香川県SF

「香川県SF」


 ☆


「おーいジェームズ、スマブラしようぜ!」

 僕が窓の外を眺めると、そこには友達のメリーくんが立っていた。

「オレ、ゲームキューブコントローラー買って猛特訓したからさ、だいぶ強くなったんだぜ!」

「鍵開いてるから入ってきていいよ、今日は親も居ないし」

「おっけー」

 ドタドタと足音がして、それからバタンと扉が開いた。

 彼の名前はメリー・グラッサム。幼稚園生からの悪友であり、小学校高学年になったいまでも、腐れ縁が続いている。きっと近所に住んでいて、必然的に顔を合わせる回数が多いからだろう。

「ほんとに強くなったのー?」

「もっちのロンよ! 俺んちにはスイッチがないからさ、姉貴のゲームキューブを引っ張り出して、DXでずっとトレーニングしていたっつうわけよ」

「ふーん。でもさ、DXだとキャラ少ないし挙動も違くない?」

「そんなこと気にしてたららちが明かねえぜ! ほらっ、それより早くやろやろッ」

 僕はニンテンドースイッチの電源を入れ、大乱闘スマッシュブラザーズ:スペシャルを起動させた。

 このゲームは、天才ゲームディレクター:桜井政博による集大成のような作品だ。古今東西、本当に無数のキャラクターたちを登場させ、抜群の面白さを保っている。バランス崩壊することもなく、美しい調和を維持した最高の格闘ゲームなのだ。日本が誇る名作ゲーム群の中でも、頂点に位置づけられるような完成度だ。

 自分はいつものようにカービィを選ぶ。

 一方、メリーがよく使うのはピカチュウだ。ピカチュウはとても動きが素早いため、その動きを常に予測しながら戦わないと、こちらが劣勢に追い詰められてしまう。

「よし、そこだ! 行けっ、ピカチコフ!」

 隣ではメリーくんが熱中しながらコントローラーをガチャガチャと動かしている。

 なるほど、かなり鍛えてきたようだ。三日前と比べても、動きが段違いに精妙だ。

 しかし、それでも僕の敵ではない。昼夜オンラインに入り浸り、「ガチマッチ」で鍛えられたランカーである自分の前では、彼の挙動などカタツムリの行進のようなものだ。

 ただ、だからといってフルボッコにしてしまっては、せっかくの友情にひびが生じてしまう恐れがある。そのため僕は接待ゴルフのように、程よくミスを織り交ぜながら、接待バトルにいそしんだ。

 結果――

「畜生! また負けてしまった……」

 メリーくんは頭をポリポリと掻いた。

 結果は僕の二勝一敗。

 3回勝負で対決して、2回目だけは勝たせてあげた。だけど僕も基本的に手を抜くのが嫌いなので、なるべく負けないようなギリギリのところを演じている。

「でも、けっこう筋は良くなっていると思うよ」僕は言った。「たしかに、前回に比べると成長していると思うな、うん。崖つかみからの復帰の際にフェイントを駆使していたのはさすがだと思ったよ。それに、掴み技とかもけっこう活用するようになったじゃん。受け身とかも取れていたし……」

「いや……これじゃダメだ……オレはもっと、強くならないといけないんだ……。俺より強い奴に会いに行く――」

「てかさ、なんでメリーはニンテンドースイッチを買ってもらえないの? 別にゲームを禁止されているわけではないんでしょ?」

「おいっ、俺はなー、お前と違ってなー、そんなにお小遣いを貰ってねーんだよ!! だってよ、お前、月に三〇〇〇円も貰ってるだろ!? 俺なんか月に二百円だぜ! 昭和の子供じゃあるまいし、こんな金額でどうやって娯楽を楽しめっていうんだよ! あーあ、こうなったら万引きでもしちまおうかな……」

