殺し屋の殺し方

『殺し屋の殺し方』



 この世界は、不純なもので満ちあふれている。

 どうしようもない、救いようもない、目を背けたくなるものばかり。

 でも、そうしたものにいちいち気を取られていたら、平穏な生活を送るのは難しい。だから目をつむるか、見えないふりをして通り過ぎるしか無い。やり過ごすしかない。それが平和に暮らすための処世術である。

 しかし、そんな私にも許せないモノがひとつだけある。

 それは「殺人」だ。

 誰かが誰かを殺すこと――人間という理性的な存在を不可逆的なまでに破壊すること――すなわち「殺人」。

 これだけは私にとって、看過できない悪行である。

 だから私は心に決めた。

 殺人の存在しない世の中を創造することを。

 とはいえ、私はまだ中学生であり、自分にできることは限られている。戦争を止めるほどの政治力も資金もない。

 だから私は、身近な範囲から、理想郷の実現に向けて、行動を起こすことを決めたのである。


 ☆


 今日は5月の半ば、ゴールデンウィークの終わり。普通人なら、暗澹あんたんとした気分にさいなまれる朝。

 でも、私は違う。私にとっては、平日も休日も、等価の意味合いしか持たないのだ。

 顔を洗い、朝ごはんを食べて、歯を磨き、くしで髪の毛を整える。わりと身だしなみには気をつけるほうなのだ。

 パパとママ、そして兄さんに「行ってきます!」とあいさつをして、それから登校する。

 私のカバンは、毎日パンパンにふくれている。

 なぜなら、中にはたくさんの『道具』が詰まっているからだ。いつも『道具』を持ち歩いていないと、不安な気持ちになる。いざというとき、行動できなかったら、その後、数日は鬱気味になってしまうからだ。

 カバンはめちゃくちゃ重いが、自転車通学なので、そこまで苦労していない。問題は、自転車置き場から校舎の自分の教室まで運ぶときに、時間が掛かってしまうこと。最初の頃は、カバンのあまりの重さに、休み休み、えっちらおっちら運んでいたが、さいきんは筋肉もついてきたのか、すこしは楽になってきた。

 まあとにかく、私が中学までの通学路を自転車で疾駆していると、突然爆発音が聞こえた。

 それなりに近いところから音が聞こえた。周囲を観ると、煙がもくもく立ち昇っている。

 私は即座に方向転換し、そちらへと向かう。

 爆発直後のせいか、まだ野次馬は少なかった。どうやら喫茶店で、爆発があったらしい。

 店内ではたくさんの肉片が転がっている。腕とか脚とか頭とか内臓とかいろいろ。犠牲者のものであると推測される。

 近くの道路では腰を抜かしたサラリーマンが、必死に端末を触っていた。どうやら、警察だか救急車だかに連絡しようとしているらしい。しかし、手が震えているせいか、うまく番号をプッシュできていないようだ。

 私は彼のもとへと近づいて、端末をぶんどった。

「な、何を……!」驚いたようにサラリーマンが私を向いた。

「かわりに電話、掛けてあげますよ」私は言った。「それに、あなたは慌てているようですし、私が順序立てて警察に説明したほうが、向こうの理解も迅速でしょう。なにがあったか、教えてくれる?」

「わ、わかりました……」

 どうやら彼の説明によると、喫茶店にロケットランチャーが撃ち込まれたとのことであった。

 そのサラリーマンは、喫茶店でコーヒーを飲み終えたあと、会計を済ませ、店の外に出て、それから仕事の連絡を思い出し、電柱に寄りかかりながら上司と通話していたらしい。

 するとそのとき、目の前を、一台の黒塗りのワゴンが通りかかった。そして、ドアが半開きになり、そこから覆面の男が現れる。そいつはロケットランチャーを持っており、ためらうことなく、喫茶店へとその弾頭を撃ち込んだ。そして、店が破壊されたのを確認すると、そのまま車は走り去ったそうだ。

