連続スポーツ選手殺害『リンブ・コレクター』事件。

第8話 『リンブ・コレクター事件』。

9月中旬某日。


 葉月にとって、初の『特殊犯罪捜査課』での任務だった。

 この課の手帳を作る際に、証明写真がパステルカラーのロリータ・ファッションで良かったのは、気が楽だった。警官の服なんて冗談でも着たくなんて無い。ともかく、特殊犯罪捜査課の手帳を持っていれば、警察手帳のように使う事が出来て、現場に入る事が出来るらしかった。


 崎原が車を走らせていた。

 令谷は後部座席で眠っていた。

 葉月はスマートフォンを弄っている。


「到着したぞ」

 崎原は二人を降ろす。


 令谷は眼を覚まして、車から降りる。

 葉月はギターケースの中から、シャベルを取り出した。


「今回の現場は凄いぞ」

 崎原はくわえ煙草に火を点ける。


「そう。それは楽しみね」

 葉月は鼻を鳴らす。

 

 令谷と葉月は、それぞれ、現場の警察官達に、特殊犯罪捜査課の手帳を見せる。

 検視官達は二人を、現場へと誘導する。

 二人は透明なビニールの手袋を渡された。

 現場を荒らさない為に、二人共、手袋をはめる。


 規制線である、黄色いテープが貼られている。

 二人はテープをまたいだ。


 検視官達が大量に集まっていた。

 大量の死体が山の山麓付近で掘り起こされている。

 意外にも、この辺りは人通りが少なく、夜に通ったのなら死体を埋めても気付かれないだろう。


「この前の雨で死体の一部が外に露出してな。地元の子供達が発見した」


 令谷は検視官から渡された死体写真を睨んでいた。


「被害者達は、身体の一部を切り取られています。腕や足。もも肉の一部。肩肉の一部もあります」


「被害者達の共通点は?」

「全員が何らかのジムに通ったり、スポーツの成績で優秀な成績を残しています。被害者の中には高校の野球部のエースもいますし、体操選手見習いもいます。年齢はバラバラ。男も女もいる」


「有名な格闘家やアスリートを殺害している奴と、同一犯だな。死後、どれくらい経過している?」

「これから司法解剖に回しますが、死体の状況を見るに、一番、新しい死体で、三ヵ月? 古いものだと数年前に及びます。調べましたが、何名か失踪届けが出されている」

「数年前からの計画的な犯行。そして、何らかのきっかけで、有名人を狙い始めた、と」

 令谷は顎に手を置いて考え始める。


「著名なアーティストばかりを殺害する『スワンソング』と類似していますね。有名人ばかりを狙う。ある意味で言うと、秩序だっている」

 熟練の検視官の一人が笑いながら言った。


「おい。牙口捜査官。この犯人に名前を付けてやれ。いつも通りになっ!」

 崎原は皮肉っぽく言った。


「『リンブ・コレクター』でいいか? 手足の収集家なんだろ?」

 令谷は面倒臭そうに髪の毛を掻き毟っていた。


「犯人の本質を見誤るから、その手の呼び名を付けるのに、私は反対するけどね」

 葉月は小さく溜め息を吐いた。


 令谷は犯行現場の写真のファイルを、葉月に渡す。

 葉月は写真を見ながら、眼を閉じて考える。


「犯人は奪った手足の肉を食べているわね。でも、シェフ並の腕前なんて無い。そもそも、料理学校に行った事も無い。飲食店で働いた事はあるかもしれない。でも、ただの従業員。アルバイト程度の知識しか無い」

 葉月はまじまじと、死体の損傷具合を見ながら考察していた。


「性別は男性。年齢は分からない。被害者の司法解剖が進んだら、もっと詳しい事を教えて。新しく“プロファイル(犯人像の特定)”に協力出来るかもしれない」

 葉月は空を仰ぎながら、犯人像をイメージしていく。


「何故、『リンブ・コレクター』は、数週間前から、プロの格闘家やアスリート達を標的にし始めた?」

 令谷は訊ねる。


「“異能力に目覚めたから”。そして、自我が酷く肥大化している。妄想癖もあると思うわね。“自分が何処まで凄くなったのか試してみたくなった”。だから、警察、というか、社会に挑戦してみたい。有名な格闘家やアスリートを殺害する」