「別に、ぼくんちで出来るんだから良いじゃないか。それにさ、犯罪とかは良くないよ。もしどうしてもお金が欲しいなら、親の財布から紙幣をときどき『くすねる』ってのが一番良いと思うよ。給料日の翌日あたりを狙って、財布にぎっしりお札が詰まっているところを狙うんだよ。そうすれば一枚くらい無くなってもバレないから……」

「おいおまえ、まさかお小遣いをしこたま貰った上で、そんなことしてるんじゃないだろうな?」

「いや、まさか。はは……」

 しかし、最近は親の財布からお金を盗めていないのである。というのも、近年キャッシュレス化の流れが加速しており、両親とも現金を持ち歩いていないことが増えてしまったからだ。また、僕の貯金は(手元のへそくりを除いて)すべて親が管理してしまっている。基本的に、貯金の範囲内で何でも買わせてもらっているが、何かを買う前には必ず申告しなければならない。僕は僕で、そこそこ大変なのである。

「とりあえずよ」メリーくんは言った。「もう一戦やろうぜ! このままじゃ終われねえよ。5回勝負……5回勝負でどうだ!」

「わかった。いいよ……やりましょう」

 僕たちは再びコントローラーを握りしめ、ステージを選択しようと思った時――


 ビイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!!!!!!!!!!!


 突然けたたましいサイレンが鳴った。


「警告、警告。残り5分です。残り5分です。ただちにゲームを終了してください。ただちにゲームを終了してください。もし従わない場合、香川県条例違反として罰則規定に乗っ取り、違反者の身柄を七日間拘束することになります。ただちにゲームを終了してください。ただちにゲームを終了してください――」


 その大音量は窓の外から響いてきていた。

 窓の外には、一体の巨大なドローンが浮かんでいて、その不気味なカメラでこちらの様子を眺めていた。

「おいおい、やべーんじぇねえかこれ。いったいこりゃなんなんだよ……」メリーは驚いて後ずさった。

「わ、わからないよ。でも一応、いまはとりあえず指示に従ったほうが良いかも」

 僕はゲーム機に近づいて、本体の電源を切った。それからとりあえず、モニターの電源も切っておいた。

 すると、

「ご協力、ありがとうございます」

 と、さっきとは打って変わった優しい音声となり、そのままドローンは空の彼方へと去っていった。

「なんだったんだ、ありゃ」

「たしか、香川県条例違反、とか言っていたよね」僕は考えた。「もしかすると、新しい法案がいつの間にか施行されたのかもしれない……よし、とりあえず家のパソコンで、最新の県議会を調べてみよう」

「おいッ、ちょっと待てよ」メリーくんが僕の腕を掴んだ。「さっきのやつ、初めから監視していたわけじゃなかっただろ。だからその、きっと俺たちがゲームをやっていることを、ネット回線を使って傍受ぼうじゅしたに違いない。この状態でパソコンなんか開いちゃったら、またさっきのやつが襲ってくるんじゃないのか?」

「だいじょうぶ。お母さんのIDとパスワードでログインしてみるから。それに、あらかじめカーテンを閉めておけば、警告されるまでの猶予はあるはずだ。もし、出掛けている母親の位置まで把握されているなら仕方ないけど……」

「わかった。そうだな……それにあの野郎、『残り5分』だとか言っていたな。もしかすると、時間制限のようなものがあるのかもしれん」

「とりあえず、5分以内に操作を完了するようにしてみるよ。メリーくんは外を監視していてくれる?」

「了解。とっとと済ませて教えてくれよ、ジェームズ」

 僕は急いでパソコンルームに行き、パソコンを起動させた。そして母親のIDを打ち込んでネットワークへと進入。最新のローカルニュース一覧を調べ、ついに僕は真相へと辿り着く……!

