第54話 循環

 悠季ユウキさんに抱き着くようにしがみ付いていた珠彩シュイロは、後ろに倒れ、大の字に寝転がり、目を開く。


「兄貴、ありがと……」


「上手くいってよかったよ」


 珠彩シュイロはそのまま辺りを見回す。そして、宝箱が出現しているのを発見すると、立ち上がって宝箱を開く。


「って、なにこれ? 銃?」


 [特殊条件「赤の部屋を誰も死なせることなく攻略する」を果たした報酬が出現しました。光破銃ハカイノヒカリ、光属性の武器です。名前を呼んで契約しましょう]


「光属性の武器……そんなのあるんだ」


 珠彩シュイロはその、砲身が白いカウルで覆われていて、銃口が銀色に光る60cmほどのライフルを拾い上げる。


「なにこれ? 名前ったってどこにも書いてないじゃない……ソーラレイ! ……違うみたいね」


 珠彩シュイロはその後いくつかの思い付いた名前を並べるが、その武器との契約は成立しない。痺れを切らした珠彩シュイロは、その銃を悠季ユウキさんに放って寄こす。


「おおっと……!」


悠季ユウキ、あんたが持ってなさいよ……しかし、この先どうしたものかしらね」


 この時、珠彩シュイロのHPは4%、悠季ユウキさんのHPは18%となっていた。悠季ユウキさんは手持ちのアイテムを見せながら口を開く。


「さて、HPが25%回復できるポーションがふたつ……とりあえず、ふたりで分けようか」


「そうね」


 ポーションを飲んで回復するふたり。


「しかし、今回は切り抜けられたけど、次赤い部屋に出くわしたら今度こそどちらかが退場するしかなくなるかもしれないね」


 悠季ユウキさんは案ずる。


「まあ、その時は私が……」


 僕は珠彩シュイロのその言葉に口を挟む。


「ねえ、なんか、分かった気がするんだ。赤い部屋になる条件……」


「……そうなの? ホントに? ……とりあえず、聴かせなさいよ」


「うん。今までふたりはずっとふたりで部屋を渡り歩いてきたんだよね?」


「そうだね。菜音ナオト様に会うまでざっと20分、10部屋くらい攻略したかな」


「そうね」


「その間、モンスターは出てきたけど、赤い部屋になることはなかった。そして、僕と一緒に行動し始めたら、すぐに赤い部屋に出くわした……」


「なるほど、兄貴が居る状態で2人以上のプレイヤーが会うと赤い部屋になるっていうのね?」


「うん」


「では、次に緑の部屋に移動したら、また珠彩シュイロちゃんと闘わなきゃならないってことか……そして、さっきの戦法は、このHPではちょっと危ない……」


「わかったわ。私が別行動を取ればいいのよ」


珠彩シュイロ……」


「何? 今更私を妹にしたくなったの? それはそれでいいけど……このゲームの黒幕、あいつとふたりきりで話してみたいのよね」


「あいつって……実羽ミハネと?」


「そうよ。なんでこんなくだらないことをしようと思ったのか、問い質してやるわ。だから、あんたたちはふたりで出口を目指しなさいよ」


珠彩シュイロちゃん、ボクに菜音ナオト様を任せると?」


「そうよ。脱出できたら、兄妹にでもなんにでもなればいいじゃない。私はもう……大丈夫だから」


「大丈夫って……何が?」


 珠彩シュイロは僕の言葉に答えることなく続ける。


「とにかく、私より悠季ユウキの方が攻撃範囲が広いし、ポーションを使ってれば簡単に死ぬこともないでしょ? 私の武器はダメよ。自分が生き残るってことに特化してて、もしモンスターが兄貴を襲い始めたら、対応できないかもしれない」