 葉月はファイルを閉じて、令谷に渡した。


「しかし、予行演習の為に、これだけの人間を殺害したのか。葉月、お前のプロファイルによると、持ち去った手足や他の部位は、喰っているんだろう? 予行演習の為に“十六人の人間”を殺す必要もあったのか?」


 この現場から出てきた遺体は、十六体。

 腐乱死体。白骨死体と化している…………。


 葉月は手にしたシャベルを突き立てる。


「悪い事に、被害者の遺体は、もっとゴロゴロ出てくるかもしれない。死体の捨て場所がここだけじゃない可能性もある…………、でしょ?」

「はい。その可能性を探っています。この犯人は、一体、どれくらい犯行を重ねているのか…………」

 検視官の一人が口元を押さえていた。

 どうも、若手の新人みたいだ。

 十六体分の腐乱死体と白骨死体を見たのだ。そして、臭いも嗅いだ。


「新人?」

 葉月は訊ねる。

「はい…………」

「腐乱死体。酷かったでしょ? 虫が人体で迷路を作っている。苔や植物も死体を蝕んでいたんじゃない? それにしても、日本のドラマで映される死体は綺麗ね。海外だと、もっとリアルらしいけど」

「それもありますが。臭いが…………、…………」

 新人の検視官は口元を押さえていた。


「現場を荒らさないように、胃の中のものを吐き出してきなさいよ。山の中だから、掃除もしなくて済む」

 葉月はそう言いながら、若い検視官を彼女なりに慰めた。


 何者かが現場に入ってくる。

 崎原は舌打ちしていた。

「柳場(やなぎば)か…………」

 彼は露骨に嫌そうな顔をしていた。


「おいおい。なんで、この現場にガキ共が入ってきているんだい?」

 崎原が柳場と名乗った、男はオールバッグでいかついコートをいからせていた。


「しかも。今回は女の子じゃないかあ。いやいや、前の奴も女の子みたいに華奢な顔と身体だったなあ。なあ、崎原君、君達、特殊……なんとかは、一体、何の為に存在しているなんだ? 我々、本庁の刑事課の人間だけで充分なのになあっ!」

 そう嫌味ったらしく、オールバッグの男は言うと、検視官の一人を小突いて、そしてその場を去っていった。


「あいつ、無能でしょ?」

 葉月が毒付く。

「よく分かるな。キャリアが欲しいだけの無能だ。当たり前のように小金稼ぎの汚職にだって手を染めているさ」

「やっぱり、腐っているわ。今回出てきた腐乱死体のように」

「おいおい。そりゃ、腐乱死体が可哀想だ。なんたって、ホトケ様だしな」

 崎原の冗談に、葉月は笑みを浮かべた。


 令谷はひたすらに、現場を見ながら怒りに満ちた眼をしていた。



「中学校に上がる前、いちご大福はてっきり洋菓子だと思っていた。それから、カステラも。でも、どちらも和菓子。和菓子の定義は、明治以降に日本に入ってきたかどうか、らしいわ。カステラは室町時代からあったとされる」

 特殊犯罪捜査課のオフィスの中で、葉月はファイルを見ながら考えていた。

 犯人が“異能者”なら、令谷は動く。

 令谷は異能力を使う、犯罪者達を始末したい。

 それだけが生きる原動力だから…………。


「私は和菓子しか食べない。洋菓子は嫌い」

「理由はなんだ?」

 崎原は訊ねた。


「昔、京都旅行に行った時に、洋菓子を食べて美味しかった。だから、洋菓子は好きなの。甘いものの誘惑に負けて口にする。団子にイチゴ大福。たい焼き。カステラ。きなこ餅、ぜんざい、せんべい…………、洋菓子は食べない。ケーキとかクッキーとか」