 そこには見出しでこう書かれていた。

『香川県、青少年のインターネット利用時間を1時間に制限』

 具体的には、香川青少年健全育成条例に基づき、十八歳未満の子供がネットやゲームを利用する際、その利用時間が一時間を超過した場合、罰則がくだされるというものだ。

 しかもこれは努力目標などではなく、オンラインによるリアルタイム監視機能とセットになった、即厳罰化の法律だとのことだ。だから、この法律を無視することは不可能である。

「なんなんだこれ……」

 僕は呆然ぼうぜんとしつつ、パソコンをシャットダウンした。

「どうなってるんだってばよ……」


 ☆


「しかし、これはやっぱりとんでもない事態だと思うぜ。香川だけゲームやネットを制限するって、こんなのおかしいだろ。今やオンラインで勉強しているキッズもいるのによ」

 メリーがうどんをすすりながら言った。

 僕たちはいま、駅前の〈立ち喰いうどん屋〉でうどんを食べながら、今後のことについて話し合っていた。

「それにこれじゃ、お前にスマブラで勝つのも当分さきになっちまうぜ」

「スマブラはともかくさ……ホント、どうすれば良いんだろうね。僕も勉強していてネットでいろいろと調べたいこともあるのに、それすらできないよ。最近はPythonにハマっててさ、ディープラーニングの勉強とかも進めていたところだったのに……」

「俺達みたいなガキンチョは、本でも読んで勉強してろっつうことじゃねえの? しかし、不便であるのは間違いないし、知的好奇心も満たせないし、こうして娯楽を制限された日にゃ、さらに非行少年が増えること間違いなしだぜ。あ、でもお前のように半分引き篭もりのような奴にとっては、良い刺激になるんじゃねえの」

「ねえ、そうやって僕のガジェット好きをいじるのはやめてほしいッス……」

 僕はいま、うどんが冷めるのを待っていた。猫舌なのだ。

「それでさ、俺いろいろと考えたんだけどさ」メリーが口を開いた。「署名を集めるっていうのはどうだろう?」

「署名?」

「そう、俺たち子どもたちで結託してさ、たくさんの署名を集めるんだよ。大人から子供まで色んな人々の署名があれば、きっと県議会も動いてくれると思うぜ」

「いや、そう簡単にはいかないよ。そうした署名を出したところで、無視されるのがオチだよ。それに、署名集めしているとこ、治安維持局に見つかったらかなりヤバいと思うよ」

「そうだな……じゃあこういうのはどうだ? 子供たちで集会を開くんだ。名目はなんだって構わねえ……みんなで教室でうどんを作ってる、とでも報告すればいいさ。そしてたくさんの子供を集めて、そこでさりげなく署名を呼びかける。『最近ネット禁止法案が可決されたけど、この法案に反対する人はいませんか? よければ署名と支持をお願いします』ってさ。そしてその子供たち越しに両親へと伝わって、この悪法に反対している親御さんの支持も集められるって寸法よ」

「いや、だけど、賛成してる親御さんもいるんじゃ……」

「この悪法に賛成してるのは老人たちだよ。だいたいの子育て世代は反対しているさ。それに、たとえ賛成派に見つかったところで、適当に誤魔化せばだいじょうぶだ。表向きはあくまで『うどん作り教室』という名目だからな」


 そして僕たちは学校の空き教室や公民館を活用しつつ、その「教室(集会)」を開いていった。

 ちょうどメリーの父親がうどん職人であるため、彼の力を借りることもできた。

 無料で、「メリー家秘伝のうどん作り」が学べるということで、参加者はどんどん増えていった。そして彼らがうどん作りに熱中しているなか、彼らがリラックスしたタイミングで、優しく丁寧な声色で『青少年ネット禁止法反対署名』を呼びかける。

 するとどうだろう。まるで催眠術に掛かったように、彼らはスラスラと署名を書いた。うどん作りに参加している子供たち、そして子供の様子を見守っていた親御さんたち、その両方から署名を集めることに成功する。

