さよならミスター・ペンギン

『さよならミスター・ペンギン』



 彼は動物園の中でずっと空を見上げていた。

 彼は生まれたときからこの動物園で暮らしている。柵の中に、陸地があり、水辺がある。好きなときに泳ぐことができるし、好きなときに眠ることができる。えさは一日二回も与えられ、空腹に困ることは一度もなかった。

 しかし彼は、そんな生活に空虚さを感じていた。代わり映えしない日常。たしかに柵の向こう側のお客さんは毎日入れ替わる。しかし、ニンゲンたちにはある程度のパターンがあり、そのバリエーションを覚えていくたび、段々と目新しさを失っていく。

 彼らはどこから来て、どこへと去っていくのだろう。それが彼の長年の疑問だった。

 あるとき彼は隣の柵にいるクロコダイルくんに聞いた。クロコダイルくんは彼よりも長生きで、外界に詳しいらしい。

「この世界の外側には、死が待ち受けている」クロコダイルくんは言った。「かつて脱走を試みた奴がいた。こっからだと見えねえが、B区画にいるホワイトウルフの奴だよ。彼はおりの金属を噛み切って、血を流しながら外界へと向かった。でもその後見つかって、射殺されたらしい。俺たちはニンゲン様には刃向かっちゃいけないのさ」


 ☆


 ここにいれば、衣食住が与えられる。安心がある。喋り相手のフレンズもいる。

 しかし、彼にとってはそれこそが不安だった。僕はこのまま、何も変わらないまま――何も変えることができないまま、一生を終えてしまうのだろうか。外界のことを詳しく知ることもなく、繰り返しの、出口のない生活を送り続けるのだろうか。

 それは確かに安全かもしれない。だけど……そんなの、生きたまま死んでいくようなものじゃないか!

 僕にはオオカミくんの気持ちがよく分かる。どうせ死ぬなら――閉鎖空間で生殺しにされるより――格好良く、希望を持って死にたい。挑戦したい。たとえ叶わぬ夢だとしても、自由の翼を追い求めたい。

 Mr.ペンギンは空を見る。

 空にははとたちが飛んでいた。

 彼は翼をパタパタさせる。

 僕は飛ぶことはできないけれど、それでも、僕は……。

 翌朝、彼は動物園から消失した。飼育員がどこを探しても、彼の姿は見つからなかった。

 私は信じている。彼が、自由という名の世界へと、希望を持って羽ばたいて行ったことを。








【Good-bye, Mr. Penguin】is over.


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