バンクシーを捕まえた男

『バンクシーを捕まえた男』



「おいっ、お前なにをしている?」

「えっ、僕ですか? いまちょっとストリートアートを制作して……」

「バカもの! ここは俺の敷地だぞ。おまえみたいな不良に勝手に落書きされては困る!」

「あ、いやあの、自分はこういう者でして……」パーカーを着た青年はふところから名刺を取り出した。そこにはBanksyという文字が書かれている。「聞いたことないですか?」

「バンクシー? あのテレビとかでよく特集されてる?」

「そうです」

「ほーん」男は彼をジロジロ眺めた。「だが、証拠がないな。お前、覆面で活動しているんだろ? つまりお前がホンモノのバンクシーか、それともバンクシーのフリをしたただの不良か、俺には確認のしようが無いというわけだ」

「後日、ここで作品を制作したという情報を事務所から発表しますよ」青年は答えた。「そうすれば、僕がバンクシーであるという証明になると思います」

「いや、だからな、お前はいまここで証明することができねえっつってんだろ? そう言って言葉で煙に巻いてこの場から逃げられると思ったら大間違いだぞ」

 男はそう言うと、青年の腕をガシッと摑んだ。

「ちょっと、やめてくださいよ。痛いです」青年は抗議した。「怪我したらあなたを訴えますよ」

「その前に、俺がお前を警察に突き出してやるさ。現行犯の器物損壊罪を適応させてな。あ、そうだ……」

 男はポケットからスマホを取り出し、青年のマスクをむしり取って、その顔をパシャリと写真に撮った。

「ヒュー、これがバンクシーちゃんの素顔ってわけか」

「何するんですか、本当にやめてくださいよ」青年はうろたえている。「あのですね、僕を解放することはあなたにとってもメリットがあるんですよ。僕が手掛けたストリートアートは、自分で言うのもなんですが、とても高い値段で取引されているんです。この民家だって、僕がこの絵を描いたことで、資産価値は10倍くらいになっているはずです。もし僕が逮捕されて、匿名性が失われたら、それだけ資産価値も減って……」

「いやいや、そんなことはないさ」男は答えた。「いいぜ、仮にお前がホンモノのバンクシーだったとしよう。んで、俺がお前を警察に突き出す。するとどうだろう? ゴシップ狙いのマスコミどもがお前を特集しまくるだろうな。お前がいつどこでどんなふうに逮捕されて最後にどんな作品を作っていたか……、そう、もちろん俺の家にも注目が集まるだろう。そして俺の家は、匿名時代のバンクシーが最後に制作したストリートアートとして名を刻むことになる。とんでもない価値を持つだろうな。ハッハッハ」

「もし、あなたが僕を警察に突き出したら……」青年は言った。「僕は自分をバンクシーではないと言い張ります。事務所からも、ここで制作したという発表はしません。あなたは自分の家に描かれた落書きがバンクシーのものだと証明できませんし、僕もひとつの作品を失うわけです。痛み分けの、どちらも得しない展開になるでしょう。そもそも、僕は今までも何度か逮捕されたことがあります。反権威をモットーに活動しているのだから当然でしょう」

「ふーん、なかなか頭のキレる不良だ。じゃあ、話を続けるが……仮にお前がホンモノのバンクシーで、俺がお前を解放したとしよう。でも、それでもお前がこの落書きを自分の作品だと証明するかどうかは分からねえ。俺がお前を捕まえた腹いせに、復讐としてそうする可能性があるからな」

「そんなことを言い出したらきりがないでしょう。とにかく僕を解放してください。それから、その写真を消してください。その写真がある限り、僕はここの作品を自分のものだと証明しませんよ。まあ、仮に写真を消されなかったところで……自分のことをバンクシーだと顕示けんじする偽の写真はネットに多く出回っていますからね、そのうちのひとつに埋もれてしまうと思いますが」

「口の達者なガキだ」男は言った。「やっぱり気に食わねえな」

 男はそう言うと、青年の腹を思い切り殴りつけた。青年はのけぞり、後ずさる。

「な、なにを……」

「そもそもだ。事前に許可を取っていないのが気に食わないし、お前の作品自体が気に食わん。反権威をうたいながら、自分はお金をがっぽり稼いで、しかもそれを社会に還元しようとしない。お前、自分の作品で稼いだお金を寄付とかしてんのか?」

「き……寄付はしてませんよ。でも税金はそれなりに取られていて……」

「ああ、そういうやつね。税金はたくさん納めているから、寄付する必要もないってことね。オッケーオッケー。これからもガンガン納税してくれよな」

 男はそう言うと、青年の背中を蹴り飛ばした。

「うっ……」

「お前は何気なしにこの場所でストリートアートを制作することにしたのかもしれないが、ここはな、俺のご先祖様が代々大切にしてきた神聖な土地なんだ。その土地を勝手に荒らしたお前を、やっぱり俺は許すことができねえ。いいぜ、警察には突き出さないでやる。だけどお前みたいな若造に、社会の厳しさというものをたっぷりと教え――」

 そこで男は口を閉ざした。気がつくと彼の周りに、拳銃を取り出したスーツ姿の男が三人立っていたのだ。

「バンクシー様、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫。この程度かすり傷だよ」

 スーツの一人が青年を助け起こし、彼をリムジンまで運んでいった。

「社会には様々な濃度の闇がある」拳銃を構えた男の一人が言った。「この世界というものは、表と裏に二分割されているわけではない。グラデーションがあり、多くの領域は灰色で満たされている。その濃さの度合いによって、足を踏み入れたときのリスクも異なってくる。幸いなことに、貴様の踏み入れた色の濃さは、まだ薄かったというわけだ。命拾いをしたな」

 スーツの男たちはリムジンに戻り、それから車は走り去った。

 男はしばらく呆然とし、青年の写真をデリートしたあと、そのまま家の中へと戻った。





【The Man Who Captured Banksy】is over.


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