 きっと彼らも、意識するしないにかかわらず、それなりの不満を抱えていたようであった。

 僕たちの開いた集会は『うどん集会』とささやかれるようになり、その支持を急速に集めていった。

 のだが……。


 ☆


 ある日、メリーの家へと公安警察たちが踏み込んできた。

「ドンドンドン! こちら香川県治安維持局だ! 貴様らを香川県青少年健全育成条例違反の容疑で逮捕する!」

 そしてメリーの一家は逮捕されてしまった。

 メリー自身は小学生ということで一週間で解放されたのだが、彼の父親は解放される様子がなかった。大衆を扇動した罪として、刑事事件の容疑者として処理され、香川県検察側も起訴をためらわなかった。今は留置場に監禁されており、裁判が終了し判決がくだされるまでは、どうなるか分からないということだった。

「クソッ」メリーくんは拳を固めてテーブルを叩いた。「迂闊うかつだった……、まさか親父が逮捕されるだなんて……。拘束されるのはオレ一人だと思っていたよ……家族に迷惑を掛けちまった……」

「仕方ないよ……僕も治安維持局が、ここまで酷いことをするとは思わなかったし……」

 僕たちはいま、放課後の教室で話し合っていた。さすがに治安維持局も学校には盗聴器を仕掛けられないだろうということで、なるべく学校の中で話すようにしているのだ。

「警察も治安維持局も検察も裁判所もぜんぶが繋がってやがる……! この県の司法は腐ってやがるんだ! 知ってるか?起訴された容疑者の有罪率は九十八%なんだぜ。つまりよ、俺の親父の罪は確定しているんだ。親父は俺たち家族のために無罪を訴えているが、そんなの彼らには届きやしないのさ……この後進県め、狂ってやがるぜ」

「だけど、弁護士が」

「けっ、弁護士!? あいつらが本当に機能していると思ってるのかよ。いいか、弁護士ってのは民事裁判でお金を稼いでいるんだ。だからこうした刑事裁判はある意味消化試合みたいなもんで、たとえどんなに優秀な弁護士をつけたところで、勝てる見込みはほとんどない。せいぜい罪状を軽くするのが関の山さ。さっきの九十八%って言ったのは誇張じゃないんだぜ。つまりさ、検察が司法の役割を果たしてるんだよ。検察の中ですべての有罪・無罪が決定されている。そして、香川県は検察を握っている。これが親父が逮捕された理由だ。この県にとって、俺達の存在は目障りだということだ。畜生め!!」

 メリーくんは椅子を蹴っ飛ばした。

 蹴っ飛ばされた椅子は遠くへと吹っ飛び、ドミノ倒しのようにいくつかの机を倒した。

「ぼく、警察に踏み込まれてからの数週間、いろいろと考えていたんだけどさ」僕はメリーくんをなだめるように言った。「ひとつだけ、方法があると思うんだ」

「ひとつだけ……なんだ、早く言ってくれ」

「とても簡単だよ、隣の県に頼るのさ」

「隣の県……まさか」

「そう……徳島県に助けを求めるんだ!」


 ☆


 僕たちはいま、徳島県にやってきていた。

 通行手形パスポートを手に入れるのは大変だったが、発行局に賄賂わいろを積んだことで、早めに発行してもらったのだ。

 徳島は香川よりもテクノロジーの進歩した地域であった。

 IoTの開発にいちはやく力を入れていたため、街中のあらゆるものがネットワークに接続されている。そして、県民一人ひとりに小型端末が配布されていて、それを使えば行政サービスでも民間サービスでもなんでも簡単に受けられることができる。完全なキャッシュレス決済が実現しており、防犯対策もバッチリで犯罪率も低かった。また、日本の住みやすい地域ランキングで、毎年かならずトップ7に入るほどの人気もあった。