「ぼ、ぼくはきっと、柱の影にいたから、気づかれなかった、と思います……」彼はそう言いながら、ブルブル震えていた。「運が良かった……」

「ナンバープレートは見た?」

「い、いえ。あの、ナンバープレート自体が、取り付けられていないみたいでした」

「わかった。それじゃ、今から警察に掛けるね」

 私はそう言いつつ、自分の端末を取り出し、警察ではなく、兄さんに電話を掛けた。

 兄さんは引きこもりであり、それでもって、私のパートナーなのであった。一流のハッカーであり、コンピュータの操作はお茶の子さいさいなのだ。

「もしもし」私は言った。「XXX喫茶店の近くにある監視カメラの映像をチェックしてくれる? そこに黒塗りのワゴン車が映っていたら、そいつを追跡して現在位置を教えて。爆発が起こったのは7分前だから、10分前くらい前からさかのぼって調べれば、すぐに位置をつかめると思うよ」

「おっけー、了解。その車の現在位置が分かったら、アプリで位置を送るよ。それにしても、学校だいじょうぶ? 遅れちゃわない?」

「ま、一限目は家庭科だし、特に問題ないっしょ」

「そう。ふーん、まあ気をつけてね。それから、『例の決まり:その4』を忘れないように」

「もちろん。『狙った獲物は絶対に仕留め損なわない』でしょ。相手も〝アマチュア〟のようだし、今回は楽に終わると思うよ。じゃ、またあとで」


 ☆


 この世にはよどみが存在する。そしてその淀みには汚物が溜まっていく。

 淀み自体をなくすことは難しい。しかし、汚物を〝浄化〟することなら、私にだってできるのだ。

 それはまるでイタチごっこのような、キリのない果てしなさがあるのかもしれない。淀みを生み出す「構造」を変革しない限り、真の浄化はありえないのかも……。

 しかし、だからといって、目の前の汚物を放置しておく訳にはいかない。だから私は、今日もそれを浄化して、洗浄して、消毒して、殺菌して、綺麗な状態に戻すのである。誰かがトマトジュースをこぼしたのなら、そこを念入りに雑巾ぞうきんけばいいのだ。掃除をするのに理由がいるかい?

 私はクルマを追跡して、奴らのアジトへと入っていった。アジトは海岸沿いの古びた倉庫であり、中では男たちがテーブルの前にたむろしていた。ひと仕事が終わって、休憩しているようだ。

 私は何も知らないふうをよそおって、堂々と彼らのもとに歩いていった。

「あ、あの、道に迷ってしまったんですが……」

 私はあえて弱々しい声を出し、おびえたように近づいていった。

「何だテメエ!」

 奴らは驚いているようだったが、こちらが女子中学生ということもあり、そこまで警戒していないようだ。

「どっから入ってきた! コラァ!」

「ごめんなさい、迷子になってしまって……すぐ、出ていきますから、怒らないでください……」

 私は涙目涙声になって、消え入るようにそう言った(演技もだいぶ〝こなれてきた〟と自覚できる)。

「ボス、どうします?」「捕まえちまってもいいが、誰かが探しに来たら厄介だ。そのまま外に追い返せ」「しかし、告げ口したらどうします?」「ヤクで記憶を消しちまうというのはどうだ?」「ぐへへ。なら、たっぷり痛めつけてから返しましょうや」「目立つ外傷がないようにしてな」

 奴らは色々話し合っているようだが、私はその内容を、まったく気に留めていなかった。

 周囲の状況を観察し、それぞれの男の所持品を確かめる。両脇の男は腰に拳銃をしており、手にはナイフを携えている。正面のごろつき共は、重火器をテーブルの下に置いてしまっている。セーフティも掛かったままのようだ。

 正面からひとりの男が近づいてきた。顔に大きな傷があり、うすぎたない笑みを浮かべている。手には白いナプキンがあった。しずくがポタリポタリと床に垂れて、シミをつくる。どうせ、気絶させるための薬品が染み込んでいるのだろう。

