第53話 決死

 ゴゴゴゴゴ……


「またね……これって一体なんなのかしら?」


「さあ、ボクにはわからないね。しかし、このダンジョン、どれだけ広いんだろう? 自分がどこにいるかもわからないし、出口も見当たらない……」


「うーん、とりあえず、探索を続けましょう。時間は気になるけど、まだ1時間くらいしか経ってないでしょう」


「そうだね」


 そうして、珠彩シュイロ悠季ユウキさんのふたりは、部屋を次々と攻略して行くことにした。一方、僕の方と言えば――


「ここも緑のままだ……変だな、緑の部屋ばかりだ。たまーに青い部屋があるけど……」


 自分以外誰もいないダンジョンを彷徨っていた。ひとつ、またひとつと扉を開け、部屋を渡り歩いてゆく。と、その時――


「「誰っ!?」」


 扉を開いた僕を出迎えたのは、聞き覚えのあるふたりの声だった。


珠彩シュイロ悠季ユウキさん……」


「兄貴っ!」

「姉さん!」


「ね、姉さんはやめてよ……はは」


「あっ、つい、申し訳ありません、菜音ナオト様」


「あんたたち、相変わらずコントみたいね。ふふ」


 苦笑いを浮かべる僕と悠季ユウキさん、そして、屈託の無い笑顔を見せる珠彩シュイロ。僕は、珠彩シュイロ悠季ユウキさんに再会したのであった。その部屋の色は青、宝箱も開いており、悠季ユウキさんの手にはポーションが握られていた。


「兄貴を見付けたってことは、あとは出口を見付けるだけよね?」


「そう……だといいんだけど」


菜音ナオト様も出口を見ておられないのですか?」


「うん、そうなんだ」


「そう……そうよね。このダンジョン、本当に出口があるのかしら?」


「とりあえず、次の部屋に行こう」


 僕たち3人は、その青い部屋を出る。そして、次に現れたのは緑の部屋だった。


「ふふ、またモンスターを出してやるわよっ!」


 そう言って踏み出そうとする珠彩シュイロの出鼻を挫く出来事が起きる。


 [エンゲージが発生しました。この部屋の中に居る妹のうち、誰かひとりのHPが0になるまでここから出られません]


 部屋の光は赤く染まる。それが意味するところを僕はすでに理解していたが、珠彩シュイロ悠季ユウキさんのふたりは、一瞬の間を置いて口を揃える。


「「どちらかが……死ぬってこと?」」


 ふたりは自然と僕の顔を見る。それは、その時の僕の顔に「またか」と書いてあったからであろう。


「ああ……」


 僕はふたりから目を逸らしながら呟いた。


「そう……シスターウォーズっていうくらいだしね、これくらいのことは予想してたわ……」


「でも、珠彩シュイロちゃんとボクが……」


 ふたりが武器を構える様子はない。赤い光に包まれたまま、ふたりは顔を見合わせる。


「念のため……」


 珠彩シュイロは4つの壁の扉を開けようとするが、当然開かない。僕も同じことをするが、黄色い部屋と同じように扉は開かない。


「どうしましょう?」


「このまま手をこまねいていても、無為に時間が過ぎていくだけだよ、珠彩シュイロちゃん」


「わかってるわよ……」


 僕は困り果てるふたりの間で、探りを入れるように口を開く。


「ねえ、ふたりとも、ここまででわかったことを整理しようよ。ふたりが死なずに切り抜ける方法があるかもしれないよ?」


「ふん……そうかもしれないけど……」


 珠彩シュイロの表情は「何を悠長なことを」とでも言いたげであった。それを見かねた悠季ユウキさんが率先して発言する。


「ボクの武器、アースアンカーは、装備していると敵の攻撃を食らっても自分の攻撃が妨げられないらしい。そして珠彩シュイロちゃんの武器、ブラッドレインは、与えたダメージを吸収するようです」


「そうか……」


 僕は考えを巡らせる。そして、システムメッセージを思い出す。「この部屋の中に居る妹のうち、誰かひとりのHPが0になるまでここから出られません」、"誰か"ということは、3人以上が同居した場合も想定されているのだろう。"HPが0になるまで"というのは、そのままの意味だろう。


