第9話 腐敗の王。『入団儀式と晩餐会』。
「凄い美術品の数々だ」
白金は闇の回廊に展示されているものを次々と眼に焼き付けていく。
それらは不気味に光り輝いており、彼の心臓を鷲掴みにするかのようだった。
死の匂いばかりが、立ち込めていた…………。
………………。………………。
「そう思うか。君の目に叶って嬉しい。今の処、彼らは俺を裏切らない。誠実な作品を提供してくれている。きっと、君の心も裏切らないと思っている」
腐敗の王は満面の笑顔を浮かべていた。
何一つ屈託も無く、曇りの無い笑みだ。
「貴方は何者? ……その“腐敗の王”という事ではなく、もっと本質的な意味で……」
「俺はこの美術館の館主だ。展示品を飾っている。クリエイター達のな」
ギャラリーを一通り、巡った後に、腐敗の王は白鳥にある場所に案内する。
そこは、会食の場だった。
「処でこの場に入る前にもう少し、話をしておきたい。二人だけの話は歓談のマナー違反になるからな」
「ええ。どうぞ」
「まず、本題に入る。君と俺の話だ」
「本題ですか?」
「ああ。君を仲間に誘った理由。その本題だよ」
腐敗の王は蝋てを広げる。
「俺はシリアルキラー『ワー・ウルフ』と接触したいんだな。どうかな? スワンソング。君はワー・ウルフは、アーティストだと思うか? 俺はそう考えているんだが」
腐敗の王はスキップを踊りそうな程に楽しげだった。
「耳にしますが。そう感じます。ただ、俺は彼に強いシンパシーを抱いたりしない」
白金は、同じ殺人鬼でも、一緒にするな、とでも言いたげな顔になる。
実際の処、ワー・ウルフの犯行は群を抜いて異常なのだ。
「警察の見解では、スワンソング。君は、重度の統合失調症を患い、解離性障害を持ち、極めて強い自己愛と境界性パーソナリティ障害を抱えているそうだ。幼少期の愛着形成も破綻している。当たっていると思うか?」
「そう思います」
「ワー・ウルフは、サイコパスだ。高いIQを持ち、普段は権威のある職業に就いている、とプロファイルされているらしいな。人間が持ってはいけない要素として、ダークトライアドというものがあって、マキャベリズム、ナルシズム、サイコパシーという三つ。それらが彼を形成しているらしい。正体は、外科医か精神科医。あるいは、弁護士か検事。もしかすると、警察署長かもしれんな」
そう話し続ける腐敗の王の横顔を見る。
白金は、少し彼の執着心に怖いものを感じた。
「俺の仲間に入ってやって貰いたい事は……。スワンソング。ワー・ウルフのプロファイリングと、特殊犯罪捜査課の連中の監視、探索、情報収集。それから、そうだな。君の戦利品を俺のギャラリーに飾らないか?」
「僕が被害者達に最期に作らせた作品ですか? そのコピーなら。自分で持っておきたい」
「ああ。コピーでいい」
「なら、差し上げます。俺の“作らせた作品”でよければ、先ほどのギャラリーに展示してもいい」
嬉しい限りだ、と腐敗の王は言う。
「一番、重要なのは。そうだな、君は牙口令谷が言う処の化け物……つまり、異能力を持つ犯罪者じゃない。だから、牙口令谷は君の追跡を拒み、特殊犯罪捜査課からは指名手配がされていないんだ。”普通の連続殺人犯“として指名手配されている。だから、普通の警察官達が君に逮捕令状を突き付けなければならない。俺と、俺の友人である三名は、全員が異能力者だ。だから、特殊犯罪捜査課の連中は、俺達を狙っている。スワンソング、君は隠し玉だ。動いて欲しい」
腐敗の王の話を聞く限り、彼はかなり計画的だった。
警察組織に対して、充分な程、対抗出来る武力を揃えておきたい、といった口調だった。
「それに関して、僕にどれだけのメリットが?」
「君はアーティストに対して白黒思考だ。絶対的な理想化と絶対的な卑下。その両極端で動いているボーダーライン思考。だが、そんな事は君の才能にしかならないんだ。なあ。君自身が作品を作ってみないか? 君を裏切ったアーティストをより高みから見返してやれ。殺して理想的な作品を作らせる事よりも、君自身がより崇高なものを創るんだよ」
白金は小さく溜め息を吐く。
「まるで、世間一般が言うような、僕に対する批判のテンプレートの一つみたいですね。“他人を理想化せずに、自分で理想の作品を創れ”。特に出版関係者、音楽業界関係者、創作評論家、散々、そんな事を言っていた」
「その点に関しては、まあ、俺は正論だと思う。だが、彼らは“道標”を君に示さなかった。そして、断罪し続けている。君に栄光の道を与えるチャンスを導かない」
「貴方は、僕に、その道標を与えると?」
「ああ。協力したい」
腐敗の王は、握り拳を作った。
会話は終わったとばかりに、腐敗の王は、スワンソングを席へと案内する。
彼は晩餐会の招待を受けたというわけだ。
既に、椅子には“三名の人間”が座っている。
先ほどの“闇の作品”を作ったアーティスト達なのだろう。
みな、白金を見て嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
白金はこれから添削屋を名乗るのを止め、メディアが彼の事を指す名前として『スワンソング』と名乗り、彼らの仲間になり、彼らの手伝いをしなければならない。
白金は、腐敗の王が用意していた席に案内される。
