、もう犯人は逃走を終えている筈だが、念の為に。

 

 現場にはデクの坊の柳場刑事もいた。

 彼はいきりたちながら、部下の警官達に向かって怒鳴り散らしている。


「私はもう此処を出るわ。今、時間は夜の21時を過ぎた処か。終電に間に合わなくなると困るわ」

 葉月は興味無さげに、現場を出る事にした。


「次の犯行は誰を標的にするんだろうな?」

 令谷は小さく溜め息を吐く。


「さあ? 考えておくわ。でも、私のプロファイルなんてアテにしないで。一番良いのは証拠品を集めて、犯人を特定して令谷が射殺する事。それがいいんじゃない?」

「ああ。そうなんだけどな」

 

 令谷の方はコートを翻しながら、しばらくの間、被害者の死体を眺めていた。

 まるで黙祷しているかのようだった。


 プールの部屋に崎原が入ってくる。

 彼は少し、苛立った顔をしていた。


「ああ。崎原さん、見つけたわ。どうだった? 犯人の手掛かりは?」

「さっぱりだな。検討違いに犯人像を特定しようとしている刑事課連中に付き合わされて散々だ。俺は帰りたい」

 崎原は心底、本庁の刑事課連中にはウンザリしている顔をしていた。


「気持ちは察するわね。私はさっさと帰るわ。富岡さんはいないの?」

「死体の確認をして写真を撮影してから、すぐに帰ったよ。今から資料整理に忙しくなるだろうな」

 崎原は頭を掻き毟る。


「じゃあ、富岡刑事に伝えて、明日の昼くらいまでに『ワー・ウルフ』の資料のコピーを取れないかしら?」

「ああ。それはいいが」

「それから、ファイルを調べるに際して、必要経費出してくれない?」

「経費だあ?」

「フランス料理が食べたいの」

 葉月は飄々と告げる。


「おい。何を言っているんだ。はあ?」

 崎原の声は裏返っていた。


「私の記憶によると、ワー・ウルフの犯行現場ではフランス料理のフルコースが供えられていた筈。この前、ファイルを漁っていて写真で見せて貰ったわ。とても重要な事だと思うの。だから、ワー・ウルフの心象風景を知る為に、私はフランス料理が食べたい」

 葉月の口調は完全に大真面目だった。


「明日。良い返事を聞けるといいわ」

 そう言って、葉月は悪戯っぽい顔をして現場を去っていった。



「『リンブ・コレクター』に関して、どう思う? 世間の風潮としては、有名人を殺しているという共通点において、君と比較されているね、スワンソング」

 腐敗の王がTVのニュースを眺めていた。


「最低だ。僕はこの犯人を軽蔑している」

 白金は嘆息する。


「分かっている。君の感情は“愛憎”。だがこの犯人の行動は性的衝動ばかりを伴っているね。憧れの人間と一体化したいという願望だろうな。だから食べる。この人物の人間性まで考えていないだろう。処で君はこの犯人に共感出来るか? 同族嫌悪の類か?」

「腐敗の王。怒りますよ。少なくとも僕はこの犯人と会話を共有出来る自信が無い。話も合わないでしょうね」

「ハリウッドの歴史において、連続殺人犯チャールズ・マンソンはシャロン・テートという有名女優を殺害した。ハリウッド最大の悲劇の一つとして知られている。スワン、少なくとも、君は有名なアーティストを六名殺害している。このスポーツ選手殺しは、君の模範犯である可能性がある」

「なら、苦情を言わないと…………」

 白金は大きく溜め息を吐いた。


「じゃあ、俺がTV局に声明文を出そう。君の話を意見を取り入れて、代筆しよう」

「……そうですか。感謝します。本当に僕はこの犯人に迷惑している」

「殺したいのか? この犯人は」

「いいや、僕は人を殺す場合、過去に敬意があった人間しか殺さない。少なくとも、無作為に殺すなんて雑な事は気分が悪い。その人間の命と人生を奪うんだ。誰でもいいわけじゃない」


「君なりのルールがあるんだな」

 腐敗の王は感心する。


「いいですか? 腐敗の王。リンブ・コレクター、こいつが殺したスポーツ選手達は沢山の者達を勇気づけていた。人生に希望を見せていた。僕の知る限り、卑猥な事や薬物に手を出したりしてワイドショーのネタになるよう事など一切していない。“ファンを裏切っていない”。この犯人に殺された者達のファンに強く同情しますよ」


「失礼な質問ばかりで悪かったな、謝罪するよ。じゃあ、その言葉を声明文に入れようか」


「後、この犯人。単純に気持ち悪い…………。人間の肉なんて、美味しいんですか?」

 白金は心底嫌そうな顔をしていた。


 腐敗の王は、それを聞いて、かなり複雑そうな顔になる。


「…………。うちの『ブラッディ・メリー』化座は人の血を吸うぞ。今度、彼女に味の方を聞いてみようか」

「…………うわあ……。結果として身内の批判になるんですね……。人間関係は難しいな……。お願いします」

 白金も気まずそうな顔になる。

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