「どちらかのHPが0になればいいだけで、死ぬ必要はないんじゃないかな?」


「はあ? 何バカなこと言ってるのよ? HPが0になっても死なないとでも言うの? そりゃ、誰かが死ぬところは見てないけど」


「いや、僕は見たよ……HPが0になったら、光になって消えるんだ」


「それはそうだよね……」


 悠季ユウキさんは期待を裏切られたように視線を落とす。


「誰が……? 誰が消えたの?」


 珠彩シュイロが問う。僕は彼女の瞳をまっすぐ見つめて返す。


「このみだ」


「そう……湯崎ユザキさんが……」


 珠彩シュイロはあの一件から、このみのことをつぶさに気にかけていた。


「落ち込んでいても仕方がないわね……で、その後どうなったの?」


「マノリアが、このみの武器を装備して、それで一緒に進んでたんだけど、はぐれてしまったんだ」


「それは、マノリアさんが、このみさんを倒したってことかい?」


 悠季ユウキさんの問いに、僕は黙って首を縦に振る。


「何があったかは知らないけど、マノリアさんだってそんなことはしたくなかったはずよ。ということは、これは避けられないことなんじゃないかしら?」


「どちらかが倒れるということ?」


「そうよ……」


 珠彩シュイロは一瞬ためらうような表情を見せたあと、やけに明るく目を開く。


「ねえ、悠季ユウキ、あんた、私のこと倒しなさいよ。いいでしょ?」


 唖然とする悠季ユウキさんと、ほんの少し不自然な笑みをこぼす珠彩シュイロ、ふたりはそのまま数秒間硬直する。


「いや、それは……」


「それで、私の刀を使って……兄貴と一緒に脱出してよ。あんた、兄貴の召使いなんでしょ? それくらいやりなさいよ」


「そう言われても……ボクが、珠彩シュイロちゃんを手にかけるなんて……」


「だって、こんなところで立ち止まっててもしょうがないでしょ? 兄貴はこのままだと、この世界に取り残されちゃう。そんなの私は嫌だからね。それに、これはただのゲームよ。別に構うことはないわ」


「じゃあ、珠彩シュイロちゃんは菜音ナオト様の妹になる権利を手放すってことだよね?」


「ん……そうなるのかしらね? 確かに実羽ミハネはそう言ってたけど、そんなの言ってるだけでしょ……」


 珠彩シュイロは一瞬僕の方を見る。


「っと……そんなことはどうでもいいわ。とにかく、悠季ユウキが私を殺せばここを切り抜けられる。あんたの身のこなしなら、クリアまでいけるでしょ? さ、早く」


 悠季ユウキさんを迎えるように手を広げる珠彩シュイロ、そして、悠季ユウキさんは震える手で斧を構えようとする。しかし――


「待って、珠彩シュイロ悠季ユウキさん、こういうのはどうだろう? 珠彩シュイロはその刀で悠季ユウキさんのHPを吸収する、そして、悠季ユウキさんはHPを吸収されながら、珠彩シュイロを攻撃するんだ」


「それで、一旦珠彩シュイロちゃんのHPを0にしようって言うのかい?」


「そうだ」


「でも、もし失敗したら……」


「それでいいじゃない。失敗したってそのまま悠季ユウキが兄貴を救出すればいいだけだし、それで行きましょう」


 珠彩シュイロはすました顔で悠季ユウキさんを促す。そしてまず、珠彩シュイロ悠季ユウキさんに、自分のHPをギリギリまで削ってもらうのであった。


「痛てっ……もう、もっと優しくしてよねっ」


「そう言われても、そういうゲームだし……えいっ」


「ぐぁっ! っと……これで残りHP2%。次の攻撃で私を倒せるはず……じゃあ、行くわよ」


 珠彩シュイロはブラッドレインを悠季ユウキさんに向かって真っ直ぐ、腰のあたりで構え、そして突進する。


「おりゃあああああああああっ!」


 掛け声と共に壁に押し付けるように悠季ユウキさんの腹部に刀身を突き立てる。すると、珠彩シュイロのHPが回復し始める。


「早くやりなさいっ!」


「ああっ!」


 刀を突きたてられたまま、悠季ユウキさんはアースアンカーを大きく振りかぶり、珠彩シュイロの小さな背中にめがけて叩き落とす。


「ぐあああああああああああっ!」


 珠彩シュイロのHPは0になる。すると――


「青に……変わった」


 そして、悠季ユウキさんに突き立てられた刀、ブラッドレインは、珠彩シュイロのHPを0%から1%に回復させた。


「やった……」


 悠季ユウキさんに抱き着くようにしがみ付いていた珠彩シュイロは、後ろに倒れ、大の字に寝転がり、目を開く。


「兄貴、ありがと……」


「上手くいってよかったよ」


 珠彩シュイロはそのまま辺りを見回す。そして、宝箱が出現しているのを発見すると、立ち上がって宝箱を開く。


「って、なにこれ? 銃?」

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