「じゃあ、お嬢ちゃん。いまから出してあげるからね。早くおうちに帰ろうね」

「帰るのはそちらのほうよ」私は言った。「地獄という名の監獄にね」

 私は腰から自動小銃を引き抜き、まずは両脇の男を蜂の巣にした。そして、慌てふためく目の前の男を撃ち抜いて、そいつを肉壁にしつつ、正面の男どもを皆殺しにした。

 異変に気づいたのか、ホールの奥から、たくさんの増員がやってきた。

 しかし、それも予想済みである。私はすでに、その場所へとグレネードを投げておいた。増員たちは木っ端微塵になり、これまた肉片へと変わる。

 どうやらここには、もう人員はいないようだ。倉庫をくまなく調べ、この組織に関する情報をあらかた手に入れた後、隅から隅までガソリンをき、ライターで火をつけた。

『道具』をカバンへと片付け、それから血で染まった洋服を着替えると、私は学校へと向かった。


 ☆


 兄さんがテレビを見ながら言った。「ひえーっ、△△△マフィアが壊滅だって。いったい誰がやったんだろうね」

「そんなわざとらしく言わないでよ兄さん。それより、監視カメラの映像は差し替えておいた?」

「もちろん、バッチのグーだよ。きみが映ってたところは、ちゃんと編集しておいたさ。それより、洋服はちゃんと処理したの?」

「ガソリン掛けて燃やしたから大丈夫。それに、死体には銃を持たせておいたから、内部抗争かなんかで双方が撃ち合った、と思われるように偽装しておいたよ。ちょっとは違和感があるかもだけど、私がやったなんて、バレるわけ無いじゃん」

「でも、どうしてマフィアは喫茶店を狙ったんだい?」

「あの喫茶店のオーナー、麻薬の密売人だったらしいよ。それで最近、みかじめ料をちゃんと払わなかったり、ブツの値段を吊り上げたとかで、マフィアもキレちゃったってことだと思う。ちなみに、店の客の半分ほどは、ヤクを目当てに来店してたとか」

「ふーん」

「ま、私にとってはそんなこと、どうでもいいんだけどね」そう言いながら、私はゼロカロリー・コーラをすすった。「大切なのは、世界から殺人者がいなくなること。マフィアがどうとか、薬物中毒がどうとか、そんなの私に関係ないもん」

「じゃあさ、もしも警察とかが、やむおえず、という理由で、犯人を射殺しちゃったらどうする?」

「そりゃもちろん、その警官をるしかないね」

「犯人が残忍な殺人鬼で――そこで止めないと、より多くの犠牲者が出るような状況で――警官が、そうせざるを得なかったとしても?」

「そりゃそうだよ。どんな理由であれ、いけないものはいけないの。例外を作ってしまえば、そこから私の価値基準が崩壊しちゃうからね」

「ね、前々から思ってたんだけどさ、『他人がヒトを殺しちゃダメで、自分がヒトを殺してOK』というのはどういう理屈なの? きみだって、だいぶヒトを殺しているじゃないか」

「うん、たしかにそうだよ。でも、私には『覚悟』がある。この世界からすべての〈殺人〉を消滅させたら、そのときこそ、最後の最後に私自身を葬り去るわ。こめかみに銃口を向けて、トリガーを引いてズドン!とね。とっても簡単、2秒で終わるよ。でも私は、この仕事を終えるまで、決して死んじゃいけないの。途中で仕事を放棄するなんて、『アマチュア』のやることだよ」私は堂々と答えた。

「じゃあ、仮に僕が〈殺人〉を犯していたとしたら? あるいは、パパやママが」

「うん! もちろんそのときは、私が殺させてもらうね!」

「うへー、おっかないな」

 兄はそういうと、ハハハと笑った。


 ☆


 良い仕事を終えた日は、良い眠りを楽しむことができる。

 ストレスからの解放が、私の心を軽くする。

 それは一時的であるにせよ、気持ち良いことに変わりない。もしかしたら、依存症になっているのかもしれない。『殺人犯殺人症候群キル・ザ・キラー・シンドローム』、なんてね。


「殺し屋の殺し方」なんて、とっても簡単だ。

 ほんのちょっとの正義感と、気まぐれ程度の努力。この二つさえあれば、誰でも【殺し屋の殺し屋】になれる。君だってなれる。私だってなれた。一歩だけ、前に踏みしめる勇気こそが、世界をちょっとずつ、良い方向へと導いていくのだ。


 私はベッドで横になり、ため息をつく。

 明日はどんな事件が私を待っているだろうか。

 また、殺人事件が起こってくれるといいな。

 甘美な期待で胸をふくらませながら、私は眠りについた。











【How to Kill the Killer】is over.



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