 香川県のように、監視能力だけテクノロジーを高めた地域と違い、こちらにはそこはかとなく自由な気風が流れていた。

「さて、いよいよだな……」

「うん」

 目の前にそびえるのは徳島県庁である。去年建て替えられたため、表面はピカピカで白く輝いて見える。

「よし、行くぞ!」

 メリーくんの発破はっぱする声に奮起ふんきされ、僕たちはゲートをくぐった。

 すでに予約はしてある。小型ロボットの指示に従い、エレベーターに乗って最上階へと上がった。

 そして、最上階で待ち受けていたのは……


 ――徳島県のボス、徳島県知事だった。


 ☆


「今日はよく来てくれたね」徳島県知事はにこやかな表情を浮かべている。「まさか香川県のうどん作りの技術を、徳島へと輸出してくれるだなんて……。君たちは、そうだね、『うどん親善大使』と呼んでも良いかもしれない。僕はね、相手が子供だからって、見下すような真似はしたくないのだよ……。おっと、突然ペラペラ喋ってしまって申し訳ないね。ああ、そこに掛けたまえ」

 徳島県知事が指を動かすと、部屋のセンサーがそのフィンガージェスチャーを検知したのか、床から椅子がニョキッと生えてきた。

 僕たちはその椅子に座り、まずは表面的な会話のやり取りをしばらくしていた。

 徳島県知事。

 この方はとても優秀な人であり、ITにも精通していて、若者たちのトレンド・動向もセンシティブに取り入れている。未来志向のビジョンを保持しているのだ。

 具体例をあげると、氏は県内でe-Sportsを発展させようと助成金を与えて選手プレイヤーを育てたり、その選手とともにゲームをプレイすることで、e-Sportsの重要性を日本中に広めた。他にもアニメと地域が一体となって地方復興をおこなう『マチアソビ』というエンターテイメント施設を作ったり、大人気ゲーム『Fate』シリーズとのコラボをすることで、若いアニメファンの支持を集めたりもした。

 隣県であるにも関わらず、香川とは正反対の方向を目指しているのだ。

 会話も煮詰まってきた頃、僕は徳島県知事へと話を切り出した。

「実は今回、県知事様にお願いしたいことがあるのです」

「なんでしょうか?」

「香川の……再来年の、香川県知事選に出馬してもらいたいのです!」

 僕はメリーと協力しながら、徳島県知事に頼み込んだ。

「いま、香川県は大変な状況にあります。インターネットやゲームを規制した上、その条例に反対した人々に対して、不当逮捕を繰り返しているのです。さらに来年には、テレビや漫画までも規制するとの情報が流れています。これは、日本国にとっても大きな害をもたらします。政治の決定権キャスティングボードを握る方々が、暴走しているのです。このままでは無辜むこの香川県民たちが、大勢犠牲になります。子供たちだけでなく、大人にまで影響が及び始めているのです。民の声を聞かず、法の抜け穴を利用したり、法解釈を歪めることによって、権利を侵害しつつあるのです。これは独裁にいたる危険な徴候です……いや、すでに独裁は始まっているのでしょう。現在進行中で多くの人が苦しんでいるのです。この巨悪・悪法に立ち向かうためには、あなた様の力が必要なのです。どうか、再来年の知事選挙に出馬してくれないでしょうか?」

「いや、うーむ……それはしかし、すぐに決められるようなことではないな……。私には徳島県を発展させていく義務もある」

「もちろん、それは重々承知の上でございます。ただ、もちろん無償でやってくれとは言いません。香川が今まで蓄積してきた『うどん作り』のノウハウをこれからも提供していきますし、それに、あなた様が香川県の長になることで、徳島との交流も盛んになることでしょう。たしか、数ヶ月後に徳島でも知事選があったと思います。その候補者に、あなた様の信頼できる方を出馬させればよいのです。そして、全国的な知名度と支持を持つ有名なあなた様が、香川の知事になる。そのことによって、香川の政治をトップダウン式に改革することが出来ますし、香川の技術力を自由に輸出することができます。失礼な言い方になるかもしれませんが、ロビー活動をおこなうための資金も、あなた様は充分保持しているはずです。あとは香川県民にさえ訴えかけられるような演説ができれば、問題なく選挙で勝てるでしょう……」

「なるほど、それは面白い考えですね」徳島県知事はうなずいた。「しかし、今すぐ決定するわけにはいきません。しばらく考えさせてください……。もし、決まったら、秘密裏に電信をお送りしましょう」

 こうして僕たちは徳島県知事と握手を交わし、徳島県庁をあとにした。


 ☆


 そして、二年後の秋、ついに選挙演説のシーズンが始まった……!

