第55話 凍結

 そして、間を開けずに起こる地震。悠季ユウキさんはその絶妙なタイミングに違和感を覚える。


「この地震、日向ヒナタ実羽ミハネが関係している?」


 そして、僕は悠季ユウキさんのもとへと戻るため、扉を開く。が――


悠季ユウキさん……! やっぱり」


 そこには悠季ユウキさんはおらず、ただ壁に走る緑の光が僕の瞳の中に流れ込んでいた。


 一方、珠彩シュイロはひとりでダンジョンを探索しながら、確信に近い推測を巡らせていた。


「また地震……心なしか、この地震がダンジョンをリセットしてるような……」


 珠彩シュイロは扉に手をかざす。すると、そこは黄色い光が走る部屋。そんな彼女の前に現れたのは――


「ファイアースターターッ!」


 ボワアアアアアアアッ!


 火炎放射でモンスターを焼き尽くしていたのは、珠彩シュイロが愛する人物のひとりであった。


燈彩ヒイロっ! 燈彩ヒイロじゃないっ!」


 思わず燈彩ヒイロちゃんに飛びつくように抱きしめる珠彩シュイロ。その腕の中には、微かに涙を浮かべた赤いローブ姿の魔法少女が居た。


「お姉ちゃん! ……私」


「うん、怖かったよね? もう大丈夫よ。お姉ちゃんがついてるから」


「私、このゲームすっごく楽しいっ!」


 顔を上げた燈彩ヒイロちゃんの顔からは満面の笑みがこぼれていた。彼女の杖から発する炎より明るいその笑顔に、珠彩シュイロは安堵の溜息をもらす。


「はあ……まったく、あんたってやつは……なによ、こんなゲーム、ただ同じ地形の部屋を渡り歩いてるだけじゃない。ワンパターンよ? 何が面白いの?」


「だって、まるで自分の身体で戦ってるみたいなんだよ? これを発展させて、できることのバリエーションを増やせば、一生楽しめるゲームができるに違いないよっ!」


「あんたってば、クリエイター向きのいい性格してるわね」


 燈彩ヒイロちゃんの頭を撫でながら笑う珠彩シュイロ。しかし、それも束の間、嫌な予感が珠彩シュイロの脳裏をよぎる。


「っと……燈彩ヒイロと赤い部屋なんて想像もしたくないわね……燈彩ヒイロ、これまでに誰かに会った? 兄貴とか」


「ううん、お兄ちゃんにも会ってないし、他の人にも会わなかったよ?」


「そう、ならよかった……燈彩ヒイロ、よく聴いて。このダンジョンには変なルールがあるみたいで、兄貴とふたりのプレイヤーが同じ部屋にいると、閉じ込められてプレイヤー同士で死ぬまで戦わされるのよ。だから……」


「だから?」


 珠彩シュイロは天井を見上げ、少し悩んでから再び燈彩ヒイロちゃんの目を見て続ける。


「そうね、バラバラに行動するのよ……一緒にいてあげられないけど、ごめんね」


「あはは、お姉ちゃん変なの。これはゲームだよ? ひとりだって平気だよ。でも、ゲームであったとしてもお姉ちゃんと戦うのは嫌かな……だからいう通りにするよ」


「私もよ。いい子ね」


 こうしてふたりは離れ離れで行動することとなる。


「私はこっちの部屋に行くよ。じゃあね、お姉ちゃん」


「うん、またリアルで……」


 珠彩シュイロは開いた扉の奥に消えて行く燈彩ヒイロを名残惜しく見送る。しかし、扉が閉まり切る直前、珠彩シュイロの目に映ったのは、一瞬で全身が白く染まり、動きを止めた燈彩ヒイロちゃんだった。


燈彩ヒイロっ!」


 珠彩シュイロ燈彩ヒイロちゃんが消えた扉にすぐさま駆けつける。そして部屋の中を見た珠彩シュイロは――


「うそ……!」


 パリーンッ!


