来庭知行海
『来庭知行海』
庭には二羽、ニワトリがいる。
私は彼らに餌をやっていた。餌をやるのは午前六時と午後三時の二回だけだ。それ以上与えることは、彼らを余計に太らせることに繋がる。贅肉をつけることが美徳とされる時代は終わったのだ。
難しい文法問題を解きながら、ファンダメンタルズ分析に明け暮れていた頃、モグラの巣が庭にできた。
モグラ退治をすることは難しい。巷にあるもぐらたたきゲームとは勝手が違う。彼らは地上に姿を現すことがない。地下こそが彼らのバトルグラウンドであり、四六時中掘り続けることを余儀なくされる。ラットレースよりも厳しいのがエル・トポの運命だ。
専門業者を呼ぶのは容易い。しかしそこに面白みはない。ネットで購入した「音波クギ」を庭のあらゆるところに突き刺し、そしてスイッチをオンにした。音波クギは太陽光発電で稼働するため、充電の手間はない。そのうち庭からはモグラは消失した。
しかし、消失したのはモグラだけではなかった。ニワトリも消失したのである。
ニワトリはどこへ消えた?
私は散歩がてら彼らを捜索することにした。
この辺りは区画整理の関係で、道路も舗装されている。工事に伴って電線も撤去された。今は地面のしたをコードが通っているらしい。私の庭は特別で、純粋な土が用いられている。だから、アスファルトを踏みしめる感覚というものは、あまり好きになれない。
ゴミ捨て場を発見する。そこにはたくさんの粗大ゴミが捨てられていた。冷蔵庫、食器棚、カーペット、椅子、巨大なクマのぬいぐるみ……しばらくの間、回収されていないようだ。ゴミ収集車が巡回のルートを忘れているのか?
向こうには団地が見えた。郊外の平らであまった土地を活用して、高度経済成長期に人をかき集めたのだ。しかし今では廃墟になっている。人口の減少は止められない。つい最近まで小学生たちがお化け屋敷の代わりとして廃墟で遊んでいたが、最近は立ち入りを禁止されている。誘拐事件が発生したからだ。経済の停滞に伴い、犯罪の数は増加の一途をたどっている。軽犯罪の検挙率は低い。警察機構は凶悪犯罪にしかリソースを割くことができない。あるいは権力者の警護だ。資本家はセキュリティーサービスを雇うのが当たり前になっている。
KEEP OUTのテープを越えて、私は敷地内に立ち入った。団地の前には公園があり、朽ち果てた遊具がいくつも並んでいる。滑り台、はん登棒、ロープウェイ、アスレチック、複合遊具、ザイルクライミング……。きっと昔は多くの子供達が遊んでいたのだろう。
私は何気なく砂場のほうに向かう。そこで、ニワトリが横になっていた。既に息はしていない。私はその砂場の中にニワトリを埋め、近くに落ちていた枝で十字架を作った。これで一匹は発見したというわけだ。
私はジャングルジムに背中を預け、煙草を吸い、それからまた歩き始めた。道の途中でバスを拾い、それから海辺へとやってきた。海辺には数人、釣りをしている男がいた。水面は穏やかで、夕陽が輝いている。
いくつもの
「どうして家出したんだい?」
「海を見たかったからだ」彼は言った。「最後に海というものを見ておきたかった。ニンゲンたちと違い、我々は死にやすい個体だからな」
「じゃあ、これで満足したんだね」
「ああ……」しばらく沈黙したあと、彼は言った。「ひとつだけ、お願いがある」
「なんだい?」
「苦しまないように屠殺して欲しい。そのあとは、どうされようと構わない。焼き鳥でもいいし、唐揚げでもいい。貴様の好きなように食すが良い」
「分かった」私は頷いた。
今夜の夕食はフライドチキンにしよう。私は期待に胸を弾ませながら、手をつないで家路についた。
【Come in Yard, Know Go to Sea】is over.
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