パミチキください

『パミチキください』



「パミチキください!」

 ウトウトしていたわたしの眠気を吹き飛ばすほどの明るい声でそう言ったのは、黄色い帽子をかぶりピンク色のランドセルを背負った女の子だった。

 その少女はカウンターの前に手を突き出している。手のひらの上には近くの公園で拾ったと思われるドングリが乗っかっていた。

「あのー……」

 わたしはバックヤードを振り返る。店長は奥に引っ込んでいる。きっとタバコでも吸っているのだろう。

 ――あのねお嬢ちゃん、現代社会は貨幣経済の上に立脚していてね、何かを得るには相応の対価が必要なんだよ。だからね、本物のお金じゃないとこのチキン揚げを渡すことはできないんだ、ごめんね。

 と、そう言えたら良かったが、何しろ相手はまだ入学したてに見える幼い小学生だ。体と不釣り合いにランドセルが大きい(これって一種の虐待では?と昔から思ってる)。合理的な説明をしてもキョトンとさせてしまうだけだろう。

「悪いけど、本物のお金を持ってきてくれないと、チキンあげられないんだ。ごめんね」

「ホンモノノオカネってこれじゃないの?」

「うん、ドングリだとレジは通らないから……」

 その少女は少し考えたあと、「ホンモノノオカネ、見せて!」と言った。

 面倒だなと思いつつ、レジを開いて小銭を取り出す。「ほら、こういうコインだよ。お母さんとかお父さんが使ってるところ、見たことない?」

「ないよ!」彼女は元気よく言った。「それ、ちょっと触らせてくれる?」

 最近の小学生はお小遣いとか貰えないのかしら? と思いつつ、硬貨を少女に渡す。彼女はその百円玉をよく観察していた。コインをひっくり返したり、鼻に近づけて匂いを嗅いだり……。

「じゃ、これとおんなじやつ、もってくればいいんだね!?」

「うん……」

「わかった!」

 そういうと、少女は外へと飛び出していった。

 5分後、彼女は帰ってくる。

「持ってきたよ!」

 確かに彼女の手には百円玉が握られていた。

 少女はカウンターに百円玉を置いて、それからチキン揚げを指差した。

「はやくはやく」彼女はすごくあわてているようだった。「急がないとママが行っちゃう!」

「ちょっと待ってね」

 わたしはチキン揚げをトングでつかみ、包装紙に入れた。シールを貼って彼女に渡す。

 おつりはない。レジ打ちは後にしてあげよう。

「はい、どうぞ」

「ありがとう!」

 彼女はチキン揚げを受け取ると、そのまま外へと駆けていった。

 やれやれ、最近の小学生はやけにテンションが高いな。確かセロトニンとかは若いほうが分泌されやすいんだっけ。なんかの本で子供は常に脳内麻薬がドパドパ出てるようなもんだから元気があるって読んだ気がするけど。

 そんなことを考えながら、テーブルの百円玉を拾い上げると――

 この百円玉、やけに軽くないか?

 それにちょっと曲がってるし。

 疑念を抱いた次の瞬間、そのコインから煙が出る。シュルシュルシュルと形を変える。

 そして現れたのは、先ほど少女が持っていたドングリだった。

 あっ、と思ってわたしは急いで外に出た。

 林の方には一匹の小狐がいる。わたしの姿を認めると、「コン!」と鳴き、そのままどこかへ走り去ってしまった。

 

 

 

 その後、わたしはその損失分を自分の所持金から補填ほてんした。浪人生には、そこそこ痛い出費であった。

 




【Speed Is the Key to Deception】is over.


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