 ――珠彩シュイロが目にしたのは、凍り付いて粉々に砕け散る燈彩ヒイロちゃんの姿だった。


燈彩ヒイローっ!」


「あなたですか……」


 そこには、凍結弓トウケツノユミリフリジェレイターを構えた星宮ホシミヤさんが佇んでいた。


「あんたっ! よくも妹をっ!」


 ブラッドレインを構えて踏み込もうとする珠彩シュイロは冷たい輝きを見る。


「……それ以上近付けば、撃ちます」


「くっ……!」


 部屋の真ん中に落ちたファイアスターターに一瞬目をやるも、珠彩シュイロへの警戒を解くことはない星宮ホシミヤさん。


「これは、頂いて行きます」


 扉の中、電車の連結部のような短い通路に居る珠彩シュイロに弓を向けながら、ファイアスターターのもとまで歩み寄る星宮ホシミヤさん。彼女がその杖を拾おうと目を落としたその時、珠彩シュイロは踵を上げる。


 ビュンッ!


 間一髪、氷の矢が珠彩シュイロの頬をかすめ、小さく冷たい悲鳴がこだまする。


「ひっ!」


「退いて下さい。次は当てます」


 珠彩シュイロは狭い通路の中で自由に動くことができない。しかし、星宮ホシミヤさんは本気で矢を当てるつもりだった。それをかわして見せた珠彩シュイロに対し、「まともにやり合ったら勝てないかもしれない」そんな焦りを感じつつ、急いで次の矢をつがえる彼女であった。


「あんた……」


「早く……! その扉から出てゆくのです」


「次は……こうはいかないわよ……!」


 目の前で燈彩ヒイロちゃんが砕け散るのを見てしまった彼女は、負け惜しみを言って退かざるを得なかった。そして、星宮ホシミヤさんは扉が閉まるのを見届けて、足元の杖を拾う。


「……ファイアスターター」


 [澪織ミオリさんと点火杖テンカノツエとの契約が成立しました]


「ふふ、やっぱり、こうすれば使えるのですね」


「うおおおおおおおおっ!」


 その瞬間、扉が開き、珠彩シュイロが現れる。彼女は星宮ホシミヤさんが身を屈めるであろう一瞬を見計らって入室してきたのだ。彼女は一気に間合いを詰めて、上段から叩きつけるように斬撃を見舞う。


 ザンッ!


 瞬時に飛び退く星宮ホシミヤさんだったが、腕に走った一筋の赤い光が彼女のHPを奪い去る。


「ううっ……!」


 怒りにより勢い余った一太刀がダンジョンの床に食い込み、一瞬動きを止める珠彩シュイロ。その隙を見て一目散に逃げる星宮ホシミヤさん。それを追う珠彩シュイロであったが、運悪く、星宮ホシミヤさんが扉を開けて出て行った瞬間、モンスターを呼ぶ床を踏んでしまったようだ。


「黄色……くっ! こんな時にっ!」


 ゲームのシステムにより、1人しか通れなくなっている扉は、閉まるまで開くことができない。そんなゲーム特有の現象に苛立ちを覚えつつ、珠彩シュイロは3体の魚型のモンスターを瞬時に斬り捨てる。


「待ちなさいよっ!」


 しかし、次に扉を開いた時には星宮ホシミヤさんは姿を消していた。そして、揺れ動くダンジョン。


「ふう、あやつめ、自分から襲い掛かってきておいて、てんで弱かったではないか……まあ、この盾と槍のお陰でもあるがの……」


 その時マノリアは、実羽ミハネに出会い、それをいとも容易く倒していた。その地震が止んだ時、別の場所、悠季ユウキさんの前に扉を開けて現れたのは――


「やっほ、悠季ユウキくん。また会ったね」


「キミは、さっきボクに倒されたんじゃ? まさか……」


 悠季ユウキさんは彼女の身体を斧でえぐる感触を覚えている。彼女の断末魔を聴き、そして、彼女が砕け散る様を確かに見届けたはずだった。


「そう、私は悠季ユウキくんに倒された。その前に、何度も星宮ホシミヤさんに倒された。そして、今さっき、マノリアさんに倒された。私はこのダンジョンそのもの……何度でも蘇るんだ。じゃあ……いくよ!」


「ふんっ! ……はぁぁっ! ……おおおおっ!」


 悠季ユウキさんは慣れた手つきでこともなげに実羽ミハネを打ち砕く。そして、案の定、地震がダンジョンを包むのであった。


「ふむ、なるほど、リセットされたことを悟らせないように、プレイヤーの居る部屋だけは光の色が変わらないんだね」


 しかし、その時扉が開き、瞬時に彼女を襲ったのは――


由野ヨシノさんといいましたか。その斧も凍ってしまっては形無しですわね」


 星宮ホシミヤさんのリフリジェレイターによる一撃だった。

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