 しかし、ここからが険しい道であった。

 対立候補として、香川県の現知事が出馬したのだが――彼は県の権力を最大限活かして、こちらの選挙活動を妨害しようとしてきたのだ。

 騒音、サクラ、脅迫、マフィア、家宅捜索、不当逮捕、デマゴギー、プロパガンダ、情報統制、お仕置き部屋、監禁、拷問、違法薬物、賄賂、汚染金洗浄マネーロンダリング、脱税、タックスヘイブン、不法献金、商品券、うどん教、暴走族、爆音選挙カー、圧力、スパイ、改竄、電波妨害、闇討ち、火炎瓶、機動隊、麻酔銃、催涙弾、暗殺、ストーカー、覆面組織、インフルエンサーの活用、動画配信、SNS、広告会社の活用、マスコットキャラクター、フェイクニュース、陰謀論、洗脳、啓蒙、贈賄、搦手、利権の保護、教育者への働きかけ、香川グレートファイアウォール、フィルタリング、ルドヴィコ療法、ドラッグ、忍辱注射、ガンパウダー、ドローン攻撃、サイバー攻撃……。

 とにかくありとあらゆる手段を使って彼らは選挙を妨害しようと企てた。

 犠牲者や怪我人も続出したが、それらの数の統計は、もちろんメディアには流れなかった。

 香川内部で――民の知られざる形で――内戦が勃発したのである。

 そしてついに選挙日が近づいてくる。

 草の根的な地道な活動を続けてきたとはいえ、それでも体制側の影響力は圧倒的だった。

 プロパガンダ・情報統制を駆使することによって――香川の大衆は、県内に悪法が次々と生まれていることさえ、ほとんど知ることができなかったのである。


「どうする?」メリーが聞いた。「このままじゃ、俺たち負けてしまう。これじゃ、親父の奪還も、徳島知事の頑張りも……」

「うん、たしかに僕らは劣勢に立っている……だけど、まだ希望がすべて失われたわけじゃない。『うどん会議』の頃から、僕たちはこのインターネット禁止法に反対するため、頑張ってきたんだ。みんな、心の奥底で分かってくれているはずだ。あとはもう、選挙に賭けるしかない……信じるしかないよ……」

「おいジェームズ、それは負けフラグびんびんだぞ! よく考えてみろ、今はもう、インターネットだけの問題じゃなくなってるんだ! 俺たちの平和と自由と平等と人権が失われていってるんだ。このままじゃダメなんだ、絶対によ」

「でも、あとは天命にゆだねるしか……」

「天命だと!?」メリーくんは激怒した。そして僕の胸ぐらを掴んで揺さぶった。「あの頃――俺とスマブラで戦っていた頃のおまえは、そんなヤワな野郎じゃなかったぜ! 最期まで『勝ち』の可能性を信じていただろ! 『勝ち』に『価値』を見出していたからこそ……最期まで粘り強く戦っていたからこそ、スマブラのランカーになったんだろうが、テメエはよッ!!」

 僕はメリーくんに突き飛ばされた。僕の身体は地面を転がり、泥水でビシャビシャになった。

「でもっ」僕は言った。「もう、どうしようもないじゃないか……ここから打開する方法なんて、ひとつも……」

「たったひとつだけある」メリーは言った。「だがこれは、とても危険な賭けだ。もしかしたらふたりともお陀仏してしまうかもしれねえ……」彼は髪の毛をかきあげた。豪雨が彼の洋服を濡らしている。「どうする、ついてくる覚悟はあるか――?」