「そういえば、マノリアと居る時はモンスターは僕を執拗に付け狙ってきた」


「ほらね。そういうことなのよ。だから悠季ユウキ、あんたが兄貴を守ればいいのよ」


「そうか……ボクが、菜音ナオト様を……」


「あんたの方が腕もいい。そこは悔しいけど、だからこそ任せられるってものよ」


「わかった……珠彩シュイロちゃんがそう言うなら」


「わかればよろしい」


 腰に手を当て強がって見せる珠彩シュイロに、僕は不安げな眼差しを送る。その視線に気付いた彼女は目だけをこちらに向ける。


「なによ、そんな顔しないでよ。たかがゲームでしょ? さ、私は放っといて、さっさと行きなさいな」


「いや……珠彩シュイロ、あの時は……ごめん」


「ん……?」


 珠彩シュイロは一瞬迷いを見せるが、すぐに気を取り直してみせる。


「ああ、あのこと? もうどうでもいいわ。引き留めても動じない頑固な奴だって、前から知ってたもの」


「……ごめん」


「もう、続きはこのゲームが終わってからにしましょ! あんたが生きるか死ぬかって時にそんなことで時間を取られたくないのよ!」


「わかった……」


 僕と悠季ユウキさんは珠彩シュイロが向かう方向と別の扉の前に立つ。


「じゃあ、頼んだわよ」


「ああ、わかったよ、珠彩シュイロちゃん。さ、菜音ナオト様、行きましょう」


 こうして、珠彩シュイロと別れて出口を探すことにした僕と悠季ユウキさん。珠彩シュイロの言う通り、悠季ユウキさんは現れるモンスターが僕に向かってくる前に、リーチの長い斧を大きく振るって一網打尽にする。幸い僕に対しては、プレイヤーのどんな攻撃も当たらないようになっているようだ。


「HP82%……ふぅ……」


 僕の方に振り向きながら、VR空間なのに汗を拭う仕草をする悠季ユウキさん。メイド服で人の身長の2/3ほどはある錨を振るう姿は、美しく僕の目に映っていた。


「大丈夫? 悠季ユウキさん」


「はい。攻撃を妨害されないので菜音ナオト様の盾になりながら攻撃できますが、いかんせんモーションが遅くて、どうしてもダメージをもらってしまうんですよね」


「うーん、悠季ユウキさん、僕を守りながら戦うのって、結構厳しかもしれ……」


「しっ! ……菜音ナオト様、何か聴こえませんか?」


 僕は悠季ユウキさんのその言葉に、よーく耳を澄まして様子を伺う。


 タッタッタッタッタッ……


 すると、悠季ユウキさんが言う通り、壁の向こうから近付いてくる足音がするではないか。


菜音ナオト様、先に次の部屋に行ってくださいませ。もし、また他のプレイヤーと鉢合わせしたら……」


「でも……それじゃ」


 僕は、マノリアとはぐれた時のことを思い出していた。


「いいから早く! 相手が燈彩ヒイロちゃんやマノリアさんだったら、どちらかが退場しなければならなくなるやもしれません」


 悠季ユウキさんに促されるまま、僕はひとりで次の部屋へと進む。そして、僕が居なくなった部屋の扉を開き、悠季ユウキさんと対面した足音の主は――


「やあ、悠季ユウキくん。ねえ、菜音ナオトくんを見なかった?」


 クスクスと笑いを浮かべながら悠季ユウキさんに近付いてくるのは、そう――


「……日向ヒナタ……実羽ミハネ! ……キミの本当の目的はなんだ?」


「本当の目的?」


 実羽ミハネはそう言いながらスキップするように、床のある一点を踏む。すると、部屋を黄色い光が包み、壁からは人型のモンスターが現れたのだ。


「ふふ、これでもう、逃げられない」


 実羽ミハネはそう言うと、手にした柄の両方から刃が伸びる武器、サーキュレイターを風車のように振り回しながら悠季ユウキさんに近付いて行った。


「痛っ……!」


 踊るようにサーキュレイターを振り回す実羽ミハネ。その両端の切っ先が、悠季ユウキさんの体をかすめる。


「ほらほら、私の剣の能力は循環……その攻撃は止むことを知らない」


 じわじわと悠季ユウキさんの体力を奪って行くサーキュレイター。悠季ユウキさんはそこから逃れようとするが、サーキュレイターの周りに発生した空気の流れが悠季ユウキさんの身体を吸い寄せる。そして、壁から現れた人型のモンスターの投石も組み合わさり、ダメージは更に重なる。


「くっ……!」


 悠季ユウキさんは逃げることを諦め、武器を握った両腕に力を込める。


「うおおおおっ!」


「きゃっ!」


 隣の部屋の僕の耳にも響く、「ザクッ!」という音は、悠季ユウキさんの一撃が実羽ミハネの肉に食い込み、骨に達したことを意味していた。


「……やったね……悠季ユウキくん……!」


 怯みながら悠季ユウキさんに敵対の視線を送る実羽ミハネに、再び重い一撃が襲う。


「……実羽ミハネちゃん、その武器じゃ僕には勝てないよ」


「ふふふ……そうかな?」


 再びサーキュレイターを振るいだした実羽ミハネの動きを意にも介さず、悠季ユウキさんは更に追い打ちをかける。


 ズバァン! パリーンッ!


 炸裂音のあと、光となって砕け散る実羽ミハネ悠季ユウキさんに見下ろされた彼女が最期に見せた顔は、怪しい微笑みを湛えていた。


 ゴゴゴゴゴ……


 そして、間を開けずに起こる地震。悠季ユウキさんはその絶妙なタイミングに違和感を覚える。


「この地震、日向ヒナタ実羽ミハネが関係している?」

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