上等な椅子だった。
まるで玉座のようだ。
白金は王座にでも座っている、王子のような気分になる。
それから、晩餐会が始まる。
腐敗の王は、フランス料理のフルコースを振舞う。
彼は専用のシェフを持っていた。
腐敗の王は仔羊の肉を口にして、グラスに入ったワインを飲み干す。
テリーヌを口にした後、白金は首を横に振った。
「あのシェフも殺人鬼?」
白金は訊ねる。
「違う」
王は微笑する。
「でも貴方を信仰しているように見える」
「そうかもな」
しばらくして、王は、白鳥を含めた自分以外の四名の顔をまじまじと眺めていた。
白金以外の他の三名は、二人のやり取りを眺めているだけみたいだった。
明らかに会話の様子を窺っている。
そして、三人共、黙々と食事を口にしていた。
「さて。そろそろ、自己紹介をしてくださってもいいんじゃないですか? みなさま?」
白金は、三名に訊ねた。
「そうだな。俺からも願いたい。沈黙はよくないな」
腐敗の王は、白金以外の三名の顔を見渡した。
「そうね。じゃあ、私から自己紹介をしたいわ。彼の言う通り、王様。私達に黙っておけって顔して。食事の時は、いつも歓談しながら、話すじゃない。もったいぶってー。別に、私は彼の入団は初めから、OKを出していた」
真っ赤なドレスの女が少し不貞腐れたように赤ワインを飲み干した。
女の眼は少し尖っており、つねに肉食獣のように獲物を探しているような眼だ。
「私もですね。でも、私、腐敗の王。魔王様。貴方様が黙れとおっしゃられるのなら、ずっと話さない」
真っ白な包帯のようなガーゼの服を着た男とも女とも分からない美しい顔の人間が、クロックムッシュをガツガツと食べていた。
「俺は元々、他人と会話をするのは好きじゃないな。特に大人数だ。それは分かっているだろう? 腐敗の王」
真っ黒なスーツに白いワイシャツにネクタイを付けた顎に髭を蓄えた四十路くらいの男は、小さく溜め息を吐く。服の上からでも分かる。かなりの筋肉質だ。
「ああ。そうだ。自己紹介をしよう。彼、白金朔君。世間で言う処のアーティスト殺しの『スワンソング』だ。既に、みなに言ったね? 仲間にする事も」
腐敗の王はおどけたように言う。
「よろしく。私の名前は化座彩南(ばけざ あやな)。『ブラッディ・メリー』と呼ばれている連続殺人鬼よ! 発覚しているだけでも、二つの家族皆殺し事件に関わっている。“吸血鬼”って呼ばれているわ。一家みんな血を抜いて殺害したからねー。私がこの中では、一番、TVでは有名人かしら?」
真っ赤なドレスの女は言った。
「………………。聞いた事があります。『ブラッディ・メリー事件』。貴方が…………」
「そう。私がその事件の犯人」
真っ赤なドレスの女。
化座彩南は悪戯っぽく言った。
「TVの有名人と出会えるなんて…………。ははっ、光栄ですね」
「こちらこそ、ちなみに、私は貴方の前に、このメンバーに入れられたの。だから、一番、話が合うと思う」
化座は白金の顔を見て、かなり嬉しそうな顔をしていた。
「あの何か、僕の顔に付いていますか?」
白金は少し困惑する。
「ええっ。貴方、美味しそう…………。あ、なんでもないわ。そうそう。赤ワインのお替りを…………」
そう言うと、化座彩南はウェイターに注いで貰った赤ワインを飲み始める。
「私は空杭礼と言います。『エンジェル・メーカー』と呼んでください。あるいは“天使製造者”とでも。私の作品は、このギャラリーにかなり飾られていた筈です」
白いガーゼシャツの青年は張り付けたような笑みを浮かべていた。
何処か、この青年は、此処では無い何処かを見ている…………。
「俺は菅原剛真(すがわら ごうま)。『ヘイトレッド・シーン』。銃を使う。裏稼業で殺し屋をしている。化座は俺がこのメンバーに誘った。俺の話はいいな」
そう言うと、菅原は寡黙に料理を口にし始める。
「さて。みな、仲良くしよう。新しいメンバーも入ったからな。さてと」
腐敗の王は、部屋の奥に置かれている二つの椅子に眼をやる。
「これから、この入団儀式の会食は後、二度ほど行われる事を望んでいる。ギャラリーも見て貰う」
「それって…………」
化座が口を挟んだ。
「ああ。俺は『ワー・ウルフ』と『ネクロマンサー』を仲間にしたいんだ。どうかな? 他の者達の意見は。それから、世間で騒がれている、スポーツ選手殺しの犯人。彼に関しての意見をみなから聞きたい」
腐敗の王は楽し気に、他の白金を含む他の四名に訊ねた。
「その前に腐敗の王。そもそも、この集団は一体、なんなんです? 仲間を選ぶなら、我々が何であるのかを知りたい。俺達は一体、なんなんですか?」
白金は素朴な疑問を訊ねた。
「ああ。この集団か。そうだな、とても良い質問だ」
王は穏やかな笑みを浮かべた。
「言ってしまうと、俺達はみな“家族”だ」
言われて、白金は呆気に取られた表情をする。
「つまり、スワンソング。君は今日から、俺の“家族”の一員になったんだ。他の家族の者達も尊重し、大切にしてくれ。ああ、そうだ。ワインを追加で持ってきてくれ」
そう言うと、王はウェイターに白ワインを頼んだ。
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