「ああ」僕は頷いた。「当たり前だよ。ここまでついてきたんだ……最後まで付き合うよ」


 ☆


 僕たちは二人とも対爆スーツジャガーノートを装着していた。

 スピーカー越しにメリーくんの声が聞こえる。

「行くぞ」

「うん」

 僕たちはオスプレイから飛び降り、ワイヤーを伝ってビルの屋上へと降り立った。

 ここは香川テレビ。香川全体を支配するメディアの王様である。

 そう、僕たちは「香川テレビ」を占拠し、ゲリラ的な電波ジャックを試みようとしている!

 ゴム弾を詰め込んだ機関銃を両手で抱え、次々に襲いくる実弾を持った警備員たちを蹴散らしていった。

 ゴム弾にあたった警備員たちがバタバタ倒れていく。だいじょうぶ、気絶程度の威力に抑えてある。

 ロケットランチャーが撃ち込まれたりしたが、幸い対爆スーツを着ているおかげで全く怪我はなかった。徳島県知事が独自のルートを使って、最新の対爆スーツを用意してくれたのである。

 そして僕らは放送ルームへとたどり着いた。

 対爆スーツを脱ぎ、『Vフォー・ヴェンデッタ』のマスクをかぶる。モデルガンで従業員たちを脅して機器を操作させ、香川県民全員に送るメッセージを開始した。

「皆さんこんにちは、僕の名前はジェームズ・ノリンゲル。香川県に住む、ひとりの少年だよ。今回は僕たちから、皆さんに伝えたいメッセージがあるんだ。おとなもこどももおねーさんも、みんなみんな聞いて欲しい。それじゃ、はじめるよ」


 そして僕は、今の香川県議会、そして香川県知事がおこなってきた悪行の数々について、片っ端から余すことなく語りまくった。

 同時にネット配信もしていたため、香川県民だけでなく、日本全国の人々が視聴できる形で。


 それはとても爽快な気分だった。とっても気分が良かった。そのあとのことなんて何も考えていなかった。ただ夢中で、悪事を暴露し、それから僕たちの未来をどう変革していくかについて理想を語っていった。その放送がどのように思われるかなんて気にしなかった。ただ純粋に自分の心の中をさらけ出していった。たぶん、死ぬかもしれないという実感があったからだろう。

 どうせ死ぬのなら、自分が本当に言いたいことを言おう。そうすれば悔いることはない。

 何かに忖度そんたくして、遠慮して、その結果何も言わなくなってしまったら、それはもう存在しないのと一緒なのだ。

 一度きりの人生。不可逆的な現在。自分の存在価値。アイデンティティ。

 誰かが昔こう言っていた。


 ――いいかい、ジェームズ。人間存在はね、根源的なところで、悪を意味しているんだよ。この世に存在しているだけで、誰も彼もが罪を背負っているんだ。業を抱えているんだ。もしも誰かに迷惑を掛けたくないのなら、すぐに死ぬしか無いんだよ。たとえ誰かのために、どんな行為をおこなったって、それは誰かにとっての迷惑になるかもしれない。善意があるかどうかなんて関係ないんだ。誰も彼もが罪を抱えている悪人なんだ。原罪を抱えているんだ。森羅万象すべてが、「存在している」というその一点の理由においてのみ、根源的な悪からは逃れられないんだよ。少なくとも生命という機構はね、熱的死エントロピーの増大の中で、限られた資源とエネルギーの中で、長い長い間生存競争を繰り返してきたんだ。残念だけど、生きている限り、その競争ラットレースからは逃れられないんだよ。地球、そして宇宙にあるエネルギーが限られている以上、それはゼロサムゲームにしかならないからね。もしいつか、我々人類が、いや、新しい生命体が、時間や空間を超越して、そうした超越論的な概念すらも越境して、無限という楽園の境地にたどり着き、悪を脱することができるかもしれない。しかし、それは少なくとも、今を生きるわれわれには不可能な相談なのさ。