「それは何故だ?」

「当ててみて」


 崎原は少し考えてから答える。


「日本の伝統を重んじているからか?」

「違う。単に太るから」

 葉月は、両手を広げて鼻を鳴らす。

 崎原はそれを聞いて、苦笑した。


「自分自身に“枷”を付けているの。ケーキやクッキーやパフェは食べない。レストランに行った時にコース料理を頼んで、洋菓子が出てきたら食べない。同席している人間がいれば、食べて貰う。崎原刑事、確かに、貴方の意見は素晴らしい。日本の食の伝統には、私も興味がある。京の都の神社仏閣は本当に美しかったわ。和菓子を口にして、茶を飲むのには、とっても相応しい雰囲気…………」

 そう言いながら、葉月はオフィスに持ち込んだ柏餅の一つを口にした。


「…………、でも、それは後付け。もっとシンプルな理由は“太る”から。甘いものを何でも、口にしてしまうと、太るから」

「おい。お前が言いたい事はつまり」

 令谷は、すぐに察したみたいだった。


「そう。この犯人、リンブ・コレクターの標的も、もしかすると“自分自身にルールを設けて選んでいるだけ”なのかもしれない。ただ、過去に虚弱体質だったのは確かだと思う。本当は、筋肉質の人間なら誰でも食べたがっているかもしれない」

 彼女は柏餅をもう一つ、口に入れて考えを巡らせていた。


「食べる以外にもやっているわね……。戦利品を食べた後、何が残る?」

「骨が残るな」

 崎原が返した。


「ええっ。骨を飾っているかもしれない」

 葉月はそんな事を言い出す。


「砕いて、粉末にして口の中に流し込んでいるんじゃないのか? 風邪薬のように」

 崎原はそう茶化す。


「成程。在り得るかも」

 葉月は頷いた。


「でも。私の予想では、骨を大事に保管している。それは、骨は美しいデザインだから? 良い筋肉を付ける為には、良い骨格が必要になる。犯人には、自身の拠り所となる、戦利品を保管していると思う。戦利品は欲しいけど、犠牲者の力も欲しい。両方を取りたいと」

 葉月は眼を閉じて、その現場の光景を想像しているみたいだった。


「いずれにしろだ。犯人が異能者ならば」

 令谷は狩猟銃の手入れを始める。


「俺が撃ち殺す」

 令谷は狩猟銃に弾丸を詰めていく。


「次の犠牲者が出る前に始末しましょう。協力するわ」

 葉月はシャベルの入ったギターケースを強く握り締めていた。



「雨だね。今日の天気予報は外れだ。鞄に水滴が染み込んで、とても困る」

 コートの男が、隣にいるマッシュルーム・ヘアの青年に声を掛けた。


「そうですね……。雨だ。鞄の中身が濡れるのは困る。大切なものが入っているから」

「ああ。俺もそうだ。非常に困る。電話でタクシーでも呼ぼうか?」

「しばらく雨宿りをしましょう。もう少ししたら、止むかもしれない。そしたら、コンビニで傘を買いにいく」

「大切なものをどしゃぶりの雨から守るには、傘でいいのか? 水滴は鞄に染み込んでいくぞ」

「…………。ですね……」


「処で、君は『スワンソング』だろ?」

「…………。名乗った覚えは無い。僕自身は自分の事を“添削屋”と……」

「警察の連中はそう呼んでいる。奇妙だな、敬意だ。君に同調する人間が、警察内部でもいるのかな?」

「分かりません」


「電話でタクシーを呼ぶ。処で、俺は君の傘になれないか?」

「僕の傘に?」

「俺は大切な友人が三名程いるんだが。君を四人目に加えようかと考えている。どうする?」


「貴方は何者?」

「俺か。俺は『腐敗の王』と呼ばれている」


 タクシーが二人の近くに停まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る