 僕はその内容すべてをきちんと解釈できたわけではない。

 しかし、誰もがいつか……いつかは虚無の中に消え去っていくことは心から理解していたし、そのことに対する恐怖はなかった。

 唯一怖かったのは、自分が何者でもない存在、透明な嵐になって、誰にも認識されることなく殺されることだった。

『異邦人』のラストシーンにおける歓びは、けっして非人間的な行為ではない。あれはとても純粋で人間的な優しさに充ち満ちており、「人間存在の根源悪」を隅々まで理解した、積極的ニヒリズムを快活に笑い飛ばした姿勢なのである。


 僕は放送を終え、うつろな瞳で微笑んだ。

 隣ではメリーくんが僕の演説に聞き入っていた。


 そのあとのことは、正直よく覚えていない。特殊部隊が放送ルームへと突入してきて、僕たちは白旗をあげ、抵抗することもなく穏便に逮捕された。

 そして留置場の中でしばらく過ごした後、唐突に釈放された。


 そう、僕たちの放送は、香川県の多くの人々へと届いたのだ。

 その結果、元・徳島県知事は選挙に勝利し、新・香川県知事になった。


 圧勝であった。

 テレビ局の不法占拠に対して、対立候補から非難が起こったが……その声は、既存体制への世論からの批判にかき消されてしまった。


 新・香川県知事の働きで、香川県議会の腐敗と汚職は一掃された。

 議員たちがすべて悪いというわけでもなかった。結局のところ、彼らもまた民主主義的な手続きよって生じた被害者にしか過ぎないのだ。彼らは政治家の資格を剥奪され、今は政治犯として香川刑務所に収監されている。きっといつか心を入れ替えてくれるだろうと信じている。


 ☆


 僕はいま、父母ヶ浜にいた。

 ここは香川のウユニ塩湖と呼ばれるような、綺麗な海水浴場ロングビーチがあり、気持ちを入れ替えたいときは昔からよくここに来ていた。

 今日は風が強いせいか、遠くのほうでサーフィンをやっている大学生らしき青年たちがいた。

「よう」

 背後から声を掛けられた。そこにはメリーくんの姿があった。

「元気か?」

「まあまあかな」

「もうすぐ夏休みも終わるな……宿題、終わったか?」

「小学生でもあるまいし、慌ててまとめてやったりしないよ」僕はそういって、手元にあったサイダーの瓶を口につけた。炭酸の快い刺激が喉へと流れ込んでゆく。

「いろいろあったな」メリーは言った。「親父、最近仕事が忙しいらしいぜ。なんでも『うどん集会』の頃のお客さんたちからクチコミで全国に広がって、今じゃうち、めっちゃ人気のうどん屋よ。オレのお小遣いも、四千円アップしたんだぜ」

「そっか、それは良かった」

 僕は少し上の空の気分で、彼の話を聞いていた。

 なんだか非現実的な感じがした。

 僕たちが冗談のように思いついたことによって、ゲーム・インターネット禁止法も通行手形も、ありとあらゆる悪法が消え去って、香川は平和な県になった。

 もう、空を飛び回るハエのようなドローンたちも存在しない。

 平和を享受するように、カモメたちが飛び回っているだけだ。

「俺、アレを買ってもらったんだ」

 そう言うとメリーは、カバンからゲーム機を取り出した。

 それはニンテンドースイッチだった。「おっ、買ったんだ!」

「そう、やっと貯金が貯まったんだよ……。なあ、せっかくだから、やろうぜ」

「何を?」

「そりゃ、もちろん決まってんだろ」そう言うとメリーはニヤリと笑った。「スマブラに決まってんだろうが」











【SHIN KAGAWA-KEN】is over.




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